ceramist さん プロフィール

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ceramistさん: 窯ぐれ
ハンドル名ceramist さん
ブログタイトル窯ぐれ
ブログURLhttp://clayart.at.webry.info/
サイト紹介文陶芸・陶造形作家、羽鳥誠の作品とエッセイ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供20回 / 365日(平均0.4回/週) - 参加 2005/06/16 18:44

ceramist さんのブログ記事

  • 素描 、今週の今週の一枚
  • 対象もそれなりの均整と大きさを兼ねると、負けまいとする意識を何処か引摺ったまま、ことを進めようとしてる自分が存在する。当然ながら立ち上がる確認作業に追われ、その線は鈍い。或いは、真逆に取っ掛かりから、ぐいぐいと捻じ込めてしまう。いずれも対話の不成立である。不均衡なるものに、いつの間にか寄り添う時に感じる、穏やかなる自分の存在こそ、作業の進捗の測りとなる。 [続きを読む]
  • 素描、今週の一枚
  • モチーフらしい動きをみせてくれた、この度の対象であった。その形態の移動も要領が配分されていた気がする。次のポーズに期待を持たせてくれることが、描きてにとってはありがたい。一段、腰を落として対峙する気にもなる。そう言う意味からも、いかにモデルの技量とは、重要かが知れると言うものだ。あるいは、海外の美術教育の現場においては、かの人物は、教育者にも同列されると言うことが理解できる。 [続きを読む]
  • フランス、スモール・アート・オブジェクト2017
  • フランス、ヴァロリスにおける「スモール・アート・オブジェクト2017」において、これもささやかながら、「賞10選」の一つに選ばれた。ヴァロリスとは、1946年から約10年余り、かのピカソが、この地で陶芸に熱中したことで知られている。焼き物に出会ったことは、大いにそのインスピレーションをかきたてた。ヴァロリスが伝統的に陶器の産地であることにもよろうが、ピカソ以外にも数多の美術家が滞在している。以上か [続きを読む]
  • 素描、今週の一枚
  • 取っ掛かりに苦労する。鉄筋には、異形鉄筋とよばれる建築用のものがある。文字通りそれは、セメントとの絡まり具合に相性よく凹凸状の異形である。絡まりがなければ何事も、その運用は滑ってしまう。それが良きにつけ悪しきにつけ。対象の入場の瞬間、わたしの心の内は、萎えるか、興が沸くかのどちらかである。これも苦労して立ち上がりを見極めた対象である。微細な異形を探索したと言うことか。その運筆は踊っていない。 [続きを読む]
  • 素描、今週の一枚
  • 対象から眼を離さない、と聞くと日常的動作のそれと関連づけてしまうかもしれない。我々の日常的ものをみるその自我の働きとは、甚だ曖昧である。大抵のそれは、他我なる立ち上がりに乏しく無数のそれらを抑圧することで、平穏として次なる所作に移行する。でなければ、その神経系統の健全なる保持は困難なものとなってしまう。だが、美的行為におけるそれは違う。溢れんばかりの他我なるものの確認作業を、リズムあるものとして捉 [続きを読む]
  • 素描、今週の一枚 - 曲(くせ)を排除する
  • ボリュームがなく、取っ掛かりに苦労する。それは、他我なる立ち上がりの時間的超過となり、必然的にきっ先の停滞を呼び、そのリズムある運用を妨げる。おまけに多弁なる対象(モデル)ときているから、なお更それは、イライラを募らせる。自らを冷静にと、諭しつつ対峙することとなった。クロッキーとは、削ぎ落としの美であろう。両義的にも、それは粉飾を纏うこととあっては、絶対にあってはならない。曲をつけて舞うことを突き [続きを読む]
  • 素描、今週の一枚
  • 今週の一枚はこれ、と言っても、一枚のみを提出するのは、何時もながら難しい。自分のテーマ沿ったものなのか、数ある中の出来栄えであるのか、ポーズの面白味にするか、悩むところである。この一枚は、対象がつくりあげる起伏、思わぬ処にできる弛みに芯先が誘われたと言うべきか。立ち会うものの確認作業が臨場感となって表現されているならば成功であろう。 [続きを読む]
  • 国際陶芸ビエンナーレ
  • The 8th Gyenggi International ceramic Biennale 2017, International Competition GICB 2015韓国国際陶芸展は、長たらしいが、これが正式の名称である。陶芸の世界的コンペティションは、現在4つあるとされる。わが日本もあるが、日本の常として、「伝統」の横槍が入り込み、それは根強く権威的である。得てしてそうではあるが、それはまた芸能人的軽さのフットワークに縁どられている。それが、解放された存在で... [続きを読む]
  • 素描、今週の一枚
