徳薙 零己 さん プロフィール

  •  
徳薙 零己さん: 中納言良房
ハンドル名徳薙 零己 さん
ブログタイトル中納言良房
サイト紹介文平安時代初期。二二歳の若さで朝廷に一大勢力を築き国を操った若者、中納言藤原良房の半生とは。
自由文<フィクション>
・わかりあえるはず
・あおひとくさ
・ほしがき
・せむかた -restart-
・ほむらみさき
・苦悶の捕虜
・ほむらみさき、そして…

<ノンフィクション>
・獅子光臨〜三原修の足跡
・朴正煕の野望
・共喰 トモグイ〜連合赤軍事件の全貌。
・左大臣時平
・蟹工船の時代
・安殿親王と薬子
・北家起つ
・中納言良房
参加カテゴリー
更新頻度(2年)情報提供369回 / 367日(平均7.0回/週) - 参加 2008/01/03 23:29

徳薙 零己 さんのブログ記事

  • 中納言良房 20/181
  •  「馬鹿なことを言うな! 民が望まぬことをおいそれとできるものか。」 天長二年に冬嗣が提唱したのと一字一句かわらぬことを良房が提案したことに吉野は反発した。 表向きの理由は天長二年のときの反発であるが実際はそう簡単ではない。 まず、この四郡は、地図だけ見れば摂津国の東の隅であり、川で分断された飛び地になっている。一方、その南は和泉国に接し、実際、住人は摂津本国より和泉国との交流のほうが強かった。 [続きを読む]
  • 中納言良房 19/181
  •  一言で「五畿」というが、この五つの国が平等であったわけではない。面積も違えば人口も違うが、何より違うのが経済力。 良房が受けた情報は、この五畿のうち、和泉国からの誓願である。それは、収入不足から国衙の維持管理が困難になっていることの窮状を淳和天皇へ訴えるものであった。 「和泉国は一国たる基盤なきまま一国たる状況。これは看過できるものではありません。和泉の問題は、ひいては難波津(なにわのつ・現在 [続きを読む]
  • 中納言良房 18/181
  •  天長四年という年は、冬嗣存命中の頃に比べればまだマシだが、お世辞にも穏やかな自然環境の年というわけではなかった。 まずやってきたのは小雨である。 全く雨が降らなかったわけではない。雷を伴った大雨が降ったという記録も存在している。これはどうやら、京都近郊だけが雨だが、全国的に見れば小雨だったというところだろう。 全国的な干害となって状況が悪化する前に対処しようということか、五月二一日、全国に使者 [続きを読む]
  • 中納言良房 17/181
  •  大学を出た知識人と、文化をたしなむ文化人とは必ずしもイコールではないことを吉野は知ったのかも知れない。 なぜなら、自分たちの派閥にいる知識人が求めているのは出世であり、政治家として、さもなくば高い身分になることで名を残すことは望んでも、経国集のような文化作品を残すことで名を残そうとする者はいないのだから。 文章を書き記すことならば行なった者も多いが、後世に名を残すようなものを知識人は残していな [続きを読む]
  • 中納言良房 16/181
  •  吉野が芸術方面への造詣が深いと言っても、それは専門家に打ち勝てるほどではない。 いっぽう、冬嗣親子が芸術方面への造詣を欠いているわけではない。ただ、吉野と違って自慢げにしないだけである。 それが明白な形で現れたのが、勅撰の漢詩集。 貴族としての教養を示すもっとも明瞭な指標は、いかに素晴らしい漢詩を作れるかにあった。この時代、和歌を詠むことは身分の差を超えた日本人共通の愉しみであったが、和歌の地 [続きを読む]
  • 中納言良房 15/181
  •  「三成殿は親王殿下に教育を施されておいでですが、教育とはどのようなものなのでしょうか。」 「ほう、良房は教育に興味があるか。」 三成は琴を奏でながら良房の質問に答えた。 「親王殿下に嫁いだ妹のことが気がかりなのです。何か無礼を働いていないかと。いや、順子のことだから迷惑をかけているに違いないでしょう。しかし、そのような悪評は届かずにおります。これはひとえに三成殿が殿下になされている教育の賜物で [続きを読む]
  • 中納言良房 14/181
  •  このときの酒宴に琴の演奏があったことが記録に残っている。 演奏していたのは当時の最高の琴の奏者であり、皇太子正良親王の春宮亮(とうぐうのすけ・皇太子の教育担当官)でもあった藤原三成(みつなり。下の名は「ただなり」と読んだとする説もある)。 藤原三成は藤原氏の一人であるが、南家の出身であり、藤原氏の中では亜流とみなされていた。式家の吉野にとっては同じ藤原姓の貴族の一員であることは認めるものの、自 [続きを読む]
  • 中納言良房 13/181
