Mickey さん プロフィール

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Mickeyさん: Mickey's world
ハンドル名Mickey さん
ブログタイトルMickey's world
ブログURLhttp://libramikio.exblog.jp/
サイト紹介文湘南在住でさまざまな被写体を撮っています。
自由文少年の頃の"a sence of wonder"を取り戻したくて、写真を始めました。デジタルも使いますが、基本は銀塩と信じています。海・空・山・街。時々モノクローム。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供117回 / 365日(平均2.2回/週) - 参加 2008/01/26 14:03

Mickey さんのブログ記事

  • 不如帰
  • 正月に国木田独歩の残り香に惹かれ逗子を歩き、ふと徳富蘆花につながった話を書いた。その際、蘆花の「自然と人生」を新たに入手した訳だが、しばらくうっちゃるうちに、これまたふと「不如帰(ほととぎす)」を手にした。しばらく読まずにおいたが、先週、仕事上の気分がひと段落したせいか、何気なく電車で読み始めた。そしたらどうだ! なんて面白いんだろう!皆さんはもう既読かもしれぬが、あら筋を書けば次の... [続きを読む]
  • 数日、伊豆の周縁を走り回っていた。リアス?の海は、山がすぐに水面に落ちる。それはそれで趣もあるが、湘南に生まれた身には、やはり砂浜に打ち寄せる波が必要だ。伊豆から帰り、改めてウチの前の海を見る。心が和む。渚はいい。 [続きを読む]
  • とても・・・とても恥ずかしい話
  • この写真を見ると、思い出してしまう。とても、とぉっても、恥ずかしい話。夜のフライトだった。地方空港のラウンジで飲んでいた。理性を失うような飲み方ではなかった。・・・筈だ。しかし疲れがたまっていたのだろう。機体が滑走路に移動するタクシィングの最中に不覚にも僕は眠ったらしい。僕の中ではもう離陸はとっくに終わっていた。ところが突然のGを感じて目が覚めた。するとなんとしたことか、ヒ... [続きを読む]
  • ちっちゃな舌
  • 猫も杓子も最近はネコの写真を撮る。きゃ〜カワイイ、などと一向にその風潮が収まる気配がない。岩合カメラマンなどもレッキとした「動物写真家」から、単なる「猫のおじさん」と化している。かといって、ネコを撮ればウケるのか!などと言うのは野暮である。しからばワタシも・・・X30を持って自転車に乗っていたら、こんな奴がいた。こいつ、ますむらひろし、まんまじゃん、なんて思っていたら、ち... [続きを読む]
  • 陽はまんまろ
  • 陽はまんまろ。夕陽はまんまろ。まんまろという表現は、尾崎放哉の句で初めて知った。方言かもしれぬ。しかしなんとも善い響きではないか。かれらの気持ちも、きっとまんまろ。X-T1 [続きを読む]
  • 憧れたもの
  • 小学校の5年生の頃だったろうか、ドロップハンドルのサイクリング車に無性に憧れた。ツーリングなどという言葉を知ったのもその頃であった。たしか少年サンデーに載っていた広告の、ブリジストンのサイクリング車のハンドルにはバッグが付き、前後の車輪の両側にもバッグが垂れていた。もちろんライトがあり、更には後ろの泥除けにもテールランプが装着されていた。そのテールランプの上部には白色レンズが組ま... [続きを読む]
  • ルネ・ラリック 2
  • この写真では判りづらいと思うが、雀たちはガラスの裏から彫られている。まあ、彫ったのかモールディングに流し込んだのかは専門家ではないからはっきりはしない。裏に作用して、表から見る。この雀たちを見ていて、ふと天球儀を連想した。読者諸兄は天球儀をご存じだろうか。地球儀は地球の上から地球を見ることを前提に作られる。当たり前と言えば当たり前だ。僕の身長は182センチだから、少なくと... [続きを読む]
