spacesis さん プロフィール

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spacesisさん: spacesis in ポルトガル
ハンドル名spacesis さん
ブログタイトルspacesis in ポルトガル
ブログURLhttp://spacesis.blog52.fc2.com/
サイト紹介文日本語教育メモや帰国子女大学受験体験記も含め、日々の生活を通してポルトガルの魅力を綴っています。
自由文ポルトガルに36年在住しています。二人の子どものトライリンガル教育も終了し、現在はポルトで日本語を教えています。ポルトガル人の夫と5匹の猫と暮らしています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供108回 / 365日(平均2.1回/週) - 参加 2007/12/10 22:58

spacesis さんのブログ記事

  • 東京だよ、おっかさん 2017年版
  • 2017年3月22日帰国寸前に、とある企業のマーケティングセクションから、今週ExpoNorteで開催されるイベントで、日本文化展示をしてくれないかとの申し出があり、断り切れず、同僚のOちゃん、自由に使っていいので一人でやってみてと、ついこの間かたづけたばかりの展示物を再びそれぞれの場所から引っ張り出して、Oちゃんにバタバタ手渡し、期限ぎりぎりの会員雑誌原稿を仕上げて飛んできました、東京へ。いつもの如くゲートで [続きを読む]
  • 6年前の「かあちゃん、地震起きました」
  • 2017年3月16日 東日本大震災から6年経ちました。3月11日は9・11と一緒に忘れることが出来ない日です。いても立ってもおられず、4月に入るやそうそうと我が子たちの様子を見に帰国したのでした。今日はあの日、あの頃を思い出し、いざという時の心構えをわが子たちの持って欲しいがため、6年前の日記から抜粋してみたいと思います。2011年3月12日地震の被害にあわれたみなさまに、こころからお見舞い申し上げます [続きを読む]
  • アグラモンテ墓地(1)美しい墓碑たち
  • 2017年3月13日 ヨーロッパ在住の邦人を対象にした、とある会員誌の1ページで、ポルトガル紹介の記事を長年書いているのですが、写真撮影も兼ねます。写真は印刷用の指定の大きさがあり、そのため、行く先々での撮影は手軽なスマホでは間に合わない。いつ、どんなテーマが取り上げられるか分からないので、我がpcは大サイズの画像がごっそり溜め込まれており、そのせいかどうかは知らないのですが、これまで2度、突然の [続きを読む]
  • ポルト市立図書館、日本文化展示会
  • 2017年3月8日 ポルト市立図書館、日本文化展示会長年かけて自分が日本から持ってきたものを紹介したいと、ボランティア活動として、会場を無料提供してもらい、日本文化展示会なるものを始めて、かれこれ10年以上になります。こう言うと、お茶お華ができて筆も握り、着物も展示してあるので着付けもできよう。さぞかしや日本の伝統文化に造詣(ぞうけい)が深いのだろうと思う方もおられるでしょうが、本人は上に挙げたこと [続きを読む]
  • 旅立て、若者よ
  • 2017年3月7日 土曜日の展示会報告は別の日にするとしまして。一昨日、日本語生徒の一人、H君を日本へ送り出しました。と言っても、4時半くらいには空港へ出向いていなければならない早朝の出発だというのと、できれば家族が別れを惜しむのを邪魔したくないというのとで、わたしは見送りを遠慮したのでした。来なくてもいいのだよと言うのに、H君は忙しいなかお母さんを連れて金曜日に我が家へ、土曜日には展示会場へとわざ [続きを読む]
  • 市立図書館にて日本文化展示会
  • 2017年3月3日 明日、土曜日の文化展の準備でここ数日、バタバタしています。今回は、持ってるものぜ〜んぶお見せしますよ、という趣旨の芸術性まったく抜きの展示会です。ちょっと面白いものでは、小袖、刀の柄頭(つかがしら)も幾つかご覧になれます。ポルト近辺の方、興味がありましたら、お気軽にお出かけください。入場料は無料です以下、ご案内いたします。Um Espaço de Cultura Japonesa              [続きを読む]
  • アメリカチェーンレストラン「Steak´n Shake」オープン
  • 2017年2月28日 今日はカーニバル休日ですが、例年の如く、うっとおしい天気です。南半球のリオは今夏で、華やかなパレードも暑いからこそでしょう。リオのカーニバルパレードにはとても及びませんが、ポルトガルのあちこちでもパレードが催されます。もとはと言えば春の到来を祝う祭りであったと言われ、謝肉祭とも呼ばれますが、ポルト近辺でよく知られるのはオバールのパレードですが、ポルトでも行われますが、残念なが [続きを読む]
  • 高瀬舟と遠山の金さん