  • 今週の一枚はこれ。対象への「他我」の立ち上がりとは、その運筆に反映される素描とは、おのれと紙上に臨場感を定着させる。わたしには、限りなく対象との凝縮した距離感というか - 空間的なものであり、時間的なものでもあるのだ。空間的とは、文字通り空間そのものであり、この場合の時間とは凝縮されたそのものということである。今週は、今週の一枚とはならいが、参考に下の作品は、やや時間をかけてある。描き込んだものはそ [続きを読む]
  • 素描、今週の一枚
  • ボリューム感のない対象には、やはり興が湧かない。やり辛さがある、掴みがないということか。これは、対象をややデフォルメして全体を塊として捉えた。一瞬という数分、あるいは数秒のスクロールこそが臨場感ある痕跡を残す。陶芸における施釉の流し掛けに通ずるものがそこに存在するだろう。数秒に過ぎない - それは間違いであり、その数秒とは、これまでに背負ふてきた全行程そのものが付加されているということだ。 [続きを読む]
  • 素描、今週の一枚
  • 今週の一枚は、これなり。素描を描くとは、それぞれの造形的立場から、様々な思念がそこに存在する。クロッキーは、最もそれを端的に展開させる作業である。空間をそこに出現せしめねばならない、対象を「物体」としての塊と出来せねばならない。無数にスクロールされる線が見る者そのものであるからにして、況んや、その「もの」に彩色をし、その場の臨場感を台無しにしていないか、云々である。 [続きを読む]
  • 素描、今週の一枚
  • 週毎の描き上げた素描作品を展示し、これらの作品を公的性格を具有する批判の対象としたい。今週のアップ画像は、これ、昨日、出掛けたおりの一枚なり。まだ描写の用材が定まらない。三菱鉛筆ハイユニは滑らかであるが、描き込むおりに立ち上がる対象との対話が不満なり。 [続きを読む]
  • 太平洋美術にて、再び素描を始む
  • 既に数十年が過ぎた今、、いまも大学受験と研究所なるものに通うことは、進むべくその美術教育を受ける者にとって必須のことであろう。彫刻の学科に入学する為、浪人時代を含めて3ケ所のその筋の研究所に次々と通ってみた。中でも自分にとって一番肌身に合った所が、当時の太平洋美術学校であった。いっとき、受験デッサンから離れたことは抱える脅迫的不安からの解放でもあった。日暮里駅の西口を出て、喫茶店ルノアールを過ぎ、 [続きを読む]
  • 謹賀新年 2017
  • 既に数十年が過ぎた今、、いまも大学受験と研究所なるものに通うことは、進むべくその美術教育を受ける者にとって必須のことであろう。彫刻の学科に入学する為、浪人時代を含めて3ケ所のその筋の研究所に次々と通ってみた。中でも自分にとって一番肌身に合った所が、当時の太平洋美術学校であった。いっとき、受験デッサンから離れたことは抱える脅迫的不安からの解放でもあった。日暮里駅の西口を出て、喫茶店ルノアールを過ぎ、 [続きを読む]
  • 国際陶芸展とステートメント
  • 「非色;他者性(10-28-6)」、作品は、2017年に開催する韓国国際陶芸展に出展が決まった。さて今日、世界中に如何程の国際と称する公募展が存在するのだろうか。それは驚く程の数であることには間違いないであろう。また、近年、東欧の伝統的に工芸芸術の優れた国が、ビエンナーレ、トリエンナーレの開催を創設した。これはインターネットの発展が大いに寄与していると思われ、この様にそれは枚挙にいとまがない。私は出来る [続きを読む]
  • 既製の振る舞い
  • 最近よく、聞く言葉にエスタブリッシュメントなるものがある。既存の枠組みを語るものなのだが、既存のものに潜む権力性には、現状を維持する力が込められるし、伝統的振る舞いとしてのいわゆる品格を身にまといつつ前景化される。すなわちそこには、本音の部分が隠される状態となって現れる。現状に倦怠を覚えるものにとっては、それは耐え難い忍耐を強いることとなる。良くも悪くも場面の転換が必要となるのである。 [続きを読む]
  • ラトビア、マーチンソン賞陶芸展
  • 作品「非色:他者性(06−28−2)、133.0-40.0-9.5cm。この作品は、第1回のラトビア・マーチンソン賞陶芸展(国際)に出展が決まった。来る7月15−9月10日まで Daugavpils Mark Rothko Art Centre にて展示されるだろう。マーチンソンは、ラトビアの陶芸家の名を冠したものである。氏とは、20年前に招待をされたリトアニア国際陶芸シンポジウムで、ひと月を過ごした。何よりも、彼は、フィアンツェの国際 [続きを読む]
  • 季節の挨拶
  • は、陶芸のみならず日本の美術、芸術の社会的基盤その構造現場において、文化としてのあるべき "かたち" をもとめます。ひとがひとである為に、そこに堆積されるもの全ては、批評と評価の対象であり、自らもまた歴史の文節を担うものであります。羽鳥 誠(プロフィール) All Copyrights Reserved (c) HATORI Makoto , 2005-2015 [続きを読む]