spacesis さん プロフィール

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spacesisさん: spacesis in ポルトガル
ハンドル名spacesis さん
ブログタイトルspacesis in ポルトガル
ブログURLhttp://spacesis.blog52.fc2.com/
サイト紹介文日本語教育メモや帰国子女大学受験体験記も含め、日々の生活を通してポルトガルの魅力を綴っています。
自由文ポルトガルに36年在住しています。二人の子どものトライリンガル教育も終了し、現在はポルトで日本語を教えています。ポルトガル人の夫と5匹の猫と暮らしています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供116回 / 365日(平均2.2回/週) - 参加 2007/12/10 22:58

spacesis さんのブログ記事

  • ポルトのサン・ジュアン祭
  • 2017年6月23日 ポルトガル語では「Festa de São João(フェスタ・デ・サン・ジュアン)」と言います。「サン(聖)・ジュアン」とは、ヨーロッパでも最も祝福されるといわれる洗礼者ジュアンを指します。ジュアン、ジョーン、ジャン、ジョン、イワン、シーンと国によって呼ばれ方は色々ですが、聖書の中でキリストに洗礼を授けたヨハネです。また、オスカー・ワイルドの「サロメ」でもヘロデ王が彼女に褒美として取らす [続きを読む]
  • 62人の死者を出した山火事の惨事
  • 2017年6月19日山火事のニュースが流れると、また今年もか、一体国は本気で国土焦土化の予防対策を考えているのかと腹立たしい思いになります。毎年夏になると、乾燥気候と山中の清掃をしないがために大々的な山火事が起きるのです。自然発火が原因になることもありますが放火も多いのです。まだ、本格的な夏到来ではあるまいし、今回も放火の類かと、しかめ面でニュースを見ていましたら、どうも樹木への落雷が出火原因のよ [続きを読む]
  • 幸せと言える一日だった
  • 2017年6月18日 元気なうちは異国暮らしも悪くはないが、ちょっと風邪を引いて数日寝込んでしまうなどすると、てき面弱気になります。自分が台所に立てないのですから、無理して起き上がり、普段着のまま行ける近くのレストランに出かけても、こういう時はまず油っこくそしてボリューム一杯にドサッと出されるポルトガルの食べ物が口に合わない。見ただけで食欲減退です。これが日本だったら出来合いのお惣菜とか、お弁当と [続きを読む]
  • ナゾニのRamaldeの館
  • 2017年6月16日 自分でも、あれ?未だ紹介していなかったっけ?と今回は驚きのニコラウ・ナゾニが造ったと言われるラマルダ館(Casa de Ramalde)を取り上げます。館の背後に見られる塔や正面シンメトリの階段はナゾニの特徴です。ニコラウ・ナゾニ(Nicolau Nasoni)は、このところ遠ざかっていたわたしですが、これほどの偉業を成し遂げがら最後は貧困のまま一生を閉じたと言われ、その生涯を詳しく知ってみたいと、一時 [続きを読む]
  • 毒性の魚?!Rascassoを食べる
  • 2017年6月14日わたしにしては珍しく、本日は料理の話です。鶏肉を除き肉類を食することが少なくなり、魚が食卓によくのる我が家です。が、マーケットで売られる魚の種類は日本に比べると随分少ない。料理法も揚げるのとオーブンで焼くのが多いのだが、できるものなら揚げるのを避けたいと思っているものの、オーブンで焼くとパサつくので、結局オリーブオイルをたっぷり使う、なんてことになります。わたしはグリルが一番好 [続きを読む]
  • 世界遺産での映画撮影スキャンダル
  • 2017年6月10日 ポルトガルだからねぇ、と大概の「あらら」ニュースは聞き流すのですが、今回は有り得ない!と、珍しく額にまゆを寄せています。怒ったり不満を言い募ったりすることは負のエネルギーを抱え込むことになり、その日が楽しくなくなるので、普段小さなことには余りしつこくこだわらないようにしています。あぁだこうだと細事に至って議論めいたことをふっかけていた若い時とは大きな違いです(笑)もちろん、ニ [続きを読む]
  • ポルトの植物園・初夏
  • 2017年6月7日 今日は写真が盛りだくさんです。お楽しみください。ポルトガル語で植物園を「Jardim botanico(ジャルディン・ボタニコ)」と言います。ポルト大学文学部などのキャンパスがあるCampo Alegreにあるので、古くは「Quinta de Campo Alegre」と呼ばれていました。植物園は現在4ヘクタールの広さがありますが、20世紀半ばまでは私有地でした。 植物園の入り口 鉄柵の門をくぐるとすぐ目の前に見えるのが「Casa [続きを読む]
  • ポルトの植物園/
  • 2017年6月6日 今日は写真が盛りだくさんです。お楽しみください。ポルトガル語で植物園を「Jardim botanico(ジャルディン・ボタニコ)」と言います。ポルト大学文学部などのキャンパスがあるCampo Alegreにあるので、古くは「Quinta de Campo Alegre」と呼ばれていました。植物園は現在4ヘクタールの広さがありますが、20世紀半ばまでは私有地でした。 植物園の入り口 鉄柵の門をくぐるとすぐ目の前に見えるのが「Casa [続きを読む]
  • 三種の神器、長年の疑問がとける!
