新之介 さん プロフィール

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新之介さん: 十三のいま昔を歩こう
ハンドル名新之介 さん
ブログタイトル十三のいま昔を歩こう
ブログURLhttp://atamatote.blog119.fc2.com/
サイト紹介文昭和の街並みが消えようとしている。 十三の町を中心に、大阪の懐かしい町並みを探し歩くブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供4回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2007/09/18 00:20

新之介 さんのブログ記事

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  • 大阪中央公会堂での講演会のお知らせ
  • 講演会のお知らせです。【お知らせ】7月28日開催のルネッサ地域文化振興財団主催の講演会はおかげさまで定員に達しましたので申込みを締め切ったようです。たくさんのお申込みありがとうございました。(6月2日午前10:15)公益財団法人ルネッサ地域文化振興財団さんにお声をかけていただき、講演会を開催することになりました。平日の夜ですが、参加費無料ですのでご都合つきましたらぜひ。事前の申込が必要です。下記の申込フォー [続きを読む]
  • カシミール3Dで大阪の地形を俯瞰する
  • カシバードで大阪を俯瞰する私が大阪の地形を理解する上でもっとも重宝しているツールがカシミール3Dだ。最近ブログの更新が滞っていることもあり、カシバードで俯瞰した大阪の地形をアップしておこうと思う。カシミール3Dはパレットで様々な色に設定できるが、今回は縄文時代に海水面が現在より数メートル高かった時代をイメージしてみた。縄文時代に海岸線はどんな感じだったのだろう。大和川と石川の合流点の南東から見たアン [続きを読む]
  • 【大阪の地形本】凹凸を楽しむ 大阪「高低差」地形散歩
  • 『凹凸を楽しむ 大阪「高低差」地形散歩』が5月27日(金)に発売されます。表紙を見てお気づきの方も多いかと思いますが、東京スリバチ学会会長・皆川典久氏の著書『凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩』シリーズと同じ洋泉社からの出版です。地図の作製も同じく杉浦貴美子さんで、とても素敵な地図になっています。広域地図を見ていただくとわかるように、上町台地の高低差はもちろん、道頓堀や十三などの低地にもスポット [続きを読む]
  • 生駒山地の磐座めぐり④ 交野山の磐座
  • 絶景を独り占め!近くて遠い交野山。「かたのやま」ではなく「こうのざん」とよむ。あの山が交野山。周辺に駐車場がほとんどなく、かなり離れた場所に車を停めて登ることにした。途中にあった表示板。この辺りに横穴式の古墳が8基あったらしい。周辺一帯は、機織を専業としてた渡来人の集落があったそうだ。柵の中には、整地のため破壊された古墳に埋葬されていた遺骨をまとめた塚がある。山頂へはこの道を上っていく。この道路は [続きを読む]
  • 四天王寺の日想観
  • 海に沈む夕日に極楽浄土を想う四天王寺では年に2回、春分の日と秋分の日に日想観(じっそうかん)の法要が行われる。この日は、西門(極楽門)から見てその先にある石鳥居の向こうに夕日が沈むのである。四天王寺がこの地に建立されたころは、上町台地の丘の上から海がよく見えていた。その海に沈む夕日の向こうには極楽浄土があり、夕日に浄土の想いをはせる法要が古来より行われてきたのである。この辺りは夕日がきれいに見える [続きを読む]
  • 神武天皇聖蹟孔舎衛坂顕彰碑へ
  • 普通の靴で行くとやばい旧跡に普通の靴で行って来た。神武天皇聖蹟孔舎衛坂顕彰碑神武天皇聖蹟盾津顕彰碑古事記や日本書紀に記されている神武東征(じんむとうせい)。九州を出発した神武天皇が率いる皇軍は、難波の碕を通って草香邑(くさかむら)から上陸し、大和へ入るために日下直越道(くさかただごえみち)を進むが、途中の孔舎衛坂(くさかえざか)で長髓彦(ながすねひこ)に行く手を阻まれ、紀伊半島を迂回する行動に出る [続きを読む]
  • 生駒山地の磐座めぐり③ 岩戸神社・高御座神社の磐座
  • 太陽が昇る高安山古来より太陽信仰は日本各地に根ざしていたが、カワチやナニワも例外でなく、いまでも四天王寺では春と秋の彼岸の中日に日想観の法要が行われている。古代の大阪平野に暮らした人々は、生駒山地から登る太陽の位置で季節を知り、種まきや収穫の時期の目安にしていた。生駒山地にはその目印になる山がいくつか想定できるが、中でも高安山は神の山として信仰の対象になっていたのである。高安山の麓に岩戸神社がある [続きを読む]
  • 生駒山地の磐座めぐり② 磐船神社・星田妙見宮
  • 宇宙船磐船号と星の降臨『古事記』『日本書紀』『先代旧辞本紀』によると、饒速日命(にぎはやひのみこと)は、高天原(たかまがはら)より天の磐船(あまのいわふね)に乗って河内国河上(かわちのくにかわかみ)哮ヶ峯(いかるがみね)に降臨し、のちの大和国に入り、大和河内地方を開発し建国の礎を築いた神とされている。中沢新一氏の言葉を借りると、その宇宙船磐船号の残骸が、この渓谷の中に着地したのである。天野川トンネ [続きを読む]
  • 生駒山地の磐座めぐり① 高尾山
  • 高尾山山頂の磐座この巨大な岩は、高尾山山頂にある磐座(いわくら)である。高尾山は、古くから神の山として信仰の対象となっており、「高神さん」「鷹巣山」などとも呼ばれてきた。山頂から北へつづく尾根の稜線西斜面には、弥生時代後期の土器片や石器などが広範囲に散布し、大変珍しい「多紐細文鏡」が見つかるなど、周辺一帯は高尾山遺跡と呼ばれている。この岩も磐座として祀られていたのだろう。山の麓には鐸比古鐸比賣神社 [続きを読む]
  • 等高線で空堀(南惣構堀)の場所を探せ
  • 等高線から南惣構堀跡を探してみた「惣構はもちろん、二の丸・三の丸まで寄せ手の人数で埋め立てよ。その埋めようも、三歳ほどの幼児でも自由に上がり下りができるほど徹底的に行え」とは、大坂冬の陣の和睦後に家康が本多正淳に言ったといわれる言葉です。南惣構堀(みなみそうがまえぼり)は幅が10間(約18m)もあり石垣はなかったと言われています。豊臣期の大坂城の絵図はほとんど残っておらず、ましてや当時の惣構堀が描かれ [続きを読む]
  • 秀吉大阪城の南惣構堀の場所検証
  • 南惣構堀の場所再検証大坂冬の陣の講和の条件で徳川陣営によって徹底的に破却されてしまった南惣構堀(空堀)。そのおおよその場所は分かっているのですが、記録がほとんど残っていないため正確な位置がわかっていません。私も何度か検証を試みているのですが、前回作った南惣構堀の形状がどう考えてもおかしいので今回はその修正データを作りました。これが前回のデータです。何がおかしいかというと、東横堀川との接点に無理があ [続きを読む]
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