勢蔵 さん プロフィール

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勢蔵さん: 勢蔵の世界
ハンドル名勢蔵 さん
ブログタイトル勢蔵の世界
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/seizoh529
サイト紹介文歴史(特に江戸時代)と相撲が大好きな中年男です。武士道・忠臣蔵・バレ噺など色々載せてます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供60回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2007/06/24 15:55

勢蔵 さんのブログ記事

  • 「道灌」(どうかん)
  • ↑新柳橋の俄雨。急いで橋をわたる人々がさす番傘には、店の屋号や傘の番号が書いてある。葛飾北斎画『絵本隅田川両岸一覧』(享和元年〈1801〉刊)より。  落語に「道灌」(どうかん)という噺がある。前座噺で、この噺から入るプロの落語家さんは多い。以下あらすじです。  ある日、道灌が江戸近郊で狩りをしていると、俄雨(にわかあめ)にあう。農家に立ち寄り雨具の蓑(みの)を借りようとすると、出てきた少女が [続きを読む]
  • エッフェル塔の伝説
  •  1940年6月30日、対仏戦勝利の後、パリ・エッフェル塔を訪問したアドルフ・ヒトラー総統  「エッフェル塔の伝説」  スカイツリーは2012年5月に開業して、人気を集めています。 高さは634メートルで、「武蔵」の国の語呂を考慮に入れて計画されたんだそうです。もっとも武蔵国は隅田川から西側で、スカイツリー所在地は、隅田川の東側にあるので下総の国になるんですがね。ちなみに両国橋は、武蔵・下総の両国に架 [続きを読む]
  • 「にべもない」
  • 「にべもない」という言葉があります。親しかった人などに無愛想で相手にされなかったりすると、「にべもない」態度だったと今日でも言うが、この「にべ」というのは、「ニベ」という魚のことです。 ニベは「鮸」とも「鮸膠・鰾膠」とも書く。この漢字を見て察しの早い人は接着剤の「膠(にかわ)」と縁があると思うでしょう。その通りで、この魚の浮き袋が、その昔は接着剤の「にかわ」として使われていたのです。 ニベは乱獲の [続きを読む]
  • 雨を降らせる男
  • 「雨を降らせる男」  ブラジル・サンパウロでは日照りが続いて水不足になると、水道局がある人に「雨を降らせてほしい」と依頼します。その人は日系二世の今井威(たけし)さん。依頼を受けた今井さんはセスナ機に乗って空に舞い上がります。そして雲の中に入ると、積んでいた300リットルの水を霧にして雲の中に噴射。すると15分後には2、 [続きを読む]
  • 万延元年遣米使節と咸臨丸(その3)
  • ↑ 米国の女性たちを熱狂させた立石斧次郎 右は斧次郎のポートレイト 咸臨丸はサンフランシスコに52日間滞在した後、帰国の途につきます。滞在が長くなったのは嵐の航海で痛んだ船体修理のためで、サンフランシスコの北東40キロほどにあるメア・アイランド海軍造船所でマスト2本の取り替え、帆の新調、ペンキ塗り替えなどの大がかりな補修作業をした。 修理が終わって、木村は費用を払いたいと申し [続きを読む]
  • 万延元年遣米使節と咸臨丸(その2)
  • 万延元年遣米使節と咸臨丸(その2) ←「日米修好通商百年記念」 昭和35年(1960)に郵政省から発行された切手。鈴藤勇次郎が描いた「咸臨丸難航図」。この切手は遣米使節が咸臨丸で渡米したと誤解する人を増やしてしまったと思います。鈴藤は長崎海軍伝習所で航海訓練をして運用方として実際に咸臨丸で渡米。病気のため榎本武揚の旧幕府艦隊に参加できず自刃。享年43歳。  面白いエピソードをひとつ [続きを読む]
  • 万延元年遣米使節と咸臨丸
  •   左から村垣淡路守範正幕臣500石、新見豊前守正興・幕臣2000石、小栗豊後守忠順(後に上野介) 幕臣2700石  万延元年遣米使節と咸臨丸  嘉永6年(1853)6月アメリカのペリー提督が、4隻の黒船を率いて浦賀沖に姿を見せ、江戸中を震撼させた。  「泰平の眠りをさますじょうきせん、たった4はいで夜も寝むれず」 銘茶の上喜撰と、蒸気船をかけたのがわからなければ、この落首はニヤリとすることが出来な [続きを読む]
  • 唐辛子
