仁隆寺 さん プロフィール

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仁隆寺さん: こころの寺 仁隆寺の日記2007.5.8〜
ハンドル名仁隆寺 さん
ブログタイトルこころの寺 仁隆寺の日記2007.5.8〜
ブログURLhttp://d.hatena.ne.jp/jinryuji/
サイト紹介文本堂の無いバーチャル寺院「こころの寺」は誰もが持てるお寺です。
自由文 世の中にお寺の住職になろうと仏法を学んでいる人はたくさんいます。しかし、どれだけの人が真剣に仏法を考えているでしょうか。また、仏法を語れる場を求めているでしょうか。そんな疑問を持っていたところに「こころの寺」ということを聞いてこれがいいと、始めてみました。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供90回 / 365日(平均1.7回/週) - 参加 2008/02/05 21:53

仁隆寺 さんのブログ記事

  • 2017-03-29
  • [尊号真像銘文] また曰く、「言護念増上縁者 乃至 但有専念 阿弥陀仏衆生 彼仏心光 常照是人 摂護不捨 総不論照摂 余雑業行者 此亦是 現生護念増上縁」(観念法門)文 [続きを読む]
  • 2017-03-28
  • [尊号真像銘文] 「若不生者 不取正覚」というは、ちかいを信じたる人、もし本願の実報土にうまれずは、仏にならじとちかいたまえるみのりなり。「此即是願往生行人」というはこれすなわち、往生をねがう人という。「命欲終時」というは、いのちおわらんとせんときという。 [続きを読む]
  • 2017-03-27
  • [尊号真像銘文] 「言摂生増上縁者」というは、摂生は十方衆生を誓願におさめとらせたまうともうすこころなり。「如無量寿経 四十八願中説」というは、如来の本願をときたまえる釈迦の御のりなりとしるべしとなり。「若我成仏」ともうすは、法蔵菩薩ちかいたまわく、もしわ [続きを読む]
  • 2017-03-26
  • [尊号真像銘文] また曰わく、「言摂生増上縁者 如無量寿経 四十八願中説 仏言若我成仏 十方衆生 願生我国 称我名字 下至十声 乗我願力 若不生者 不取正覚 此即是願往生行人 命欲終時 願力摂得往生 故名摂生増上縁」(観念法門)文 [続きを読む]
  • 2017-03-25
  • [尊号真像銘文] 「言南無者」というは、すなわち帰命ともうすみことばなり。帰命はすなわち釈迦・弥陀の二尊の勅命にしたがいて、めしにかなうともうすことばなり。このゆえに「即是帰命」とのたまえり。「亦是発願回向之義」というは、二尊のめしにしたごうて安楽浄土にう [続きを読む]
  • 2017-03-15
  • [尊号真像銘文] 「婆藪般豆菩薩論曰」というは、婆藪般豆は天竺のことばなり。震旦には天親菩薩ともうす。またいまはいわく、世親菩薩ともうす。旧訳には天親、新訳には世親菩薩ともうす。論曰は、世親菩薩、弥陀の本願を釈しあらわしたまえる御ことを、論というなり。曰は [続きを読む]
  • 2017-03-14
  • [尊号真像銘文] 婆藪般豆菩薩論曰 「世尊我一心 帰命尽十方 無碍光如来 願生安楽国 我依修多羅 真実功徳相 説願偈総持 与仏教相応 観彼世界相 勝過三界道 究竟如虚空 広大無辺際」(浄土論)と。 また曰わく、「観仏本願力 遇無空過者 能令速満足 功徳大宝海 [続きを読む]
  • 2017-03-13
  • [尊号真像銘文] 「人能念是仏 無量力功徳」というは、ひとよくこの仏の無量の功徳を念ずべしとなり。「即時入必定」というは、信ずれば、すなわちのとき必定にいるとなり。必定にいるというは、まことに念ずれば、かならず正定聚のくらいにさだまるとなり。「是故我常念」 [続きを読む]
  • 2017-03-12
  • [尊号真像銘文] 龍樹菩薩御銘文 『十住毘婆沙論』に曰わく、「人能念是仏 無量力功徳 即時入必定 是故我常念 若人願作仏 心念阿弥陀 応時為現身 是故我帰命」文 [続きを読む]
  • 2017-03-11
  • [尊号真像銘文] 「如染香人 身有香気」というは、こうばしき気、みにある人のごとく、念仏のこころ、もてる人に、勢至のこころをこうばしき人にたとえもうすなり。このゆえに、「此則名曰 香光荘厳」ともうすなり。勢至菩薩の御こころのうちに念仏のこころをもてるを、染 [続きを読む]
  • 2017-03-10
