平野 浩 さん プロフィール

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平野 浩さん: Electronic journal
ハンドル名平野 浩 さん
ブログタイトルElectronic journal
ブログURLhttp://electronic-journal.seesaa.net/
サイト紹介文さまざまな情報を四百字詰原稿用紙約7枚にまとめて配信する、日刊のメールマガジンです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供244回 / 365日(平均4.7回/週) - 参加 2005/10/19 14:04

平野 浩 さんのブログ記事

  • ●「『盛り土なし』は早い段階で決定」(EJ第4585号)
  •  小池都政になった2016年8月25日、この日は、豊洲新市場の食品を扱うすべての建物の地下が「地下空間」になっている事実を東京都がはじめて認めた日です。 事態を重大視した日本共産党都議団は、東京都に対し、現地視察を申し入れ、9月7日に豊洲7街区の水産卸売棟地下の視察が認められます。そのとき共産党都議団が目にしたのは、建物の地下に広がる空間と、床一面に相当量の水が溜まっている光景だったのです。その敷 [続きを読む]
  • ●「豊洲移転反対/一貫性なき民主党」(EJ第4584号)
  •  都議会の「花輪造反事件」は、東日本大震災の騒ぎのなかで都民には、ほとんど知られることなく忘れ去られたのです。それが2016年に小池百合子氏が東京都知事選に出馬し、勝利したことによってこの事件が蘇ったのです。小池氏が「都議会にはドンがいる」と暗に内田茂氏の存在を指摘する発言をしたことにより内田氏の剛腕ぶりを示す逸話のひとつとして、この事件がワイドショーなどに取上げられたからです。 花輪智史氏は、世 [続きを読む]
  • ●「豊洲予算への民主党の不可解対応」(EJ第4583号)
  •  東京都は、何回かに分けて、豊洲の土地を購入しています。東京都はその都度予算案を議会の審議にかけて通しています。なかでも節目というべき予算の可決は次の2つです。─────────────────────────────  1.豊洲新市場予定地の用地取得費1260億円の可決               ──2010年3月30日  2.豊洲移転の経費を含む中央卸売市場会計予算の可決           [続きを読む]
  • ●「豊洲移転予算はなぜ成立したのか」(EJ第4582号)
  •  築地市場の豊洲移転を推し進めた石原都政にとって、大きな誤算の1つは、2009年都議選における自民党の惨敗です。このとき自民党は48議席を10議席減らし、38議席しか獲得できず、第1党の地位を失います。これは1965年の黒い霧事件による自主解散で日本社会党に第1党を奪われて以来の大敗です。2009年7月12日の都議選の結果は次の通りです。─────────────────────────────  [続きを読む]
  • ●「なぜ内田茂氏はドンと呼ばれたか」(EJ第4581号)
  •  2005年7月、石原知事の側近の浜渦副知事が辞任に追い込まれます。しかし、石原知事は、浜渦氏が辞任した後も、相変わらず週に2〜3回しか登庁しないのです。その間の仕事はすべて部下に任せ切りです。 2005年〜2007年までの知事日程表によると、知事の登庁日数は次のようになっています。─────────────────────────────       2005年 ・・・・ 129日        [続きを読む]
  • ●「『石原VS内田』の凄まじい暗闘」(EJ第4580号)
  •  もう一度東京都知事のポジションについて考えてみる必要があります。石原慎太郎氏は、自民党の国会議員でしたが、だからといって、都議会自民党から支援を受けられるかというと、それは関係がないのです。なぜなら、東京都知事も都議会議員も都民から直接選挙で選ばれるからです。 石原氏が1999年4月に都知事選に出馬したとき、都議会自民党は、当時の森喜朗自民党幹事長とともに、元国連事務次長の明石康氏を担いで、石原 [続きを読む]
  • ●「百条委員会での浜渦副知事追放劇」(EJ第4579号)
  •  なぜ、社会福祉総合学院問題を詳細に書いているのかというと小池知事が登場するまでの都庁と都議会の関係がどのようなものであったかの一端を知るためです。なぜ、市場関係者の意向を無視して築地市場が豊洲のガス工場の跡地へ移転することになったのかについても、このことと無関係ではないからです。 当時、江東区選出の民主党都議会議員であった柿沢未途氏(現民進党衆議院議員)は、ネット上の「定例会報告」のサイトで、社 [続きを読む]
  • ●「35年にわたる都議会の漆黒の闇」(EJ第4578号)
