藤十郎 さん プロフィール

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藤十郎さん: 文楽と聴覚障害に生きる
ハンドル名藤十郎 さん
ブログタイトル文楽と聴覚障害に生きる
ブログURLhttp://tohjurou.blog55.fc2.com/
サイト紹介文文楽を愛しながら、病気で聴覚障害になりました。そんな視点からこの芸能と障害について書いています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供366回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2006/04/09 08:27

藤十郎 さんのブログ記事

  • 2017年文楽4月公演千秋楽
  • 本日、文楽4月公演が千秋楽を迎えます。楽屋で風邪が流行ったという噂を聞きましたが、つつがなく楽となりましたことをお慶び申し上げます。みなさま、いかがご覧になりましたでしょうか。六代豊竹呂太夫襲名披露も一段落。次は東京での披露です。 ↑応援よろしく! [続きを読む]
  • 授業を訪問する
  • 先日呂太夫さんの本について話したのは、ある授業から呼ばれたからでした。普通、授業というのは教員が一人で担当するものですが、そんな硬直した考え方をすることはないと思っています。実際、こうして他の教員の担当する授業に入れてもらって話をすると、学生もいつもと違った雰囲気になっていくらかでも    新鮮さを感じ取るかもしれません。昨今、私のような文学系の専門の者は、文学部(あるいは教育学部など)に所属して [続きを読む]
  • 看護師の卵たちへ(2)
  • 編集者さんとデザイナーさんについてもお話をしました。編集者さんはメリハリがあって、ここは手綱を緩めるとか、ぎゅっと締めるとか、そういうところを心得ていなければできない仕事だとしみじみ感じましたので、そんなことを言ったつもりです。やはり伝統ある一流の出版社の編集者さんですから、たいしたものです。これはお世辞ではなく、ほんとうにそう思ったのです。編集者さんは、しかし手綱さばきだけではダメで、筆者の書く [続きを読む]
  • 看護師の卵たちへ(1)
  • 先日、機会をいただいて、看護師の卵である看護学科の学生に『文楽 六代豊竹呂太夫 五感のかなたへ』のお話をさせていただきました。はっきり言って、学生はほとんど文楽を知りません興味もないという人も多いのです。それを承知で、さてどういうお話をするか、いろいろ考えてみました。まずは、弟子と師匠の関係について、呂太夫さんがおっしゃっていたことを紹介しました。 ★芸というのは「1+1=2」みたいなお勉強やない [続きを読む]
  • 正誤だけでなく
  • 仕事で、文部科学省の作っている小学校の学習指導要領を読むことがあります。大体私は役所嫌いで、文部科学省も好きではありません(笑)が、小学校教員になる学生にとっては指針になるものですし、私も見ないわけにはいかないのです。私の場合は国語科ですが、その指導の目標は次のように書かれています。  国語を適切に表現し正確に理解する能力を育成し、  伝え合う力を高めるとともに、思考力や想像力及び言語感覚を養い、 [続きを読む]
  • 『文楽 六代豊竹呂太夫 五感のかなたへ』の訂正について
  • 豊竹英太夫さんが六代呂太夫になられました。その記念の意味も込めて本を作るお手伝いをしましたが、かねてより敬愛する専門家の先生からご指摘をいただきました。五代目呂太夫さん(以下「先代」と書きます)について書いている部分で133頁なのですが、ポイントは★先代は6歳から修業を始められた★先代のご母堂様は女流義太夫であった★先代のご母堂様は竹本文昇と名乗られたということです。これについて先述の先生から詳しい [続きを読む]
  • 説話の中の歌人(4)
  • こうして説話の中の歌人を書き続けていくときりがないくらいですので、もうひとりだけご紹介しておきます。私も大好きな歌人である和泉式部です。『百人一首』には「あらざらむこの世のほかの思ひいでに今ひとたびの逢ふこともがな」が入っていますが、ほかに「黒髪の乱れも知らずうちふせばまづかきやりし人ぞ恋しき」「とどめおきて誰をあはれと思ふらむ子はまさるらむ子はまさりけり」「もの思へば沢の螢も我が身よりあくがれ出 [続きを読む]
  • 第35回だしまきの夕べ
