gin さん プロフィール

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ginさん: ginの小説
ハンドル名gin さん
ブログタイトルginの小説
ブログURLhttp://gin-syosetsu.seesaa.net/
サイト紹介文現在UPしている小説は、 1964年の日記「GIMの青春」
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供127回 / 189日(平均4.7回/週) - 参加 2006/11/01 20:50

gin さんのブログ記事

  • 童謡
  • 先日(8/11)孫達と?浜散策の折、?浜の観光バス「赤いくつ」の走っているのに何度か出会った。なんなのあのバスは、と目で追う孫三人(中二、小六、小三)。 横浜の 埠頭(はとば)から 汽船(ふね)に乗って 異人さんに つれられて 行っちゃった♪…の童謡にある「赤い靴」よ、と私?知らない。童謡なんて習わないし,歌わないし。と孫たち。私が小学生のころは、子供が歌う歌は「童謡」で童謡歌手もいた。大正10年〜11年 [続きを読む]
  • NOVAうさぎ<br />
  • 2007年10月NOVAうさぎ会社更生法の適用を申請した英会話学校最大手のNOVA。ことに関して何ら被害も関係も無いけれど、私はあの「NOVAうさぎ」が好きだった。2時間サスペンスの後半、犯人を断崖に追い詰め謎解きの映像が始まると、そこでテレビから離れるし、ドラマ最中でも、コマーシャルになるとトイレに立ったり、ごそごそ他のことを始めるという、きわめて「苛」で「心筋梗塞」体質の私。だから、コマーシャルはほ [続きを読む]
  • 「藪入り」<br />
  • 2007年10月「藪入り」――永代橋の橋脚に、若い女の死体がひっかかっているのを、早朝、舟をだした船宿の船頭が見つけた。番屋で茶をすすっていた岡っ引きのGINが、死体のあがった桟橋に駆けつけてみると、女は、GINとは顔見知りの江戸は神田の小間物問屋「きぬ屋」の女中お花だった。まだ15にもなっていないはず。「ようっお花坊、朝早くから旦那のお使いかい?」「なに言ってんの親分、今日からあたし、藪入り。これから、お母 [続きを読む]
  • ライトノベル挑戦記
  • 2007年07月ライトノベル挑戦記「文章作法」をネットで調べていたとき、ある小説研究サイトのホームページで短編小説による競作イベントが開催されていた。投稿者の誰もが作者名を「競作企画」とし、HNで.他参加者の作品へ最低ひとつ以上感想をつけること。というのが決まりだった。ちょうどそのころ「祐三郎さんの恋」を書き上げ、雑誌の新人賞に応募して間もないときだった。新人賞応募という作業は儚いものである。だれでも応 [続きを読む]
  • 絵の鑑賞<br />
  • 2007年06月絵の鑑賞国立新美術館の「モネ展」も閉館まであと数日。「モネ展」へ出かけたら、美術館近くのミッドタウンもあわせて散策しようと思い、夫を誘っている。しかし、先に出かけた友人の話によるとすごい人出で、押し合いへし合い、まるで韓流スターを出迎えるがごとし…だったという。(友人は韓国ドラマ・冬のソナタのヨン様のファン)私たち夫婦は(とくに夫は)人が大勢集まるところが苦手なので、だんだんとで「モネ展 [続きを読む]
  • 依頼を断る<br />
  • 2007年04日依頼を断るかねてより、ご主人の遺稿集を自費出版なさることを望んでおられたKさんからyamabunさんが「出版会社」の紹介を頼まれ、それをyamabunさんが私にネットで自費出版をしている会社を調べてくれないかと言ってきた。交渉はもちろんyamabunさんがおやりになるという。私はそれをほとんど「にべもなく」という感じで断った。「断る」というやりとりは、断られた方はもちをん、気持ちを害しているだろうが、「断った [続きを読む]
  • 「忘れ物」「落とし物」<br />
  • 007年02月「忘れ物」「落とし物」「忘れ物」続けて「落とし物」に出会った。先日、電車に乗り込んすぐのこと。ちょうど急行がやってきた。あわてて乗り換えに走った人の席が空き、ラッキーとばかり座ろうとして、足元の白い大きな紙袋に気がついた。両隣の人に「お宅のお荷物ですか?」と確かめ、忘れものの主を探して私も電車を飛び出した。が、主の顔はもとより服装にも憶えがない。「お忘れ物で〜す!」と第一声は大声。それか [続きを読む]
  • ここはどこですか。
