namoamidabutsu18 さん プロフィール

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namoamidabutsu18 さん: 京都生まれの気ままな遁世僧、今様つれづれ草
ハンドル名namoamidabutsu18 さん
ブログタイトル京都生まれの気ままな遁世僧、今様つれづれ草
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/namoamidabutsu18
サイト紹介文京都、仏教etc、拙き日暮らしを駄文に写真を添えて書き記しておく、我が備忘録。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供33回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2007/04/28 03:23

namoamidabutsu18 さんのブログ記事

  • あれから1年…。 −母親の一周忌祥月命日に−
  •   安楽无量の大菩薩    一生補處にいたるなり    普賢の徳に帰してこそ    穢国にかならず化するなれ                       親鸞著『浄土和讚』あれから1年という歳月が、あっという間に過ぎ去った感がある。来年の今日も、また同じきことを思っているのだろう。母親が浄土に往生して、1年が経過した。そんな母親の祥月命日とて、今朝、本山の晨朝に出仕する。ちょうど1年前、前夜から降 [続きを読む]
  • 長等山琵琶湖疏水春景。
  • 三井寺、長等山の桜。琵琶湖疏水の両側に植えられた桜と、長等山の斜面の桜が本当に見事である。去年も今年も、変わらぬ美しさである。果たして桜は、やはり咲き誇った一瞬に散るからこそ、美しいのだろう………。 '''たそがれに花は咲きなむ 長等山去年(こぞ)を思へば あはれなるかも京阪石坂線の電車が、桜が美しい琵琶湖疏水の取水口を渡って行く。桜の花びらが、ちらほらと舞い始めていた。所用の途中でここを通り掛かったの [続きを読む]
  • 山科安朱、琵琶湖疏水の桜…。
  • 山科安朱、琵琶湖疏水の桜。10年ほど前から、疏水べりの遊歩道に菜の花も植えられて、景観がとても美しくなった。今年の桜はいささか咲くのが遅かった感があるが、散るのもあっという間のような気がする。もっとも、年々同じようなことを思うので、すっかり時間の流れを速く感じているだけなのかも知れない………。琵琶湖疏水のすぐ横に、我が母校である安朱小学校がある。言わずもがな私にとって、疏水周辺は遊び場だった。今もこ [続きを読む]
  • 魚山勝林院灌仏会。
  • 去る4月9日、洛北大原・魚山勝林院の灌仏会に出仕させて頂く。魚山で聲明を師事する師匠を御導師に、天台宗・融通念仏宗・浄土真宗・浄土宗の僧侶が法要に出仕した。法要では「吉慶梵語讚」の讚頭を仰せつかる。この聲明曲は、釈尊の正覚を祝するサンスクリット語の讚である。法要中の所作として、出仕僧順次、本尊阿弥陀仏の前に設えられた花御堂に立ちます誕生仏に甘茶を注ぐ。そして参詣の人々にも、甘茶を注いで頂いた。釈尊 [続きを読む]
  • MIHO美術館。
  • 初めてMIHO美術館へ行った。湖南の山懐、信楽の山中に所在する美術館である。春期企画展の内覧会へ父親が行きたいと言うので、車で連れて行った。企画展はさることながら、常設の仏教美術もなかなか圧巻だった。特に目を引いたのは、像高2.5mはあろうかと思われるガンダーラ仏だった。2世紀頃の仏像で、大乗仏教興隆の最中、礼拝の対象として仏伝図像から単独の仏像が造られるようになった。優美なガンダーラ仏の姿に、我々が [続きを読む]
  • 『順次往生講式』管絃講を聴く。
  • 京都市右京区宇多野に所在する、真宗高田派京都別院に参詣す。京都市立芸術大学伝統音楽研究センターの主催にて、『順次(じゅんし)往生講式』管絃講が勤められた。御導師は同学のOBでもある、高田派のT師が務められた。『順次往生講式』は平安時代半ば、天台宗の真源によって編まれたと伝える。ここで我が誤解を、謹んで訂正しておきたい。『往生講式』という表題をして、私は永観の著せる『往生講式』と混同していた。永観『往 [続きを読む]
  • 【INDEX No.112】 アーカイブスガイド
  • ■鴨川沿いの桜並木の中を走る、在りし日の京阪3000系特急。1986年4月14日撮影。■   ■巻頭言 『折々のことば』  …(ランダム更新)ようやく春らしくなってきた。「春眠、暁を覚えず」とはいうけれども、どうも私は慢性的に寝付きが悪い……………  (続きを読む↓↓)◆−TOP INDEX 巻頭言−◆ ←←← ■『仏教の小箱』より■◆月影の・・・・・・。◆親鸞の休暇。−帰洛後異聞−◆酒はこれ忘憂の名あり。◆無碍難思 [続きを読む]
