satsumakko さん プロフィール

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satsumakkoさん: 鹿児島みてある記2
ハンドル名satsumakko さん
ブログタイトル鹿児島みてある記2
サイト紹介文鹿児島の歴史遺産、隠れた魅力を紹介するブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供64回 / 368日(平均1.2回/週) - 参加 2007/10/11 08:18

satsumakko さんのブログ記事

  • 夏祭り〜六月燈
  • 先週につづき、昨日 近所で 六月燈の夏祭りがありました。こどもたちは近所のお友だちと先にでかけました。わたしは仕事のかえりに祭りに立ち寄ることにしました。六月燈は鹿児島の夏の風物詩です。▼こどもたち手作りの灯ろう。わたしが訪れたときは食べるものがあまり残っておらず、いくつか買って持ち帰り、BSでワールドカップ女子サッカー決勝の再放送を見ました。ひさしぶりに興奮してしまいました。 [続きを読む]
  • 加治木町・岩原に残る武家門
  • ここ3ヶ月、鹿児島市と霧島市の間を週に2回往復する日々が続いていますが、カメラを携えて近くの風景を収める時間がなかなかとれませんでした。今日、その機会に恵まれましたので、加治木町は岩原集落に残る武家門を紹介します。岩原は、加治木町の、島津義弘の館の残る中心から少し郊外に離れています。現在も、加治木石の風情とともに武家門がいくつか残っています。▼岩原に残る石柱の門。柔らかい風合いは加治木石の特色。▼ [続きを読む]
  • 2011夏祭りスタート
  • こどもたちは21日から夏休みがスタートします。もっとも基本的には部活と塾通いが中心で、合間の休みに合せて岩石採集にいったり、プールにいったり、旅行にいったりの予定を組んでいます。きのうは鹿児島市内では照国神社で六月灯のお祭りが、甲突川では曽我どんの傘焼きがありました。 近所のルンビニー公園では毎年恒例の盆おどり大会があり、こどもがカキ氷り作りを今年も手伝うというのでみんなで出かけることにしました [続きを読む]
  • GUAMから鹿児島へ
  •  GUAM滞在4日目。明日は鹿児島へ帰ります。最後の一日はウォーターパークで思いきり遊ぶことにしました。4日間天候が目まぐるしく変わり、スコールが通り過ぎるまでプールサイドのパラソル内に逃げ込むことがたびたびありました。▼競技用のプールは利用者が比較的少なかったです。 別のプールではシュノーケリング体験をこどもとやりました。予約制で大変人気があります。ライフジャケットとシュノーケルを装着し、簡単 [続きを読む]
  • P.I.C.GUAM
  • グアム滞在3日目。グアム滞在中のホテルはPACIFIC ISLAND CLUB GUAM。大人もこどもも一日中思いっきり遊べるというウォーターパークが決め手となった。こどもたちはこれを楽しみにグアムにきたといっていいくらい。到着初日、ホテルのフロントでチェックインの際に日本語が通じるかと思ったら英語でのやりとりになった。フロントのスタッフは日本の方ではなく、多分韓国の方だったのですね。▼早朝のウォーターパーク。17階ベラン [続きを読む]
  • GUAM島内観光
  • グアム2日目はJTBのパックに含まれている島内半日観光です。 P.I.C.ホテルのロビーに朝集合し、バスで移動します。▼最初に訪れたのはハガニア地区にあるスペイン統治時代の旧跡が残るスペイン広場。 グアム島はマゼランの上陸をきっかけとしてその後スペインの植民地となり、スペイン統治が長く続きました。ただし、先の太平洋戦争で建物の多くが破壊されました。▼わずかに残る旧跡にスペイン統治の面影が残 [続きを読む]
  • GUAMの虹
  • グアムの2日目。早朝。早く目が覚めたのでこどもと3人でホテル前の浜辺を散歩しました。こどもたちが浜辺で遊んでいると、犬を連れて浜辺を散歩中の親子に声を掛けられました。はにかみながらも覚えたての英語でグッドモーニングと返してました。ともかくコミュニケーションが大切です。▼むこうから突然スコールがやってきました。パラソルの下に避難する。われわれ3人も屋根の下に避難する。▼しばらくスコールが続いたあと  [続きを読む]
  • 鹿児島からGUAMへ
