sunekotanpako さん プロフィール

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sunekotanpakoさん: スネコタンパコの「夏炉冬扇」物語
ハンドル名sunekotanpako さん
ブログタイトルスネコタンパコの「夏炉冬扇」物語
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/sunekotanpako
サイト紹介文スネコタンパコが観たり、聞いたり、読んだりして感じたことの物語り
自由文遺跡、古跡、神社などを中心に訪れ、民俗学的な見地から色々考えたりしています。また、映画は、日本、洋画とも昔の映画を中心に観ています。読書はいい加減に読んでます。最近はやはり昔のもが多いかな。新書系は新しく、文芸系は古典や昭和初期くらいまでのを。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供39回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2008/01/27 22:03

sunekotanpako さんのブログ記事

  • 母のところへ行く(7)短冊
  •  これは、母がデイから持ち帰った、短冊である。 おそらく、七夕に因んで、みなさんの夢(願望)を書いてください、とでもいわれたのだろう。ところが、母は、なにを勘違いしたか、その日の朝にでも見た夢を記入してしまったようなのだ。 尤も、九十を越した年寄りに、夢(願望)もおかしな話であり、土台、デイの要求には無理がある。 母の願望は、日ごろ口にしている、なんの苦痛もなく、眠った状態で死にたい、である。いや [続きを読む]
  • 茂林寺のタヌキから連想する
  •  分福茶釜伝説で知られる館林市の茂林寺にあるタヌキの像。 「タヌキのキンタマ八畳敷き」というように、やはり、キンタマがでかい。尤も、キンタマというと語弊があるのかもしれない。なぜなら、『広辞苑』によれば、金玉とは端的に睾丸のことを指し、男根とセットになった性器一式を意味するようではないからで、一番上のタヌキなど陰茎もでかそうだからである。 ま、ここでは、男根に因んで、硬いことはいわず、キンタマ=男 [続きを読む]
  • 白山神社と歯
  •  白山神社には、歯と子供にまつわる民俗がしばしばみられる。                                勝呂神社 坂戸市石井にある勝呂神社は、明治期に白山神社と称し、主祭神は白山比?大神、すなわち菊理姫命であるが、この神はとりわけ歯痛にご利益があるといわれ、≪昔は祈願して痛みがとれると、萩箸という長さ一尺ばかりに切った萩の枝数十本を束ねたものを神前に供え、神恩に感謝する≫(『埼玉 [続きを読む]
  • 大自瀆者
  •  御休憩中のカピバラから連想したのは、ダリの『記憶の固執』、別名『軟らかい時計』という作品の、真ん中付近に描かれた、時計がまとわりつく、マツゲの長い白っぽい物体。                              『記憶の固執』 この物体の正体は『大自瀆者』ではないかと思われる。                            『大自瀆者』 『大自瀆者』について、ダリはこう記している [続きを読む]
  • 大自瀆者
  •  御休憩中のカピバラから連想したのは、ダリの『記憶の固執』、別名『軟らかい時計』という作品の、真ん中付近に描かれた、時計がまとわりつく、マツゲの長い白っぽい物体。                              『記憶の固執』 この物体の正体は『大自瀆者』ではないかと思われる。                            『大自瀆者』 『大自瀆者』について、ダリはこう記している [続きを読む]
  • 正月は大嫌い
  •  先日、といっても、一か月ほど前のことだが、NHKテレビ「ブラタモリ」で、岩手の中尊寺を採り上げていた。 中尊寺金色堂を拝観した後、タモリ一行は、中尊寺の南東、北上川沿いにある柳之御所遺跡という、奥州藤原氏の政治拠点であった場所に移動し、汚物廃棄の穴を見学する。 そのとき、タモリは、近江友里恵アナウンサーに、一生懸命、平安期の大便後の処理について説明していた。 曰く、昔、紙は貴重品であったから、籌木 [続きを読む]
  • 正月は大嫌い
  •  先日、といっても、一か月ほど前のことだが、NHKテレビ「ブラタモリ」で、岩手の中尊寺を採り上げていた。 中尊寺金色堂を拝観した後、タモリ一行は、中尊寺の南東、北上川沿いにある柳之御所遺跡という、奥州藤原氏の政治拠点であった場所に移動し、汚物廃棄の穴を見学する。 そのとき、タモリは、近江友里恵アナウンサーに、一生懸命、平安期の大便後の処理について説明していた。 曰く、昔、紙は貴重品であったから、籌木 [続きを読む]
  • 篠津から連想する(下)
