yunitake2000 さん プロフィール

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yunitake2000さん: 仮想旅へ
ハンドル名yunitake2000 さん
ブログタイトル仮想旅へ
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000
サイト紹介文仮想旅、「LOHAS」な世界へお誘いします
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供387回 / 365日(平均7.4回/週) - 参加 2006/10/12 09:50

yunitake2000 さんのブログ記事

  • 柳津久保田のマリア観音
  • 柳津の虚空蔵堂で地震による破損仏を観たら、久保田集落に祀られていると聞く33観音を無性に観たくなりました。「今日観なければ一生観られない」と思うともう私は制御不能です。友人の同意を取り付けて只見川を更に遡りました道は県道59号線(標識には会津三島線」と記されています。柳津では川幅も在ったのですが渓谷は次第に狭く深くなっています。これが只見川にかかる只見川第一橋梁です写真出典奥会津観光http://www.okua [続きを読む]
  • 粟津の虚空蔵堂
  • 名物も粟饅頭を戴いて。虚空蔵に詣でました。只見川の岸辺から懸崖造りの虚空蔵堂は何度も見上げたのですが、舞台に上りのは初めてです。清水の舞台を遠望しても、伯耆大山の投入堂を遠望しても舞台に上らなくては飽きないようなものです。いよいよ虚空蔵堂に上れる悦びが湧いてきます。友人は饅頭屋さんに一番舞台に近い駐車場を確認してくれました。登れるだけで満足な処一番楽して上りたいなんて私の欲望は尽きません。虚空蔵堂 [続きを読む]
  • 柳津の粟饅頭
  • 新幹線の時刻は6時50分です。今日の主目的地は西会津の虚空堂です。西会津は再三来ていますが何時も只見川の岸辺から虚空堂の懸崖造りの舞台を見上げて帰って来ました。只見川の岸辺には斉藤清美術館もあります。それが4年ほど前に門前の名物の粟饅頭屋さん岩井屋)(が火事で焼けてしまいました。横浜のデパートで東北物産展が開催されると必ず小池屋さんの粟饅頭が出店して長蛇の列が出来ます。東京人は黍団子より粟饅頭が好き [続きを読む]
  • 飯豊の曲屋
  • 「曲屋」と云えば岩手県遠野の民家を想い出す人が多いでしょう。勿論遠野の曲屋は大きくて見栄えがします。でも飯豊にも曲屋は数多くあります。遠野のように母屋が立派であるのに較べて飯豊の曲屋は母屋もこじんまりしていて厩(うまや)も小さいのです。南部の曲屋は上級武士や支配階級の農家で飯豊の曲屋は下級武士や貧農の家のように想えます。屋根は本来茅葺きだったのでしょうが今では茅葺き曲屋は稀で大半が萱の上からカラート [続きを読む]
  • 菅沼の経塚桜
  • スーパー林道は積雪で未だ開通していないので、仕方ありません昨日来た道を戻る事にしました。でも柚餅子で有名な玉庭を通って喜多方に向かう事にしました。民宿の奥様は玉庭から飯豊にお嫁に来たそうです。ですから飯豊と玉庭の間の名所旧跡は執拗に訊きました。”「山の神」の神社は無いか?”『山の神ならそこらじゅうに祀られてるよ。神社なら入れば何処も山の神の洞があるし、澤には山の神の石碑が立っているよ』期待に応えて [続きを読む]
  • アイヌ犬の熊太郎
  • 山葡萄酒に熊肉の効果でしょう。熟睡できました。朝5時目が覚めると枕元に水音がします。今日も昨日に続いて雨天のようです山の神に嫌われたのかもしれません。温かいお布団から出る留めは枕元で叫んだ鶏の鳴声でした。そんな次第で、スッキリ目覚めて、表に出ました。水音は雨の所為では無くて雪解け水の流れ下る音でした。私が外に出る気配を察してかご主人が後から出て来られました。真っ直ぐ物置小屋に入って卵を三つ掌に抱え [続きを読む]
  • 「源流の森白川湖の水没林」
  • 昭和42年の羽越豪雨がありました、最上川上流部は未曾有の大洪水になりました。また、一方では置賜地方は水不足にも悩まされ続けてきた地域でもあります。そこで飯豊の山間部に、白川ダムが計画されました。洪水と渇水に対応し、地域の発展に貢献しようとするものです。水は上から下に流れます。従って受益者は下流の置賜や川西や米沢の住民です。犠牲になるのは飯豊の住人です。兎角不満の昂じるダム上流民対策でしょう飯豊には分 [続きを読む]
  • 熊肉のステーキ
