羽柴茶々 さん プロフィール

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羽柴茶々さん: 今日は何の日?徒然日記
ハンドル名羽柴茶々 さん
ブログタイトル今日は何の日?徒然日記
ブログURLhttp://indoor-mama.cocolog-nifty.com/
サイト紹介文おかげ様で2000万アクセス突破!感謝です…その日の出来事や歴史ウラ話を楽しくわかりやすく♪
自由文その日に起こった出来事を中心に、武将の勇ましさはもちろん!神の奇跡から下世話なウワサまで、歴史のあんな事こんな事書いてます。
その日の主役を飾った1000名を越える歴史人物!
2500を越える歴史エピソード!
ご一緒に歴史を楽しんでいきましょう
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供53回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2007/04/01 21:24

羽柴茶々 さんのブログ記事

  • 織田信長、清州城を乗っ取る!
  • 弘治元年(1555年)4月20日、叔父=信光の協力を得た織田信長が清州城を乗っ取りました。・・・・・・・・・これまでも何度が書かせていただおておりますが、この尾張(おわり=愛知県西部)という地は、室町幕府の管領家である斯波(しば)氏が代々守護(知事)を務めていました。とは言え、その役職の性質上、京都に滞在する事が多い守護に代わって、居城の清州城(きよすじょう=愛知県清須市:清須城)にて普段の政務をこなし [続きを読む]
  • 上杉謙信VS椎名康胤〜松倉城攻防戦
  • 永禄十一年(1568年)4月13日、それまで武田信玄についていた越中増山城主=神保長職が上杉謙信に寝返りました。・・・・・・・・・・射水(いみず=富山県射水市)や婦負(ねい=富山県富山市、主に神通川西部)を中心に勢力を持つ増山城(ますやまじょう=富山県砺波市)の神保長職(じんぼうながもと)と、新川(にいかわ=富山県富山市、主に神通川東部)に勢力を持つ松倉城(まつくらじょう=富山県魚津市)の椎名康胤(しい [続きを読む]
  • 浅井亮政VS六角定頼〜箕浦合戦
  • 享禄四年(1531年)4月6日、六角定頼と浅井亮政による箕浦合戦がありました。・・・・・・・・・・・宇多源氏(うだげんじ)・佐々木氏(ささきし)の流れを汲む南近江(みなみおうみ=滋賀県南部)の六角氏(ろっかくし)と、同じく佐々木氏の流れを汲む北近江(きたおうみ=滋賀県北部)の京極氏(きょうごくし)・・・鎌倉時代より、この二つの名門家によって統治されて来た近江の地。しかし、かの応仁の乱(5月20日参照 [続きを読む]
  • 上杉謙信の増山城&隠尾城の戦い
  • 永禄三年(1560年)3月30日、椎名康胤の要請を受けた上杉謙信が神保長職の越中増山城へ攻め入りました。・・・・・・・・・天文二十二年(1553年)を皮切りに始まった、甲斐(かい=山梨県)の武田信玄(たけだしんげん)と越後(えちご=新潟県)の上杉謙信(うえすぎけんしん)による信濃(しなの=長野県)北東方面の争奪戦=川中島の戦い(9月10日参照>>)・・・(くわしくは【武田信玄と勝頼の年表】参照>>)この時、謙信 [続きを読む]
  • 源平争乱・壇ノ浦の戦い〜平知盛の最期
  • 寿永四年(文治元年・1185年)3月24日、ご存じ源平争乱のクライマックス壇ノ浦の戦いがあり、平家方の総司令官である平知盛が入水自殺しました。・・・・・・・・・・・・養和元年(1181年)2月の、大黒柱の平清盛(たいらのきよもり)(2月4日参照>>)の死後、相次いで挙兵した伊豆(いず)の源頼朝(みなもとのよりとも=源義朝の3男嫡子)(8月17日参照>>)と北陸の木曽義仲(きそよしなか=源義仲=頼朝の従兄弟)( [続きを読む]
  • 信長の動きを受けて〜いよいよ謙信が富山へ侵攻
  • 天正四年(1576年)3月17日、織田信長と手を切った上杉謙信が越中富山へと侵攻を開始しました。・・・・・・・・・・・・・天文二十二年(1553年)を皮切りに度々衝突した有名な川中島の戦い(9月10日参照>>)でご存じのように、甲斐(かい=山梨県)の武田信玄(たけだしんげん)と、越後(えちご=新潟県)の上杉謙信(うえすぎけんしん)は、信濃(しなの=長野県)北東方面の国境線を巡って、長きにわたるライバル関係 [続きを読む]
  • 大河ドラマ「おんな城主 直虎」〜信長役に海老蔵さん
