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夏海 漁の書斎 https://ryonoshosai.jugem.jp/

夏海 漁の書斎です。 短編、長篇小説など載せてます。

ヤバイ世の中になった、と杉田はいつも思う。世間の憤懣は、そろそろ沸点に達しているのではないか

夏海 漁
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西区
出身
新温泉町
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2007/11/28

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  • 失った城(2)

    奥田とは、長年一緒に仕事をしてきたということもあって、気分の浮き沈みが激しいことは、以前から承知していた。 いつだったか、奥田と関わりのある人に彼の印象について聞かされたことがあった。その殆どの人たちは、仕事ができて人格者だと、口を揃え

  • 失った城(1)

    十五年前、杉田は奥田に誘われて、広島に移る決心をした。 大学を卒業してすぐに、大阪のプロダクションに入社し、二十年。それまでの人生の半分以上を大阪で過ごし、血の一滴までが大阪に染まり尽くしている杉田が、ニ年近く悩んだ末の決断であった。 あ

  • その男(29)

    志村は他人事のように言った。「昔のことは忘れた」と言っても、どうやら心の中にはまだ、消えようもない恨みと後悔が沈んでいるのだろう。それが証拠に、その表情は明らかに苦渋に満ちていると受け取れた。 それはそうであろう。弾みとは言え、入社以来の

  • その男(28)

    志村はどうしようもない無力さを感じていた。瀬川部長のことは、警察では一切喋っていないし、会社の不利になるようなことも、喋っていない。 志村は瀬川の本音を、どうしても確かめずにおれなかったので、本人をあちこち探したが、あいにく留守のようであ

  • その男(27)

    鏑木は、腑抜けた志村を半ば強引に自分の家へ連れて帰った。そして、その夜から鏑木の家の間借生活が始まったのだ。 インクの臭いが充満する、工場の二階の資材室に、急拵えの寝室を造り、内戦電話を取り付け、監視つきの生活が始まった。鏑木の妻・千代子

  • その男(26)

    抜け殻のようになった志村が、鏑木印刷の社長・鏑木雅夫に助けられたのは、横領容疑が解けて警察から帰って、二日目の夜であった。 鏑木は、志村が檜田電工の担当になった頃から、大阪相互紙業に出入りし始めた。それまでは夫婦と従業員一名の零細町工場で

  • その男(25)

    志村が警察から帰った時には、既にもぬけの殻だった。そして、警察発表を期にブンヤたちの関心は、志村から大阪相互紙業と檜田電工に移った。ところが依然三人は帰ってこなかった。 志村は精も根も尽き果てた。買い出しに出掛けるどころか、食事の支度する

  • その男(24)

    「ほんで警察に行って、搾られて、同僚に白い目で見られて、自分で罪被って、挙げ句、会社クビになったんや」「そや。ヨメはん怒りよったわ。虚仮にされたまま引き下がるやなんて、やて。・・・ヨメはんの言う通りやで。けど、気ー強いと言うんか、打ち拉がれ

  • その男(23)

    「公私共に恩のあるいうのは?」「色々、入社時からな」「計画的かも知れへんな、それ」「あの頃はそうは思えへんかった。何しろワシたちの仲人やしな。・・・と、いうよりや、ワシに対して、まさかそんなことせーへんやろと信じとったんや」 志村が大阪相互

  • その男(22)

    志村の話しは続いた。断片的な喋り方で、杉田は話しをつなぎ合わせるのに苦労したが、およそそのようなことであった。 照明機器の制作リーダーを任されて五年間の業績は、右肩上がりであったが、徐々に侵攻していたバブル崩壊後の影響で、二〇〇〇年にプロ

  • その男(21)

    大手印刷会社・大阪相互紙業株式会社 営業二課係長・志村敬二。これがこの男の三年前までの肩書きである。 入社十八年目にして、ようやく課長の座を手に入れる筈であった志村は、横領事件に巻き込まれ、昇進のみならず退職に追い込まれてしまったのである

  • その男(20)

    「まあそういうこっちゃ。さっき、にいちゃんには要領事件の容疑が晴れた言うたけど、あの時点で、まだ証拠が不十分でな、拘束できへんかったみたいや。・・・そりゃそうやろ。何もしてへんさかいにな。そやのに会社や家じゃ容疑者扱いしよるし、ほんまは任意

  • その男(19)

    「二度目にパクられたんは、弾みというものの、ワシが悪かったんや。やけど、横領の方はハメられたんや」「たぶんそやろ。アンタのその性格ならな。・・・その横領の方はややこしそうやさかい後で訊くとしてや、それより、その会社を何で辞めなあかんかったん

  • その男(18)

    「仕事は? 何してたんや?」「仕事? たぶんにいちゃんの仕事と似たようなもんやで」「えっ、・・・デザインとか?」「いや、印刷屋や。ワシはそこの営業で、プロダクションも代理店も出入りしとったんや」「へえー。これまた奇遇やな」「やろ。そやから、

  • その男(17)

