バッタモン さん プロフィール

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バッタモンさん: ポタリング日乗
ハンドル名バッタモン さん
ブログタイトルポタリング日乗
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/osyaka3/
サイト紹介文自転車散歩日記です 時々鉄道、カメラの話題も。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供105回 / 365日(平均2.0回/週) - 参加 2007/08/21 15:34

バッタモン さんのブログ記事

  • 霜月祭りの里
  • 霜月祭りたまたま食堂で相席した下栗出身の中年男性が語ってくれたのはこの地を支配していた遠山氏の悪政に苦しめられた領民が一揆を起こし遠山氏とその家臣を殺めた翌年から疫病や飢饉が続いたために遠山氏を神として祀り鎮魂祭として始まったらしいというま... [続きを読む]
  • 峠集落
  • 峠集落・・・・まんま峠にある集落だが住んでるのは1軒くらいか?バス停の傍にあつた鹿谷城址の案内板を見ると1200年代にこの地に入った松崎氏が造ったとあるからこの辺りはずいぶん古くから開拓されていたものだ小学校向かいの廃墟となった建物脇の看板の文... [続きを読む]
  • 信級小学校
  • 峠集落にあるこの廃校の存在は知ってはいたが想像以上に大きな木造校舎の出現にちょっと感動立派なプールに体育館校庭も十分に広いこの学校に最盛期はどれほどの児童が学んでいたのだろう?100人くらいのキャパは優にありそうだ閉校は1976年でその後は一部公... [続きを読む]
  • 信級の郷
  • 当信川(たにしなかわ)沿いの明るく開けた山間地には幾つかの小さな集落が点在するかつては信級村(のぶしなむら)だったそうだ対岸の山の斜面はほとんどが落葉樹で「秋の紅葉はそりゃぁ素晴らしいもんだ」と地元の方が語ってくれた冬の厳しささえ乗り越えれ... [続きを読む]
  • 岩下集落:その2
  • この辺りの生業はかつては麻の栽培、タバコ葉の栽培、養蚕、炭焼きが現金収入で後は自給自足なのだろう麻煮の釜屋というのがあった近くで作業していた年配の女性に聞いてみたここは共同で麻を煮て繊維をとったり味噌を作るための豆を煮たそうだ      ... [続きを読む]
  • 岩下集落:その1
  • 舗装はされているものつづら折りの急坂を上るのは気が抜けない信州新町名物のジンギスカンと温泉を楽しめるさぎり荘からグイグイ高度を上げていく等高線の幅が広くなり道幅も広まってほっとしたところで現れる集落が岩下集落だこんな所にこんなものが・・・・... [続きを読む]
  • 高登屋集落
  • 柳久保集落を少し下り分岐路を西隣の高登屋集落へと上る道端には小さな消防庫と枯れ蔦の絡まり錆びついた半鐘があるが消防団が機能しているとは思えない戸数10戸に満たない限界集落には結構立派な家もあるがほとんどが空き家になってるようだテレビで昨年1年... [続きを読む]
  • 柳久保集落:その2
  • 分校跡周辺に人家は無いしかし地図上で分校を中心にコンパスでぐるっと円を描けばその中に幾つかの集落が含まれる通学に公平な位置なのだその分校跡からくねくねと坂道を1キロほど上ると目指す柳久保(やなくぼ)集落だ江戸末期に起こった善光寺地震この時高... [続きを読む]
  • 柳久保集落:その1
  • 柳久保川沿いの道路をいつ落石があるかとハラハラしながら遡上する大きく削り取られた山肌はいかにも脆そうで道路の所々には小さな石が転がり落ちている道の両側には除雪された雪がガードレールのようになっているいるのはこの奥に人の暮らしがある証だ目指... [続きを読む]
  • 忘れれた日本の村
