学び舎主人 さん プロフィール

  •  
学び舎主人さん: 個別指導学び舎 塾長日記
ハンドル名学び舎主人 さん
ブログタイトル個別指導学び舎 塾長日記
ブログURLhttp://k-manabiya.cocolog-nifty.com/blog/
サイト紹介文自分の好きなものを好きなように綴ったブログです。あまり指導と関係ない話が多いと思いますが。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供35回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2008/01/28 12:29

学び舎主人 さんのブログ記事

  • 興味の対象
  • このところ、伝記やそれに準ずる記録などを面白く感じて読んでいる。もちろん小説には小説でしか表し得ない虚構の面白さがあるのだが、事実の積み重ね(それが主観的なものであるとしても)により浮き出てくる、現実に生きた人間の姿は、小説とは別の感慨を呼び起こす。「ありうる姿」としての人間ではなく、「そのようであった姿」を味わうと言えばいいのか。どうも書画骨董を愛でる老人になってしまったような気分だが、おそらく [続きを読む]
  • 伝記を読む
  • 『現代日本思想大系』(筑摩書房)の第4巻「ナショナリズム」を図書館から借りて読んでいる。吉本隆明がこの巻の編者で、少し長めの冒頭解説も吉本自身が書いている。さまざまな著者の文章が収められれていて興味深いのだが、山路愛山や徳富蘇峰、あるいは陸羯南といった人びとの文章はさすがに現代では読みにくい。明治人の著作は擬古文ではないが、江戸時代の候文と地続きで、引用部分や手紙部分など近世古文書かと見まごうばか [続きを読む]
  • 雪崩をうって
  • 昭和の始め、満州事変が起きるまで社会の空気は国際協調をとる幣原外交をよしとするものだった。第一次大戦後の軍縮と国際協調の流れは、大正デモクラシーとともに時代の空気感を形作った。軍事費の削減を求める声が当然のごとく起こり、実際に陸軍の数個師団が整理された。軍服を着た軍人が、電車の中で一般市民から「税金泥棒」といった罵声を浴びせられることも珍しいことではなかったらしい。それが満州事変の勃発とともに、社 [続きを読む]
  • 詮ない事ではあるが・続き
  • 参議院は「良識の府」ではなかったか。二院制は、慎重な審議を行うためのしくみで、法律案は国民に与える影響が大きいため衆参両議院の議決が異なる場合は、衆議院での再可決を要する。こんなふうに中学の「公民」では習う。「共謀罪」は、委員会審議を打ち切り、委員会での採決をせず、「中間報告」による本会議直接採決で成立した。これが「慎重な審議」と言えるのだろうか。「良識の府」である参議院のとるべき姿なのだろうか。 [続きを読む]
  • 詮ない事ではあるが
  • 「共謀罪」が国会で成立した。実行行為なしでも処罰できるという法律は、これからどのように運用されていくのだろう。組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案 (組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律の一部改正) (中略)   第六条の次に次の一条を加える。   (テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画)  第六条の二 次の [続きを読む]
  • Standards
  • エラ・フィッツジェラルドの歌う「These foolish things」を最初に聴いたのは、もう四十年くらい前のこと。FMのジャズ番組から録音したテープを、飽きるくらい聴いた。今思えば、「Ella And Lous Again」というアルバムに入っているものだった。エラとルイ・アームストロングの共演アルバムなのだが、この曲はルイ・アームストロング抜きのセット(ピアノ:オスカー・ピーターソン、ギター:ハーブ・エリス、ベース:レイ・ブラウ [続きを読む]
  • 閉塞感
  • 石川啄木が「時代閉塞の現状」を書いたのは1910年(明治43年)。日露戦争を経験し、幸徳秋水らの「大逆事件」が起きた直後のことだ。啄木自身は、その閉塞した時代状況の展開を見ることなく、明治の終焉とともに亡くなってしまう。それから二十年ほど経った1931年(昭和6年)、満州事変が起きる。ここから1936年(昭和11年)二・二六事件までの昭和初期も、社会には閉塞感が漂っていた。啄木が「時代閉塞の現状」を書いたころに [続きを読む]