  •  就任2期目の2005年頃までの石原知事は、思うように仕事が進まず、焦っていたように感じます。国会議員より自治体の首長の方が、国のトップのようなものだから何でもできるといわれますが、それには議会をコントロールする必要があります。 日本では、憲法93条で、地方自治体の首長と地方議員を住民が直接選挙で選ぶ「二元代表制」をとるよう定めています。二元代表制では、議員は法律や予算などを審議・決定する権限を有 [続きを読む]
  • ●「社会福祉総合学院事件の深層探る」(EJ第4577号)
  •  1999年4月に東京都知事に初当選してから、少なくとも、2007年4月の都知事第3期当選の頃までの石原都政は、石原慎太郎氏個人の政治家兼作家の高い人気に支えられ、高い支持率を誇っていたといえます。2003年に都議会議長に就任した内田茂氏の率いる都議会自民党も、当初この石原知事の高い人気を利用しようと考えていたフシがあります。 しかし内田氏にとってうるさい存在になってきたのは、石原知事の命を受けて [続きを読む]
  • ●「激しい対立と確執/浜渦VS内田」(EJ第4576号)
  •  ここで再び内田茂氏に話を戻します。以下は次の「週刊文春」の記事を参照にして記述します。───────────────────────────── 「石原慎太郎とドン内田“無責任コンビ”の癒着『豊洲問題』混迷の元凶」    ──「週刊文春」2016年10月6日号                   http://bit.ly/2tXoIou───────────────────────────── 石原慎太郎氏がはじめ [続きを読む]
  • ●「豊洲の用地はブラウンフィールド」(EJ第4575号)
  •  2008年5月に豊洲移転予定地の地下水と土壌から大量の汚染物質が検出されたことに対して、都の専門家会議は対策として次の提言を行っています。その提言の内容については、今までであれば全面「海苔弁」であったのですが、小池知事の情報公開によって、永尾俊彦氏はその内容を入手しています。───────────────────────────── これまで検討していた対策として、ガス工場の操業時の地盤面から下 [続きを読む]
  • ●「専門家会議と技術会議新設の理由」(EJ第4574号)
  •  石原都政の3期目──2007年4月〜2011年3月の知事選では、石原知事は公約にはじめて「豊洲の土壌汚染の解決」を掲げて当選しています。豊洲の土地の汚染状況が市場関係者だけでなく、都民も強い関心を持つようになったからです。 3期目の石原都政は、この公約を実現させるため豊洲の土壌汚染対策の提言をするための「専門家会議」を立ち上げ、2007年5月19日に第1回の専門家会議を開催しています。専門家会議 [続きを読む]
  • ●「東京ガスのシナリオに屈した東京都」(EJ第4573号)
  •  築地市場を東京ガス豊洲工場跡地に移転する──この重要な決定は、2001年にすべてが決まっています。2001年の年表の一部を再現します。───────────────────────────── 2001年 7月 6日:「築地市場の豊洲移転に関する東             京都と東京ガスの基本合意」締結 2001年 7月18日:「基本合意に当たっての確認書」             /知事本部/ [続きを読む]
  • ●「東京ガスを不当に儲けさせる内容」(EJ第4572号)
  •  東京ガスは、一貫して豊洲工場跡地の売却には消極姿勢を見せていたのですが、その狙いは何だったのでしょうか。 それは、汚染された土地を東京都に売り付ける「批判かわし」ではないかと考えられます。なぜなら、豊洲工場の跡地は汚染がひどいことは最初からわかっており、本来であれば「売れない土地」なのです。土壌汚染対策費が、用地費の20%を大きく超える「ブラウンフィールド」に該当するからです。 その問題の土地を [続きを読む]
  • ●「東京都と東京ガスとの『確認書』」(EJ第4571号)
  •  話が複雑になってきたので、少し整理して先に進めます。そもそも東京都は、なぜ多くの業者が望んでいる築地市場再整備を断念し、中央卸売市場を誰も望んでいない豊洲に移転させようとしたのでしょうか。 それは、鈴木俊一都政の臨海副都心開発計画に基づく箱モノ行政失敗の尻拭いに、市場会計の築地市場整備費を使い切ってしまい、価値の高い築地市場の土地を売却して、帳尻を合わせるしかなくなったからです。つまり、築地を売 [続きを読む]
  • ●「土対法と環境確保条例の関係探る」(EJ第4570号)
