Mickey さん プロフィール

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Mickeyさん: Mickey's world
ハンドル名Mickey さん
ブログタイトルMickey's world
ブログURLhttp://libramikio.exblog.jp/
サイト紹介文湘南在住でさまざまな被写体を撮っています。
自由文少年の頃の"a sence of wonder"を取り戻したくて、写真を始めました。デジタルも使いますが、基本は銀塩と信じています。海・空・山・街。時々モノクローム。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供113回 / 365日(平均2.2回/週) - 参加 2008/01/26 14:03

Mickey さんのブログ記事

  • 夜の愛に逢いに行く
  • 夜のなお美さんのモニュメントを撮りたくなった。相模湾の光に浮かぶモニュメントを。誤算であった。もっと光が碑に当たっていると思った。いいえ、辺りは真っ暗であった。正直に言うと、少し怖かった。さそり座が昇っていた。いて座の銀河も光っていた。なお美さんのモニュメントの真ん前で、さそりを撮った。正直に言うと、この時も少し怖かった。ヨロイヅカフ... [続きを読む]
  • また薔薇を撮ってしまう
  • 雨が降るという予報が出ていた。今日は、雨に濡れた百合を撮るつもりだった。雨は予報通り降ってきた。そして雨滴を纏った百合もあった。でも、薔薇の美に負けた。もう、旬を過ぎている。花弁が痛んでいる。しかし、傷んでなお、薔薇は美しい。何回も書くが、最近、この薄紫の薔薇が気に入っている。清楚である。品種としての名前はもちろんある。しかし、名前を憶えて得意になる時期は、僕の中... [続きを読む]
  • 香を焚く
  • 一週間が終わった。今宵、グラスが進む。香を焚いた。しかも串田孫一のカップで。富士宮の江戸屋さんにまた行って、無理を言って、串田さんのカップをわけてもらった。もちろん対価を払うつもりだった。しかし、お店の若い女の子は困った顔をしてオーナーに相談した。帰ってきて曰く、「もう新たには作っていません。これはお店の常備品であり新品ではありません。既に当店で使用している以上、お代は... [続きを読む]
  • 2017年、初夏の田んぼ
  • ここは御殿場の田んぼ。朝の富士が逆さに写って、いい感じ。これを撮ったのは5月4日午前8時半。今では苗も大きくなっているだろう。年に何回か、田んぼっていいな、と思う時がある。何故かはよく判らない。でも道すがら、あ、と思ってクルマを停めてしまう。国道20号を通れば早く信州方面に行けることは判っている。けれどあまり風情がないので、釜無川の南西を北上する県道12号をよ... [続きを読む]
  • ついにあの鳥の名前が判った!
  • ついにこの鳥の名前が判った!ガビチョウ、というそうだ。この写真は2015年6月18日の拙ブログ「ムラヤマ・クロツグミのメス? 」にアップしたのと同じ写真である。要するに僕は長いことこいつの姿を見ることが出来ず、こいつの鳴き声をクロツグミの声だと思い込んでいたのだが、上の文を書いた日に初めてその姿を捉えたのだった。もちろん即座に野鳥の図鑑で調べたが、どうしてもクロツグミではないと感... [続きを読む]
  • 自然に包まれる幸せ
  • 杖突街道から入笠山、或いは中央線の青柳駅方面に抜ける道の途中に金沢峠がある。その峠の少し手前に、千代田湖という農業灌漑用人造湖がある。人造湖と言ってしまえばそれまでで身も蓋もないのだが、奥蓼科の御射鹿池(みしゃがいけ)のように周囲の自然に溶け込み、いや、この池があることにより周囲の自然が余計に尊く思われるような、そんな池である。(そうそう、御射鹿池は今でこそ東山魁夷の「緑響く」のモチー... [続きを読む]
  • 夜の公衆電話
  • 信州から夜遅く湘南に帰る山道に、この公衆電話はあった。先に言っておくが新しく発見した場所ではなく、明るい時間帯にここを通るたびに、夜の雰囲気を想像していた。きっと妖しい。そう思っていた。その通りだった。雨でも降っていれば、その気配はいや増したろう。でも、梅雨前の乾いた空気の中だったからこそ、撮ることが出来たのかもしれない。だって、陰々滅々とした様子であれば僕自身が怖いもの... [続きを読む]