  • 飯豊村の農家民宿ですからベッドはありません。畳の奥座敷に布団が敷かれていて布団で寝なくてはなりません。私は脳梗塞で半身不随ですから和布団は苦手です。昨秋に熊汁をたらふく戴いて寝た時です。朝方トイレに立った時でした。スット立ち上がれました、久しぶりに左の膝に力が入ってくれたのでした。瞬時に”昨晩戴いた熊さんのお蔭だと気付いて感謝しました。私は味をしめたら病み付きになって、お供物を盗み喰いする狸君と大 [続きを読む]
  • 草木塔は狸君の縄張り
  • 田沢の道の駅「和みの郷」の観光案内版に草木塔が出ていました国道121号線は笹ユリの群生地が在ったり、草木塔が祀られていたりで、植物には優しい土地のようです。草木塔は昨秋も飯豊町で探して回りました。入田沢村では草木塔の案内塔が立っていて,草木塔を探して歩く事を推奨しているようです。私達は案内板に従って先ずは曹洞宗洞松院の草木塔を確認しました。確認すると次は1キロ下ると別の草木塔が在る、と案内していま [続きを読む]
  • 大峠の斑残雪にブナの新緑
  • 今晩の宿泊地は山形県置賜郡の飯豊町です。飯豊の現役マタギ猟師の家に民泊の予定です。熊料理のオーダーもしておきました。昨秋に味を覚えてしまった私はもう熊さんの味の虜です。同行の親友もジビエは嫌いではなさそうです。喜多方ラーメンも食して気分は飯豊に飛んでしまいました。夏場ならスーパー林道も通れますから、飯豊はそんなに遠くはないのですが、まだ、飯豊山は冠雪して神々しく人を寄せ付ける気配は無さそうです。立 [続きを読む]
  • 草木塔は狸君のお得意です。
  • 田沢の道の駅「和みの郷」の観光案内版に草木塔が出ていました国道121号線は笹ユリの群生地が在ったり、草木塔が祀られていたりで、植物には優しい土地のようです。草木塔は昨秋も飯豊町で探して回りました。入田沢村では草木塔の案内塔が立っていて草木塔を探して歩く事を推奨しているようです。私達は案内板に従って先ずは曹洞宗洞松院の草木塔を確認しました。一つ確認すると次は1キロ下ると別の草木塔が在る、と案内してい [続きを読む]
  • 圧倒される弩迫力立木観音像
  • 憧れの恵日寺を詣でて、次の目的地は喜多方の立木観音です。私の2年後輩にS君が居て会津高校の出身でした。私が勝常寺の薬師如来を拝んだ時の感動を口にすると「立木観音こそ会津男子の誇りだと云いました。程無く私は桐の咲く季節に立木観音を詣でました。バス停のすぐ前が立木観音で狭い境内に巨大な立木観音に接しました。見上げた時の印象は長谷観音に似ていました。長谷観音さんも清水寺の観音さんも新しくて金ピカでしたが [続きを読む]
  • 徳一上人への憧憬(
  • 今春友人4人組と鳥羽伏見を観て廻りました。香水の宮(幕府軍)城南宮(薩長軍の陣が敷かれた)を観て廻っているとき、自覚しました。自分は何時も幕府軍、特にその中核であった会津軍に共感していて、”何故義を重んじた中世的な軍が、インチキの錦の御旗を押し立てた薩長軍に負けたのか?”日本史も「勝てば官軍」の悪しき風潮で書きか書き換えられました。その最たるものが「皇国史観」で「万世一系の天皇」等と云った神話が歴史観 [続きを読む]
  • 野草の美しさ
  • 2/週のリハビリの帰り道、少し遠回りをして柏尾川の堰堤を通って帰りました。先日保育園児がシロツメクサを摘んで首飾りを編んでいた辺りはコンクリート護岸壁の継ぎ目から奇妙な雑草が伸びて電々太鼓のような花をつけています。これは柏尾川堰堤の護岸コンクリートの継ぎ目に根を張って花を咲かせて箆オオバコの花です。箆の様な所から雄蕊が四方に向いて花粉を散らしています。箆(へらオオバコは遠目には地味でもアップで観れば [続きを読む]
  • カラスはへっちゃらだ!」
  • リハビリで東戸塚駅に行った時の事です。駅の壁には「山形花回廊」のポスターが貼られています。最上川の源流置賜(おきたま)、地方から最上川に沿って順番に貼られています。私は11日には友人と二人で昨秋に次いで今春もこの日本のアルカディアに遊ぶ予定です。山形の観光キャンペーンポスター最上川に沿って左から置賜そして村山最後は庄内を案内していました。最上川の戸沢村は最上川舟下りの拠点です。以前日文研のツアーで [続きを読む]
  • 孝謙天皇の重荷
  • 私には心に刺さった書があります。唐招提寺の扁額です。この字は多くの人が手本にして同じように書いておいでです。まるでペン字の様に真っ直ぐに伸びて、ハッキリ跳ねて時に止って線は伸びやかでおおらかです。まるで唐招提寺の大棟のような雄大さも感じます。これが唐招提寺の扁額です。孝謙天皇の書と云われています。初めて観た時にも心に刺さりました。唐招提寺で案内している便箋や小物にもこの書が使われています。注意して [続きを読む]
  • 畳屋さんの君子蘭
