ハル さん プロフィール

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ハルさん: 金田治のスケッチ日記
ハンドル名ハル さん
ブログタイトル金田治のスケッチ日記
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/onbi99
サイト紹介文裸婦スケッチを元に詩や物語を織り込んだ絵作りを楽しんでいます。
自由文絵に様々な陰影を与える物語を感じながら鑑賞する絵を求めて自作の絵画やエスキースを載せています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供92回 / 365日(平均1.8回/週) - 参加 2008/04/08 15:16

ハル さんのブログ記事

  • 最近のクロッキー218 ブログ村は終わったかも2
  • 最近のクロッキー218 ブログ村は終わったかも2赤ん坊がすくすくと育ってゆくのを見るときの快さが、オリンピックのような人体の合理的な運動の美しさに通じています。人間は美しい。すべての植物、すべての動物、すべての生き物、すべての存在物が無よりも美しい。これは生きている自分の絶対的な感情です。ギリシャ芸術やルネッサンス芸術を賛美するのもこの絶対的な肯定を認めるからです。しかし、社会は絶対的な美しさは欲望 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー217 ブログ村は終わったかも
  • 最近のクロッキー217 ブログ村は終わったかも以前よりブログランキングサイトの「ブログ村」に参加していたのですが、近頃、すっかり掲載されなくなりました。SNS全体が裸に厳しくなり、「裸婦」画も例外ではなくなってきました。「ブログ村」ではジャンル分けで絵画→人物画となるのですが、人物画の裸婦は注目記事からは削除されるようになったようです。教育的な配慮なのでしょうか、人間の本来の自然な形が卑猥であるとす [続きを読む]
  • 最近のクロッキー216 どうでもよい展覧会報告
  • 最近のクロッキー216 どうでもよい展覧会報告首都圏ではいつも展覧会が目白押しで、どれも名作、傑作とうたっています。考え方次第では、世の中には無数に傑作のあるものだなと驚いてしまいます。展会場ごとに学芸員の顔の見えるような年間企画をしてくれないかなとも思います。夏休みの名残でしょうか、いろいろと子供向けとも思える企画が多あります。はっきりとは子供向けとは言わないのですが大人が見てもそれほど興味を引く [続きを読む]
  • 最近のクロッキー215
  • 最近のクロッキー215現代風なポーズというのは、現代に生きているモデルさんが無意識に感じているポーズという言葉の広がりを示しているのでしょう。伝統的な絵画が現代の生活からは縁遠いいものとなり、ファッションやスポーツの写真があふれ、健康雑誌からはヨガの奇妙な姿態が健康なサラダのように日々提供されているのですから、モデルさんが奇抜とも思えるポーズをとるのも時代なのでしょう。by カネダオサム私の絵画教室   [続きを読む]
  • 最近のクロッキー214
  • 最近のクロッキー214古典的なポーズは軽いひねりや重心の移動などわずかな変化で調和の中に運動感を生み出しますが、モダン以降の奇抜さが新鮮さにつながるようになると、これはどうかな、絵になるかなといったポーズも多くなります。モダンダンスなどでの肉体のフォルム造形の自由さがモデルさんたちのポーズ意識の中にあるのでしょう。by カネダオサム私の絵画教室 : 大倉山音楽美術センター  http://www.okurayama-onbi.net/ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー213
  • 最近のクロッキー213肖像画ではローマ期以来顔のアップが多いのですが、ルネッサンス的な伝統から考えますと、手を入れて頭部から手までを完結した形として捉えて構図を作ると絵ごとの変化が生まれます。by カネダオサム私の絵画教室 : 大倉山音楽美術センター  http://www.okurayama-onbi.net/index.phpブログ村 ランキングに反映されますので下アドレスの お願いしますhttps://art.blogmura.com/humanga/ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー212
  • 最近のクロッキー212棒立ちのモデルさんに出会うことは少なくありません。よし、クロッキーを描くぞ!と前日ぐらいから思っていた気持ちがすっかり冷えてしまいます。しかし、それはこちらの勝手な予定な訳で、モデルさんの責任でもありません。そうした場合の対処法として、頭を切り替えて、肖像画のデッサンにします。それはそれで面白いのですから、たとえ貝一つ、レモン一個でも凝っと見つめればいろいろと面白いところが見つ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー211
  • 最近のクロッキー211クロッキーはモデルさんとの共同作業なんですね。モデルさんはクリエイターで、絵描きはそれを記録しているわけですから、モデルさんがのってこないと、なかなかに良いクロッキーは描けません。しかし、モデルさんが無意識に持っている時代感覚も貴重な材料なので軽視はできません。そこで最近はできるだけ手を入れないポーズが主流になってきています。ナチュラルとかロハスとかが時代の流れでもあるので、そ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー210