    「アンタはどやの?」「今どうしとるか分からんな、ヨメはんも子どもも。たぶん実家にでも帰ってんやろ。・・・どうでもいいやんか」 男は、フィルターぎりぎりまで吸ったタバコを足下で揉み消した。そしてそのまま暫く目を落としていた。「さっきの深刻な話

  • その男(16)

    「深刻と言えば深刻やったな。その深刻な問題がや、ほとほと嫌気がさして言うか、なんもかも全部が鬱陶しなって逃げたんや。ほんで忘れよう思ったんやけど、やっぱり簡単やなかった」「時間が解決してくれる言うの、あれは嘘やと思う。あんな芸当のできるヤツ

  • その男(15)

    「そや、恐かったでー。最初、にいちゃんがここに来た時、ヤクザか思ってワシ逃げよう思ったんや。懐にドスでも持っっとんちゃうか、思ってな」「シャレなれへんな」「にいちゃんの目ーは、何ちゅうか・・・、死ぬことなんかひとっつーも恐わないいうか、抜き

  • その男(14)

    杉田は、二、三本抜き取ると、残りを男に渡した。「人と話すのは久し振りやな。こんな暮らししとると、会話すること事体、殆どあれへんからな。一日中話さへんことだってある。そやけど、たまにはええもんやな、ほんま」「仲間はいーへんのんか?」「いーへ

  • その男(13)

    「何か難しそうやな。にいちゃんは」 杉田は、この話しになると、沙希の不機嫌な顔を思い浮かべて、胃がキリキリ痛むのだった。「さっきから、にいちゃんと言ってるけど、実はアンタより、俺、年上なんや」「えっ、そうなんか。で、なんぼ?」「四十九歳」「

  • その男(12)

    「これでも四十三や」「四十三?」 長い間身体も洗っていないのだろう。真っ黒な垢が、長袖の下の手首のところで層になっている。年中、外に居るのだから、日焼けもしているだろう。気を遣って五十半ばと言ったつもりだったが、深い皺と、垢と日焼け、おまけ

  • その男(11)

    「こういう時の人間って恐いで。景気のいい時は、えべっさんみたいな顏しとっても、金の話しになると、人間、変わるさかいな」「仕事でトラブったって、そのことかいな?」「そうや。あの時、俺の人生が壊れた。いや、俺のことはどうでもいいんや」「金のトラ

  • その男(10)

    (何となく・・・) と、そう聞こえた。「何となく? 何となくって?」「別に話すようなことやあらへん」「そんなこと分かってんねん。聞かんでも済むことや言うこともな。俺もアンタのような人に話しかけたんも、何となくやからな」 そう言いながら杉田は

  • その男(9)

    (身勝手に会社を辞めて、広島で裏切られ、また勝手に大阪に舞い戻り、事務所開いたと思ったら、また騙されて、挙げ句の果てに「もう嫌だ」と言って、今度はフリーのライターなの? それでご飯食べられると言うの? 毎日ブラブラしてて)と罵られ、冷たく突

  • その男(8)

    「ところでおっさん、いつからここに居るんや?」 その男は、怪訝そうな目で杉田の横顔を覗いた。そして、「にいちゃんには関係ないやろ。放っといてくれ」「ああ関係ないかも知れへん、アンタがどないしようとな。・・・ただ、俺は、アンタと今、話したくな

  • その男(7)

    景気のいい時は太っ腹を装って歯牙にもかけなかったことでも、一旦景気が後退すると、とたんに本性を現わす。杉田やその男がいた業界に限らず、どの世界でも弱者を喰らう強者の醜悪、傲慢という毒が、ところ構わず撒き散らされるのだった。 杉田がかつてい

  • その男(6)

    一日に一度コーヒーを飲むことが、杉田の楽しみであった。行きつけの喫茶店で、濃いコーヒーをゆっくり時間を掛けて飲み、常連客ととりとめの無い世間話をする。それが唯一、至福の時と言えた。いつも顔を会わせる何人かの客は、世の中の風に煽られ、不景気

  • その男(5)

    しかし、事態は急転した。見落とした原因はどこにあるかなどと、今さらのように言ってきたのである。杉田は、自らそういう落とし穴に入るつもりはなかったので、責任の所在よりシステム論で通した。制作過程のことならともかく、印刷入稿の最終責任はあくま

  • その男(4)

    杉田がフリーのライターを始めたのは、二年前であった。 広告業界で二十数年間デザイン畑を生きてきた杉田は二年前、それまで一度も経験したことがない、人生が百八十度ひっくり返るくらいの、トラブルに巻き込まれてしまった。それは、自分が描いた夢の「

  • その男(3)

    その男は一瞬微笑んだように見えた。 杉田は、空を見上げたまま、マイルドセブンに火を着けた。ほんの一瞬、汚れのない自分に戻れたことと、久し振りに“人間”と話しができたことを、密かに祝いたい気分になっていたのだ。 二メートルほど離れた所に、そ

  • その男(2)

    その男は、残っていたカップ酒を、ひと口飲んで言った。「にいちゃんの目には、ビル街も目に入っとんやろ。それじゃなんも見えへんのや」「確かに街もビルも目に入っとるな。雲だけ見るんやな」 男はそれには応えず、わずかに残っていた酒のビンを天井に向

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