  • 場所は北鎌倉駅から西に歩いて小来坂郵便局の前を通り巨袋踏切を渡る暫く前ですこの辺りは鎌倉市台と云う名の歴史のある街で最近では一遍上人行状絵巻にも描かれた隧道を取り壊すというので揉めていました。東慶寺の井上和尚が「駆け込み寺道」としてお書きでしたから。中世から賑やかな道だったのでしょう。今も研ぎの「菊一」さんや建具八鍬さんや表具屋さんが並んでいます3月になると北鎌倉の駅前通りは吊るし鄙飾りが出ますが [続きを読む]
  • 阿修羅像のロマン
  • 今年の4月NHKテレビで「謎多き仏像阿修羅像」を放映していました。私が山城旅行を終えて和束町に安積親王墓を詣で、阿修羅像のモデルは聖武天皇の第5皇子安積親王墓であると確信して居た時でした。テレビ番組はエックス線写真や現代の仏像作家の意見を参考に阿修羅像の原型を突き止め、塑像の上に木糞漆を重ね、元の像は一般的な猛々しい阿修羅であったモノが漆を重ねる事によって青年の憂いを帯びた仏像に修復したと判断しま [続きを読む]
  • 戸塚駅の小さな気遣い
  • 今日もリハビリで新戸塚病院に出かけます。朝9時ですから8時にには電車に乗らなければ間に合いません。戸塚駅では楽しみがあります。バスの発着所前に在るパチンコ屋さんの珈琲ベンディング装置のプラスチックの屋根の上に今年も燕が巣作りしているのです。パチンコ屋さんの背中には柏尾川が流れていますから巣材の)泥も子育ての為の餌も豊富なのです。それに巣の前には人だかりがありますから天敵の猫にもカラスにも襲われるリ [続きを読む]
  • 団塊女子の評価
  • 私達の成長期に経済学者?の堺屋太一氏は戦後に生まれた一際人数の突出した世代を纏めて「団塊の世代」と評されました。それは如何にも通産官僚らしく単なる人数の多さ指摘しただけでありました。私達は中学から高校に進学するにつれ受験戦争就職戦争(高度成長期に遇したので、総じて就職難ではありませんでしたが・・・・。昭和30年の人口昭和人口ピラミッド此方は平成17年の人口ピラミッド一番の瘤が70代に入ろうとしていま [続きを読む]
  • 八十八夜のお煎茶
  • 今年は5月2日が八十八夜でした。庭の卯の花の白さも目立ちます。庭の姫空木です。卯の花の面影を遺している矮性種です。この他に箱根空木が生えています。私の脳裏に浮かぶ景色は持統天皇の作と云われる次の歌です。春すぎて 夏きにけらし白妙の ころもほすちょう 天の香久山)持統天皇の皇女時代の名は「鸕野讃良/うのさらさ」です、夫大海人皇子が天武天皇になり、次期天皇として期待した草壁親王が早逝すると孫の軽皇子が聖武 [続きを読む]
  • 厄病爺の風邪奮闘記
  • 4月末でした、突然に歯根が痛みだして以来38.5度が上で下が35.3度と乱高下しています。私の係付医は脳神経外科ですので早速に飛び込みました、初診でインフルエンザでは無い事が確認され解熱鎮痛剤を含めて2種類の薬を処方されました。此処までは一昨日「鬼の攪乱」と題して書きました。ワイフの顔は心配げではありますが、「折角のGWに風邪ひきするなんて迷惑ね!」表情に出ています。”本来なら孫を抱いて居られるの [続きを読む]
  • 皐月の爽風
  • お世話になっているデーサービスの献立ボードを飾る絵を毎月描いています。先月はお花祭り(灌仏会)に因んでお釈迦様を仏殿の縁側にお出しして甘茶をおかけしている光景を描きました折か雨が降り出しました所謂穀雨で穀雨は天帝の降らせる甘茶かも知れません。これが4月に使った献立ボードの絵です、花祭りの場面は室生寺をみおろす枝垂れ桜の永琳寺です。一か月経つのは早いモノでもう5月です。5月の作品に差し替えなくてはなり [続きを読む]
  • 83夜の鬼の攪乱
  • 4月初めお世話に立った京都府山城和束町の民宿「茶畑「和み」さんから郵便小包が届きました。実は私は県の女性フォーラムで借りた文庫本(早川文庫)を持参していったのです本の題名は「女子高生裏ビジネスの真実」と云ったもので。10人ほどの女子高生に対し明治学院大学の社会学の学生がヒヤリングを重ねて、秋葉原のお散歩ビジネスがて援助交際に発展してゆくプロセス、を女子高生サイドの視点を主に風俗産業の視点を従に取り上 [続きを読む]
  • 無花果対策
  • 洋の東西で似た神話が多くあります。先ず旧約聖書の創世記でアダムとイブが出会う場面です。二人は”エデンの園では善悪の知識を与える果実(林檎)を食べてはいけない”守っていたのですが蛇の誘いにイブがのって林檎を食べてしまいました。すると二人とも素裸で居る事に気付いて、無花果の葉で前を隠し田のです。無花果では無くて大きな蓮か蕗の薹ならよかったかも知れませんが。無花果ではチラチラ透けて見えて返って煽情的です。 [続きを読む]