メゾフォルテ さん プロフィール

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メゾフォルテさん: メゾフォルテからあなたへ
ハンドル名メゾフォルテ さん
ブログタイトルメゾフォルテからあなたへ
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/dorci/
サイト紹介文歴史にまつわる物語などで、あなたの心の扉をノックします。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供101回 / 365日(平均1.9回/週) - 参加 2006/04/22 16:52

メゾフォルテ さんのブログ記事

  • 飛行物体の謎
  • 東京・瑞穂町の箱根ヶ崎駅構内からの写真です。ちょうど空が暗くなってきたときに撮ったのですが、帰ってきて見てびっくり。雲の中にドローンみたいな飛行物体が写っているんです。横田基地に近いところでもあるし・・・・・・・よく考えてみたら、駅のガラス越しに撮ったため、中の照明が映っていたんですね。近未来の戦争がこのようなものでありませんように。戦争になれば飛行機は飛び立つ前に動かなくなる可能性は大いにありそ [続きを読む]
  • 花からの励まし その2
  • きょうは雨模様の花冷えの日曜日。玄関回りの花の写真を撮ってみました。相撲のテレビ番組はずっと5年以上も見たことがなかったのに、きょうは、ぼんやりとみておりました。高齢になると、テレビを漫然と見るようになってくるのだと、よく思っておりましたが・・・・・いよいよ私もその仲間になってきたようだと思いつつ。なんと、肩を痛めた稀勢の里の優勝の名場面を観ることができたではありませんか。日本国中、元気をもらうこ [続きを読む]
  • 花からの励まし その1
  • 忙しくしていると、季節の花の表情を見過ごしてしまうことになります。もしかしたら、身近な人の表情も見過ごしてしまうことにもなるかもしれません。花は励ます力を持っていると思うのですけれども・・・・・いかがでしょうか。NO WAR!ランキングにご協力ください。人気ブログランキングへにほんブログ村 [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔185〕 つづき
  • 堀辰雄の画像を探してみた。なるほど知的で端正な顔だと思う。不思議なことに堀辰雄の写真は伏し目がちのこちらが使われる。芥川龍之介の系統であったからだろうか。2枚の写真を並べただけで、旧制高校由来の教養主義というものが力ずくで潰されたのではないか、と思わないでもない。外国に潰されたのか、それとも日本が外国の顔色を見つつの自主規制が過剰だったのか。考えてみれば、たとえば評論家の文芸批評文が採用されるには [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔185〕
  • かくしてぞ 人は死ぬといふ 藤波の ただ一目のみ 見し人ゆゑに 万葉集 作者不詳太宰治が伊馬春部に遺した伊藤左千夫の歌池水は濁りににごり 藤波の影もうつらず 雨降りしきるについて、何度か記事にしてきたのだけれど・・・・・死の間際に書いたのだとすれば、上に掲げた歌からただ一目のみ 見し人ゆゑになのだろうか。それは誰であったのか、となると 芥川龍之介 というよりも、堀辰雄ではなかっただろうか。堀辰雄に [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔184〕 つづき
  • 太宰治は最後の行を決めてからそこにたどり着けるように書いていくのではないだろうか、と思うことがある。「富士山が酸漿に似ている」とは・・・・・寺田寅彦が「神話と地球物理学」で酸漿のルビを「あかかがち」としている。昔、ホオズキをカガチといい、赤ホウズキをアカカガチと呼んだようであり、戦前には、ヤマタノオロチの目が酸漿(アカカガチ) と韻を踏むような感じで、多くの人間の頭に神話の一場面が入っていたのでは [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔184〕
  • 検索という作業では、思いがけない方向へと導かれることがよくある。太宰治「富嶽百景」は こちらこの作品には何度か触れて来たのだけれど、文末の部分で その翌る日に、山を下りた。まづ、甲府の安宿に一泊して、そのあくる朝、安宿の廊下の汚い欄干によりかかり、富士を見ると、甲府の富士は、山々のうしろから、三分の一ほど顔を出してゐる。酸漿(ほほづき)に似てゐた。なんでホオズキがここで出てくるのだろう、と思った人 [続きを読む]