  • NHKの大河ドラマ「おんな城主 直虎」に、歌舞伎俳優の市川海老蔵さんが織田信長役で出演! 本日=3月2日のお昼前・・・こんなニュースが飛び込んできました〜不詳わたくし・・・この1日・2日、大河ドラマに関して少々言いたい事があり、感想を書こうか書くまいか、少し悩んでいたんですが・・・あぁ、待ってて良かった〜〜ヽ(´▽`)/そう、実は、その言いたいことは、この織田信長がドラマに出るのか?出ないのか?に関 [続きを読む]
  • 将軍義輝が朽木へ〜三好VS六角の志賀の戦い
  • 天文二十年(1551年)2月26日、7日から始まっていた三好VS六角による志賀の戦いが、ほぼ終結しました。・・・・・・・・・・・戦国の幕を開けた男とも言われる室町幕府管領(かんれい)=細川政元(まさもと)の死後、後継者の座を巡って3人の養子たちが争ったお話は、これまでも何度か書かせていただいておりますが、●【細川政元の暗殺】>>●【船岡山の戦い】>>●【神尾山城の戦い】>>●【桂川原の戦い】>> ●【 [続きを読む]
  • 源平・屋島の戦い〜弓流し
  • 文治元年(寿永四年・1185年)2月19日は、源平合戦の屈指の名場面=扇の的で有名な『屋島の戦い』のあった日です。・・・・・・・・・・ご存じ、平安末期の源平の戦い・・・治承四年(1180年)、驕る平家に一矢を報うべく立ち上がった以仁王(もちひとおう=後白河法皇の第3皇子)が散った(5月26日参照>>)後、その令旨(りょうじ=天皇家の人の命令書)(4月9日参照>>)を受け取った伊豆(いず)の源頼朝(みなもとの [続きを読む]
  • 畿内に三政権〜天下分け目の桂川原の戦い
  • 大永七年(1527年)2月13日、丹波の柳本賢治らが三好勝長らと連合し、桂川原で細川高国を破る桂川原の戦いがありました。・・・・・・・・・・・応仁の乱(5月20日参照>>)の東軍の大将として有名な細川勝元(ほそかわかつもと)の息子=細川政元(まさもと)は、室町幕府管領(かんれい)という立場にありながら、現将軍を廃して自らの思い通りになる将軍を擁立するという「明応の政変」なるクーデターをやってのけ、戦国 [続きを読む]
  • 若き徳川家康の初陣〜三河寺部城の戦い
  • 永禄元年(1558年)2月5日、松平元康=後の徳川家康が、今川義元の命を受けて、三河寺部城を攻め落としました。・・・・・・・・・・ご存じ徳川家康(とくがわいえやす)・・・(ややこしいので、この文中ではずっと家康の名で呼ばせていただきます) この家康が生まれた頃は、父=松平広忠(まつだいらひろただ)=率いる松平家も、敵対する尾張(愛知県西部)の織田信秀(おだのぶひで=信長の父)と駿河(静岡県東部)の [続きを読む]
  • アンケート企画「歴史人物・胸キュン!ワード選手権」〜女性編
  • さて、本年初のアンケート企画といきましょう!今回のテーマは・・・「歴史人物・胸キュン!ワード〜こんなん言われたいゾ選手権」(女性編)という事で、アンケート募集したいと思います。「女性編」とした限りは、いずれ「男性編」もするつもりなのですが・・・(*´v゚*)ゞとは言え、今回は、「歴史上の女性が発信した言葉」という事で、その性質上、どうしても、短歌や軍記物のセリフに選択肢が偏ってしまい、かつ、本人の好みも [続きを読む]
  • 信長VS越前一向一揆〜富田長繁の桂田長俊攻め
  • 天正二年(1574年)1月20日、織田信長から越前守護代を命じられていた桂田長俊が、一向一揆と結んだ富田長繁に一乗谷を攻められて討死しました。(『朝倉始末記』より)・・・・・・・・・・・・・*桂田長俊の死亡は、『信長公記』では「19日に自害」となっていますが、本日は『朝倉始末記』に沿ってお話させていただきます。元亀元年(1570年)、4月の金ヶ崎の退き口(4月27日参照>>)からの有名な姉川の戦い(6月28日参 [続きを読む]
  • 真田信繁の討死〜そして幸村伝説へ…
  • 明けましておめでとうございます。新たな年に、新たな気持ちで、本年も、どうぞ宜しくお願いしますm(_ _)mと言いながら、新年一発目は真田信繁(のぶしげ=幸村)のお話・・・思いっきりの『真田丸ロス』を引きずりながら・・・というワケでは無いですが、今年の大河ドラマが始まって、脳内が井伊直虎(いいなおとら)に切り替わる、その前に、以前から思っていた事を、チョコッと吐露させていただきたいと思います。それは、昨年 [続きを読む]
  • 日本史の新発見&発掘…2016年総まとめ
  • いよいよ、2016年も終わりに近づきました・・・て事で、またまた一年の締めくくりに、今年報じられた様々な日本史の発見や発掘のニュースを総まとめにして振り返ってみたいと思います。ただ、いつものように・・・専門家で無い茶々の知り得るところのニュースでありますので、あくまで一般に公表&公開された公共性のある物である事、また、私が関西在住という事もあっての地域性(他の場所のニュースはなかなか知り得ない) [続きを読む]