  • 2017年6月5日(月)  我がモイケル娘に頼んで入手してもらった本を、4月の帰国時に受け取って、勿論ポルトで読むつもりでしたが、期待感大きく、とうとう我慢できずに滞在先の妹宅にいた時に開きました。と、途端に「ぎゃー!」とはわたしの口から出た悲鳴。側にいた妹が「どうしたの?」と驚いて聞きます。 どしたもなにも、これ見て、と見せたのが下の画像であります。 漢字だらけではないか、と、まるで漢字嫌いの日本 [続きを読む]
  • ボアヴィスタ・子爵夫人の館
  • 2017年6月2日 (金)ポルト、ポルト近辺には、廃墟の如く長年放置されている古いが美しい館が数軒ある。下記はその例だ。「ガイアに小宮殿を探して」「海岸通りFozの気になる館」もったいないなぁとわたしは常々思っているのだが、自分にできることはせいぜい今のうちにその姿を画像にするに留まるだけなのである。そのうちの幾つかは修繕の手が入り現在では色々な機関による施設として利用されているものも多い。下記にあ [続きを読む]
  • ポルトのビアレストラン「Brasão」
  • 2017年5月31日(水) 一日の始まりは、起きてコーヒーを淹れネットで新聞を読むことから起動するのですが、近頃の母国のニュース、煽動狙いの見出しと低俗なのとには、正直なところ辟易しているこの頃です。発言、あるいは文章全体を見聞きすれば、見出しの意味にはならないであろう謝った印象、方向に誘導するよう記事が多いので、ため息が出ると同時に、はてな?と頭をかしげることも多い。よって、煽動的な見出しの記事 [続きを読む]
  •  ポルトの二つの石の紋章
  • 2017年5月29日(月)探し物をしながらポルトの街を歩くと首が疲れることがあります。それは、時に「(Claraboiaクララボイア=天窓)」であったり建物の装飾シンボルであったりするのですが、今回探したのは失われつつある市内の「石の紋章」です。ポルトガル語では「Brasão=ブラザォン」と呼び、ポルト市内に残るかつての名家の正門によく掲げられた石で作られた家紋が今日の話題です。ポルトで知られる紋章を持つ有名な [続きを読む]
  • パラボラアンテナと猫の話
  • 2017年5月25日 昨日一昨日とポルトは30度を越す盛夏の気温でした。かと思ったら、今朝は雷がゴロゴロと空を駆け、ざっとひとしきりの雨。今日は昼から外出するのにうっとおしいなぁ、スカッと晴れてくれないかしら?との思いで空模様を見ているのです。7時前の起床で、台所もサッサーと片付け、日本語の生徒さんが体調を崩したとのことで今日は授業から開放され、さよう、予定の外出までの時間、ラフマニノフなど聞きな [続きを読む]
  • 変わりゆくポルトの街:サン・ミゲル通り4番地
  • 2017年5月21日 金曜日は授業にキャンセルが入り、日本語から開放され昼前から街へ出かけてきました。目的地は「Quinta das Virtudes(ヴィルトゥーデス園)」です。これについては後日紹介するのですが、その帰り道、近くを通ったもので好きな建物のひとつであるRua de São Miguel No.4(サン・ミゲル通り、4番地)の家を久しぶりに見て見ようと行ったところが、がーーーん!どないしたん?という状態になっており・・・↓ [続きを読む]
  • ポルトの路地:Rua do Soto
  • 2017年5月19日 久しぶりにポルトの路地をランダムに歩いて見ました。ポルトの路地を歩いて写真を撮り始めてから、13年くらいになるでしょうか。 当時は人影もなく、治安は大丈夫だろうかと心細い思いで歩いたものでしたが、「一度は訪れてみたいヨーロッパの街」のトップにポルトガ選ばれた今、ツーリストの姿はこんな路地でもたくさん見かけられるようになりました。今日は写真を掲載します。 ダウンタウンへ行く時に [続きを読む]
  • ファティマ秘密の第3の予言
  • 2017年5月17日 ポルトガルのファティマに於ける奇跡は、カトリック教世界では今世紀最大の幻視者出現の出来事です。シスター・ルシアは、聖母マリアとの約束を守って、長い間「三つ目の秘密」を口外しないで来たのです。予言のひとつは第一次世界大戦がまもなく終わるということ、二つ目は第二次世界大戦の勃発です。第3の予言をテキストに書き下ろすことを非常に恐れたシスター・ルシアの前に再び聖母マリアが出現し、テ [続きを読む]
  • ファティマの奇跡とフランシスコ教皇訪問
  • 2017年5月15日 ここ一週間ほどポルトガルのテレビニュースを賑わしていたのに「ファティマ巡礼」があります。ファティマはポルトから南下することほぼ190km、リスボンからは120kmほど北上するポルトガル中央部にあるのですが、カトリック教会の重要な聖母巡礼地のひとつです。今年はファティマに聖母が出現して100年目にあたるというので、フランシスコ教皇がその聖地を訪問し5月13日に、巡礼者でぎっしり [続きを読む]