  •  2001年2月21日──この日は重要な日です。石原知事が都議会で「豊洲に移転する」と正式に表明した日だからです。───────────────────────────── 中央卸売市場については、豊洲地区を新しい市場の候補地と し、今後、関係者と本格的な協議を進める。──石原都知事───────────────────────────── しかし、2000年12月の第54回審議会でも関係者の同意 [続きを読む]
  • ●「浜渦副知事による水面下での交渉」(EJ第4569号)
  •  東京ガスはもともとは自分の方から東京都に話を持ちかけながら、当初から東京都に対し、なぜ、「売る気はない」と口にしていたのでしょうか。 それはよい条件で豊洲を売るための作戦なのです。東京ガス側は、東京都が豊洲の土地を必要とする事情を入手した多くの情報をから把握しており、相当無理な条件を出しても、東京都は必ず買うと踏んでいたようです。 東京ガスは、東京都との交渉に臨むに当たって、次の3つの目標を立て [続きを読む]
  • ●「豊洲移転問題と内田茂氏との関係」(EJ第4568号)
  •  築地市場の豊洲移転について、都議会のドンといわれる内田茂氏はどういう役割を果たしていたのかについて、調べることにします。本人によると、「豊洲のことは知らない」といっていますが、そんなことはあり得ないことです。内田氏は自民党東京都連会長や幹事長として、長年都議会を事実上仕切ってきており、自民党とのパイプも強いので、築地市場を豊洲に移転させることについても、大きな役割を果たしているのです。 これにつ [続きを読む]
  • ●「豊洲移転の真の原因は都市博中止」(EJ第4567号)
  •  築地市場の豊洲移転の経緯について調べてみると、全ての原因が青島幸男都知事による都市博開催中止にあることがわかってきます。全ては、青島都政の4年間に東京都の市場当局(2人の市場長)が根回しをし、石原都政で実現させようとしたものです。これによって次の3つのことがわかってきます。───────────────────────────── 1.石原元知事は、自分が都知事になったとき、築地市場の   豊洲 [続きを読む]
  • ●「築地市場再整備の歴史を振り返る」(EJ第4566号)
  •  石原知事は都知事に就任するや、非常に早いテンポで築地市場の豊洲移転を決めています。市場会計の問題があるので、東京都の役人の書いた筋書きに乗らざるを得なかったという事情もあることは確かです。 石原慎太郎氏が東京都知事に就任したのは1999年4月23日のことです。そして、2001年2月に石原知事は都議会で、築地市場の豊洲移転方針を表明しています。約2年ですが、その間の年表を作ってみます。────── [続きを読む]
  • ●「石原元都知事はどう決断したのか」(EJ第4565号)
  •  1999年5月11日の会議で、築地市場再整備の予算の状況と豊洲ありきの市場移転計画を聞いた石原知事は、結局、3ヶ月後に築地市場を豊洲に移す決断をしたのです。宮城市場長の次の言葉が知事の早期決断を促していたからです。再現します。───────────────────────────── 豊洲の開発は、地権者との最終合意が平成13(2001)に予定されており、それから逆算すると、平成11(1999) [続きを読む]
  • ●「最初からなかった築地再整備計画」(EJ第4564号)
  •  問題を整理します。築地再整備のために用意していた2400億円の予算を、臨海副都心計画破綻の穴埋めに使ってしまった東京都の市場当局は、何とかしてこの危機を乗り切る必要があったのです。当時の市場長は宮城哲夫氏です。 危機の打開策は、築地の再整備ではなく、中央卸売市場を別の場所に移転させ、価値の高い築地を売って欠損している会計を修復させるしかないと考えたのです。そこで、既にスタートしていた築地再整備工 [続きを読む]
  • ●「築地再整備は実質何もしていない」(EJ第4563号)
  •  築地再整備を決めた鈴木俊一知事は都知事4選を果たしており4期目は次の4年間です。この期間中に築地の再整備工事は進められていたはずです。─────────────────────────────    鈴木俊一知事/4期目    1991年4月23日〜1995年4月22日───────────────────────────── 確かに、東京都は築地市場の「第4次再整備基本方針」に基づき、1991 [続きを読む]
  • ●「なぜ築地再整備は中断されたのか」(EJ第4562号)
  •  なぜ、鈴木俊一知事が肝入りで、1991年から営業を行いながら鋭意進めてきた築地市場再整備工事を1996年になって突然中断したのでしょうか。 築地再整備中断の表向きの理由として東京都が上げているのは次の2つです。───────────────────────────── 1.予定されていた築地再整備総予算の2380億円よりも   1000億円以上かかることが明らかになったこと 2.営業を続けながら [続きを読む]