  • 昨夜、文楽第二部終演後に大阪日本橋文楽劇場そばの季節料理の店    両輪 (りょうわ)で、文楽ファンの集いである「だしまきの夕べ」がおこなわれました。私は1年ぶりくらいにお邪魔しました。みなさまとても楽しそうで、素晴らしい会になりました。やたけたの熊実行委員長の進行でお話が弾みました。お店の女将さんがいらっしゃいませんので、雑用はセルフサービス。みなさん、自分の店のように働いてくださいました。上演 [続きを読む]
  • 説話の中の歌人(3)
  • 貫之だけではありません。さまざまな歌人が説話の中に登場します。『古今和歌集』の歌人で説話がやがて能になる、という意味で同じ経過を辿るものに小野小町の話があります。能の『通小町』はこんな話でした。小野小町の霊が僧の弔いを得た上、受戒しようとすると深草少将の霊がそれを妨げます。少将の霊は「あなたひとりが成仏して私は三途の川に沈んでしまうだろう」と言い、なおも受戒を妨害します。小町の霊がどうしても受戒す [続きを読む]
  • 説話の中の歌人(2)
  • 説話には霊験譚というものがあります。観音様は現世のご利益を与えてくださるというので、庶民に愛されました。清水寺の本尊は十一面観音ですから、ここにもさまざまな霊験譚があるのです。京に住む貧しい女が熱心に清水寺に参詣をし続けました。それでも貧しさに悲運まで重なるありさまで、とうとう観音に向かって恨み言を言うのです。そのまま居眠りをしたところ、夢に現れた人が    御帳の帷子をたたんで女の前に置いたとこ [続きを読む]
  • 説話の中の歌人(1)
  • 説話文学と呼ばれるジャンルがあります。平安時代後期に編まれた『今昔物語集』を筆頭に、『宇治拾遺物語』『十訓抄』『古今著聞集』『沙石集』『古本説話集』『江談抄』『撰集抄』『雑談集』『古事談』『宝物集』などなど。『宝物集』は鬼界が島に流されて、のちに赦免されて都に戻った平康頼の作と言われています。あの『平家女護島』にも登場する、あの人です。説話文学は、「事実」や「事実と言われていることがら」をもとにし [続きを読む]
  • 讃岐の道真
  • 私はうどんが大好きで、昼によく作っては食べています。うどんといえば讃岐ということになっていて、安いうどんでも香川県産でありさえすればよく売れるようです。「なんとか製麺」といううどん屋さんもいろいろあります。江戸落語で「時そば」といっても、上方では「時うどん」です。学生の頃、東京の大学の学食でうどんを食べようとしたのです。するとうどんが真っ黒な汁の中に泳いでいてビックリしました。汁は飲めたものではな [続きを読む]
  • 短歌を詠もう(2)
  • 学生に短歌を詠んでみませんか、という話をしました。知り合いに歌人の人がいるから、その人に見てもらって自分の短歌に手を入れてもらうようなことをしませんか。こんなことを言ってみたのです。結果は・・・    無反応でした。小学校教諭を目指す人たちがいますので、きっと一人や二人は「やってみたい」というかな、と期待していたのですが、まったく異次元の話をしているように思われたのかもしれません。おそらく彼女たち [続きを読む]
  • 和歌を詠もう(1)
  • 以前連載をさせていただいていた短歌の雑誌が、同人の高齢化などが原因で歌誌の刊行を半分に減らしたそうです。同人が高齢化するということは、どうしても人数が減り、雑誌を経済的に維持できなくなってくるのです。やはり短歌など今どき流行らないのでしょうか。もちろん若い人でも短歌を詠む人はいますが、一般的に言って隆盛を誇っているとは言いがたいように思います。また、短歌作品自体も、最近はあまり感傷的なものではなく [続きを読む]
  • 書評
  • 昔、論文集の書評を頼まれたことがあります。そんなのしたことありません、と言ったのですが、若い人に頼む、ということになったそうで、私にお鉢が回ってきました。結局、書評ではなく、紹介に終わってしまい、執筆者の皆様には申し訳ないことになってしまいました。先月刊行された『文楽 六代豊竹呂太夫 五感のかなたへ』については、仲野徹氏がhonzに書いてくださいました。そしてまた短歌の同人誌『橙(オレンヂ)』に、代表の [続きを読む]
  • 襲名披露公演
  • この4月もやっと文楽劇場に行きました。かなり息切れがひどいので、久しぶりに地下鉄を利用しました。やはり早いです。10時過ぎに着いたため、ゆっくり展示室も拝見。『文楽 六代豊竹呂太夫 五感のかなたへ』も展示されていて、不思議な気分でした。本の背が堅めですので、真ん中辺りを広げて展示するのは難しいと思っていたのですが、呂太夫さんのサインがある見返しの部分が出ていました。しばらく売店を見ていたのですが、私が [続きを読む]
  • できるのか、幼稚園の催し