  • 二極化…か・続き
  • 社会格差のどこが悪いのだ。努力した人間が正当な報酬を得て、努力しなかった人間がそれなりの収入しか得られないのは当然ではないか。という新自由主義的見解は一見もっともらしい。しかし、競争の前提に大きな不均衡が生じている状態では、その主張は正当性を持たない。生まれてくる環境を人は選べない。経済力のある親のもとに生まれた人間と、困窮した家庭に生まれた人間では、スタートラインの時点ですでに大きな隔たりがある [続きを読む]
  • 二極化…か
  • 学力層が二極化しているのではないか、ということはずいぶん前にも書いた。小さな町の塾屋のオヤジが感じるくらいだから、全国どこでも同じようなことが進行しているのだろうなと思う。具体的な話。つい一週間ほど前に中学生の中間テストがあった。2年生の数学の試験範囲は「式の計算」。一学年150名ほどの学年だが、おそらく平均点は70点くらいか、あるいは80点あたりまで伸びるのではないかと思っていた。これまで何十年もこの [続きを読む]
  • 定期試験の季節
  • 中学校の一学期中間試験が終わったばかりだが、6月に入るとすぐ高校生の定期試験が始まる。4月に高校生になったかつての中三生たちも、初めての定期試験に臨むことになる。例年、一回目の定期試験の結果を見て、あわてて教室に「また、通いたいんですが」と連絡してくる生徒があるのだが、今年はどうなるか。高校一年生は、部活が忙しくてなかなか時間が取れず、教室に通い始めても続かなくなることがよくある。なかなか難しいと [続きを読む]
  • 花の盛りを遠く眺めて・その2
  • フランスの大統領選挙でもNational Front(国民戦線)のマリーヌ・ルペン候補が決選投票に残り、5月の投票結果が注目されている。おそらくマクロン候補が大統領になるだろう。トランプ対ヒラリーの場合と違い、大きく差が開いているので逆転はないというのが大方の予想のようだ。たぶんそうなのだろう。ここでも「右傾化」とポピュリズム(大衆主義)の組み合わせかと図式化してしまうと、もっと底流にある大きな動きを見落として [続きを読む]
  • 花の盛りを遠く眺めて
  • 桜の花が満開を過ぎて散り始めようとしている。北国のここでは、いつもゴールデンウィークの直前に花の盛りが過ぎてしまう。ずっと昔、私が小学校に上がるくらいのころは「天皇誕生日」今の「昭和の日」あたりが見ごろだったと記憶しているが、この数十年でそれが繰り上がってしまったようだ。花が散り始めようかという時期なのに、相変わらずヒマである。ヒマにまかせてぼんやりと何事か考えるのも変わりがない。例によって結論が [続きを読む]
  • 春眠ぼけの頭でぼんやりと
  • 新年度が始まっているが、ヒマである。昨日あたりから気温も急に上がり、うららかな春日という感じの一日だ。あまりにヒマなので、余計なことをぼんやりと考える。ぼんやりとだから結論も何もない。浮かんでは消える泡のようなものだ。まずは2020年の大学入試改革から。センター試験が廃止され、代わりに実施される大学入学希望者学力評価テスト(いわゆる学力評価テスト)について、文科省の有識者会議の最終報告が出てから一 [続きを読む]
  • 合格おめでとう
  • 昨日16日は、公立高校の合格発表日だった。今年は受験校がバラけていて、全部で八校の合格発表を確認するのに二時間ほどかかったが、全員合格していた。おめでとう。胆江地区は1倍を越えたところが水高と水沢商しかなく、他はすべて定員割れだった。しかし、倍率が1倍に届かないからといって手を抜く生徒はおらず、みな最後までしっかり準備をしてくれたことが何よりうれしい。私立専願の生徒も例年になく多かったが、大学受験 [続きを読む]
  • 途中経過報告・その3
  • さて、最後に具体的な方法をお伝えしたい。まず、12000語の英単語をどのようにして選んだか。最初は、以前に作っていた単語ノートがあり、ここに600語ほど覚えるものを見つけた。しかし、1日50語をノルマにすると二週間も経たないうちに無くなってしまう。次に目をつけたのは、ずいぶん昔に買ったまま「積ん読」状態のボキャブラリー読本。雑誌の「タイム」に出てくる語彙を1000語ずつ2冊のシリーズにしたものである。タイムの記 [続きを読む]
  • 途中経過報告・その2
