K さん プロフィール

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Kさん: Kブログ
ハンドル名K さん
ブログタイトルKブログ
ブログURLhttp://hp-i.sblo.jp/
サイト紹介文管理人プロフィール http://cari.jp/pr/
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供169回 / 365日(平均3.2回/週) - 参加 2007/01/19 16:42

K さんのブログ記事

  • 2016/10/31(18:12:11) 写真 猫H・S
  • http://fanblogs.jp/k10/search/?keyword=%94L+%8E%CA%90%5Ehttp://blog.livedoor.jp/ken060819/search?q=%C7%AD+%BC%CC%BF%BFhttp://k0708
    02.seesaa.net/pages/user/search/?keyword=%94L+%8E%CA%90%5Ehttp://kblog.mediacat-blog.jp/search.php?search=%E7%.. [続きを読む]
  • 母性優先の原則・監護継続性の原則廃止要求 2017/3月下旬
  • 現在の監護継続性の原則の実際の運用では男親(父親)が監護していた場合でも女親(母親)が子供を拉致・監禁してしまえば、女親が監護者とみなされることになり、拉致・監禁を正当化する方便に過ぎなくなっている。男親が拉致・監禁した場合でもそれを継続すれば、女親に優先することはあるが、引渡命令において男女差別がなされているので女性を優遇する制度であり、憲法の平等原則(14条)を侵害するものである。また、男女どちらが優 [続きを読む]
  • 2017/03上旬・世界史
  • 歴史データベースhttp://kblog.mediacat-blog.jp/e120961.html憎い(291)八王の乱開始スタイン:東トルキスタンを探検し、敦煌の仏画・仏典・古文書類を持ち帰ったハンガリー系イギリス人探検家ヘディン:楼蘭の遺跡を発見したスウェーデン探検家リヒトホーフェン:シルクロードと命名したドイツの地理学者張角(太平道):黄巾の乱玄菟郡(げんとぐん):前漢武帝が鴨緑江中流に設置し、高句麗に滅ぼされた推恩制:前漢武帝の王領分割 [続きを読む]
  • 継続性の原則・母性優先の原則廃止要求2017/3月中旬
  • 憲法は何人も居住・移転の自由を有すると明文で規定している(22条)。父母が別居すれば子供は自分の望む方に行ってよい旨を憲法が定めている。母性優先の原則や継続性の原則は憲法を無視した既得権益(女親・監禁親優先)を守る違憲原則と化している。合憲限定解釈するにしても言葉を話せない乳児期などに限定的・暫定的に適用できる程度のはずである。憲法が居住・移転の自由を明確に認めており、子供が望む方に行けるのが子供の福祉 [続きを読む]
  • 2017/02月下旬
  • 古文データベースhttp://cari.jp/?k=%8C%C3%95%B6訳:尊敬「なさる」「お〜になる」。謙譲「申し上げる」「お〜する」。丁寧「です」「ます」「ございます」。尊敬:給ふ・おはす・おはします。謙譲:奉る・申す・聞こゆ・参らす。丁寧:侍り・候ふ。本動詞の「奉る」「参る」は謙譲。但し、衣食乗なら尊敬も。[下二]得・心得・所得:ア行。植う・飢う・据う:ワ行。[ヤ行]上一:射る・鋳る。上二:老ゆ・悔ゆ・報ゆ。28日(火)Nさ [続きを読む]
  • 母性優先の原則廃止要求(子供の自由保障要求)2017/3上旬