  • これはなかなか興味深い本だ帯には狩猟とアイヌ語のマタギ村、出雲の阿国 「綾子舞い」を伝える北陸の芸能村、天皇の即位に麻の礼服を献納し続ける山奥の村…限界集落など、長い歴史の残る七つの不思議な村の探訪紀行。宮本常一「忘れられた日本人」を今に引き継... [続きを読む]
  • 根場集落:その2
  • 茅葺屋根の民家が20軒ほど復元されてそれぞれが土産物屋、体験館、食事処として営業している中でも砂防資料館はなかなか興味深くそこには台風で壊滅した時のニュース記事や体験談が展示されていて当時の悲惨な状況に思わずため息をついてしまう根場集落は元の... [続きを読む]
  • 根場集落:その1
  • ねんばしゅうらく、、、、この集落の事を知ったのは最近だった西湖を前景に富士山を望む山裾に寄り添う「かぶと造り」の歴史的茅葺き民家の集落が昭和41年の台風による山津波で一夜にして消滅してしまったのだ39軒のうち3軒を残し全部泥流に埋もれ63名が亡くな... [続きを読む]
  • 十谷集落
  • 国道52号線の十谷入口の信号を西に4キロ程入ると十谷集落だ古くは早川町茂倉集落や新倉集落の人々が甲府方面に出るときに峠を越えこの集落を経由したようだその旧道の状態は不明だが林道が茂倉集落までつながっている大柳川渓谷に源氏の湯と十谷荘という温泉... [続きを読む]
  • 赤沢集落:その2
  • 清水屋という屋号の家に喫茶のメニューが出ていたので入ってみたここの家主の娘さんだろうか20代前半と思われる店主が二階の眺めが良いということで障子戸を開けてくれた宿をそのまま利用した畳敷きにコタツの茶店は言うまでもなくのんびりほっこりだ店主と... [続きを読む]
  • 赤沢集落:その1
  • 4年ほど前にここを訪れたときは麓から車載のBD-1で喘ぎながら上ってきたので随分山の中だなと思ったが車だとあっという間でちょっと拍子抜けだ赤沢宿はかつて身延山から霊山七面山へ詣でる身延講旅人の宿泊地で賑わってたが車道が整備されてから衰退していった... [続きを読む]
  • 茂倉集落:その5
  • 住人が去った家にはかつての暮らしを偲ばせる生活道具が思い出と共に置き去りになってる後になって知った事だがこの辺りにはまだ鉱山跡が残ってるそうだまたどう見ても防火水槽だと思ってたら分校のプールを流用したものだとも知った 3,4回水をかけばゴール... [続きを読む]
  • 茂倉集落:その4
  • このような山間に分校まで擁した集落ができたのは石膏石や銅を産出する鉱山があったからだそうだ昭和40年代に閉山されたとあったがその後の人々の営みは林業や近隣の林道、治山、治水などの公共土木事業に負っていたのだろうか?田畑もほとんどないこの地で... [続きを読む]
  • 茂倉集落:その3
  • 村内に足を踏み入れると人の気配をあまり感じない静けさに廃村テーマパークに迷い込んだような不思議な感覚だ道路沿いの駐車スペースに止められたわずかな車が辛うじて人の存在を教えてくれる村内をうろついているとちょうど年配の女性が家から出てきた「ここ... [続きを読む]
  • 茂倉集落その2
  • 村を見下ろす位置に坐する神社は日蓮宗ゆかりの七面宮と言うのは頷ける麓の早川を下って行けば信仰の山の七面山赤沢宿を経て身延山、日蓮宗総本山の久遠寺へと続く車を止めた七面宮から村内へ下りる細い道は崩れかけた石の階段で両側は害獣除けのネットが張られ... [続きを読む]
  • 茂倉集落:その1
  • 新倉集落から車1台やっと通れる林間の所々雪の残る道路をくねくねと上る対向車も後続車もないのは幸いだ生活道路と言うより林道と呼んだ方がふさわしい道の両側にはヒノキと思われる枝打ちされた針葉樹が植林されている結構長い距離走った気がするが実際は3キロ... [続きを読む]
  • 新倉集落:その3
  • 以前は宿であったのだろう赤沢宿の宿と似た造りの外観で一度に大勢の人が泊まれる構造だが特に何もないこの集落に於けるそのニーズとはいったい何だろう?どうもこの辺りはかつて鉱山として栄えたここと関係があるらしい斜面エリアにある上の建物は空き家とな... [続きを読む]