  • 赤い大きな唐辛子の形をした袋をかついでいる「唐辛子売り」が川にはまった酔っ払いを助ける。「辛(から)き命」を救うというジョーク。山東京伝の黄表紙『御誂染長寿小紋(おんあつらえぞめちょうじゅこもん)』(享和2年)  近ごろでは激辛ラーメンなどが流行(はや)っていて、真っ赤なスープのラーメンを、汗をかきながら食べるシーンがテレビなどで紹介されていますが、その激辛のもとはもちろん唐辛子です。 「唐 [続きを読む]
  • 象の見世物
  • 象の見世物 駱駝の見世物を述べたから、象にも触れておきます。 幕末の文久3年(1863)、両国広小路で象が見世物にだされ大評判をとりました。今から述べるのはこの幕末の象ではなく、更に135年前にオランダから将軍吉宗に献上された象のことです。 享保13年(1728)6月7日、広南(いまのベトナム)から、中国の貿易商・鄭大成が長崎に2頭の象をつれてきた。オ [続きを読む]
  • イカリソースの由来
  •  「イカリソースの由来」 以前の稿の焼き直しです。イカリソースは創業110年を越える大阪の老舗ソースメーカーですね。イカリのマークの由来が、ちょっといい話です。以下「イカリソース」のホームページからです。 「創業者・木村幸次郎には、錨にまつわる次のようなエピソードがあります。 明治28年、幸次郎が乗りこんでいた船が、大沽沖(中国)で船火事を起こしました。その時、独身の幸次郎は自分の救 [続きを読む]
  • イカリソースの由来
  •  「イカリソースの由来」 以前の稿の焼き直しです。イカリソースは創業120年を越える大阪の老舗ソースメーカーですね。イカリのマークの由来が、ちょっといい話です。以下「イカリソース」のホームページからです。 「創業者・木村幸次郎には、錨にまつわる次のようなエピソードがあります。 明治28年、幸次郎が乗りこんでいた船が、大沽沖(中国)で船火事を起こしました。その時、独身の幸次郎は自分の救 [続きを読む]
  • 「最後の言葉」
  • 『タイムマシン』『透明人間』『宇宙戦争』などの空想科学小説を著し、「SFの父」と呼ばれるのが、イギリスの小説家ハーバート・ジョージ・ウェルズ、通称H・G・ウェルズです。彼は、29歳で作家になり79歳で亡くなるまで百冊近くの本を出しましたが、それはSF小説に留まらず純文学や社会小説、文明評論の論文まで幅広く、一旦アイデアが浮かぶと食事中だろが真夜中だろうが、すぐに原稿用紙に向かいました。また彼は第一次世 [続きを読む]
  • 「最後の言葉」
  • 『タイムマシン』『透明人間』『宇宙戦争』などの空想科学小説を著し、「SFの父」と呼ばれるのが、イギリスの小説家ハーバート・ジョージ・ウェルズ、通称H・G・ウェルズです。彼は、29歳で作家になり79歳で亡くなるまで百冊近くの本を出しましたが、それはSF小説に留まらず純文学や社会小説、文明評論の論文まで幅広く、一旦アイデアが浮かぶと食事中だろが真夜中だろうが、すぐに原稿用紙に向かいました。また彼は第一次世 [続きを読む]
  • 稀勢の里とナショナリズム
  • 先日(3月5日) 半田市板山の老人会に招かれて、行ってきました。70人ほどの人でしたが喜んでいただけたと思います。落語『花筏』と相撲甚句で40分。『花筏』は相撲の噺なので、当然マクラも相撲の話ばかりで、その中の一話です。 「次の日曜日から大阪場所ですね。新横綱の稀勢の里の相撲が注目されます。先場所は稀な勢いで初優勝を果たしたんですが、モンゴル人横綱ふたりが休場という幸運もありました。今度はとても連続 [続きを読む]
  • 稀勢の里とナショナリズム
  • 先日(3月5日) 半田市板山の老人会に招かれて、行ってきました。70人ほどの人でしたが喜んでいただけたと思います。落語『花筏』と相撲甚句で40分。『花筏』は相撲の噺なので、当然マクラも相撲の話ばかりで、その中の一話です。 「次の日曜日から大阪場所ですね。新横綱の稀勢の里の相撲が注目されます。先場所は稀な勢いで初優勝を果たしたんですが、モンゴル人横綱ふたりが休場という幸運もありました。今度はとても連続 [続きを読む]
  •  月の石
  •     月の石昭和45年の3月14日、大阪で日本万国博覧会が開幕しました。「人類の進歩と調和」をテーマとする大阪万博は、あまりの混雑に「人類の辛抱と長蛇」と揶揄された。予想を超える延べ6421万人の入場者を数え、この記録は上海万博(7306万人)に抜かれるまでは、万博史上最多であった。私も大阪万博へ行きました。高校3年生の夏休みでした。それはもう大変な賑わいでした。 きらびやかなユニフォームを着て来場者に [続きを読む]
  •  月の石