  •         正面の森が篠津久伊豆神社 手前畑の奥 ブロック塀で区画整理された部分が遺跡地 遺跡が出たという篠津の小字中妻とは、篠津久伊豆神社一帯の小字で、中妻遺跡は神社の南にあり、現在宅地化されている。遺跡地元所有者に話を伺ったが、大した収穫はなかった。神社一帯は、野与党鬼窪氏の館跡と推測されている。野与党は武蔵七党の一つで、武蔵七党というのは、平安後期から鎌倉期、頼朝を支持した武蔵国の武士集 [続きを読む]
  • 篠津から連想する(下)
  •         正面の森が篠津久伊豆神社 手前畑の奥 ブロック塀で区画整理された部分が遺跡地 遺跡が出たという篠津の小字中妻とは、篠津久伊豆神社一帯の小字で、中妻遺跡は神社の南にあり、現在宅地化されている。遺跡地元所有者に話を伺ったが、大した収穫はなかった。神社一帯は、野与党鬼窪氏の館跡と推測されている。野与党は武蔵七党の一つで、武蔵七党というのは、平安後期から鎌倉期、頼朝を支持した武蔵国の武士集 [続きを読む]
  • 篠津から連想する(上)
  •  先日、蓮田市のお隣、白岡市(旧南埼玉郡白岡町)の病院について調べ物をしていたら、たまたま、同市篠津字中妻で奈良・平安期の精錬工房跡が発見されたことを知り、会心の笑みを浮かべるとともに、心のなかで、そっと、自分の勘の良さを自画自賛した。http://www.city.shiraoka.lg.jp/item/12048.htm というのも、八年前の二〇〇八年四月五日の記事「神社 貝塚神社・篠津久伊豆神社・篠津須賀神社・篠津妙見星神」で、わたし [続きを読む]
  • 篠津から連想する(上)
  •  先日、蓮田市のお隣、白岡市(旧南埼玉郡白岡町)の病院について調べ物をしていたら、たまたま、同市篠津字中妻で奈良・平安期の精錬工房跡が発見されたことを知り、会心の笑みを浮かべるとともに、心のなかで、そっと、自分の勘の良さを自画自賛した。http://www.city.shiraoka.lg.jp/item/12048.htm というのも、八年前の二〇〇八年四月五日の記事「神社 貝塚神社・篠津久伊豆神社・篠津須賀神社・篠津妙見星神」で、わたし [続きを読む]
  • 母のところへ行く(6) 救急搬送 
  •  母のところへ行く。 途上、母から電話が入る。胸が痛み、呼吸が苦しいという。過去にも、何度かあった症状である。 「そっちに到着するには、三十分以上かかるし、わたしが治せるわけもないので、救急車を呼んでくれ。」と電話を切った。 その後、五分ほどして、救急隊から電話がきた。母の家と消防署とは目と鼻の先なのだ。 既往症などについて、あれこれ訊ねられ、搬送先の希望はあるか、と訊かれたので、前回入院した病院 [続きを読む]
  • 母のところへ行く(6) 救急搬送 
  •  母のところへ行く。 途上、母から電話が入る。胸が痛み、呼吸が苦しいという。過去にも、何度かあった症状である。 「そっちに到着するには、三十分以上かかるし、わたしが治せるわけもないので、救急車を呼んでくれ。」と電話を切った。 その後、五分ほどして、救急隊から電話がきた。母の家と消防署とは目と鼻の先なのだ。 既往症などについて、あれこれ訊ねられ、搬送先の希望はあるか、と訊かれたので、前回入院した病院 [続きを読む]
  • こころ旅 その5
  •  正平さんは鹿児島県に入ったようだが、今回は、そんなことはどうでもよいのである。 鹿児島のどこか、休憩中に、こんな話題が取り上げられてた。 なにかの調べで、小便をした後、女性の多くが手を洗っているにもかかわらず、手を洗わない男性は七〇%ほどいるというのだ。 これについて、正平氏はこうおっしゃっておりました。 女性は紙を使うから、洗うのだろうが、男性の場合、オチンチンをつまんでするだけだから、洗う必 [続きを読む]
  • こころ旅 その5
  •  正平さんは鹿児島県に入ったようだが、今回は、そんなことはどうでもよいのである。 鹿児島のどこか、休憩中に、こんな話題が取り上げられていた。 なにかの調べで、小便をした後、女性の多くが手を洗っているにもかかわらず、手を洗わない男性は七〇%ほどいるというのだ。 これについて、正平氏はこうおっしゃっておりました。 女性は紙を使うから、洗うのだろうが、男性の場合、オチンチンをつまんでするだけだから、洗う [続きを読む]
  • 小字力(七)  只木(上)
  •  甲の前身、甲村の成立は、すでに記したように、一八七七年(明治十年)の只木村と新井村との合併による。 それでは、甲という地名の由来はなにか。 わたしは、当初、白鳥の古語である古布ではないか、と想像していた。ところが、これもまた明治初期に突発的に生じた地名らしいのだ。 どうも栃木県には、この種の地名が多いような印象を持つ。小山市の北西部を探索しているときもそうであった。 思川を挟んだ神鳥谷(ひととの [続きを読む]
  • 小字力(七)  只木(上)
  •  甲の前身、甲村の成立は、すでに記したように、一八七七年(明治十年)の只木村と新井村との合併による。 それでは、甲という地名の由来はなにか。 わたしは、当初、白鳥の古語である古布ではないか、と想像していた。ところが、これもまた明治初期に突発的に生じた地名らしいのだ。 どうも栃木県には、この種の地名が多いような印象を持つ。小山市の北西部を探索しているときもそうであった。 思川を挟んだ神鳥谷(ひととの [続きを読む]