  • 【INDEX No.112】 アーカイブスガイド
  • ■鴨川沿いの桜並木の中を走る、在りし日の京阪3000系特急。1986年4月14日撮影。■   ■巻頭言 『折々のことば』  …(ランダム更新)ようやく春らしくなってきた。「春眠、暁を覚えず」とはいうけれども、どうも私は慢性的に寝付きが悪い……………  (続きを読む↓↓)◆−TOP INDEX 巻頭言−◆ ←←← ■『仏教の小箱』より■◆月影の・・・・・・。◆親鸞の休暇。−帰洛後異聞−◆酒はこれ忘憂の名あり。◆無碍難思 [続きを読む]
  • 三室戸寺早春寸景。
  • 三室戸寺は宇治市街中心部北の外れ、莵道の西の山麓に位置する古刹である。西国第十番札所で、本山修験宗に属しているという。多分、この寺へ訪れるのはかれこれ40年ぶりくらいだと記憶する。小学校2〜3年の頃だったか、母親とともに来て以来だと思う。あの頃、私は『西国巡礼』という本を持っていて、表紙のカバーが河内葛井寺本尊の千手観音像の写真だった。私はその表紙の写真を大層気に入っていて、いつも手許に置いていた。 [続きを読む]
  • 三室戸寺早春寸景。
  • 三室戸寺は宇治市街中心部北の外れ、莵道の西の山麓に位置する古刹である。西国第十番札所で、本山修験宗に属しているという。多分、この寺へ訪れるのはかれこれ40ぶりくらいだと記憶する。小学校2〜3年の頃だったか、母親とともに来て以来だと思う。あの頃、私は『西国巡礼』という本を持っていて、表紙のカバーが河内葛井寺本尊の千手観音像の写真だった。私はその表紙の写真を大層気に入っていて、いつも手許に置いていた。も [続きを読む]
  • 愚拙五十年。
  • 人間五十年。下天の内をくらぶれば夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか………謡曲『敦盛』に在る、あまりに有名な一説である。気が付けば50歳になりぬ。ただ愚昧たらしめる中の50年であったと思うばかりである。毎日はひたすらやって来るものと思っていた頃が、懐かしかったりする。今や毎日というものは、ひたすら去って行くものである。命を削って生きていることを実感している。今はただ、そのことを思うばかり [続きを読む]
  • 愚拙五十年。
  • 人間五十年。下天の内をくらぶれば夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか………謡曲『敦盛』に在る、あまりに有名な一説である。気が付けば50歳になりぬ。ただ愚昧たらしめる中の50年であったと思うばかりである。毎日はひたすらやって来るものと思っていた頃が、懐かしかったりする。今や毎日というものは、ひたすら去って行くものである。命を削って生きていることを実感している。今はただ、そのことを思うばかり [続きを読む]
  • 恵心僧都一千年御遠忌法要雑感。
  • ▲この度の法要は外陣出仕ということで、礼盤も外陣に設えられた。礼盤は本願寺のものを用い、向卓には天台宗御持参の六器が置かれている。2月14日午後、マスコミでもそれなりに騒がれた、ある意味において一座ながらも世紀の大法要が、我が本山で厳修された。即ち、「恵心僧都一千年御遠忌報恩 天台宗比叡山延暦寺法要・源信和尚千回忌 浄土真宗本願寺派龍谷山本願寺法要」である。ことに森川宏映天台座主を大導師として御親修の [続きを読む]
  • 西本願寺御正忌雪景。
  • 西本願寺御正忌報恩講雪景。冬に生まれた私は、雪が結構好きだったりする。私が生まれた日は雪が降りしきるすごく寒い日だったと、よく母親が言っていたのを思い出す。そんな母親も今は往生して、娑婆で見ることは叶わない。そう思うと、色んな意味で初めてのことが多かった。雪が降りしきる中の御正忌報恩講は初めてであったし、あるいは銀世界の本山を眺めるのも初めてのことだった。まさに宗祖親鸞がみまかった750余年前の旧暦1 [続きを読む]
  • 西本願寺御正忌雪景。
  • 西本願寺御正忌報恩講雪景。冬に生まれた私は、雪が結構好きだったりする。私が生まれた日は雪が降りしきるすごく寒い日だったと、よく母親が言っていたのを思い出す。そんな母親も今は往生して、娑婆で見ることは叶わない。そう思うと、色んな意味で初めてのことが多かった。雪が降りしきる中の御正忌報恩講は初めてであったし、あるいは銀世界の本山を眺めるのも初めてのことだった。まさに宗祖親鸞がみまかった750余年前の旧暦1 [続きを読む]
  • 雪中御正忌報恩講。
  • 無明長夜の灯炬なり………。 9日から始まった、宗祖親鸞の忌日法要・御正忌報恩講も、明日を残すのみとなった。御正忌中、毎朝6時から始まる晨朝法要で唱えられる『往生礼讚偈』の旋律は、その文言とともに疲労する心を平安へといざなう………。 いつまでも『往生礼讚偈』が本願寺に響いてほしいと思い、共に唱和していた。大逮夜法要を迎える今朝は、昨日の夕方から降りだした雪で、思いがけず銀世界となった。こんな大雪の報恩 [続きを読む]