  • 大河ドラマ「真田丸」〜最終回の感想
  • 終わりましたね〜大河ドラマ「真田丸」・・・なかなかに良かったです・・・関ヶ原あたりまでは・・・(^-^;もちろん、最近あったいくつかのトンデモ大河よりは相当良いとは思いますが、関ヶ原が終わって、父=昌幸さんが亡くなってからは、正直、「アレ?どーしちゃったの?」て感じの雰囲気のまま進み、最終回には「ホント!どーしちゃったの?」って感じで、そのまま終わっちゃいました(。>0<。)もちろん、これはあくまで個人の好 [続きを読む]
  • ドラマでは描かれない豊臣方〜熊野・北山一揆in大坂の陣
  • 慶長十九年(1614年)12月12日、大坂冬の陣に連動した紀州での大規模一揆=熊野・北山一揆での戦闘がありました。・・・・・・・・・・大河ドラマ「真田丸」も残すところ最終回のみ・・・まさに1番の盛り上がりを見せていますね。何年か前の「姫たちの妄想」や「愛の兜の人」よりは、なかなかに見応えのある今年の「真田丸」ではありますが、個人的にちと残念なのは、大詰めを迎えた大坂の陣での場面のほとんどが大坂城内や浪人衆 [続きを読む]
  • 南北朝〜新将軍京落での佐々木道誉の風流と楠木正儀
  • 正平十六年・康安元年(1361年)12月7日、挽回を計る南朝軍が足利将軍のいる京都に進撃を開始しました。・・・・・・・・・・日本に二つの朝廷があった南北朝時代・・・ここまでの経緯のくわしくは【足利尊氏と南北朝の年表】>>でご覧いただきたいのですが、とりあえず、かいつまんでお話させていただくと・・・元弘三年(1333年)に鎌倉幕府を倒して(5月22日参照>>)、建武の新政(6月6日参照>>)を行った後醍醐(ごだいご [続きを読む]
  • アンケート企画「グッ!と来る名言or金言は?」の結果発表
  • お待たせしました!本日は、最新アンケート=あなたがグッ!と来る「一押しの名言or金言は?」の結果報告で〜す投票にご協力いただいた皆様、ありがとうございましたo(_ _)o今回は84名の皆さまのご回答&コメントをいただきましてウレシイ限りであります!アンケートの作成時には、「名言やなぁ」と思う物が沢山あり、かなり悩みました〜いや、難しい・・・今思えば「アッチの方が良かったかな?」なんて思いも・・・\(_"_ [続きを読む]
  • キリシタン大名:高山友照と沢城の攻防
  • 永禄三年(1560年)11月24日、大和攻略を開始した松永久秀が沢城を落としました。・・・・・・・・・・・先日=11月18日の日付けでご紹介させていただいたに松永久秀(まつながひさひで)よる大和(やまと=奈良県)攻略戦です。そのページに書かせていただいたように(11月18日参照>>)、三好長慶(みよしながよし)(5月9日参照>>)の右筆(うひつ=秘書のような家臣)として頭角を現した松永久秀は、やがて三好家でも指折り [続きを読む]
  • 松永久秀VS筒井順慶〜筒井城攻防戦
  • 永禄八年(1565年)11月18日、松永久秀が筒井氏の大和筒井城を攻略・・・追われた筒井順慶は布施城へ入りました。・・・・・・・・その出自や経歴は諸説あれど・・・畿内で一大勢力を誇った三好長慶(みよしながよし)(5月9日参照>>)の家臣として歴史上に登場する松永久秀(まつながひさひで)・・・しかし、その三好家では、永禄四年(1561年)に長慶の3番目の弟=一存(そごうかずまさ・かずなが)を失った(5月1日参照>> [続きを読む]
  • アンケート企画…グッ!と来る名言or金言は?in歴史関連
  • さて、久々にアンケート企画といきましょう!今回のテーマは・・・あなたがグッ!と来る「一押しの名言or金言は?」という事で、アンケート募集したいと思います。ただ、ここは歴史・日本史ブログでございますので、あくまで歴史上の人物関連や古典文学からの出典などでの名言&金言でお願いしたいと思います。とは言え、その数は限りなく多いですし、同じ人物が複数の名言を残している事もありますので、今回も、私個人の独断と好 [続きを読む]
  • 安宅水軍の衰退を招いた内紛〜安宅一乱
  • 享禄三年(1530年)11月4日、室町時代に一大勢力を誇った安宅水軍が衰退するキッカケとなった安宅一乱が勃発しました。・・・・・・・・・日置川(ひきがわ=和歌山県西牟婁郡付近)の河口近くの安宅荘を拠点とする安宅(あたぎ)氏は、清和源氏の流れを汲み鎌倉初期に活躍した小笠原長清(おがさわらながきよ)の末裔で、阿波(あわ=徳島県)から、この地に移り住んだと言います。この家系伝承の真偽のほどは定かではあり [続きを読む]