  • 昨日の続きである。物事には、いい面と悪い面がある。まずは悪い面から。この半年間毎日英単語を覚えることに時間を費やしてきたので、さぞかし効果があっただろうとお思いの方は、期待過剰というもの。2ヶ月後復習・3ヶ月後復習の際に忘却率が何%になるのか必ず計算しているのだが、これが毎回トホホな成績。忘却率が50%を切り、半分以上を覚えているということはごくまれで、大概50〜60%、ひどい場合は70%以上を覚えていない [続きを読む]
  • 途中経過報告
  • 前回からあっという間に二カ月以上が過ぎてしまった。月日が経つのは早い。さて、この半年ほど新しい学びに取りかかっていたのだが、それは英単語を12000語覚えようという試みである。きっかけは例によっていいかげんなものだ。たまたまネットの語学サイトをあれこれと見ていたときに、偶然英単語のマスターを主目的に掲げた学習サービスを提供しているところを見つけた。その有料サービスを利用したわけではない。その学習サイト [続きを読む]
  • 久方ぶりの近代史ネタ
  • 七月下旬から新しい学びに手を出し、近代史の学び直しは中断したままになっている。ときどき思い出したように、以前手に取った松本健一や橋川文三の本をパラパラとめくってみたりするほかは、中公文庫の『日本の歴史』を日課のように数ページ読んでいるだけだ。それでも関心のあることがらというのは妙なもので、忘れてしまっているわけではない。折に触れて一気に核心に迫るような興味を呼び起こすことがある。『日本の歴史22  [続きを読む]
  • 叔父の葬儀が続く
  • 13日の日曜日に盛岡で叔父の葬儀があり出席してきた。父親の兄弟で一番末の叔父で、まだ八十前だった。今年は6月に父のすぐ下の弟にあたる叔父の葬儀があったばかりなので、葬儀が続いているという感じがする。父親は男四人女二人の兄弟姉妹で、長男は二十年近く前に亡くなり、次女もだいぶ前になくなっている。今年叔父たちが亡くなったので、元気なのはうちの父親と大阪の叔母だけとなってしまった。盛岡の叔父は、若い頃から [続きを読む]
  • 風の電話
  • 午後11時に帰宅し、遅い夕食を食べた後、ごろりと横になったらそのまま眠ってしまった。今年は早めにこたつを出しているので、ついつい気持よく眠ってしまう。午前2時をだいぶ過ぎたころ、つけっぱなしのテレビから誰かの話し声が聞こえてきて目が覚めた。ぼんやりした頭で画面に目を向けると、電話ボックスで誰かが話をしている。何の番組だろう。電話ボックスを出た男性の話が続く。静かなナレーションがそれに続く。震災で家 [続きを読む]
  • 腰痛
  • 先週の金曜日から整骨院通いをしている。しばらくぶりに腰を痛めてしまった。別に重いものを持ったとかいうわけではなかったのに、急に「ギックリ腰」状態になった。二十年ぶりくらいの激痛である。運転席からの乗り降りで悲鳴を上げ、どうにか乗り込んで発進してからもカーブで重心がズレるたびにズキンと痛む。夜は寝返りができない。着替えるときに靴下やズボンをはくのが一苦労という、最悪の状態だった。まだ寝返りは打てない [続きを読む]
  • もの思う秋・その5
  • なぜ勉強しなければならないのか。中学生にとって最も根源的な疑問だろうと思う。たとえばこれが高校生であれば、大学受験や就職試験やらの間近に差し迫る試験が、具体的な必要性を感じさせる。しかし、岩手県の、盛岡以外の地域の場合、高校受験の倍率は軒並み1.0倍を切っている。高校受験があるからという動機付けは、ほとんど意味をなさない。ある意味でこれは幸いなことであるとも思う。なぜ学ぶのか、という根源的な問いに [続きを読む]
  • もの思う秋・その4
  • 分断統治は奴隷社会や植民地支配の基本的原則なのかもしれない。支配者である主人や宗主国に鉾先が向かないように、同じ境遇にある奴隷同士、植民地人同士でいがみ合い対立しあうように仕向ける。ある場合には、対立する一方に肩入れをして対立を煽る。和解や合意が成立しそうになると、巧妙な手口でそれを壊しにかかる。こうして支配者の地位は安泰となる。ときどきのガス抜きは忘れずに行う。筋書きが決まっていて、どう転んでも [続きを読む]
  • もの思う秋・その3
  • 囲碁の世界チャンピオンのイ・セドル九段がAIに負けて以来、人工知能関連の話題がニュースやネットで取り上げられることが多くなったと感じる。専門の研究者に言わせると、ディープ・ラーニングによって人工知能は格段の進化を遂げそうだが、現段階はまだまだ人間の脳が行なっている働きの足許にも及ばないのだそうだ。こういう話を聞くとなぜかホッとする。いずれは人間の能力を越えてしまうかもしれないが、今のところ有機体であ [続きを読む]