  • 最高法規である憲法は「何人も」居住・移転の自由を有すると規定している(憲法22条1項)。子供の意思に関係なく監禁親・同居親を優先しようとする現在の運用(継続性の原則・母性優先の原則)は憲法の人権を侵害するものである。他に受け入れ先があれば子供には監禁親・同居親を拒否する権利がある。子供は自由権(人権)の主体である。逃げる権利(自由)の確保が最大の人権保障方法であり、国はそれを妨害すべきではない。ユダヤ人がナ [続きを読む]
  • 2017/02月中旬
  • 古文データベースhttp://cari.jp/?k=%8C%C3%95%B6[終助詞]念押し:かし。禁止:そ・な。詠嘆:かも・かな・か・も・な・や願望終助詞:ばや・てしがな・にしがな、なむ、もが・もがな・がなし+体言の「し」は過去の「き」「だに」限定用法(せめて〜だけでも):だに+(未来)意志・仮定・願望・命令「て」の識別:真下が助動詞なら「て」も助動詞。但し、「てば・てばや」の「て」は助動詞。已然+ば:順接確定条件。已然+ど・ども [続きを読む]
  • [世界史10]
  • 「ムハンマドなくしてカールなし」の視点から西欧中世世界成立を論ぜよ 7世紀にムハンマドが始めたイスラム教は勢力を拡大していき、661年に成立したウマイヤ朝はジブラルタル海峡を通り西ヨーロッパに侵入。イベリア半島の西ゴート王国を滅ぼし、その後も勢力拡大を図るが、732年トゥール・ポワティエ間の戦いでフランク王国に敗れ、ピレネー山脈がイスラム教圏とキリスト教圏を分ける境界となる。 また、従来キリスト教圏のビ [続きを読む]
  • 第1・3回十字軍とイスラム王朝の関係を論ぜよ[世界史9]
  •  イスラム王朝であるセルジューク朝の勢力拡大でキリスト教国であるビザンツ帝国が圧迫され、ビザンツ皇帝はヨーロッパのキリスト教世界に救援を要請。ローマ教皇ウルバヌス2世は1095年クレルモン宗教会議を開き、キリスト教国はイスラム圏へ第1回十字軍を派遣し、イェルサレム王国が建国される。 その後、イスラム教国であるアイユーブ朝のサラディンはイェルサレム王国を攻撃し、その領土の大半を占領。これに対し、ヨーロッパ [続きを読む]
  • 子供拉致・監禁問題(子供の自由権保障要求)2017/02下旬
  • 母性優先でなく本人意思優先を要求します。大事なのは子供は監禁親の所有物ではなく、人権(自由権)の主体であるという認識。憲法は居住・移転の自由(22条)他各種自由権を保障しており、年齢制限などしていない。現在の家裁他公的機関の監禁親(特に母親)優遇は自由権を有する者の交流(私的自治)を不当に侵害する違憲な運用と思われる。居所の移転を含め、あくまで子供の意思を基準にするべきである。子供が一つの受け皿に留まり続け [続きを読む]
  • 10Cシーア派、11Cスンナ派の意味を論ぜよ[世界史7]
  • 「10世紀はシーア派の世紀、11世紀はスンナ派の巻き返し」の意味を論ぜよ 10世紀に入るとスンナ派のアッバース朝の支配が揺らぎ、メソポタミアでは932年成立したシーア派のブワイフ朝が946年頃に首都バグダードに入城し、大アミールの称号を得て、アッバース朝の政治的実権を奪取した。 また、北アフリカでは909年にチュニジアでシーア派のファーティマ朝が成立し、勢力を拡大して969年にはカイロを建設した。 これらブワイフ朝 [続きを読む]
  • トルコ民族の歴史を論ぜよ[世界史8]
  • トルコ民族は元々アルタイ山脈付近を原住地としていた中央アジアの遊牧民であると考えられる。その後、中央アジアはトルコ系の突厥が覇権を持つが、唐に吸収される。次に、トルコ系でマニ教を国教とするウイグルが覇権を持ち、ウイグルは唐の内乱である安史の乱の平定に活躍する。中央アジアでは初のトルコ系イスラム王朝であるカラハン朝が999年にサーマーン朝を滅ぼし、この一帯がトルキスタンとなる。中央アジアで11世紀に勃興 [続きを読む]
  • アッバース朝期イスラム世界の宗教的分裂を論ぜよ[世界史6]