  • 春休みに遡るが、上の長女の小学卒業旅行に家族で海外へ行こうという話になった。それならせっかくだからとハワイを提案しましたが、飛行機に乗る時間が長すぎるのでイヤだと子供に反対され、もっと身近なグアムに行くことになりました。調べてみると鹿児島からグアムに行くには福岡まで移動すれば福岡空港から直行便が飛んでいることがわかった。初日の行動であるが、鹿児島中央駅を始発の6:07発九州新幹線「さくら」に乗車する [続きを読む]
  • 吾平山上陵
  • 肝付町高山(こうやま)から鹿屋市に戻る途中、旧吾平(あいら)町にある吾平山上稜に立ち寄りました。あいにくの雨でしたが、なかなか訪れる機会もなかろうと思っての行動です。天皇家の始祖とされる天照大神と初代天皇の神武天皇までの間に存在したとされる三代を日向(ひむか)三代といいますが、それぞれの陵墓が鹿児島県内に比定されています。これを神代三山陵(*)といいます。▼吾平山上稜の入口。神武天皇の父であるウガ [続きを読む]
  • 東京〜芝公園界隈
  • 東京は芝にあるセレスチンホテルの続きです。▼セレスチンホテルをチェックアウトし、芝公園方面へと歩きました。この交差点は、週末に六本木からレインボウブリッヂを渡って、お台場や新木場のイトーヨーカドー、はたまた南砂のイオンへと車で買い物に出かけるルートになってました。▼芝公園から見る東京タワー。▼手前にバラの花壇があったのでバラを入れてみました。公園の向こうでは警備会社のみなさんが発声練習をしていまし [続きを読む]
  • 東京・芝〜さつまの道
  • 江戸時代、薩摩藩は芝に広大な敷地の上屋敷を保有していました。 ▼薩摩藩上屋敷跡に建つセレスチンホテル。5月の東京出張時の宿泊ホテル。外資系かと思いきや三井系列のホテルです。▼一帯は三井系列のビルが建っています。▼江戸東京重ね地図。中央の広大な薩摩藩上屋敷の周囲に各地の大名屋敷が点在していたことが分かります。▼薩摩藩上屋敷図。▼セレスチンホテルの裏に「芝・さつまの道」が整備されています。 ▼ [続きを読む]
  • 遠野物語 04
  • 14年前に遠野市を夫婦で訪れた時の写真です。▼遠野物語の舞台の中心、山口集落に向かう途中で見かけた茅葺民家。▼山口集落にて。遠野物語の話者、佐々木喜善の生家です。生家の建物は、屋根がトタンに変った以外は、佐々木喜善の生前当時の佇まいと変りありません。ああここが遠野物語の舞台なんだなあと思わず感慨にふけりました。▼山口集落の水車小屋。▼山口集落のダンノハナ。この地がダンノハナであることを示す標柱が畑に [続きを読む]
  • 初夏の尾瀬 02
  • 14年前に夫婦で尾瀬を訪れたときの第2弾です。▼尾瀬ヶ原の木道と池塘。正面の山はなだらかで女性的な至仏山(2228m)。▼至仏山には2度登りましたが、山頂から眺める尾瀬ヶ原の景色は最高です。▼正面の山は荒々しい男性的な燧ヶ岳(2356m)。池塘に燧ヶ岳の山影が映る。燧ヶ岳は尾瀬ヶ原を挟んで至仏山と対峙します。燧ヶ岳には一度登りました。尾瀬沼湖畔の長蔵小屋に一泊し、燧ヶ岳山頂から田代に抜ける長いコースで、途中悪 [続きを読む]
  • 二階堂家住宅
  • 高山麓の中心からすこし外れた位置に二階堂家住宅があります。国の重要文化財。二階堂家は、鎌倉幕府の要職を務めた有力御家人で、そのなかの一流が鎌倉後期に薩摩に下向して阿多(田布施)に定着し、島津家の家臣となった後は、義久公の命により、高山に移るとともに、現在の大林坊屋敷を拝領し、その子孫が連綿として今日まで400年にわたりこの地に永住しているということです。二階堂家住宅は江戸期の1810年に建てられ、オモテ [続きを読む]
  • 高山麓 02
  • 四十九所(しじゅうくしょ)神社は、肝付氏ゆかりの神社であり、984年、大宰府の大監であった大伴兼行(肝付氏の始祖とされる)(*)が下向した際に創建されたと言われています。秋には900年近い伝統を誇る流鏑馬(やぶさめ)が参道で行なわれることで有名です。(*)大伴兼行は720年の隼人の乱に対し征隼人大将軍として中央政府から派遣された大伴旅人の子孫とも言われている。隼人の乱と中央政府との関係については、南日本新聞 [続きを読む]
  • 高山麓 2011
  • 6月3日、肝付町の高山(こうやま)麓を訪れました。高山は島津氏よりも古く、大隅一円に勢力を振るった肝付氏の城下町として知られています。肝付氏が島津氏に敗れた後は、高山郷に地頭が置かれ、今の肝付町役場の周辺一帯に麓が形成されました。梅雨の最中、いまにも雨がぽつりぽつりと降ってきそうな天気でしたが、高山麓の生垣はみずみずしい色をしていました。▼肝付町役場前の馬場。▼通り沿いに生垣が続く。▼肝付町役場前に [続きを読む]
  • 遠野物語 03
