ハル さん プロフィール

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ハルさん: 金田治のスケッチ日記
ハンドル名ハル さん
ブログタイトル金田治のスケッチ日記
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/onbi99
サイト紹介文裸婦スケッチを元に詩や物語を織り込んだ絵作りを楽しんでいます。
自由文絵に様々な陰影を与える物語を感じながら鑑賞する絵を求めて自作の絵画やエスキースを載せています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供92回 / 365日(平均1.8回/週) - 参加 2008/04/08 15:16

ハル さんのブログ記事

  • 男性クロッキー 2
  • 男性クロッキー 2裸体を芸術へと押し上げ、純粋な生命の輝きを石に刻み付けた古典ギリシャの栄光はどのような断片にも反映され、彼らが生み出したあらゆる形態に命を吹き込んでいます。しかし、現代の情報化、すなわち事物の一面的でしかない理解がもたらした人体の観念では、裸体は性的玩具とみなされ、忌避され、または期待されるようになりました。精神を表現し、魂を表現するのに裸体をもってしたギリシャの人体芸術は今までの [続きを読む]
  • 男性クロッキー 1
  • 男性クロッキー 1明治期の洋画の黎明期に活躍した黒田清輝がパリで絵を学んだのはラファエル・コランのもとでした。ラファエル・コランは印象派とサロン画を折衷した裸婦の名手でしたから、英雄的な男性像などとは無縁でした。先入観とは恐ろしいもので、始まりがそれだと、洋画は裸婦や花を描くもの、それが西洋画と皆が思うようになります。江戸時代に版画で庶民に親しまれた物語絵、歴史画の中では英雄的な男たちがいくつもの冒 [続きを読む]
  • 物語は後から 2
  • 物語は後から 2絵を見る楽しさはイメージの広がりにあります。イメージは描く側のものであるだけでなく、見る側のものでもあります。どのようなイメージが、絵画的なイメージなのかという問いはないでしょう。人それぞれに異なるので現象学的に調べたところで答えなど見つかるものではないでしょう。非日常に誘うシュールレアリズムだけがイメージを独占しているわけでもありませんし、現代主義が個人の現代を表現しているのでもあ [続きを読む]
  • 物語は後から
  • 物語は後から裸婦クロッキーを長らく続けてきて、描きっぱなしのスケッチの即物的な内容にどうにも不満がたまってきます。裸が次第に興味から離れてゆき、生き生きとして生命感を求めて季節感のある風景を描いてみても即物的であるのには変わりませんから、やはり気持ちは違うほうに向いています。子供の頃に西洋画集を見てワクワクした記憶は今も残っています。文字で物語に触れるよりも早く、画集から様々な人生の物語を感じてき [続きを読む]
  • 新宿御苑でのスケッチ その3
  • 新宿御苑でのスケッチ その3不思議なことに、水があるとそれだけでも絵が生まれます。水の反射が日常の視線をさえぎって、非日常の想いに誘うのでしょう。感傷的な気分は絵には良いことなのでしょう。水と同じように木も不思議な力を発揮します。新宿御苑のように大きな樹が至る所にある場所では、どこを向いても絵になる気がします。木は育ってきた長い時間や移り変わる季節や、時々の風や光を伝えるからでしょう。樹のある水辺 [続きを読む]
  • 新宿御苑でのスケッチ その2
  • 新宿御苑でのスケッチ その2新宿御苑は森あり、水あり、広い芝生ありで、描き始めたら次から次へと描きたいシーンが広がります。そこえもって、今年の好天気ですから、若葉だけでなく、あちこちで花盛りです。4時過ぎると退苑を促すアナウンスが流れます。時間の移り変わりが描けないのは残念ですが、制限時間がなければ果てしなく描き続けられそうです。つつじ山はもう過ぎてしまったようですが、日陰のつつじはまだまだ花盛りで [続きを読む]
  • 新宿御苑でのスケッチ その1
  • 新宿御苑でのスケッチ今年のゴールデンウィークは天気が良かったので、絶好のスケッチ日和でした。前半は伊豆へ藤を描こうと出かけたのですが、伊豆の山中は東京よりもよほど寒いのですね。まだまだつぼみで、幻想的な風景に出会うことはできませんでした。後半は都会のオアシス、新宿御苑で新緑を描くことにしました。季節を描くのは気持ちの良いものです。辺り一面の新緑に囲まれてスケッチで過ごすすがすがしさは格別です。苑内 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー193 マンネリ4