  • 雪中御正忌報恩講。
  • 無明長夜の灯炬なり………。 9日から始まった、宗祖親鸞の忌日法要・御正忌報恩講も、明日を残すのみとなった。御正忌中、毎朝6時から始まる晨朝法要で唱えられる『往生礼讚偈』の旋律は、その文言とともに疲労する心を平安へといざなう………。 いつまでも『往生礼讚偈』が本願寺に響いてほしいと思い、共に唱和していた。大逮夜法要を迎える今朝は、昨日の夕方から降りだした雪で、思いがけず銀世界となった。こんな大雪の報恩 [続きを読む]
  • 【INDEX No.111】 アーカイブスガイド
  • ■厳寒の青森駅に到着した上野発の急行「八甲田」。青森駅にて、1986年2月3日撮影。■   ■巻頭言 『折々のことば』  …(ランダム更新)つくづく、自身をして言わしめることなのであるが、“それでも人間は生きている……”ということである。この数年、自身の身辺は激変だった。自業自得と言われればそれまでの話なのであるが、ただ一本調子には生きられぬジレンマ……………  (続きを読む↓↓)◆【2017年正月のことば [続きを読む]
  • 【INDEX No.111】 アーカイブスガイド
  • ■厳寒の青森駅に到着した上野発の急行「八甲田」。青森駅にて、1986年2月3日撮影。■   ■巻頭言 『折々のことば』  …(ランダム更新)つくづく、自身をして言わしめることなのであるが、“それでも人間は生きている……”ということである。この数年、自身の身辺は激変だった。自業自得と言われればそれまでの話なのであるが、ただ一本調子には生きられぬジレンマ……………  (続きを読む↓↓)◆【2017年正月のことば [続きを読む]
  • 霧の冬至…。
  • 少々暖かい冬至だったのかも知れない……。忘れもしないが、10年前の冬至は朝から豪雪だった。夕方頃には雪は上がり、夕焼け雲が妙に印象的だったのをよく憶えている。その後のことは、さほどよく憶えていない。写真でも撮影しておれば、また記憶も甦るのだと思う。今年の冬至は、昼過ぎから霧が立ち籠め出して、日が沈む頃にはまさに「五里霧中」とばかりに視界は数メートルを割り込んでいた。午後5時すぎ、大津京駅まで歩いてみ [続きを読む]
  • 霧の冬至…。
  • 少々暖かい冬至だったのかも知れない……。忘れもしないが、10年前の冬至は朝から豪雪だった。夕方頃には雪は上がり、夕焼け雲が妙に印象的だったのをよく憶えている。その後のことは、さほどよく憶えていない。写真でも撮影しておれば、また記憶も甦るのだと思う。今年の冬至は、昼過ぎから霧が立ち籠め出して、日が沈む頃にはまさに「五里霧中」とばかりに視界は数メートルを割り込んでいた。午後5時すぎ、大津京駅まで歩いてみ [続きを読む]
  • 東本願寺御影堂夕照。
  • 東本願寺前を南北に貫く、烏丸通を歩いた。初冬の風が冷たかったが、よく晴れた日だった。歩くことは精神衛生に良いそうだ。歩く先の目の前に映る風景を見ていると、さまざまなことが去来する。しかし、歩くという行為そのものが頭を空っぽにしてくれるものだ。東本願寺前に差しかかった時、夕日に映える御影堂の甍が私を立ち止まらせた。雲一つない夕空に輝く、金色の飾り金具がとても美しかった………。   願共諸衆生  値遇 [続きを読む]
  • 東本願寺御影堂夕照。
  • 東本願寺前を南北に貫く、烏丸通を歩いた。初冬の風が冷たかったが、よく晴れた日だった。歩くことは精神衛生に良いそうだ。歩く先の目の前に映る風景を見ていると、さまざまなことが去来する。しかし、歩くという行為そのものが頭を空っぽにしてくれるものだ。東本願寺前に差しかかった時、夕日に映える御影堂の甍が私を立ち止まらせた。雲一つない夕空に輝く、金色の飾り金具がとても美しかった………。   願共諸衆生  値遇 [続きを読む]
  • 日野の里。
  • 久しく山科の南、日野の里へ訪れた。今ではすっかりベッドタウン化しているが、まだまだ昔日の静寂は保っている。そして観光客も少ない。そして私が尊崇してやまぬ『方丈記』を著した鴨長明もまた、日野の外山に隠遁生活を送っていた。日野といえば、どうしても我が宗門人ならば日野誕生院を想起するが、私は日野家の氏寺・法界寺を思わずにはおれない。法界寺はまたの名を、「日野薬師」とも呼ばれている。平安時代後期の永承6( [続きを読む]
  • 日野の里。
  • 久しく山科の南、日野の里へ訪れた。今ではすっかりベッドタウン化しているが、まだまだ昔日の静寂は保っている。そして観光客も少ない。そして私が尊崇してやまぬ『方丈記』を著した鴨長明もまた、日野の外山に隠遁生活を送っていた。日野といえば、どうしても我が宗門人ならば日野誕生院を想起するが、私は日野家の氏寺・法界寺を思わずにはおれない。法界寺はまたの名を、「日野薬師」とも呼ばれている。平安時代後期の永承6( [続きを読む]