偉人録 さん プロフィール

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偉人録さん: 偉人録 郷土の偉人を学ぶ 偉人の志を引き継ごう!
ハンドル名偉人録 さん
ブログタイトル偉人録 郷土の偉人を学ぶ 偉人の志を引き継ごう!
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/ijinroku/
サイト紹介文偉人の故郷、ゆかりの地の紹介。生誕地、記念館、史蹟、墓所、関連HP、関連書籍の紹介。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供353回 / 365日(平均6.8回/週) - 参加 2006/12/17 12:34

偉人録 さんのブログ記事

  • 山田風太郎、原点のメモ発見 学生時代に多彩な案(神戸新聞・2017/7/26)
  • 山田風太郎、原点のメモ発見 学生時代に多彩な案(神戸新聞・2017/7/26)忍法帖シリーズなどで知られる兵庫県養父市出身の作家、山田風太郎さん(1922〜2001年)が、医学生時代に小説の構想やアイデアを記したとみられる多数のメモが、山田風太郎記念館(養父市)の保管資料から見つかった。山田さんの作品の原点をうかがい知ることができる貴重な資料で、同館で28日から始まる企画展で一部を初公開する。山田さんは東京 [続きを読む]
  • 広重が描いた東海道や名所 安城で特別展(中日新聞・2017/7/23)
  • 広重が描いた東海道や名所 安城で特別展(中日新聞・2017/7/23)江戸後期の浮世絵師歌川広重(一七九七〜一八五八年)の風景版画を集めた特別展「広重 雨、雪、夜 風景版画の魅力をひもとく」(安城市歴史博物館、中日新聞社主催)が二十二日、安城市安城町の市歴史博物館で始まった。九月三日まで。広重の生誕二百二十年に合わせて開催。江戸時代の宿場、東海道五十三次の風景を描いた代表作「東海道五拾三次之内(のうち)」全 [続きを読む]
  • 穴穂部皇子 (あなほべのみこ・?〜五八七)『日本書紀』による
  • 穴穂部皇子 (あなほべのみこ・?〜五八七)『日本書紀』による欽明天皇の皇子。用明天皇崩御後、崇峻天皇即位時の反乱者 埿部穴穂部皇子・天香子皇子・住迹皇子・三枝部穴太部王・須売伊呂杼 母は蘇我稲目の娘小姉君。穴穂部間皇女・崇峻天皇らの母 敏達天皇一四(五八五)年、その殯宮に乱入し、即位への野望を吐露する。用明天皇元(五八六)年五月、やはり殯宮に奉仕する炊屋姫を姧そうとして、彼女の寵臣三輪君逆と争う。これ [続きを読む]
  • 筑前の小京都に薫る志士の魂(産経新聞・2017/7/14)
  • 筑前の小京都に薫る志士の魂(産経新聞・2017/7/14)秋月藩は福岡藩の支藩であった。幕末の藩主は嘉永・安政期の10代黒田長元、文久期の11代長義、文久〜慶応期の12代長徳と続き、長徳の際に明治維新を迎えた。最後の藩主、長徳は維新後、秋月藩知事に任ぜられた。廃藩後は一時期、秋月県が設置され、やがて福岡県に編入された。現在は同県朝倉市になる。秋月藩は優秀な人材を輩出した。8代藩主の長舒(のぶ)、9代長韶(つ [続きを読む]
  • 阿部信行(あべ・のぶゆき)・石川の偉人
  • 阿部信行(あべ・のぶゆき)・石川の偉人石川県金沢市生まれ。明治8年(1875)11月24日-昭和28年(1953)9月7日 77歳大正・昭和時代の軍人、政治家。明治8年(1875)11月24日金沢藩士阿部信満の長男に生まれ、東京府立一中から四高に進んだが、日子戦争に刺激されて陸軍士官学校に転じ、明治30年11月卒業(第9期)、翌年6月砲兵少尉に任官した。明治40年陸軍大学校に優等で卒業。参謀本部に配属され、ドイツ留学、陸大教官、参謀 [続きを読む]
  • 六華苑 山林王・諸戸の調度品を初展示 桑名 /三重(毎日新聞・2017/7/13)
  • 六華苑 山林王・諸戸の調度品を初展示 桑名 /三重(毎日新聞・2017/7/13)山林王と呼ばれた桑名の諸戸(もろと)家、2代目清六の邸宅「六華苑」(桑名市桑名)で、邸宅が国の重要文化財に指定されてから20周年を迎えるのを記念した収蔵品展が開かれている。大正期に洋館で使われた調度品などが初公開されている。8月末まで。六華苑は明治・大正期を代表する建造物で、洋館と和館、庭園などで構成する。市内にある清六の別邸 [続きを読む]
  • 自由闊達な萬鐵五郎に出会う(産経新聞・2017/7/13)
  • 自由闊達な萬鐵五郎に出会う(産経新聞・2017/7/13)本展では、これまであまり注目されることがなかった水墨画にも焦点を当てた。萬は大正7年、神経衰弱と肺結核を患い、療養のため東京から神奈川県の茅ケ崎に転居。「水着姿」といった代表作も誕生した地だったが、海辺の温暖な地で打ち込んだのが水墨画だった。単純な線で軽やかに筆を運んだ「日の出」は、太陽に向き合った男の動きがユーモラスで漫画的。「橋の上の犬」は、橋を [続きを読む]
  • 春秋(日本経済新聞・2017/7/9)
  • 春秋(日本経済新聞・2017/7/9)明治に入って、武士が給与として米や金銭をもらう仕組みは廃止された。代わりに士族が受け取ったのが今でいう国債だ。旧津軽藩士たちはその運用をしようと、銀行の設立を考えた。元家老の大道寺繁禎(しげよし)らが相談したのが、すでに銀行を開業していた渋沢栄一だった。現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書) [新書]渋沢 栄一筑摩書房2010-02-10渋沢栄一 100の訓言 (日経ビジネス人文庫) [文庫] [続きを読む]
  • 慈愛の遺志 後世に  社会福祉の祖・小野太三郎館(中日新聞・2017/7/6)
  • 慈愛の遺志 後世に  社会福祉の祖・小野太三郎館(中日新聞・2017/7/6)ひ孫・小坂與繁さん開館、遺品を展示「社会福祉の祖」と言われる金沢市出身の社会事業家小野太三郎(一八四〇〜一九一二年)の記念館が、六月に金沢市小立野で開館した。ひ孫にあたる小坂與繁(ともしげ)さん(72)が自宅の一部を開放し、小野の慈愛の心を伝えている。小野は二十五歳で、飢餓で苦しむ人を救済するため自宅を開放した。その後、現在の社会 [続きを読む]
  • 海津に「平田靱負ロード」 宝暦治水の功績たたえ(中日新聞・2017/7/5)
  • 海津に「平田靱負ロード」 宝暦治水の功績たたえ(中日新聞・2017/7/5)江戸時代に木曽三川の治水工事を指揮した薩摩藩家老の平田靭負(ゆきえ)(1704〜55年)の功績をたたえる催し「ゆきえサマーフェスタ」が、海津市の平田公園であった。平田町今尾から勝賀までの大榑川左岸道路8キロを「平田靭負ロード」、沿道の桜約1000本を「平田靭負桜」と命名した看板をお披露目した。 徳川幕府の命を受けた宝暦治水の木曽川分 [続きを読む]