  • 最近のクロッキー193クロッキーでも特別に裸が面白いという視点もあるのかもしれませんが、なかなかそれだけでは裸婦を描き続ける上での展開がありません。多彩な作品群の中にたまたま裸婦がある場合と、裸婦ばかりの作品群とではかなり鑑賞が異なるでしょう。裸婦を多用したシュールレアリスムの人たちのエロティシズムの追求にはクロッキーは適していません。心的なイメージを表出するには特別なポーズ付けが必要でしょう。クロ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー192 マンネリ3
  • 最近のクロッキー192画家の作品集などを見ていて、クロッキーが現れると、画家の秘密を知ったかのように楽しいものです。画集でのクロッキーには建築の図面やアイディアスケッチを見るときのような楽しさがあります。しかし、それも画家の絵があっての面白さで、クロッキーだけで本当に面白いのだろうかと疑問になり始めました。クロッキーは永年やっていると、デジカメのシャッターを切るように簡単なことになってきます。すべて [続きを読む]
  • 最近のクロッキー191 マンネリ2
  • 最近のクロッキー191近頃、クロッキーをし続ける意味はどこにあるのだろうと気にかかりだしました。いつまでもクロッキーしていても、それがそのまま絵画であるという気がしません。絵の中にはめ込んで初めてクロッキーは生きてくるように思えるのです。クロッキーで得られる形は生き生きしていて、頭の中で考えるかたちとは大きく異なっています。絵の中の人物の多くは想像で配置しますが、その中に一人だけでもクロッキーの形が [続きを読む]
  • 最近のクロッキー190 マンネリ
  • 最近のクロッキー190しばらくクロッキーを休んで再開したら、随分と平板な絵になってしまいました。クロッキーをする感動が薄くなってきて、卓上の置物も、裸婦も同じように見えてきましたので、何かがくるってしまったのだと思われます。桜を描いていると季節の移り変わりに感動しながら、急き立てられるように一瞬をとらえようとしたのですが、裸婦になるといつもの裸婦という、モデルさんには大変に失礼な気持ちがしてきます。 [続きを読む]
  • 今年の桜 4
  • 今年の桜 4今年の桜の絵ですが、満開の花見でも、人が誰もいないと不思議な絵になります。実は花の下では人々が集まり宴会状態なのですが、その場にいるとなんか騒々しく感じ風景だけにしまいます。しかし、持ち帰ってみてみると奇妙な静寂がその場のイメージとは大きく隔たっています。風景画を描いていていつも迷うのは、人物を描こうかやめようかです。ピサロの絵などを見ていると適度に人物が配置してあって、なんとも自然なの [続きを読む]
  • 今年の桜 3
  • 今年の桜 3ここ二日の雨で散るかと思われたのですが、今年の桜はまだまだ散りませんね。一週間咲きっぱなしと不思議な年です。4月の半ばに桜は満開、椿も満開、桃も水仙も咲いて、季節がどうなっているのか一斉に春の景色です。by カネダオサム私の絵画教室 : 大倉山音楽美術センター  http://www.okurayama-onbi.net/index.phpブログ村 ランキングに反映されますので下アドレスの お願いしますhttps://art.blogmura.com [続きを読む]
  • 今年の桜 2
  • 今年の桜 2今年の桜は一斉に咲いたこともあって、あたり一面驚くほどの満開です。どの枝にも重たくなるほどの花の毬がついて、空をも桜色に染めるかのようです。午前中の湿り気もあってか、晴れ始めた午後からは朝日に映える瑞々しい花のようにつややかな色を見せています。2日前に来た時には3分咲きだった枝もすべてのつぼみが開き重たげに下がっています。咲きかけの桜が風情があって良さそうと予定していたのですが、こうなれば [続きを読む]
  • 今年の桜
  • 今年の桜 今年は一週間休みを取ったものの桜は咲かず寒い日が続きました。こちらに帰ってきてやっと開花です。開花が遅れ木ごとに開花がまちまちで、いつになくきれいな桜となりました。三分咲きもあれば満開もあり、遅咲き早咲きも逆になったり、入り乱れて、様々に楽しめ美しいのです。ソメイヨシノが満開で2枚ほど描いたところで見飽きた絵ができてしまったので、枝垂れ桜や大島桜を描くことにしました。芝生に座って描きだす [続きを読む]
  • ぶらっと公募展  最近のクロッキー189
  • ぶらっと公募展  最近のクロッキー189かつて写真の初期には、ピントと露出が正確に調整できれば写真屋として仕事ができたといいます。手動で、露出計もなく暗いレンズでピントを合わせるのはそれなりに経験のいる大変な技術だったのでしょう。見合い写真だの、七五三の写真、一家全員の写真など戦前の家にはあったものです。白日会展の会場に足を踏み入れると、ちょうどそのような雰囲気です。とても見事なピントと露出。きれいで [続きを読む]
  • ぶらっと公募展  最近のクロッキー189
