hathu さん プロフィール

  •  
hathuさん: 『はつかいち』ぶらり
ハンドル名hathu さん
ブログタイトル『はつかいち』ぶらり
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/hera_001
サイト紹介文安芸の宮島がある廿日市−見たままを紹介します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供369回 / 365日(平均7.1回/週) - 参加 2007/05/12 08:23

hathu さんのブログ記事

  • 長府ぶらり−功山寺・笑山寺
  • 功山寺本堂功山寺仏殿笑山寺本堂功山寺は関ヶ原の合戦後に移封された毛利秀元の帰依を受けた洞雲寺12世三庭龍達が荒廃していた長福寺(長福寺の遺構仏殿は国宝)を復興し曹洞宗に改め、自ら三世となり洞雲寺13世大雲守的が4世、洞雲寺17世基外嶺雄が5世と... [続きを読む]
  • 長門国一宮住吉神社
  • 末社の厳島社拝殿本殿先日、下関市一の宮にある長門国一宮の住吉神社に参詣した。大鳥居をくぐって参道脇にある御池の中島には末社の厳島社が祀られているが由緒などは定かでない。楼門をくぐって正面に妻入りの拝殿がありこの拝殿は毛利元就が寄進した建物で国の... [続きを読む]
  • 日浦畑大元神社
  • 佐伯区湯来町日浦畑にある大元神社で明治期頃に河内神社を合祀したようである。 当神社の拝殿小屋梁は弓状に曲がった丸太加工梁が縦横に使用されており中央縦通りの天井も弓状になった珍しい造りである。大正9年(1920)の拝殿再建棟札があるようなのでこの時に... [続きを読む]
  • 可部線水内駅跡
  • 水内駅公園(水内駅跡)ホーム上屋遺構昨日紹介した津伏大元神社がある津伏地区の太田川対岸にある久日市地区にかつて湯来町唯一のJR可部線水内駅があった。昭和29年(1954)に開通しており駅員もいて貨物や荷物なども取扱っていたようで平成15年(... [続きを読む]
  • 津伏大元神社
  • 津伏大元神社拝殿                                            拝殿大棟の龍図佐伯区湯来町の太田川沿いにある集落の津伏地区にある大元神社であるが由緒など定かでない。江戸期の地誌によると八幡宮の同殿に大... [続きを読む]
  • 桜尾城時代の妙見社
  • 桂公園の北麓にある妙見社で中世桜尾城時代の遺構とみられることを何度か紹介しているが、現在社殿の屋根が破損しているものとみられシートの覆いが長らくしてある。社殿前には珍しい金属製円形柱に円形笠の芳名塔が建立されており、昭和7年(1932)に行われた... [続きを読む]
  • 旧平良小学校体育館が ‼
  • 旧平良小学校の唯一の遺構である昭和55年(1980)に建築された体育館(現在平良体育館)が老朽化のため廃止撤去となるようである。此の場所には当ブログ主が小学生の時に木造講堂が建てられ、その後、昭和55年(1980)に体育館(屋内運動場)が建築され... [続きを読む]
  • JR江津駅の跨線橋
  • 江津駅の跨線橋は一部改修されているようであるが鋳造柱や階段梁の取り合わせなど洒落たデザインで山陰本線が開通した当時の面影が残されている。跨線橋登り口の両側の鋳造柱には正面に「鐵道院」、側面に「明治45年 横河橋梁製」とあり一部の文字が埋没し... [続きを読む]
  • 旧山陰道の土床坂・領界標柱
  • 土床坂−石畳み道領界標柱江津本町の街並みを進んで西の山の方に向かって行くと旧山陰道の土床坂(つっとこざか)と言われる石畳み道が約100m位残されている。かつて土床坂の頂部の尾根筋が天領(石見銀山領)と浜田藩領の境界であったようであるが、現在... [続きを読む]
  • 江津本町(甍街道)ぶらり②
  • 旧江津郵便局旧江津町役場・江津市役所鼻ぐり石明治前期に建てられたという旧江津郵便局は石州赤瓦が葺かれた家並みが続く街並みの中でひと際目立ったハイカラな建物であったものであろう。山辺神社の鳥居をくぐった参道脇にある旧江津町役場は大正15年(1... [続きを読む]
  • 江津本町(甍街道)ぶらり①
  • 江津本町の街並み横田家藤田家三江線で江津駅手前の江津本町で下車して江津本町(甍街道)の街並みを探訪した。江の川河口の江津湊は江の川の舟運と日本海での海運北前船の寄港地として河岸から街中に向けて多くの廻船問屋の蔵屋敷が軒を並べていたようであ... [続きを読む]
