徳薙 零己 さん プロフィール

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徳薙 零己さん: 次に来るもの(平安時代叢書第十三集) 月〜金18時
ハンドル名徳薙 零己 さん
ブログタイトル次に来るもの(平安時代叢書第十三集) 月〜金18時
ブログURLhttp://ameblo.jp/tokunagi-reiki/
サイト紹介文SE山城京一のドラッカー講座 日曜18時 / 京子先生の平安時代講座 土曜18時
自由文<フィクション>
・わかりあえるはず
・あおひとくさ
・ほしがき
・せむかた -restart-
・ほむらみさき
・苦悶の捕虜
・ほむらみさき、そして…

<ノンフィクション>
・獅子光臨〜三原修の足跡
・朴正煕の野望
・共喰 トモグイ〜連合赤軍事件の全貌。
・蟹工船の時代
・平安時代叢書
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供367回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2008/01/03 23:29

徳薙 零己 さんのブログ記事

  • 次に来るもの 20/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  政権交代を真剣に考えるならば、政治家主導などは考えない。既存の役人を活かすか、あるいは、役人を自前で用意する。少なくとも二大政党制を機能させている国は、このどちらかを必ず用意している。用意せずに政権交代を起こした国は、日本国も含め、例外なく失敗している。 花山天皇も、三条天皇も、政治家主導による摂関政治批判を展開し、政治家主導であるために早々に失敗した。それは、藤原摂関政治に対する反発というだ [続きを読む]
  • 次に来るもの 19/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  尊仁親王はたしかに後朱雀天皇の子である。 だが、母は三条天皇の娘である。 第六二代村上天皇のあと、皇位は、村上天皇の子の冷泉天皇、冷泉天皇の弟の円融天皇、冷泉天皇の子の花山天皇、円融天皇の子の一条天皇、花山天皇の弟の三条天皇、一条天皇の子の後一条天皇、後一条天皇の弟の後朱雀天皇、後朱雀天皇の子の後冷泉天皇と移ってきた。 整理すると、冷泉天皇系の花山天皇と三条天皇、円融天皇系の一条天皇、後一条天 [続きを読む]
  • 次に来るもの 18/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  子のいない後冷泉天皇の皇位継承者は弟の尊仁親王となる。この尊仁親王が問題であった。尊仁親王個人の資質に問題があったのではない。尊仁親王に流れる藤原氏の血が薄いことが問題であった。 尊仁親王は後冷泉天皇の弟であるが、母親が違う。尊仁親王の母親は禎子内親王であり藤原氏の女性ではないのだ。禎子内親王の実母は藤原道長の娘であるが、藤原氏の孫であることは知識として知っているというレベルに留まっており、自 [続きを読む]
  • 次に来るもの 17/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  先送りというものは必ずしも悪いものではない。アダム・グラント氏がその著書「ORIGINAL」で明らかにしたところでは、物事に対して率先して取り組むよりも、先送りにするほうが二八パーセントの創造性向上が確認できたという。そして、「先送りは生産性の敵かもしれないが、創造性の源にはなる」とも述べている。 先送りが創造性を生み出す理由について、同氏は、より時間をかけることによって問題の解決に必要な資源 [続きを読む]
  • 次に来るもの 16/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  康平八(一〇六五)年一月一日。それは当たりさわりのないごく普通の一年の始まりのはずであった。 ただし、いつまでもこの普通が続くと考えた人は少なかった。 何か問題があったのか? あった。 以下の表を見ていただきたい。康平八(一〇六五)年一月一日時点の議政官の構成者と役職、そして年齢である。役職位階氏名年齢兼職関白従一位藤原頼通七四歳 左大臣従一位藤原教通七〇歳皇太弟傅右大臣従一位藤原頼宗七三 [続きを読む]
  • 次に来るもの 15/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  先ほどのサラリーマンの例でいくと、BさんをX社の正社員とさせて課税対象とさせる代わりに、公的事業の一部をY社に譲り渡すようなものである。 この場合、X社にメリットはない。ただただ法人税の税額が増えるだけである。 一方、Y社はBさんをX社に派遣することによって得られる利益が減るが、譲り受けた公的事業からの売り上げで減った利益を取り戻せる可能性がある。これならば、Y社にとって妥協できなくもない話で [続きを読む]
  • 次に来るもの 14/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  国司たちが実践したのが、荘園ではない土地はどこなのかを明確にさせることであった。「ここからここまでは荘園ではない土地であり、所有者は国で、国司が管理する土地である」と明確にし、その土地に対して税を課すと同時に、任期中はその土地を荘園に組み込ませないようにさせたのである。こうした土地を国衙領、あるいは公領と言う。 特に寺社の所有する荘園で見られることであったが、公領の中に寺社の持つ荘園が点在して [続きを読む]
  • 次に来るもの 13/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  荘園というものは、律令に規定されているものではないが、法の拡大解釈に従えば必ずしも違法な行為というわけでもない。 律令に従えば全ての土地が国のものであり、土地は天皇の臣下である日本国民に貸し出すものであるべきというのが建前である。ただし、律令制による土地の私有禁止が収穫量の激減と多くの逃亡者、そして絶望的な飢饉を生じさせたことから、はじめは三世一身法で一時的な土地の私有を、次いで墾田永年私財法 [続きを読む]