  • 1997年初夏に遠野を訪れた時のもの。遠野物語の主な舞台となった山口集落に向かう途中で見かけた遠野盆地内の風景です。▼南部曲り家。▼廃屋。屋根には草が生えていた。ネガの変色度合いが大きかったのでモノクロに変換。▼これは琴畑集落に向かう途中の風景だったかも知れない。撮影時期:1997年初夏 [続きを読む]
  • 桜島フェリー
  • G.W.第二弾。桜島フェリーに乗る。かなり待つかなと思ったが、意外に早く乗船できた。▼桜島港からの船が入港。▼乗船後、さっそく備え付けの双眼鏡をみつけた。雨で視界は悪かっただろうが。▼フェリーは鹿児島港を離れる。なお桜島フェリーは24時間運航している。▼下を見ると、子供たちが港に向けて手を振っていた。▼われわれが乗った船は今年建造したばかりのバリバリの新造船だった。広島県江田島市能美町とある。能美町とい [続きを読む]
  • 遠野物語 02
  • 遠野第2弾。ネガフィルムを写真屋さんに持参したところ、変色していましたと言われて少しショックを受ける。なにせ14年前のフィルム。フィルムの保管状態がよくなかったのかも知れない。▼モノクロに変換。河童伝説で有名な猿ヶ石川。遠野物語の「サムトの婆」の舞台で有名な登戸(寒戸)を訪れたときのもの。サムトの婆は、遠野の歴史家、菊池照雄氏の本によると、実在の女性であるという。また、遠野物語で猟師(佐々木嘉兵衛) [続きを読む]
  • 指宿市〜知林ヶ島
  •  G.W.は県外にでかけず、もっぱら近場で過ごしました。写真は指宿方面に遊びにでかけたときのもの。▼道の駅いぶすき。G.W.期間中は県外ナンバー特に関西方面の車が多い。キャンピングカーもよく見かける。▼指宿の国民休暇村に立ち寄る。駐車場から海に向かって走っているところ。▼この日ウィンドサーフィンの大会が行なわれていた。奥に見えるホテルは指宿いわさきホテル。▼子供たちは石投げ用の軽石を集めていた。▼ラッ [続きを読む]
  • 遠野 01
  • 写真は1997年に夫婦で東北旅行した際、岩手県遠野市を訪れたときのもの。柳田国男の「遠野物語」がとても好きで、遠野物語の舞台を訪れるのをとても楽しみにしていた。旅行に先立ち、遠野市の駅案内に電話したところ、遠野市内には残念ながらレンタカーがないんですよと言われ、盛岡市内でレンタカーを借りて遠野市内に入った。▼遠野市の入口にある千葉家。田んぼの真ん中に要塞のように建っている姿を想像していたので、盛岡市か [続きを読む]
  • 頴娃麓−2011春
  •  写真は4月上旬に頴娃町を訪れたときのもの。天気はあいにくの雨。頴娃麓を訪れたのは2度目。頴娃麓の地頭仮屋跡は現在の郡地区公民館。郡地区公民館側の下麓地区と、国道をはさむ頴娃小学校側の上麓地区に分かれている。頴娃麓の特徴は当時の町割りがいまもそのまま残ること。▼地頭仮屋跡。道路の正面は国道▼石垣と生垣が続く麓の町並み。▼当時の町割りが残る。正面は神社跡。▼石柱が残る広い屋敷跡。▼今回初めて歩いた [続きを読む]
  • 津軽の茅葺民家 01
  •  写真は今から14年前、1997年に東北の津軽地方を夫婦で旅したときの写真です。プリント写真は日焼けして色が少し褪せている。当時、東北は茅葺民家が多く残っているだろうという漠然とした認識はあったが、その土地を訪れてみて、地域の生活の中にこれほど茅葺民家が自然に溶け込んでいる風景を見たのは初めてでした。鹿児島は台風が毎年来るせいもあるのか県内には茅葺民家がほとんど残っていない。南国生まれの私としては茅 [続きを読む]
  • 初夏の尾瀬 01
  • 夏がくれば思い出す 遙かな尾瀬 遠い空写真は1996年初夏、今から15年前に夫婦で尾瀬ヶ原を訪れたときのものです。尾瀬が好きでかれこれ4〜5回は訪れました。シーズン時はマイカー規制があり、ふもとから尾瀬ヶ原への入口、鳩待峠までの区間はマイクロバスで移動しました。▼木道を歩いて湿原内を散策します。正面は至仏山。▼夫婦で木道を歩く。とても気持ちがいい。▼湿原に咲くワタスゲが揺れる。気に入っている写真の一枚。撮 [続きを読む]
  • 重富麓−2011春
  • 4月に重富麓を訪れたときの写真です。▼いつもきれいに生垣が剪定されています。生垣が作る水平線が見事。▼平松城址(重富小学校)前の馬場▼乳鋲付きの観音扉、潜戸を備える格式の高い武家門。前回訪問時はつっかえ棒で支えられていた。▼重富麓に現存する貴重な武家門の一つ。▼重富麓に現存する武家門は少ないが、二棟が並び建つ貴重な風景が見られる。撮影日:平成23年4月11日参考:秋の重富麓?(2009.11)、?(2009.11) [続きを読む]
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