  • 河岸段丘
  • 河岸段丘のてっぺんから大らかな景色を眺めてみたいと思い立ち、駒ヶ根に行った。日差しは朝から強いが、気温は15度を下回り、湿度も低く、纏いつく風が夢のように軽く感じられた。農家に土曜休みがあるとは思えないが、機械は止まっており畑で働く人の姿はなかった。聴こえるものは耳をかすめる風の音と、遠くでなくアカハラやウグイスの声だけだった。こんな高所にも田んぼがある。苗が行... [続きを読む]
  • 電線のない電柱
  • 電線のない電柱を見つけた。それは奇異であり、この上ない違和感があった。どちらかと言うと、嫌な感じのものであった。倒せばいいのに。この世から無くしてしまえばいいのに。でも、それを敢えて撮る自分がいる。美しいものが好きだと公言し、事実その部分が99%を占めるのに、昔から僕は禍々しいものに惹かれる素地を1%持っている。若い頃から続く現象だが、何気なく本屋に入り... [続きを読む]
  • 或るモニュメント
  • 小田原側から箱根にアプローチすると、手前に秀吉が築いた石垣山の一夜城址がある。城はもちろん残ってはいないが、城郭が公園になっている。とても良い公園で、豊臣に楯突いた北条の末期を偲ぶという侘び寂びの雰囲気は全くなく、明るく開放的だ。この公園の駐車場に、パン屋さんがある。お洒落で美味しいパン屋さんで、しかし敷居は高くない。そのパン屋さんが、公園ではない部分の海側の斜面に、湘南ゴール... [続きを読む]
  • 初夏の紫
  • 初夏の紫が好きだ。初夏の紫に惹かれる。トチノキ。お洒落に仏語で言えばマロニエ。すっくと中天を目指し、花穂も上昇志向を持つ。潔さを感じる。願わくば、僕の心にもマロニエを植え、大事に育てたい。キリ。内閣の家紋だそうである。内閣に家紋? どうでもいいが、確かにプロンプターの演壇には桐の紋章がいつも現れる。そんなことはどうでもいい。桐は、霧と合うそ... [続きを読む]
  • 薔薇の季節が始まっている
  • もう、薔薇の季節が始まっている。毎年、年間パスポートを求める花菜ガーデン。大輪、儚げ、主張するビビッドカラー、奥ゆかしい内気な娘。たくさんの種類の薔薇が咲き乱れるが、僕はここ1−2年、ブルーグレーであったり薄いブラウン系の花に惹かれる。薔薇に恋する人って粋だと思う。新しい花を作ることを夢見る人。創出はせずとも、毎年美しい花を見事に咲かせるために丁寧に手入れを... [続きを読む]
  • 尾道そして美少女
  • 千光寺公園のてっぺんに登ったら、片積雲が夕方の太陽を隠した。雲が光を裂き、思わずシャッターを切ったが、僕は画面左下の尾道水道を撮りたかった。何故尾道水道なのか。それはこの、加納満さんの写真にノックアウトされたからだ。2008年 枻出版、CAMERA magazine no.6の表紙。表紙だけではなく、掲載された数葉の尾道のモノクロ写真は何と魅力的であることか。もう... [続きを読む]
  • 尾道の想い出
  • 尾道。どれほど行きたかったことか。古い商店街を風となって歩けば、自転車の乙女たちがツバメの様に滑走してくる。飛ぶツバメが鳴き声を発しないのと同じく、乙女たちの声は耳には届かない。しかし心を澄ます必要もなく、若さが限りなく心に聞こえてくる。旅人の、尾道という地名に対する感傷を見事に否定しながら、乙女たちは駆け抜ける。見知らぬ店を選ぶ嗅覚に自信はなかっ... [続きを読む]
  • 放哉と大拙
  • 先程、鈴木大拙(だいせつ)の「無心ということ」を読んでいたら、驚くような記述があった。大拙が放哉の句に言及し、その句を以て「無心」の説明をしていたのだ。入 れ も の が 無 い 両 手 で 受 け る   放哉大拙曰く、碧厳集にある金牛和尚の話、「菩薩子喫飯米」では次のことが書かれている。唐の時代のことであったが、金牛和尚はいつもご飯の時になると、お坊さんが一緒にいる食堂の... [続きを読む]
  • 夜のフェリー