  •  二月二六日、これまで空位だった皇后が発表された。 正子内親王。 この時代は天皇の后だからと自動的に皇后になれるわけではない。数多くの后の中から選ばれた一人が皇后となれるのがこの時代であった。 これまでの正子内親王は淳和天皇の后の一人であり公的な立場ではなかった。しかし、この日からは違う。国政に名を連ねる正式な立場である皇后に一七歳にしてなったのである。 もっとも、当時の人はこれを不可解に思わな [続きを読む]
  • 中納言良房 12/181
  •  一月二五日、終身免税となる者が発表された。 それまでにも自薦他薦は多かったのだが、その全てに応えると国家財政の破綻を招く。 淳和天皇は、約束である以上終身免税は実行するが、表彰者はただ一人であり、その対象をたった一家族に絞ることで、国家財政の破綻を回避することにした。 その対象となった者の記録が残っている。一般庶民の女性の名が国の正史に残ったという珍しい例。 その者は、豊前国の三八歳の女性で、 [続きを読む]
  • 中納言良房 11/181
  •  記録は四位から六位に限られているが、それ以下の役人の出世はあったと考えられる。 ただし、三位以上の人事については何も手がつけられていない。相変わらず左大臣は空席で緒嗣は右大臣のまま。 「緒嗣の野心も終わったということか。」 「あなた、そういうことを言うものではなくてよ。」 「緒嗣や吉野には恩も義理もない。同じ藤原とて情けをかける相手ではなかろう。」 「まあ、あなたらしいといえばらしいかしら。」 [続きを読む]
  • 中納言良房 10/181
  •  いつまでもこの状態を続けるわけにはいかなかった。 それは淳和天皇も理解していることだった。 ただ、解決するためには貴族や役人を出世させなければならない。それがネックだった。 出世は単に位が上がることを意味するのではない。出世させれば朝廷から支払う給与も増えるし、位に見合った新たな職も提供しなければならない。 実力に応じた出世なら何の問題もないし、冬嗣の死去以後、実力による昇進は何人か成し遂げて [続きを読む]
  • 中納言良房 9/181
  •  淳和天皇はかなりストレスが溜まっていたはずである。 藤原吉野をスカウトしたのも、蔵人頭に就けたのも自分である。しかし、冬嗣の死後、吉野は父の従兄弟である緒嗣のもとへと向かい、緒嗣の派閥の一構成員となって淳和天皇の思惑を外れてきている。 かつての清廉潔白な駿河国司はそこにはなく、代わりにいたのは緒嗣の出世に尽力する腹心にすぎなくなっていた。 いや、それは緒嗣や吉野だけではない。 自分に寄り添って [続きを読む]
  • 中納言良房 8/181
  •  これに当惑したのが緒嗣である。 順当に行けば右大臣である自分が最高官職である左大臣に昇格すべきところである。 しかし、そうした動きが全く見られなかった。 人事異動が起こらなかったわけではない。何人かの貴族がこの五ヶ月間で新しい地位に昇っている。 このときの緒嗣は明らかに焦っていた。あと一歩でゴールにたどり着くというのにそのゴールがなかなかやってこない。自分の年齢を考えればそう悠長なことを言って [続きを読む]
  • 中納言良房 7/181
  •  七月から八月にかけてこうした瑞祥が次々と報告されてきたのは理解できる。 それは冬嗣の死が現実味を帯び、冬嗣が亡くなった時期である。ということは、左大臣職が空席になったということであり、大幅な人事異動が起こるであろうことが予感される時期だということでもあった。 ここで淳和天皇の気分を良くする報告を中央に挙げれば、今回の人事異動で淳和天皇に大抜擢され、これまででは考えられなかった地位が手に入るかも [続きを読む]
  • 中納言良房 6/181
  •  しかし、皮肉にも冬嗣と最も対立したのが同じ藤原の者である。藤原仲成は死刑にすることで最終解決を成したが、藤原葛野麻呂との関係は葛野麻呂が死ぬまで緊張が走り続け、藤原緒嗣とはことあるごとに対立し、藤原吉野は冬嗣と真っ向から逆らっていた。 冬嗣の死後、頂点に立つことになったのは右大臣の緒嗣であり、蔵人頭の吉野である。彼らは大学を出たこともあり、大学出の学者たちを従えることに成功していた。 しかし、 [続きを読む]
  • 中納言良房 5/181
  •  その大学出の貴族が朝廷内で一定の権力を握っている。それは律令で定められているからでもあるのだが、冬嗣にとってそうした大学出の貴族は障壁にしか感じられなかった。 彼らの主張するところは自分の考えと大きな隔たりがある。 要するに理想主義的で現実とかけ離れているのが彼らの主張するところ。 冬嗣とて当初はそうした理想主義的な貴族の一人であったのだが、奈良の勢力を滅ぼして実権を握ったあとの冬嗣にそうした [続きを読む]
  • 中納言良房 4/181
  •  この時代の大学は以下のようになっていた。 一般に「大学」と称され当時の記録にも「大學」と記されているが、正式な名称は「大学寮」。人事を司る式部省の配下に置かれ、大学生は法律の上では式部省管轄の役人と同じ扱いとなっていた。そのため、仮に犯罪をしでかして逮捕された場合、一般庶民ではなく役人としての判決が下った。 この時代の「寮」というのは現在の「庁」に該当し、省の下にある官庁という意味であり、「大 [続きを読む]