  • 川本町ぶらり②
  • 弓ケ峰八幡宮・創天秤鞴記碑川本街並みの町屋川本町役場近くにある弓ケ峰八幡宮へ参詣したら参道脇に安政4年(1857)に建立された「創天秤鞴記」碑があった。中国山地では古くからたたら製鉄が盛んで炉には勢いよく空気を送り込んで炉内の温度を高める装... [続きを読む]
  • 川本町ぶらり①
  • 悠邑ふるさと会館・かわもとおとぎ館アポロ宇宙船スカイラブ3号アポロ宇宙船スカイラブ3号内部石見川本駅で乗り換え待ち時間が1時間30分余りあったので街並みの高台にある巨大な施設である悠邑ふるさと会館、かわもとおとぎ館に向かった。この施設... [続きを読む]
  • ぶらり三江線車窓から
  • 三瓶山遠望明神岩(厳島神社)遠望三江線列車の車窓から一昨年7月に孫とお鉢巡りをした雪の三瓶山が遠望できた。左側最高峰の男三瓶、手前に子三瓶、その右側が孫三瓶、さらに右側が女三瓶で男三瓶の右側は981峰でありすべての峰が初めて一望できた... [続きを読む]
  • ぶらり三江線
  • 三次駅→石見川本駅行き列車石見川本駅→江津駅行き列車神楽ラッピング列車一昨日、にわか乗り鉄、撮り鉄・・・ 来年廃線となるという三江線に初めて乗った。JR廿日市駅〜広島駅から芸備線で三次駅に着いて石見川本駅行きの三江線ディーゼル列車に乗... [続きを読む]
  • 記念植樹の分岐樹木
  • 桂公園の北側に樫の種類とみられる大きく茂った樹木があり、これほどの多数の幹立ては初めて見た。山林境界でみられる多数の幹立ては芯を止めたものでありこの樹木はなぜこのように多数の幹立てになっているのであろうか。この樹木は老人福祉法制定10周年記念で廿... [続きを読む]
  • 桂公園碑
  • この桂公園碑はかつて桜尾城跡最高所の本丸に建立されていたものであるが、城跡は昭和42年(1967)頃から埋立て用の土砂採取場となりその跡地は現在の桂公園として整備された。公園碑は公園の駐車場手前の道路脇に移設建立されていたが平成元年(1989)5... [続きを読む]
  • 昭和レトロな配線
  • 昨日紹介した小多田車庫跡では昭和レトロな街灯と配線がみられた。ノップ碍子にて配線し電線が交差するところや壁を貫通するところには直碍管という筒碍子を使用している。当ブログ主の先代の古い家にはこのような配線がしてあったことを思い出した。 [続きを読む]
  • 広電バス小多田車庫跡
  • 佐伯地区北部に聳える大峰山の裏手側に佐伯区湯来町の小多田集落があり、その最奥部にかつての広電バス小多田車庫跡があるが崩壊しつつあり全壊までそう長くはないであろう。広電バスの昭和30年(1955)から平成7年(1995)の営業路線図には小多田線がみ... [続きを読む]
  • 大島神社・厳島神社
  • 三原市本町にある大島神社・厳島神社で江戸期の地誌によると稲荷・厳島大明神と言われていたようで三原七社のうちの神社のようである。稲荷社は一昨日紹介した三原城天守台の地にあった大嶋に鎮座していたが、築城後は城の鎮守として祀っていたようである。厳島社は... [続きを読む]
  • 洞雲寺末寺の法常寺
  • 三原市西宮にある洞雲寺末寺の法常寺に久し振りに参詣した。法常寺は小早川氏の菩提寺で洞雲寺6世の大休登懌が開山しており師の洞雲寺5世天庵宗春を開山とし自らは中興2世となっている。洞雲寺7世の大応存隆が3世、洞雲寺8世の花屋宗闐が4世、洞雲寺9世の全室... [続きを読む]
  • 三原城跡探訪
  • 新聞報道で三原城築城450年事業が始まったとあったので堀周囲が整備された三原城跡を探訪した。三原城の遺構はほとんど残されておらず、上画像の天守台跡、下画像の船入櫓跡と本丸中門跡の石積みが残されているのみである。450年事業が始まっているのに船入櫓... [続きを読む]
  • 雉が来訪
  • 酉(鳥)年の今年初めて雉の雌が当ブログ主宅近くに来訪し、始め下画像のように丸まってじっとしていたので何の鳥かと思っていた。カメラを取りに行く間も同じところにいたがこちらの気配を感じて首を伸ばして山の方に逃げて行ったので雉の雌であることがわかった。 [続きを読む]
  • 石城山−石城神社
  • 石城山山頂にある石城神社の茅葺の随身門と社殿で本殿は国の重文に指定されている。かつての石城山神護寺は山内に脇坊が18ケ寺あり石城山一帯神域であったが、明治期の神仏分離で神護寺は山下に移り仁王門が随身門、権現社が石城神社となったようである。通常の神... [続きを読む]