  • 下田逸郎がつくり、石川セリが歌った儚い曲、セクシィ。・・・旅に出るなら 夜の飛行機 つぶやくあなた セクシィ・・・夜の飛行機はセクシィかもしれないが、夜のフェリーはもっと現実味を帯びた旅愁を醸し出す。島外への移動手段が船に限られる小豆島では、夜もフェリーが就航する。そして男が一人デッキに佇む。夜9時。フェリー桟橋では運行要員が手持無沙汰に、しかし忠実に職務を... [続きを読む]
  • 放哉への旅 〜 海も暮れ切る
  • 障 子 あ け て 置 く 海 も 暮 れ 切 る   放哉僕が尾崎放哉の自由律俳句を好きであることは、既に何回も書いている。そして何年も前から、放哉の最晩年の地、小豆島に行くことを願っていた。先日の坐禅の話ではないが、人には時期というものがある。この連休に、とうとう僕は小豆島は土庄(とのしょう)町を訪れた。岡山からフェリーに乗った。... [続きを読む]
  • 坐禅会
  • 人にはやりたいことが山の様にあるが、それをやるべき時期というものがある。従前から座禅に興味があり、いつかは経験したいと思っていたが、僕にもようやくその時期が訪れた。 鎌倉五山の第二位、円覚寺での座禅debut。行動を起こしてしまえば、それは全く敷居の低いものだったことが判った。あ、勘違いをしてはいけない。とっかかりの敷居が低いといった訳であり、奥、到達点など判らないどころか判ろうなどという恐... [続きを読む]
  • 旅情、谷峨
  • 旅情というものは遠くに行かなくては味わえないかというと、そうでもない。御殿場線の谷峨(やが)という駅。今は亡き親父が、この駅をずいぶんと気に入っていた。既に何回か僕のブログにも登場しているが、桜の季節になると、どうしてもここに来たくなる。ありきたりなローカル線の駅だが、親父が好きだったということが、僕に対し特別な意味を持たせる。人生の岐路や艱難に対峙したとき、僕は決まっ... [続きを読む]
  • 蘆花 湘南雑筆 「花月の夜」
  • 徳富蘆花 湘南雑筆 四月一五日 「花月の夜」 抜粋。戸を明くれば、十六日の月櫻の梢にあり。空色(くうしょく)淡くして碧霞(みどりかす)み、白雲團々(はくうんだんだん)、月に近きは銀の如く光り、遠きは綿の如く和(やわら)かなり。春星(しゅんせい)影よりも微(かすか)に空を綴る。微茫月色(びぼうげっしょく)、花に映じて、密なる枝は月を鎖(とざ)してほの暗く、疎なる一枝は月に差し出でゝ... [続きを読む]
  • 桃源郷
  • 桃は立派な園芸農学品種だ。そしてそれ以前に、立派な鑑賞植物だ。実に可愛らしく美しい。山梨の、後世、「桃源郷」と命名された地域の一画にある、桃と菜の花のコントラストが美しい場所。桃源郷だぜ。陶淵明だ。昔、文化が太平洋ではなく大陸に向かって開いていたころのスマートな言葉だ。清少納言の香炉峰ではないが、陶淵明さんも黄泉で苦笑しているだろう。確かに桃源郷だ。桃の桃色と、菜の花の菜... [続きを読む]
  • 古城の桜
  • 桜の季節になると、小山城址に来たくなる。もう何年も前、自分の感性で見つけた桜の聖域。土地の人しか訪れず、その人たちの数も少ない。雨の日曜、今日はきれいだという確信があった。先週来た時には蕾は堅かった。でも今日はきっときれいだろう。期待は裏切られなかった。古城の桜は幹に苔をまとい、しかし花はたった今生まれたばかりだ。人の営み、そして時間などということを考える。 [続きを読む]
  • 純愛レンズ
  • ヒトに人格があるように、クルマに車格があるように、レンズにはレンズ格がある。Canon EF24-70mm F2.8L・・・この写真のレンズ。ね、風格あるでしょ(笑)アタシはこのレンズが大好きで、その昔ずいぶんと使ったものだ。カメラ道楽の道を邁進していた折り、フィルムEOS-1vにくっ付けて、重いのも何のその、野に山に飛び回っていたものだ。そのうちにボディが、デジタルEOS20... [続きを読む]
  • 新しい4月
  • 3月が終わった。2008年にスタートした総務系の業務も終了した。4月からは内部監査に就く。思えば永い10年間だった。様々なことがあった。あり過ぎた。でも、終わった。そして心機一転、4月が始まる。気分転換にしばらく行っていなかった甲州方面に出掛けた。寒の戻りというには強烈な寒波であったが、案の定、御殿場から山中湖に抜ける籠坂峠はすっかり雪景色であった。... [続きを読む]