  • 2017年2月21日 月曜日は自宅日本語教室が忙しい日です。10時半から1時まで2クラス、そして、3時半から6時まで2クラスあり、授業準備も入れると7時間ほど縛られることになります。昨日がそれで、「うへ、今日は日本語が4つだ。近頃はこれがちょっときつくなってきたなぁ」と、起きてきた夫の顔を見て、問わず語り。苦笑いしてました、彼(笑)月曜日午前中の2クラスの生徒さんは、長年日本語学習を続けてきたGGズ [続きを読む]
  • リベイラの鎮魂碑:Alminhas da Ponte
  • 2017年2月19日 ポルトの美しい街並みを見るにはドン・ルイス1世橋を渡り、向こう側の「カイス・デ・ガイア」から眺めるに限る。それこそが絶景なのだ。これを見ずしてポルトを見たというべからず。赤レンガの屋根が段々畑のように重なり、他を抜きん出て建つのがポルトの象徴、クレリゴス塔である。 このドウロ河岸ポルト側をリベイラ(Ribeira=川岸)と呼ぶのだが、ユネスコ世界遺産指定区域であり、式を通して訪れる人々 [続きを読む]
  • 月下独酌
  • 2017年2月15日 以前にも少し触れたことがあるのですが、我が生徒の最年長者83歳のアルフレッドさんとの日本語授業でのことです。現在、二人で600ページ近くに及ぶ「ねずさんの日本の心で読み解く百人一首」を勉強しているのですが、先週は、9世紀から10世紀初頭にかけて生きた、在原業平の甥、大江千里(おおえのちさと)の23番歌を読み終えたところです。余談になりますが、在原業平とくれば、今で言う「イケメ [続きを読む]
  • ボアヴィスタ、ナポレオン侵入戦争の記念碑物語
  • 2017年2月14日  前回、ナポレオン軍のイベリア半島侵入戦争について述べましたが、それに因んだ記念碑について。ボアヴィスタ(Avenida da Boavista。Boavista=よい眺め)は、ポルトの比較的新しい中心街、ビジネス地区です。ボアヴィスタ大通りには五つ星のシェラトンホテルやパレスホテルがあり、ロータリーからその道をどこまでも下りて行くと、大西洋にぶつかります。 ボアヴィスタ地区はロータリーのMouzinho Albuqu [続きを読む]
  • ヨーロッパでポルトが三度トップに!
  • 2017年2月12日 毎年、投票によって選ばれる「European Best Destination 2017」、つまり、「ヨーロッパで一番行ってみたい街」のコンペなのですが、2017年はポルトがトップに選ばれました。 ポルトガルはこのコンペの上位常連になっているのですが、2012年、2014年に続き、ポルトは三度目のトップです。今回はアメリカ、ヨーロッパ諸国、南アフリカ、カナダなど、世界174カ国からの投票者の支持を得てトップ [続きを読む]
  • Remember
  • 2017年2月9日 記憶の中から取り出せる母の思い出が凝固したような一枚の写真がある。 数年前に帰国した折、投宿先にしていた妹宅の机の上に飾られていたものだ。こんな写真があるとは思いもよらなかったものだから、それを目にした時はちょっとした驚きで、しばらくこの写真に見入ったのであった。母がよりかかっている橋の欄干からすると、写真は弘前公園であろう。手前で目を伏せてしまっているのが妹だ。わたしは母の横 [続きを読む]
  • ポルトの穴場:Almada通り
  • 2017年2月7日 雨が降るやも知れぬという曇り空の下、昨日の日曜日は、4人仲間の定例昼食会があったのですが、待ち合わせ小一時間ほど前に家を出て、久方ぶりにポルトの街にカメラを向けてみました。今日は、レプブリカ広場(Praça da Repubulica)から始まる「Rua de Almada(アルマーダ通り)」の紹介です。一昨年までわたしは毎土曜日、Lapa 教会前にあったYY日本語塾の授業を終えるなり、次の日本語授業が待ち構 [続きを読む]
  • 思えば大きくなったもんだ
  • 2017年2月3日  トップにこんな写真なんぞを載せると、「spacesisさん、ついにお孫さんが!」と来そうです(笑)そうではなくて、これらのベビー服は赤ん坊の我がモイケル娘に着せた物で、ほとんど新品に近いのでずっと今日まで取ってきた衣服の一部です。写真は全て一歳未満の時に着せた服です。それを今、こうして懐かしんでお蔵入りだったのを引っ張りだしてきた、という訳ではありません。少し前に、日本へ行く [続きを読む]
  • たそがれ親父の吉本康永さん
  • 2017年1月29日 間もなく受験シーズンがやってくる日本ですが、この時期になると決まってモイケル娘が日本の大学受験を目指して学業と父親のゴーサイン獲得に格闘していた日々のことが思い出されます。長年、拙ブログにおいでの方々はすでにご存知のことですが、夢を目指して彼女が日本へ行ってから、早や13年になろうとしています。「日本へ行こう!」と娘が決心したであろう中学3年から、最終的に早稲田大学への入学を [続きを読む]