  • [尊号真像銘文] 「其最後仏 名超日月光」ともうすは、十二光仏の、世にいでさせたまいしおわりの仏を、超日月光仏ともうすとなり。「彼仏教我 念仏三昧」ともうすは、かの最後の超日月光仏の念仏三昧を、勢至にはおしえたまうとなり。「若衆生心 憶仏念仏」というは、も [続きを読む]
  • 2017-03-09
  • [尊号真像銘文] 「我憶往昔」というは、われむかし、恒河沙劫のかずのとしをおもうというこころなり。「有仏出世 名無量光」ともうすは、仏、世にいでさせたまいしともうす御ことばなり。世にいでさせたまいし仏は、阿弥陀如来なりともうすなり。十二光仏、十二度世にいで [続きを読む]
  • 2017-03-08
  • [尊号真像銘文] 「勢至護念仏円通」というは、勢至菩薩念仏をえたまうともうすことなり。獲というは、うるということばなり。うるというは、すなわち因位のとき、さとりをうるという。念仏を勢至菩薩さとりうるともうすなり。「大勢至法王子 与其同倫」というは、五十二菩 [続きを読む]
  • 2017-03-07
  • [尊号真像銘文] 大勢至菩薩御銘文 『首楞厳経』にの言わく、「勢至護念仏円通 「大勢至法王子 与其同倫 五十二菩薩 即従座起 頂礼仏足 而白仏言 我憶往昔 恒河沙劫 有仏出世 名無量光 十二如来 相継一劫 其最後仏 名超日月光 彼仏教我 念仏三昧 乃至 若衆 [続きを読む]
  • 2017-03-06
  • [尊号真像銘文] 「互国不逆違 自然之所牽」というは、其国はそのくにという、すなわち安養浄刹なり。不逆違は、さかさまならずという、たがわずというなり。逆はさかさまという。違はたがうというなり。真実信をえたる人は、大願業力のゆえに、自然に浄土の業因たがわずし [続きを読む]
  • 2017-03-05
  • [尊号真像銘文] 「昇道無窮極」というは、昇はのぼるという。のぼるというは、無上涅槃にいたる。これを昇というなり。道は大涅槃道なり。無窮極というはきわまりなしとなり。「易往而無人」というは、易往はゆきやすしとなり。本願力に乗ずれば、本願の実報土にうまるるこ [続きを読む]
  • 2017-03-04
  • [尊号真像銘文] 「横截五悪趣 悪趣自然閉」というは、横はよこさまという。よこさまというは、如来の願力を信ずるゆえに行者のはからいにあらず。五悪趣を自然にたちすて、四生をはなるるを横という。他力ともうすなり。これを横超というなり。横は竪に対することばなり。 [続きを読む]
  • 2017-03-03
  • [尊号真像銘文] 「必得超絶去 往生安養国」というは、必はかならずという。かならずというはさだまりぬというこころなり。また自然というこころなり。得はえたりという。超はこえてという。絶はたちすてはなる、という。去はすつという、ゆくという、さるというなり。娑婆 [続きを読む]
  • 2017-03-02
  • [尊号真像銘文] また言わく、「必得超絶去 往生安養国 横截五悪趣 悪趣自然閉 昇道無窮極 易往而無人 其国不逆違 自然之所牽」(大経)抄出 [続きを読む]
  • 2017-03-01
  • [尊号真像銘文] 「其仏本願力」というは、弥陀の本願力ともうすなり。「聞名欲往生」というは、聞というは、如来のちかいの御なを信ずともうすなり。欲往生というは、安楽浄刹にうまれんとおもえとなり。「皆悉到彼国」というは、御ちかいのみなを信じてうまれんとおもう人 [続きを読む]
  • 2017-02-28
  • [尊号真像銘文] また言わく、「互仏本願力 聞名欲往生 皆悉到彼国 自致不退転」(大経)と。 [続きを読む]
  • 2017-02-27
  • [尊号真像銘文] 「若不生者 不取正覚」というは、若不生者は、もしうまれずは、というみことなり。不取正覚は、仏にならじとちかいたまえるみのりなり。このこころはすなわち、至心信楽をえたるひと、わが浄土にもしうまれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり。こ [続きを読む]
  • 2017-02-26
  • [尊号真像銘文] 「欲生我国」というは、他力の至心信楽のこころをもって、安楽浄土にうまれんとおもえとなり。「乃至十念」ともうすは、如来のちかいの名号をとなえんことをすすめたまうに、遍数のさだまりなきほどをあらわし、時節をさだめざることを衆生にしらせんとおぼ [続きを読む]
  • 2017-02-25
  • [尊号真像銘文] 「十方衆生」というは、十方の、よろずの衆生というなり。「至心信楽」というは、至心は、真実ともうすなり。真実と申すは、如来の御ちかいの真実なるを至心ともうすなり。煩悩具足の衆生は、もとより真実の心なし。清浄の心なし。濁悪邪見のゆえなり。信楽 [続きを読む]