  • ルネ・ラリック
  • 写真家の小瀧達郎さんはいまヴェネツィアに行っているらしいが、何日か前のブログでルネ・ラリックの「バッカスの巫女たち」を取り上げていた。そんなことがあって、僕も急にラリックの工芸作品が見たくなった。そんなことがあって、今日、箱根の某所にある某美術館の駐車場に、9時の開館前に僕は到着していた。本物を見るってすごいことだと思う。エミール・ガレにしろルネ・ラリックにしろ、彼らの作品って芸... [続きを読む]
  • 富士と梅
  • 一昨日は泥酔した。泥酔する理由があった。しかし単に心が弱いのだろう。昨日は何と昼近くの11時に起き、心の湯治のため丹沢山麓のPH10.1の中川温泉・信玄館で一日を過ごした。今日は復活して6時半に目覚めた。目覚めは好調で、カーテンを開けながら、今日は富士を背景にした梅が見たいと思った。私小説作家の尾崎一雄は下曽我に眠っている。僕はこれまで何度かその墓を訪れた... [続きを読む]
  • 道。みち。僕は時折、道にすごくいとしさを感じる。都会の大きな道路ではなく、隠れた鄙の、土地の人しか使わないような道に。道の起源をよく想う。全ての道は、人々が通行するために開かれたのだろう。初めはそれこそ獣が開拓したかもしれないが、そのうち人が使うようになったのだろう。通行人の量が多ければ、それは大事な道ということになり、今の世で言う幹線道路になった。... [続きを読む]
  • Love, Love, Love!
  • 波打ち際を歩けば、素敵なものに出逢える。薄紅に光る桜貝であったり、波で丸くなったビーチ・グラスであったり。そして今日はLoveに出逢った。それはLoveとしかたとえようのない光景であった。小春日和とはいえ、如月の海は本来寒いのだが、彼等には寒いという言葉などない。何といったって、Loveを周囲に振りまいているのだから。見ている僕も、自然と笑みをこぼしながら... [続きを読む]
  • 春二月、如月は光の中
  • 春二月、如月は光の中。21歳の頃、部室の連絡帳に書いた言葉が蘇ってくる。お気に入りの里山には美しい光景が広がる。一瞬、この電信柱は何とかならないかとも思ったが、人々の営みがあってこその和みの風景なのだと思う。季節を表現する時、人の存在は必要なのだろう。疎林の林床にも新しい命が芽生えている。朝の低い太陽が、葉緑素を思い切り浮き上がらせた。これからどんな花を咲か... [続きを読む]
  • ボブと密かに湯に浸かる
  • おいそれとは公言出来ぬことだが、さっきボブと風呂に入ってしまった。結構気持ちが良かった。先にボブに入ってもらった。奴は初めこそじっとしていたが、僕が一緒に入る頃にはお湯の中で体をこねくりまわし、いろいろ動き回る。あ、そこは・・・と思う間もなく、僕の前面に触れそうになったり、そうかと思えばシュワシュワという意味不明の声を発しながら、今度は僕の背後に回ったりした。ボブが汗... [続きを読む]
  • 新しい春
  • 寒い日が続いてはいるが、嬉しいことに、新しい春がやって来ている。さすがに鶯はまだ囀ってはいないけれど、野の梅はほころんでいる。農道の脇にクルマを停め、あおじくの梅に駆け寄る。ガードレールを跨ぎ、一段下の地面に降りる。35ミリかな、28ミリかな?よし、28ミリで寄って撮ろう。太陽と青空を強調したいな。そして、なんといってもこの晴れがましさを表現したいな。... [続きを読む]
  • 危機管理能力
  • 今に始まったことではないが、いまを生きるには、各個が自らの危機管理能力を持たねばならぬ。真面目な人にはこれが難しい。不真面目でなければ、いや、世間の風潮において不真面目と目されることも抵抗感なく自らを守るために遂行できる気持ちを持たなければ、やっていけない。・・・という、勝手な解釈の下、今日僕は午後休を取った。さて、半日の自由を手にして何をするか。或いは何もしないか。即決し... [続きを読む]