  • ポルト最古の教会「Igreja de Cedefeita」の謎
  • 2017年1月27日 今年もディアス先生とのポルトガル語の勉強が始まりました。この3年ほど、Germano Silva氏の本で先生とポルトの歴史を学んでいます。失われてしまった建築物や広場、道などの、いわばポルトの移り変わりが記述され、どのようにして街が開発されてきたかがよく分かります。わたしにとって興味深いトピックではあります。現在読んでいる本は氏の著書の2冊目です。毎週火曜日の午後に先生のお宅にお邪魔して読 [続きを読む]
  • ポルト・メルカード・ボンスセッソとホテル
  • 2017年1月24日  1952年以来、120店舗を有する生鮮市場として、ブリャォン・マーケットと並んで、長年市民に利用されてきた、ボアヴィスタ地区のボンスセッソ・マーケット。老朽化に伴い改築され、軽食グルメスポットとしてオープンされて3年ほどになります。 中央フロアにはカフェやポルトガル伝統菓子店、オードブルカウンター、チーズ、生ハムの専門店などの小さな店舗が所狭しと並んでいます。平日の昼食時には [続きを読む]
  • 夢をおいかけて(2)
  • 2017年1月19日 夢をおいかけて(2)わたしの日本語教室の生徒は15才から85才と年齢層が広い。85才は先日拙ブログでも取り上げたドイツ系ポルトガル人のアルフレッドさんで、目下、わたしと一緒に「日本の心で読む百人一首」なる本を読んでいる人だ。ポルト、ドイツとそれぞれ離れて暮らした10年ほどを入れると、随分長い付き合いになる。他は、高校生、大学生、サラリーマン、医者、料理人さん、空手道場の人達など [続きを読む]
  • 夢をおいかけて(1)
  • 2017年1月17日 小学生の頃は、毎晩奇抜な夢ばかり見ていたが、わたしはああなりたいこうなりたいとの夢は持たなかった気がする。この辺の記憶はあいまいなのだ。ただ、一度読んだ本、「怪盗ルパン」に憧れて、「ルパンのように、わたしも世界をまたに架ける大怪盗になりたい。」という風なことを作文に書いて朗読し、担任に母が呼ばれたことがあるが、それは夢と言える類のものではない。中学時代から歌うことが好きではあ [続きを読む]
  • 寂しい赤猫ちゃん
  • 2017年1月12日 石を積んだ塀で囲まれたご近所のジョアキンおじさんの畑の鍵をもらうほどの、わたしは畑常連であります(笑)つい先だっても、買ったばかりの子豚2頭をまたもや盗まれてしまったとブツブツいっていたジョアキンおじさんが、わたしに畑へ入る鍵をくれたのは、そこに住み着いているノラ猫のエサ運びをかれこれ10年近くも続けているからであります。ジョアキンおじさんにすれば、猫のエサ運びはお任せしまっ [続きを読む]
  • ポルトのHard Rock Café
  • 2017年1月7日 忙しい金曜日、合間を縫って、IKEAと併設するMar shoppingのブティックに依頼していたコートを受け取りに行き、ついでに他店で探し物をしながら商品を手にして見ていたところ。突然横から「ワッ!」と大声で声をかけられ、びっくりして相手を見ると、????若い男の子です。「し、知らんがな、あんたを。はぁ?」と言う表情をしていると、相手も真っ赤な顔をして、「す、すんません。人違いでした」ですっ [続きを読む]
  • ご挨拶
  • 2017年1月3日  新年明けましておめでとうございます。旧年と変わらず本年度もよろしくお願いいたします。クリスマス、元日といい天気だったのが、昨日今日は小雨の静かな正月です。ポルトガルの正月は元日のみが祭日で、昨日の月曜日から会社員は仕事始め、学校も今日から登校です。わたしも明日からいつも通りの日本語教室開始、新しい年の到来をしみじみ噛み締める間もなく、今年もあたふた出発と相成ります。ところで、 [続きを読む]
  • おおつごもりのポルトダウンタウン
  • 2016年12月31日 おおつごもりの今日、例年通りであれば、ふぅふぅ言いながら、ひとりで大掃除をしているところなのですが、昨日、30日まで仕事をしていたゆえ、今年は早々に掃除を引き上げ、夫と昼食、買い物がてら、ダウンタウンへ出てみました。年の終わりにダウンタウンなど、ポルトに住んで以来、多分始めてのことではないかな? 街は地元の人間、ツーリストで溢れ、暖かめの大晦日の午後、たくさんの人がオープン [続きを読む]
  • レイア姫とデビー・レイノルズ
  • 2016年12月30日 第一章からのスターウォーズファンとして、レイア姫を演じたキャリー・フィシャーが27日にまだ60歳の若さで亡くなったのは残念なことです。そして、彼女の母親、デビー・レイノルズがまるで後を追うかのように、翌日28日に死去したのも切ない話です。デビー・レイノルズはわたしにとって、我が青春時代の忘れえぬ歌を歌った歌手でもあり、立て続けの母子死去の報道を耳にし、自分が生きてきた時代が大 [続きを読む]