  • 次に来るもの 12/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  地方の武士にとっても、真正面に向かいあって税を取り立てる国司は厄介な存在であったが、任国に荘園を築こうとする国司は充分に利用価値のある存在であった。国司の多くは地方の武士たちよりもはるかに格上の位階であり、藤原摂関家とつながりを持っている者も珍しくはない。上位官職のほぼ全てが藤原摂関家の独占となっているこの時代、藤原氏の独占を不正義と訴えても何も得られるものはなかったが、藤原摂関家と近づけばそ [続きを読む]
  • 次に来るもの 11/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  話を戻して、役人になる道を目指すとどうなるか? 律令に基づいた役人就任規則はまだ存在しており、大学、この時代で言うと大學寮はまだ存在しており、大学を卒業し、試験を受ければ役人になれるという道は、一応は存在していたのである。しかし、そこから先の道は狭くなっていた。 まず、出世できない。 なぜか? 人が多いからである。 その顕著な例が、何度も記してきた位階のインフレ。位階というのはその人の能力に基 [続きを読む]
  • 次に来るもの 10/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  荘園を法人と、特に株式会社であると捉えると納得できる一つの記録がある。 荘園領主の異動に伴って、荘園の住民も異動したという記録である。 荘園領主が今まで持っていた荘園を手放す代わりに新しい荘園を手に入れた場合、それまで手にしていた荘園に住む住民も新しい荘園に移住することはよくあった。 荘園を田畑と考え、荘園領主を田畑の所有者と考えると、何でこれまで耕していた田畑を手放してまで荘園領主と一緒に新 [続きを読む]
  • 次に来るもの 9/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  ここで、陶器を作るという仕事だけでは食べていけないと考え、食べていける他の手段を探すこと選んだ場合どうなるかを考えてみよう。 アビジット・V・バナジー、エスター・デュフロ両氏の共著である「貧乏人の経済学〜もう一度貧困問題を根っこから考える」(みすず書房)には、貧困地域にある人々の暮らしとして特徴的なものがあると記している。それは、一人がこなす仕事の多さ。豊かな地域では分業が発達して一人一人がそれ [続きを読む]
  • 次に来るもの 8/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  治安の悪さの最大の要因である貧困、これは相対的なものである。「キミより貧しい人がいる」などという説得は何の役にも立たないし、「昔は今より生活が厳しかった」などと言うのは神経を逆なでする発言である。自分よりも恵まれている人がいて、自分が不当に貧しい暮らしを強いられていると考えてなお、自らの貧しさを仕方ないこととして受け入れる人は少ない。そして、自分の生まれ育った時代の宿命をそのまま受け入れる人も [続きを読む]
  • 次に来るもの 7/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  警察権力の弱さを突き詰めると、この時代の警察権力の仕組みそのものにたどり着く。律令に従えば、刑部省が刑事裁判、刑罰の執行、獄の運営をし、弾正台が警察権力を行使するとなっていたが、検非違使の誕生によりそのどちらも名目だけの存在となった。 検非違使に与えられた刑事権力は絶大なものとなった。警察権、検察権、さらには司法まで検非違使は握っていたのである。逮捕した者がそのまま裁判を実施し、刑罰を科すので [続きを読む]
  • 次に来るもの 6/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  平安時代の治安の悪さは、二一世紀現在の日本と同じ民族とは思えないほど劣悪なものであった。 その原因は三つある。 一つは貧困。 二つ目は警察権力の弱さ。 そして三つ目が刑法の弱さである。 三番目の刑法の弱さであるが、この時代の「律」、現在で言うところの刑法の条文に何かしらの問題があったわけではない。ただ、律の運用に問題があったのだ。 律によれば殺人等の重大な犯罪に対する最大の刑罰は死刑である。だ [続きを読む]
  • 次に来るもの 5/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  国家財政に対する考え方は二つしかない。まず税収があり、次に支出があるとする考え方、もう一つは先に支出があり、次に税収があるとする考え方の二つである。前者に立つと、自分の負担できる税はこれだけであるから、税による支出はここまでで留まるのは致し方ないという考えにたどり着くし、後者に立つと、これだけの支出が必要なのだから、自分はこれだけの税負担をするのはやむをえないという考えにたどり着く。 ところが [続きを読む]
  • 次に来るもの 4/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  朝廷の立場に立つと、理解できる点がある。 そもそも戦争は名目に過ぎず、主題目は破綻寸前の国家財政。 この時代は赤字国債という概念など存在せず、税収だけが国家予算である。その税収が激減してきているのである。理由は明白で、荘園の増大。つまり、税を払わない人が増えているために国庫も厳しくなっていたのである。 国家財政の厳しさを訴えると、多くの人は大変なことだとは考える。ただし、大変なことだとは考える [続きを読む]
  • 次に来るもの 3/260 (平安時代叢書 第十三集)
  •  前九年の役とは言うが、実際には一二年に渡った戦争である。ただし、東北地方での局地的な戦争であったことから、それ以外の地域、特に平安京とその周辺に住む人たちにとっては、戦争であることは知識として知ってはいても、現実の殺戮の様子を目の当たりにすることはない。その代わりに存在したのが、戦争のための事実上の増税である。 前九年の役の初頭に朝廷軍が敗北を喫した理由が兵糧にあることから、朝廷軍に物資を届け [続きを読む]