  • ここはどこですか。  各務昌子さんのエッセイ「ここは何という所ですか」「はァ?」一月末の昼近く、暖冬ではや春めいた光が溢れているものの風はまだ冷たい。県道沿いの三十分に一本しか通らないバス停車場で、私は時間を気にして腕時計とバスが現れる方角を睨んでいた。バスは定刻より少し早めに来てもう行ってしまい、乗り損なったのかもしれない。私のほかは誰もいない。…と、不意に後ろから声をかけられた。いつの間にか人 [続きを読む]
  • 辞める・・<br />
  • 2007年03月辞める・・エッセイスト・クラブを退会する。TOSIKOさんが逝って一年になる。YAMABUNさんは年一、二回ぐらいの出席を心がけるらしいが、香山さんは「句会」の道を選び、そして私は退会する。寺澤草子さんのソシアルダンスの発表会が京王プラザホテルでおこなわれた。エッセイスト・クラブの仲間も招待された。華やかな席の中にいながら、私は「会」からの別離を皆さんにどのように伝えたらよいものかと、考 [続きを読む]
  • 新人賞に応募<br />
  • 2007年03月新人賞に応募400字詰め原稿用紙に換算して246枚の小説を書き上げ、昨日集英社の「小説すばる新人賞」に応募した。中間小説と言われる商業娯楽系文芸誌の「すばる」「新潮」「現代」などが公募している「新人賞」しか馴染みがなく、締め切りの月日と応募要項にあわせ今回は「すばる」になった。時間が余りある歳になって、好きなことに没頭できるのが嬉しい。書かない人からみれば「遊びごと」である。パソコンに向かい、 [続きを読む]
  • 入賞・・?<br />
  • 2007年01月入賞・・?天気晴朗なれど・・風強く、冷たい。まだ一月の半ば過ぎだから、春一番ということはないだろう。さて、小説ブログへ「翔子の恋人」をUPしてから日が経ち、そろそろ次作品「井戸の中のエッセイスト・クラブ」をUPしようかと考えていたところに、応募していた同人誌から入賞の報が届いた(発表は2月)。「井戸の中のエッセイスト・クラブ」は、いくつかの独立したエッセイをつないで(オムニバス風)、小説仕立 [続きを読む]
  • エッセイとは?
  • 2007-01エッセイとは?。エッセイスト・クラブの集会に久しぶりに出席した。この重々しい「エッセイスト・クラブ」という名称は、15年前書くことを修行する面々が同好会を立ち上げたとき、会長に選ばれた人が決めた。定年前はそれなりの肩書きの人が幾人かいて、空白の目立つ手帳をめくりながら「えー、その日はエッセイスト・クラブの会合がありましてな、他の日に変えていただきたい」などと使用すると、格好がつく…のだな、 [続きを読む]
  • 電車で・・<br />
  • 2006年12月電車で・・電車に乗ると市原悦子の人気テレビ番組「家政婦は見た!」ではないが、「おばさんは見た!」状態になってしまう。電車に乗っているあの暇な時間、他の乗車客はなにを思い考えているのだろう。昼間のゆったりした時間で、座席に座ることが出来て読む本がなど、持ち合わせていない場合、あとは寝るしかないでしょ、なのだが、夜充分寝たりて、どうしても寝れないときもある。今日はピンシャンとしていた。寝れな [続きを読む]
  • 落書き
  • 2006年11月落書き歴史講座受講日、開催される大学の教室に早々と出かけて来たのはいいけれど、開始時間を間違えたらしい。他の受講生は、疎ら。講堂のような広い教室の冷ややかな机と堅いイスにポツネンと座った。最初、自分が時間を間違えたことなど全然気がつかず、講座はやがて始まるもの思い、遅れているのは主催者側に何事か遭ってかと、自分本位に考えながら、ただただじっと待っていた。本も持ってきておらず、会話を楽しむ [続きを読む]
  • 小説を書く・・・<br />
  • 2006年10月 小説を書く・・・テニスで遊ぶように、歴史散策やハイキングに出かけるように、文章を書くことを趣味にして、ホームページやブログに、「日記」「エッセイ」など綴ってはいたが、本音をいうと小説を書きたかった。空想の世界で、幾通りもの人生を生きてみたいと思ったのである。 しかし、それはまさに「言うが易く行うは難し」だった。 原稿用紙6〜7枚も書けば、もう少し簡潔にならないものかと思案するよう [続きを読む]
  • 「しっちゃかめっちゃか」<br />
  • ※2006年10月「しっちゃかめっちゃか」「しっちゃかめっちゃか」というのは、郷里の方言ですか?と、問われて、私は、言葉に窮した。その音の響きから威勢のいい江戸っ子弁だと思っていたので、私は「し」と「ひ」を言い間違えたのかと思った。「ひっちゃかめっちゃか」…。井上ひさしの「日本語相談」のなかに「誤用が社会的に承認されるとき」がある。………(略)ほんとうは誤りであっても、それを使う人が増えて、社会的に承認 [続きを読む]
  • エッセイスト・クラブと私<br />