  • 中納言良房 3/181
  •  冬嗣亡きあとの朝廷で勢力を持つようになったのは、緒嗣や吉野といった冬嗣と対立していた貴族や、良房が敵と睨んだ学者たちであったが、彼らの素養と兄弟との素養に大した違いはない。 受けた教育のレベルについてもそうだし、文章を書かせても、文章を読ませても、長良や良房は学者たちと同レベルのものを記すことができる。 この時代にも大学はあり、大学を出ることは貴族になる第一歩でもあった。法に従えば、家柄に関係 [続きを読む]
  • 中納言良房 2/181
  •  天長三(八二六)年七月二六日、亡き冬嗣に正一位が与えられ、遺体は山城国愛宕郡深草山に葬られた。 父の死の喪に服すため、長良と良房の兄弟は宮中より姿を消す。 冬嗣が父内麻呂の死に伴い喪に服したときは国政に影響を与えたが、兄弟が喪に服した今回は、末端の貴族一人(=長良)と、蔵人の一人(=良房)が喪中なだけという扱いとなっている。つまり、理論上、国政への影響はとりたてて存在しないこととなっていた。  [続きを読む]
  • 中納言良房 1/181
  •  藤原氏の確立した摂関政治と、徳川氏の確立した江戸幕府。この二つはともに最高権力を継続するシステムとして二〇〇年以上の寿命を持ったが、この二つの政体を比べた場合決定的な違いが存在する。 それは後者が完全な世襲で、後継者が前歴や年齢に関係なく自動的に前任者の地位を継承するのに対し、摂関政治の場合、後継者に指名されても前任者が就いていた地位を自動的に継承できるわけではなかったということ。 藤原氏の場 [続きを読む]
  • 「ほむらみさき、そして…」のあとがきと「中納言良房」の前書き
  • 夏目漱石は「三四郎」の連載が始まる直前、担当編集者に次のような手紙を書きました。田舎の高等学校を卒業して東京の大学に入った三四郎が新しい空気に触れる。そうして同輩だの先輩だの若い女だのに接触して、色々に動いてくる。手間はこの空気のうちにこれらの人間を放すだけである。夏目漱石ほどの大人物ならば作ったキャラクターが動き回るという光景は日常でしたでしょうけど、私がこれまで何度か書いてきたフィクションの [続きを読む]
  • ほむらみさき、そして… (30/30)
  •  「どうだい、いずみちゃん。ここはね、こういう町なんだよ。何があっても立ち直ることができる、ね。みんな、何か持っているんだ。でも、立ち直れる。あたしだって、結婚に失敗して戻ってきちゃったけど、やり直せてる。」 「……」 「遊んでるんじゃだめだけど、それなりに働けば人生ってやり直せるんだよ。一生懸命じゃダメ。人生壊れちゃうから。アタシの元旦那がそうだったからね。そうじゃなくて、適度に働いて、適度に [続きを読む]
  • ほむらみさき、そして… (29/30)
  •  理事長はその間、浴びるように日本酒やらビールやらを飲んでいた。 「飲み過ぎではないですか。」 「な〜に言ってんの。これが私なりの応援。和波会長みたいに未成年のくせに酒・酒言っているわけじゃないから安心しなさい。」 「僕だって学校の中でそんなことは言っていませんが。」 「私はね、人にタダでお金を恵むなんてことしない人なの。寄付なんか一度もしたことない。だって、何もしないで誰かに恵んでもらったお金 [続きを読む]
  • ほむらみさき、そして… (28/30)
  •  「私は四〇年ほど前、服部さんと同じ理由でほむら岬に来ました。私には和波君にあたるような人は現れずそのままほむら岬に行ってしまったのですが、そこで思いとどまったのですね。それからこちらのおそば屋さんでお世話になりまして、高校に通わせていただいて、大学に入って、この町に戻って教師になって、気づけば校長にまでなりました。女房がいて、子供が二人いて、今では普通の父親です。」 和泉は校長の身の上を他人事 [続きを読む]
  • ほむらみさき、そして… (27/30)
  •  校長はさっきから一滴も酒を飲んでいない。 飲めないのではなく、この店まで理事長を車に乗せてきて、帰りも理事長を車に乗せて帰るので今日は飲まないことにするという。 「校長先生もこういうところが頼れるんだよね。」 「教育者が飲酒運転など許されることではありません。」 「教育者じゃなくたって絶対ダメだっての。」 おかみさんは校長先生と親しげだった。 「いくらあなたでも特別扱いはできません。」 「お知 [続きを読む]
徳薙 零己さん 携帯プロフィール QRコード

トラコミュに参加してみませんか?

トラコミュに参加してみませんか?

あなたの書いた記事をテーマにそったトラコミュにトラックバックすることで、共通の趣味や話題をもったブロガーとつながります。

トラコミュ検索はこちらから