  • 6年間続けてきた幼稚園での文楽人形劇ですが、今年もやりませんか、と言われています。ライフワークというほどではないかも知れませんが、私の仕事に占める意味はかなり大きくなってきました。この春からは、お付き合いしてくださる幼稚園の園長先生も3人目になります。ありがたいお誘いには違いないのですが、これから1か月くらいで    台本を書かねばならず、かなり頑張らねばなりません。この春休みに勉強していたカッパ [続きを読む]
  • 漢詩を詠む梅
  • 梅の木が好きなのです。春の始めに咲くために「花の兄」とも言われる白や紅の花もいいですし、実が生るとまた愉しみがあります。私はこのところ家の老木の実で梅酒と梅シロップを作っています。なかなかいけますよ。すでに桜が散っているのに、今ごろ梅のことを書くのもどうかと思いますが、文楽四月公演『菅原伝授手習鑑』上演中ということもありますのでご容赦を。梅と言えば、天神様。『菅原伝授』でおなじみの    菅原道真 [続きを読む]
  • 第35回だしまきの夕べ(予告)
  • すごいですね、もう35回になりますか。ほんとうに50回記念というのができるんじゃないでしょうか。高齢の、また間違えた、恒例のだしまきの夕べが    4月22日(土)      第二部終演後におこなわれます。また大勢の方のご参加がありますようにお願いいたします。参加される方は幹部(笑)の方にご連絡を。もしこのブログをご覧になる方で一度参加してみたいという方がいらっしゃいましたら、コメント欄に(ナイシ [続きを読む]
  • 初めての詩
  • 私は小さいころから短詩型文学、つまり俳句、短歌、川柳などがとても好きで、自分も作れるようになりたいと思っていました。大伴家持十六歳の作にこんなものがあります。    振り仰(さ)けて みかづき見れば         一目見し人の眉引(まよびき) おもほゆるかも                           (『万葉集』巻6・994)三日月を見るとあの人の眉が思い出される。川端康成にも「十六歳の日 [続きを読む]
  • 文学無用の時代(2)
  • 菅原道真は音楽も好きだったのです。彼の詩の中に「偏信琴書学者資」(私はひとえに信じている。琴、書は学者の資本になると)という一節があり、音楽と読書は学者にとって何よりも大事な支えになることを感じていたのです。これは中国でも同じで、あの白居易は詩と酒と琴を「三友」としました(白居易「北窓三友」)。ところが道真は、音楽はいまひとつ才能に乏しかったようなのです(といっても人並み以上だったのではないかと思 [続きを読む]
  • 文学無用の時代(1)
  • 国文学なんて役に立たない学問など今の時代には無用のものである。コソコソとそんなことを言われているような気がして、仕事場でも肩身が狭いのです。いや、ほんとうは胸を張っているのですが、肩身が狭いと嘆くような顔をしているのです。それは違うよ、と言いたいために。先日、文楽四月公演『菅原伝授手習鑑』の、また今年から実施する予定の講座「王朝の歌人たち」の予習のために     藤原克己『菅原道真』(ウェッジ選書 [続きを読む]
  • 2017年4月文楽公演初日
  • 本日、文楽四月公演が初日を迎えます。この公演は呂太夫、織太夫、玉助と続く襲名シリーズの第一弾でもあります(文雀、というのはないのでしょうか?)。豊竹呂太夫の名が帰ってきました。五代目をご存じのファンの中にはイメージが合わないとおっしゃる方もあるのですが、それは言わないことにしましょう。新しい呂太夫なのですから。五代竹本伊達太夫さんだって、錣太夫(しころだゆう)の襲名が云々されていながら、美声の土佐 [続きを読む]
  • 集まるお酒
  • 2月以来あまり体調がよくない日々が続き、もちろんお酒などめったに飲めるものではありません。ただ、私はいわゆる「酒飲み」ではありませんから、苦痛ということはないのです。何か月もアルコール抜きなんてまったく平気ですし、これまで何度もそういう経験はあります。私の家にはビールというものは今や存在しません(笑)。「発泡酒」や「第三のビール」は好まないので、ビール系飲料はまるでないのです。いつぞやもらったこと [続きを読む]
  • クラーナッハ
  • ヴィッテンベルクの宮廷画家ルカス・クラーナッハ(Lucas Cranach 1472―1553)は、ドイツルネサンスを代表するアーティスト。個人としてのみならず、工房を持って子どもたちの協力も得ながら多くの絵を生み出したそうです。そのクラーナッハ及び彼の工房の作品を集めた展覧会が東京と大阪で行われ、私は大阪中之島の国立国際美術館に行ってきました。あまり体調がよくなくて、いつもなら梅田から20分ほどで行けるのに、     [続きを読む]