  •     月の石昭和45年の3月14日、大阪で日本万国博覧会が開幕しました。「人類の進歩と調和」をテーマとする大阪万博は、あまりの混雑に「人類の辛抱と長蛇」と揶揄された。予想を超える延べ6421万人の入場者を数え、この記録は上海万博(7306万人)に抜かれるまでは、万博史上最多であった。私も大阪万博へ行きました。高校3年生の夏休みでした。それはもう大変な賑わいでした。 きらびやかなユニフォームを着て来場者に [続きを読む]
  • 天城山心中
  •  昭和12年(1937)4月3日、 溥傑と嵯峨浩の婚礼  右は愛新覚羅慧生   天城山心中昭和32年(1957)12月10日に、伊豆半島の天城山において4日前から行方不明となり捜索されていた学習院大学の大久保武道(20歳)と、同級生女子の愛新覚羅慧生(19歳)が、拳銃で頭部を撃ち抜いた状態の死体で発見され大きく報道された。慧生は清朝最後の皇帝にして、旧満州国の皇帝でもあった愛新覚羅溥儀の実弟・溥傑の長女。5歳から [続きを読む]
  • 天城山心中
  •  昭和12年(1937)4月3日、 溥傑と嵯峨浩の婚礼  右は愛新覚羅慧生   天城山心中昭和32年(1957)12月10日に、伊豆半島の天城山において4日前から行方不明となり捜索されていた学習院大学の大久保武道(20歳)と、同級生女子の愛新覚羅慧生(19歳)が、拳銃で頭部を撃ち抜いた状態の死体で発見され大きく報道された。慧生は清朝最後の皇帝にして、旧満州国の皇帝でもあった愛新覚羅溥儀の実弟・溥傑の長女。5歳から [続きを読む]
  •  「年寄の冷や水」
  •   ↑芝全交の黄表紙『年寄之冷水曾我』(寛政5年・1793) 曾我兄弟の敵討を、年寄たちが演じたらどうなるかと見立てた作品。ここは、遊女も60歳を超え、客からの手紙を読むのもバクバク言うばかりである。  「年寄の冷や水」とは、年寄りが自分の年齢を考えずに無謀なことをすると体に悪いからほどほどにしておけと、皮肉っぽくたしなめている諺ですね。上の絵のように、寛政頃にはすでに「年寄の冷や水」が一般に使われだ [続きを読む]
  •  「年寄の冷や水」
  •   ↑芝全交の黄表紙『年寄之冷水曾我』(寛政5年・1793) 曾我兄弟の敵討を、年寄たちが演じたらどうなるかと見立てた作品。ここは、遊女も60歳を超え、客からの手紙を読むのもバクバク言うばかりである。  「年寄の冷や水」とは、年寄りが自分の年齢を考えずに無謀なことをすると体に悪いからほどほどにしておけと、皮肉っぽくたしなめている諺ですね。上の絵のように、寛政頃にはすでに「年寄の冷や水」が一般に使われだ [続きを読む]
  • ナンバ歩き
  • 中学1年生のときに相撲部に入ると、先輩から土俵上での基本として、(腰を落として)右手と右足、左足と左手を一緒に出す動作を教わった。相撲のみならず、日本人は古来より、右手と右足、左足と左手を一緒に出す動作の歩き方、あるいは、同様の走り方をしていて、明治に入って、外国の軍事訓練を取り入れたことから、現在の私たちのような歩き方・走り方になったという。右手と右足、左足と左手を一緒に出す歩き方を、「ナ [続きを読む]
  • ナンバ歩き
  • 中学1年生のときに相撲部に入ると、先輩から土俵上での基本として、(腰を落として)右手と右足、左足と左手を一緒に出す動作を教わった。相撲のみならず、日本人は古来より、右手と右足、左足と左手を一緒に出す動作の歩き方、あるいは、同様の走り方をしていて、明治に入って、外国の軍事訓練を取り入れたことから、現在の私たちのような歩き方・走り方になったという。右手と右足、左足と左手を一緒に出す歩き方を、「ナ [続きを読む]
  • 青緡五貫文とは?
  • ↑ 100文(実際は96文)が10本で、一貫文落語の「孝行糖」、「二十四孝」、「唐茄子屋政談」、「松山鏡」に、親孝行であるとしてお上から「青緡(あおざし)五貫文のご褒美をいただく」というセリフがでてくる。青緡五貫文というのはどういうものだろうか。また「五貫裁き」という噺では、「罰金として五貫文」とでてくる。名は出さないが、「孝行 [続きを読む]
  • 青緡五貫文とは?
  • ↑ 100文(実際は96文)が10本で、一貫文落語の「孝行糖」、「二十四孝」、「唐茄子屋政談」、「松山鏡」に、親孝行であるとしてお上から「青緡(あおざし)五貫文のご褒美をいただく」というセリフがでてくる。青緡五貫文というのはどういうものだろうか。また「五貫裁き」という噺では、「罰金として五貫文」とでてくる。名は出さないが、「孝行 [続きを読む]