  • 梅を撮りました
  • 青森県立美術館「澤田教一:故郷と戦場」 羽鳥書店 2016年という写真集を購入しました。青森市出身の34歳で亡くなった戦場カメラマン澤田教一は、青森高校の先輩でもあります。栄誉と地位を求めて戦場に出かけて行った「展覧会に出すための写真を撮りたい」と語っていたなど野心家と評されていたりしますが、それは少し違うように感じられます。弱者の側に立った写真により、反戦というものを深く訴えたかったのではないで [続きを読む]
  • 千人針とは
  • 「千人針」を知っていますか?と問いかける資格は私にはありません。ドラマや映画で見かけた程度です。ただ、どういうわけか寅年の女性が特別扱い千人針については こちら「千人針」の画像を見つけました。札幌市HPにある札幌平和バーチャル資料館からです。→ こちら針仕事をあまりしたことがないのですが、年を取ったせいか、あれこれ布を手に取って針をもちたい気持ちになるのが不思議です。遠い記憶でもあるような気分です。 [続きを読む]
  • 続 寧日記〔118〕 太田道灌 つづきのつづき
  • 太田道灌が長尾氏につながっているとのこと。長尾氏の家紋は九曜巴紋であるという。本家を分家が守るという形を示したものだろうか。巴紋の影の部分に着目すれば、鋭利な回転する刃のような武器に感じられるし白い部分に着目すれば、ぶつかりそうになるものを丸く収めようとする知恵にも感じられる。知恵が「ともえ」と読めることに気が付いた。21世紀の世界は、それぞれの国や組織がお互いに分断を仕掛けたり仕掛けられたりしてま [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔183〕
  • 太宰治「饗応夫人」は こちら1948年(昭和23年)1月に発表されたとのこと。モデルは桜井浜江とのこと。→ こちら太宰治の死後、桜井浜江は長く生き、力強い作品を残している。その中には力強い樹木を描いたものがある。桜井浜江は もはや「饗応夫人」にみられるような弱い存在ではなく、この作品によってとてつもなく強い力を授かったかのように思える。太宰治は弟子の中に女性たちも含めていたのかもしれない。「饗応夫 [続きを読む]
  • 続 寧日記〔118〕 太田道灌 つづき
  • 越生で太田道灌に遭遇して、寧日記に5年ぶりで戻ってみたいと思う。(あれこれつぎはぎだらけのブログになっておりまして申し訳なく思っております)続 寧日記〔113〕 太田道灌 については こちら後世からみれば、太田道灌は神出鬼没で使い勝手が良いというか、そういう人物として感じられる。歴史の勉強をしていない私ですら、山吹伝説をまちづくりに利用できないかと浅ましいことを考えるほど。系図には大いに利用された [続きを読む]
  • 越生(おごせ)へ つづき〔4〕
  • タクシーに待っていてもらったため、石段の多い境内をあちこち急いて走り回って写真を撮りました。そういえば、長谷川町子の漫画「いじわるばあさん」はよく走っていましたね。あの感じです。帰り道、梅林に寄ってもらいました。紅梅が少しだけ咲いていました。こういう梅林もいいかもしれない、などと負け惜しみみたいなことを考えていたら梅干しありますの看板がありました。その農家に入ってみたら、私と同年代の上品なお顔のご [続きを読む]
  • 越生(おごせ)へ つづき〔3〕
  • 経蔵が珍しい建物に思われました。天保時代とは1830年から1844年までのようです。太田道灌の墓はあちこちにあるようですが、ここでは父道真(どうしん)と一緒です。急な石段を上ったところにありました。太田道灌ゆかりのところに行くと中国から逃れて来た高貴な人たちの影を感じるのですが・・・・・太田道灌が生きた15世紀半ばの中国では動乱が続いていたようです。明・英宗については こちら日本でも動乱の時代が始ま [続きを読む]
  • 越生(おごせ)へ つづき〔2〕
  • このとき龍穏寺に感じられたものは、江戸時代からみての太田道真および道灌の物語を私が想像で広げているということのようです。まるで本堂を守るような太田道灌像です。境内に熊野神社という神社がありました。ランキングに参加中です。婆さんのためか苦戦中。 してランキング・アップにご協力をお願いいたします。人気ブログランキングへにほんブログ村 [続きを読む]