  • かくして月日は流れたり
  • 2017年5月11日 「5月10日、M・モイケル娘誕生。初夏の気候、快晴。とても美しい日の12時20分、ラパ病院にて。体重3200g、身長49cm。Melo先生とアウグスタ看護婦さん、夫が立ち会う。」1986年の我がモイケル娘の誕生についてそう日記に書いてある。今日、その娘が31歳の誕生日を迎えました。同じ31歳の5月にわたしは初めてポルトの空港に下り立ったのでした。31年の月日は一人の人間の人生のひ [続きを読む]
  • 日本語塾恒例のNHKパーティー
  • 2017年5月8日 (月)ひとつ年下なのに、どういうわけか友人のイラストレーターちゅうさんから「バリバリ、ポルトを闊歩している姐さん」とコメントに書かれるわたしでありますが、本当言うと、午前中のスケジュールをその人のために空けてあるところの某企業のおエライさん、マセラッティの君がこの所ご多忙で、12時までは自由時間が続いており、でれ〜と過ごしていた一週間でした。が、そんなことがふっとぶくらいに忙し [続きを読む]
  • LSの旅:煙が目にしみる
  • 2017年5月5日ドウロ川も上流の地域、蒸気機関車終着点、寂れてほとんど駅しかない「Tua=トゥア」から、出発点であるRegua(レグア)への帰路、書き留めておきたい出来事に遭遇したのであります。ピョーピョーとなるSLの帰路の汽笛は、なんだかやけに哀調を帯び、旅の終わりを告げるかのようでした。車内は指定席ではないので、途中の2度の停車駅でわたしたちは車輌を変えてみました。最後は向かい合った座席が4つしかない [続きを読む]
  • ドウロ川SLの旅:終着駅Tua
  • 2017年5月4日(木) それにしてもこのSL、姿まことに麗し!終着駅トゥアに着いたほれぼれするようなHenschel & Shoen Steam Engine 0186(1925年)の姿です。 ドウロ線は1873年に敷設工事が始められ1883年にTuaまで開通し、このSLの旅ではRegua(レグア)、Tua(トゥア)間46キロを5車両で250人の乗客を運びます。夫が撮った一枚。SLの吐くもうもうたる煙に包まれて、素人レポーターも楽ではない(笑) Henschel & [続きを読む]
  • 機関車でドウロ川上流への旅(2)ピニャォン駅
  • 2017年5月1日(月) 午後2時46分にレグアを出発のSLの旅、発車まもなく車内ではポートワインとおつまみ出されました。楽隊の楽しい音楽とともに、時々口げんかもするが、とにかく今日は我らの人生に乾杯!ということで。           ドウロ川川沿いに煙をもこもこ吐きながら走るSL。時々川を上り下りする観光船と行きかい、こちらからもあちらからも乗客が手を振り合ってご挨拶 とまぁ、このあたりに来るまでの [続きを読む]
  • 機関車でドウロ川上流への旅(1)
  • 2017年4月28日  先だってのニュースによると、ポルトの呼び物「O Comboio histórico(直訳:「歴史的な汽車」となるが、わたしは「機関車」と訳したい)」が、今年も6月3日から10月29日の限定期間開通するとのこと。機関車はツーリストを乗せてドウロ川沿いにある町レグア(Régua)とTua(トゥア)間を川沿いに走ります。20世紀初期の木造客車五車輌を牽引(けんいん)、レグアを出発、途中ポスィーニュ(Pocinho [続きを読む]
  • 2017年4月25日 希望はいいものだ
  • 2017年4月25日(火)思えばわたしもポルト在住丸38年を過ぎようとしており「あなた方は知らないでしょうけど」と、自由を喫している今のポルトガルの若い生徒たちに自分が来た当時のポルトガルの光景を話すことがままある。20数年間勤めた補習校時代にも日本でのわたしの子供時分のことを国語授業の単元によってはとりあげて語りきかせた。わたしは戦後生まれで周囲の多くがまだまだ貧しかったこと。テレビが無くてラジ [続きを読む]
  • ポルトガルの春・カーネーション革命(1)
  • 2017年4月24日 (月)今日明日と、4月25日の休日に因んで、二つの過去記事に少し手を加えたエントリーをあげたいと思います。4月25日の明日は、俗にVinte-cindo de Abril(ヴィンテスィンコ・デ・アブリル=4月25日)、或いはカーネーション革命と呼ばれ、ポルトガル人に取って特別の日にあたります。1974年に、ヨーロッパでも最も長かった独裁政治を終わらせた無血軍事クーデターが起こった日です。わたしがポ [続きを読む]