  • こ・ワ・れ・テ・い・ク
  • こ・ワ・れ・テ・い・ク請われて、行く。壊れて、行く。請われて、行く。壊れて、行く。請われて、行く。壊れて、行く。壊れて、行く。でも、請われて、行く。壊れて、行く。でも、請われて、行く。で、行く。X30 [続きを読む]
  • 氷川清話
  • 氷川清話、こんなに面白い本を、僕は何でもっと前に読まなかったんだろう!勝海舟の晩年、明治30年ころにメディアによりインタビューされた幕末維新の頃の裏話、というか、勝海舟が当時の綺羅星のような歴史上の人物に関し想うことを問わず語りに口述筆記させた、なんとも重みのある本である。そして目から鱗なのは、当時の海舟の考え方が、現代にもまさに通じることである!この写真は、「人材育成の法」を... [続きを読む]
  • 僕への伝言
  • 僕への伝言。今日、平成29年、2017年1月8日、午後5時半くらいから、おふくろと酒を飲んだよ。おふくろは、黄桜をお猪口に1杯だけだったよ。「甘くておいしいねぇ」と言っていたよ。普段の罪滅ぼしの意味もあり、僕はたくさん喋ったよ。おふくろも多少面食らったようだが、いろいろ話せて楽しいねえ、と言っていたよ。昔話は出なかったよ。石神井のことや、横浜・台町のことが話題になっ... [続きを読む]
  • 久々のココロの休みの一日
  • 年末年始は、確かに休んだ。でもきっと後日に振り返っても、その休みに一体何をしたのか或いはしなかったのか、きっと判らなくなるだろうから、その日の生き方を写真を媒体として残しておいた。案の定、いま現在、自分がお休みを取っていた記憶などマゼラン星雲の彼方に消え去っている。自分のブログを読み返し、そういえば逗子の町を歩いたな・・・っていうレベル。この5日と6日に大きな試練を迎え、実は休み... [続きを読む]
  • 独歩を追って蘆花に逢う
  • 国木田独歩が好きであることは既に書いている。その武蔵野収蔵の掌編に「たき火」がある。冒頭部分を転記する。北風を背になし、枯草白き砂山の崕に腰かけ、足なげいだして、伊豆連山の彼方に沈む夕日の薄き光を見送りつ、沖より帰る父の舟遅しと俟つ逗子辺りの童の心、その淋しさ、うら悲しさは如何あるべき。御最後川の岸辺に茂る葦の枯れて、・・・見かへれば彼処なるは哀れを今も、7百年の後にひく六代御前の杜な... [続きを読む]
  • 2017、湘南、元旦、海笑う
  • 夕べはアップした通り、談志の芝浜を聞きながら休んだ。かなりな酔い心地の中、談志のたたみかけるこれでもかの人情噺に、ついもらい泣きをして枕を濡らしながら、ことりと寝た。5時前に目覚めた。天気を確認すると快晴。今年の「元旦、海笑う」はどこに行って撮ろうか?そうだ、湘南の定義には少し外れるが、熱海のとあるホテルの、大好きなあの岸壁から撮ってやろう!決めたからにはコーヒーを淹れただけ... [続きを読む]
  • さらば、アンシャンレジーム
  • 紅白にチャンネルを合わせても、一向に乗れない。結局、格闘技をずっと見ていた。紅白って、もう興味なくなったな。僕の中で、旧いからいい、という価値観は本当に消えたようだ。旧いものに意味がないのではなく、旧いものにしがみついていることに意味がないと思うのだ。旧いものを表面的に今風になぞることに、そして「惰性で続ける」ことに、意味を見いだせないのだ。まだ寝るには早いかもし... [続きを読む]
  • 日も歳も、暮れなずむ
  • 今年も366日のうちの365日が終わろうとしている。今日という一日も、また今年という一年も、暮れなずむ。今日を含め、僕の冬休みは5日間しかない。いや、5日間もある。素敵じゃないか。もう、この5日間は会社のことを忘れよう。少なくとも忘れる努力をしよう。浜に出れば、期待ほどの焼け方ではなかったが、それはそれで新しい自然のアスペクトがそこかしこに満ちている。そうだ、この気... [続きを読む]