  • ぶらっと公募展  最近のクロッキー189かつて写真の初期には、ピントと露出が正確に調整できれば写真屋として仕事ができたといいます。手動で、露出計もなく暗いレンズでピントを合わせるのはそれなりに経験のいる大変な技術だったのでしょう。見合い写真だの、七五三の写真、一家全員の写真など戦前の家にはあったものです。白日会展の会場に足を踏み入れると、ちょうどそのような雰囲気です。とても見事なピントと露出。きれいで [続きを読む]
  • シャセリオー展4 最近のクロッキー188
  • シャセリオー展4 最近のクロッキー188シャセリオーは日本との接点がほとんどないためか、一般にはほとんど知られていません。19世紀フランスで個人としては最大の壁画を描いた画家なのですが、残念なことにその壁画も1871年のパリコミューンで焼失してしまいました。日本の洋画が始まる黒田精機がパリに行ったのは1884年ですから跡形もなかったわけです。シャセリオーのエキゾティズムにしてもアルジェやギリシャといったところで [続きを読む]
  • シャセリオー展4 最近のクロッキー188
  • シャセリオー展4 最近のクロッキー188シャセリオーは日本との接点がほとんどないためか、一般にはほとんど知られていません。19世紀フランスで個人としては最大の壁画を描いた画家なのですが、残念なことにその壁画も1871年のパリコミューンで焼失してしまいました。日本の洋画が始まる黒田精機がパリに行ったのは1884年ですから跡形もなかったわけです。シャセリオーのエキゾティズムにしてもアルジェやギリシャといったところで [続きを読む]
  • シャセリオー展3 最近のクロッキー187
  • シャセリオー展3 最近のクロッキー187アングルの新古典主義とドラクロワのロマン主義をつなぐ存在として語られるシャセリオーですが、その両者の対立よりもシャセリオーの絵画については19世紀が持つ文学的な風土の影響が最も重要におもえます。16,17世紀は建築の世紀でしたからタピスリーや壁画といった、建築に付随する存在として絵画は展開しました。19世紀は文明論や哲学など言葉を中心にした世紀で詩や小説などの文学の世紀で [続きを読む]
  • シャセリオー展3 最近のクロッキー187
  • シャセリオー展3 最近のクロッキー187アングルの新古典主義とドラクロワのロマン主義をつなぐ存在として語られるシャセリオーですが、その両者の対立よりもシャセリオーの絵画については19世紀が持つ文学的な風土の影響が最も重要におもえます。16,17世紀は建築の世紀でしたからタピスリーや壁画といった、建築に付随する存在として絵画は展開しました。19世紀は文明論や哲学など言葉を中心にした世紀で詩や小説などの文学の世紀で [続きを読む]
  • シャセリオー展2 最近のクロッキー186
  • シャセリオー展2 最近のクロッキー18610歳でアングルのアトリエに入会が許され、将来を約束されたシャセリオーでしたが20代になると自らの資質に目覚め、ドラクロワへと傾倒してゆきます。シャセリオーの師であった新古典主義のアングルと対立したドラクロワの絵画作法はロマン主義といわれます。個人の知性や感情を重視し、辺境や原始社会の文化や知性など古典主義的な基準から見捨てられていた世界に関心を持ちました。ロマン主 [続きを読む]
  • シャセリオー展2 最近のクロッキー186
  • シャセリオー展2 最近のクロッキー18610歳でアングルのアトリエに入会が許され、将来を約束されたシャセリオーでしたが20代になると自らの資質に目覚め、ドラクロワへと傾倒してゆきます。シャセリオーの師であった新古典主義のアングルと対立したドラクロワの絵画作法はロマン主義といわれます。個人の知性や感情を重視し、辺境や原始社会の文化や知性など古典主義的な基準から見捨てられていた世界に関心を持ちました。ロマン主 [続きを読む]
  • シャセリオー展1 最近のクロッキー185
  • シャセリオー展1 最近のクロッキー185今回の展覧会は19世紀フランスのロマン主義を駆け抜けた早逝の画家シャセリオーのわが国で初めての大回顧展です。アングルに師事し、ドラクロワの影響下に才能を開花させた画家で、37歳という若さで亡くなったことと、代表作である会計検査院の建物のための装飾壁画が1871年のパリ・コミューンで破壊されわずかな断片しかうかがい知ることができなくなったために美術全集などでは除外されやす [続きを読む]
  • シャセリオー展1 最近のクロッキー185
  • シャセリオー展1 最近のクロッキー185今回の展覧会は19世紀フランスのロマン主義を駆け抜けた早逝の画家シャセリオーのわが国で初めての大回顧展です。アングルに師事し、ドラクロワの影響下に才能を開花させた画家で、37歳という若さで亡くなったことと、代表作である会計検査院の建物のための装飾壁画が1871年のパリ・コミューンで破壊されわずかな断片しかうかがい知ることができなくなったために美術全集などでは除外されやす [続きを読む]