  • アッバース朝は750年にウマイヤ朝を倒し成立したスンナ派イスラム王朝であり、1258年にモンゴル帝国のフラグに滅ぼされるまで続いた。ウマイヤ朝の領土を継承し成立当初はイスラム世界の多くを統治できていたものの、756年にウマイヤ朝の王族がイベリア半島にコルドバを都とする後ウマイヤ朝を建国した。アッバース朝はシーア派の協力を得て建国したもののシーア派を粛正しており、シーア派の不満を内包するという不安要素を抱えて [続きを読む]
  • ポエニ戦争後の古代ローマの社会変化を論ぜよ[世界史5]
  •  ローマはフェニキア人のカルタゴとの三度のポエニ戦争に勝利し、イタリア半島以外の領土(属州)を獲得・拡大していった。その結果、穀物等を大土地所有により大量生産するようになり(ラティフンディア)、安価な穀物等が出回るようになった。 ローマの軍備(重装歩兵)を担っていたローマ市民(平民)の多くが中小農民であったことから、これらの人々が没落し、ローマの社会は動揺し、紀元前133年のグラックス兄弟の改革を皮切りに内 [続きを読む]
  • 共和政ローマの民主化プロセスを論ぜよ[世界史4]
  • 共和政ローマは紀元前509年エトルリア人の王を追放することにより始まった。ローマが領土を拡大する過程で重装歩兵である平民(プレブス)が活躍し、発言力を強めていった。紀元前367年のリキニウス=セクスティウス法では、執政官の一人を平民から出すこととすると共に、大土地所有を制限した。紀元前287年のホルテンシウス法では元老院の承認がなくても平民会の決定のみで国法が成立することになった。(注)この記事は歴史好きの答 [続きを読む]
  • アテネの民主政完成のプロセスを論ぜよ[世界史3]
  • ペイシストラトスらの僭主政治の反省を踏まえ、独裁者が出ないよう紀元前508年クレイステネスが陶片追放の制度を設けた。その後、紀元前500年ペルシア戦争がはじまり、マラトンの戦い・サラミスの海戦などで平民が活躍し発言権を増していった。アテネはペルシアの再度の侵攻に備えたデロス同盟の盟主となり、民会での合議による直接民主政が確立し、ペリクレスによる黄金時代を迎える。但し、アテネの直接民主政は女性や奴隷に参政 [続きを読む]
  • ポリスについて論ぜよ[世界史2]
  •  ポリスは古代ギリシアの都市国家であり、アテネのような集住型(シノイキスモス型)とスパルタのような征服型のものがある。 ポリス同士は水利権などを巡って争うことも多く、重装歩兵が活躍する。そのため、それを構成する平民の発言権が強まり、アテネのようにアゴラ(広場)での集会(民会)による直接民主制が成立することもあった。 また、同じ言語を話すもの(ヘレネス)としての同胞意識もあり、オリンピアの祭典が開かれたりも [続きを読む]
  • [世界史1]古代オリエントの統一プロセス
  •  古代オリエントを最初に統一したのはニネヴェを都としたアッシリアであるが、残虐な統治のためその支配は長くは続かなかった。紀元前612年にメディアと新バビロニアの連合軍によりニネヴェが陥落しアッシリアは滅亡する。 その後、四王国時代となるが、メディアの国内から勃興したアケメネス朝(紀元前550年〜紀元前330年)により、再び古代オリエントは統一された。 初代キュロス2世が四王国のうちエジプトを除く三王国を征服し [続きを読む]
  • [子供連れ去り/虐待/拉致得問題]等まとめ2017/02中旬
  • 別居後・離婚後でも、事実婚(非法律婚)でも、婚姻関係になくても、親権・監護権の有無に関わらず、子供に対し両親が同等である(一方親が他方親より優越しない)よう要求致します。親は子供の受け皿であって、選ぶ主体はあくまで子供であり、子供は憲法22条の居住・移転の自由等自由権の主体である。大事なのは子供自身の居住・移転の自由(憲法22条)など自由権(人権)を保障してやること。子供自身が親を選択できることで子供は虐待し [続きを読む]