  • 先日、小田急線の電車の中から、クラブ発足当時仲間たちとよく利用した「そば屋」の屋根が見えた。まだ、営業しているのだろうか…。かつてこの駅(登戸)裏周辺は、狭い道の両側に雑然とした商店街が並んでいたけれど、現在(2017/7)は、再開発、区画整理で更地に治った土地が点在し、二十年前の面影はない。その頃その「そば屋」へは、クラブ作品合評後、大勢の人数で訪れたので、たいてい二階に案内された。二階は天井が低く、赤 [続きを読む]
  • 我が家の猫物語・銀(ジュニア)
  • 我が家の猫物語・銀(ジュニア)    2017年現在の我が家の猫    ←我が家にやってきた当時の銀(ジュニア)1才  こういう柄をしているがシャム猫である。先代の銀が逝って「お母さんが寂しがっているから…」と、言ったのは夫。私としては、22年間、共に暮らした先々代の猫「純」が逝ったとき、もうペットは飼わない、飼えないと思っていた。楽しみ喜びを味わうことより、悲しみの出来事の方がより身にしみる…。もはや我 [続きを読む]
  • 我が家の猫物語・銀(Ⅲ)
  • 銀の葬儀のこと。 銀が逝ってから2日ばかりして、  動物病院「○○ペットクリニック」から お花が送られてきた。 私はクリニックのホームページのアドレスに、 お礼を書いた。昨夕お花が届きました。ありがとうございます。2009年5月8日(正確にいうと、9日未明だったかもしれない)飼い猫の銀は、クリニックから帰ってくる途中、車の中で逝ってしまいました。葬式は平和会ペットメモリアルで行いました。先代の猫た [続きを読む]
  • 我が家の猫・銀(Ⅱ)
  • 2009年05月11日銀の訃報2009年5月8日(正確にいうと、9日未明だったかもしれない)飼い猫の銀が逝った。いつもの夕食、モンプチのロースト若鶏を前にして、腰が崩れ後ろ足が立たなくなり、自分でももどかしげに這うようにもがいた。24時間診療の医院に駆けつけ、レントゲン、血液検査などなされた。肝機能とか心臓など他の猫より数値が高いことがわかったけれど、それだけで、ほんとうのところは、判断できない。その日( [続きを読む]
  • 我が家の猫物語・Ⅴ(銀)
  • 銀♂(2000年年〜2009年)  「銀」は1999年の2月、名古屋から西濃運輸で運ばれてきた。愛猫雑誌などに載る「ペット売ります、譲ります」から、先代の「純」の面影を残す「シャム猫」を探した。当時、私たちは団地へ越していて、ネコは飼えない環境になっていた。しかし…。「純」を失った家族は、それぞれ「ペット、ロス」状態。ゆくゆくは次女が連れて家をでる…と言う約束で「銀」を迎えた。(…なかなか、それが、実行で [続きを読む]
  • 我が家の猫物語・Ⅳ<br />
  •  別れのセレモニー                            別れのセレモニーは遺されたもののために…ある。 22年間共に暮らした愛猫純が逝った時に、つくづくそう思った。  私と娘たちはこの日の別れを想像し、「哀しみ」を少しでも分割することができればと、歳月をかけて心を準備していた。火葬は個別にして貰い、骨は拾い持ち帰る。陶器でできた可愛い壺もすでに用意しており、私たちと [続きを読む]
  • 我が家の猫物語・Ⅲ<br />
  • 純の死 1998年12月18日夕方、我が家の飼い猫「純」は死んだ。 享年22歳…。 彼が身にまとうシャム猫柄は、終生その容姿の 衰えを隠し、人間で言うところの惚けた様子もみ せなかった。 しかし、その年の秋が往く頃には、陽の当たるベランダに小鳥が寄ってさえずるのにも目をくれず、専用のイスの上で日がな一日うつらうつらするようになった。別れがそこまできている予感…、ではなくて現実。本当のことを言うと私 [続きを読む]
  • 我が家の猫物語・Ⅱ
  • 純♂(1976年〜1998年) 純21歳  「純」という名はテレビドラマ「太陽にほえろ!」 の「宮内淳(ニックネームはボンボン)」から。 上の娘がファンだったらしい。 いつのまにか、淳から純に変わっていた。さて、その純は、ポリーが逝ってから数ヶ月の後、我が家にやってきた。貰われていったポリーの娘(愛称白耳ちゃん)が、ご近所の野良猫「クロ」と恋をしてできた子猫。まだ我が家では、白耳ちゃんを手放した時 [続きを読む]
  • 我が家の猫物語・Ⅰ<br />
  • ポリー♀1971年〜1976年  我が家のネコは二代目からシャムになった。  別に「ネコはシャムに限る」というわけではない。  夫が娘の誕生日に彼女が欲しいとねだるネコを  近場で探したが、ノラも、生まれた子猫も都合よ  は見付からず、ペットショップで購入したのが  シャムネコ。 「一番安いヤツ、それでも三万円もした」と、夫はぼやいた。↑の写真のシャム猫とは違う。最初のネコは購入して [続きを読む]