  • 越生(おごせ)へ つづき〔1〕
  • 越生ガイドマップの太田道灌コースは こちら太田道灌コースから奥まったところにある龍穏寺を選んで駅前からタクシーで往復することにしました。タクシーの運転手さんは40数年のベテランの方でした。越生のまちは、絹織物や林業で栄えたようです。杉林になっている小さな山が連なっていました。カーブが多い川に沿った山道を行きました。思ったほど急な坂道ではありません。龍穏寺について石畳が美しい。山門が立派。案内には建 [続きを読む]
  • 越生(おごせ)へ 
  • 2月7日のことです。晴れていましたが、冷たい風が吹いていました。朝、8時10分に家を出て所沢・椿峰ニュータウン――(西武バス)――小手指駅――(西武線・所沢乗り換え)――本川越駅少し歩いて川越市駅――(東武東上線)――北坂戸 10時少し前に到着でした。午前中にパルシステム埼玉という生協の組合員の会議があったのです。この会議に出ると交通費とお弁当と生協の商品をもらうことができます。また、さまざまな方 [続きを読む]
  • 三年祭を前に
  • 主人が亡くなってもうすぐ3年が経ちます。神道では一年祭、三年祭、五年祭、・・・・ という祀り方ということで、近くの中氷川神社に出かけて、命日少し前の墓前での三年祭をお願いして来ました。そのとき、大きな木に呼び止められたような気がしました。そういえば、この中氷川神社には、GHQにまつわる出来事があります。GHQの視察について  こちらなぜこの中氷川神社が選ばれたのか、もしかしたら詳細な日本に関する研究が背 [続きを読む]
  • 2017年 ヤブツバキ
  • あ、ちょっと咲くのは早かったかしらね。だって、じっとしていられないっていうこともあるじゃない?ツウィッターが好きな誰かさんのネクタイの色が気になったりして・・・・・実はね、枝切りが頻繁で前のところでは咲けないから、サザンカに混じって咲くことにしたら一緒に咲いちゃったのよね(泣)自主独立がモットーのヤブツバキとしてはうかつだったわ。っていうか決してサザンカのなりすましになろうなんてしていませんからね [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔182〕 つづき
  • 今少し、杉森久英「苦悩の旗手」の最後の部分にこだわってみたい。杉森久英については こちら河出文庫(1983年) あるとき、執筆に疲れて、ふと机の上にあった1冊の本を取り上げ、いいかげんにページをひらいて読みはじめた。その軽い文体とユーモアが心に沁みた。改めて題名を見ると、太宰の「お伽草紙」の中の「かちかち山」だった。笑いの底にたたえられた悲しみが、ひたひたと私の心の中へ流れこんだ。「そうか。君はこ [続きを読む]
  • 花の恋しい季節に
  • 夕方の時間にスーパーに出かけて会計を済ませて通った花売り場呼び止められた気がしてふと見ると山形のサクラと韓国のバラが目に付きました。山形のサクラは啓翁桜という名前でした。→ こちら             韓国のバラは、韓国ローズピアからとのこと。→ こちら             もう一度レジに。すっかり暗くなった帰り道でしたが、あちこちのお宅でイルミネーションが点灯して・・・・・最近のお父さん [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔182〕
  • 60歳を超えて生きてみると、少しは自分の人生など見晴らしのよいところにいるような気になってくる。たとえば自分の名前や干支といったものはかなり潜在意識に働きかけるものとして感じられる。さて太宰治は巳年だとか。聖書ではヘビは大きい役を振られている。杉森久英「苦悩の旗手 太宰治」 河出文庫 1983年 (初出 文藝春秋社 1967年)は太宰治の評伝の中でも秀れたものとして評判が高い。太宰の悪評をあれこれ [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔181〕 つづき
  • 「津島家の人びと」は、太宰治よりも長兄である津島文治の人生にスポットライトを当てている。津島文治については こちら早稲田大学では井伏鱒二と同期であるという。若いころの文治はp.97・金木町役場でいちばん若い書記だった大橋忠雄が、青森の歩兵第五連隊に入営したのは、大正十四年十二月一日である。その少し前のある日、役場二階の会議室で入営壮行会が開かれた。大橋の記憶によれば、その日、年若い町長は、朝から役場の [続きを読む]