  • 最近のクロッキー210最近は棒立ちのモデルさんを多く見るようになりました。人体で様々なフォルムを作る造形的な思考が絵画から次第に姿を消してきているのでしょう。アンドリュー・ワイエス風の写真的なリアリズムがモデルさんにも影響しているのかもしれません。でもとりあえず、基本ということで描いてはみます。by カネダオサム私の絵画教室 : 大倉山音楽美術センター  http://www.okurayama-onbi.net/index.phpブログ村 ラ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー209
  • 最近のクロッキー209今度はモデルさんを見たときの第一印象を誇張して形にしてみました。標準的に描くか、ディフォルメを入れて描くかはその場で決めて、気分を入れ替えます。ディフォルメをするときはカリカチュアを描くような気分で、いたずら気分半分です。by カネダオサム私の絵画教室 : 大倉山音楽美術センター  http://www.okurayama-onbi.net/index.phpブログ村 ランキングに反映されますので下アドレスの お願い [続きを読む]
  • 最近のクロッキー208
  • 最近のクロッキー208前回のクロッキー207と同じポーズで以前からのコンテパステのル基本的なスタイルで描いてみました。後で絵にする資料としてはこれが分かり易いのですが、瞬間のイメージは消えてしまいます。by カネダオサム私の絵画教室 : 大倉山音楽美術センター  http://www.okurayama-onbi.net/index.phpブログ村人物画 ランキングに反映されますので していただければ幸いです。https://art.blogmura.com/humang [続きを読む]
  • 最近のクロッキー207
  • 最近のクロッキー207インスタクラム風に、簡単なコメントで画像を載せることにしました。いつもはコンテや水彩で描くのですが、今回はクレバスで描いてみました。ボソボソした感じがおもしろいです。by カネダオサム私の絵画教室 : 大倉山音楽美術センター  http://www.okurayama-onbi.net/index.phpブログ村人物画 ランキングに反映されますので していただければ幸いです。https://art.blogmura.com/humanga/ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー206 ジャコメッティ展5
  • 最近のクロッキー206 ジャコメッティ展5日本にいるとうれしいことに頻繁に西洋の芸術作品に触れることができます。今回のジャコメッティ展のように年間いくつもの大規模な展覧会があり、観客動員もすごいものがあります。しかもそれが数十年続いているのですから、その密度たるやすごいもののはずです。ところが・・・・という感想です。西洋美術の多くは彼らの生き方と密接に関係しています。ヒロイックなロマン主義や古典主義 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー205 ジャコメッティ展4
  • 最近のクロッキー205 ジャコメッティ展4ジャコメッティの真摯な探求による真価とアート市場での価値は同じものではありません。ジャコメッティ彫刻の面白さは容易に印刷物にすることのできるものではありません。しかし写真印刷が美術市場の基本的なメディアとなっている以上、印刷に耐える明確なオリジナリティーが求められます。ダリであれば溶けた時計とか、デルボーであれば夜道の金髪の裸婦といった具合です。ジャコメッティ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー204 ジャコメッティ展3
  • 最近のクロッキー204 ジャコメッティ展3ジャコメッティのリアリティは限られた一点から立体を見ると三次元が現れてくるというものです。ミケランジェロの彫刻のような全体としての立体でもありませんし、ギリシャ彫刻のような至る所から全体像が現れてくるという不思議でもありません。しかし、そのジャコメッティの一点が絶妙なのです。その一点から見る世界は我々がどのように三次元を感じているのかを説明しているようです。我 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー203 ジャコメッティ展2
  • 最近のクロッキー203 ジャコメッティ展2ジャコメッティの彫刻は長く引き伸ばされた針金のような胴体にわずかにおぼろな肉付けをした形が多い。ポスターや画集ではその奇妙さをことさらに強調して、ジャコメッティのオリジナリティーを主張する。ジャコメッティはそうした彫刻家だと思っていた。今回の展覧会でもモニュメンタルなスケールに引き伸ばされたジャコメッティ彫刻が出品されている。そのコーナーだけは撮影許可になって [続きを読む]
  • 最近のクロッキー202 ジャコメッティ展
  • 最近のクロッキー202 ジャコメッティ展図版で見ていたジャコメッティはどこが良いのかわからなかったが、実際の作品を前にして、ある特定の位置からジッと目を凝らすと見えてくる、見えてくる。次々と魔法の箱を開けるように不思議な世界が顔を出す。はじめは「鼻」と題するピエロのような顔をした頭部だけのブロンズ。ポスターでは横からの奇妙に引き伸ばされた頭部のやじろべえの写真が載っている。漫画かと思っていたが、正面に [続きを読む]
  • 最近のクロッキー201 アートの価値観2
  • 最近のクロッキー201 アートの価値観2芸術品が心の滋養であった時代を忘れて、美術品を資産的な価値で評価するような現代になりますと、作品への個人的嗜好などとは関係なくニューヨークでのオークションの落札金額が作品の価値を決めてしまうモダンアートのような世界が出現します。そこではひたすらインパクトの強いものが価値のあるものとみなされます。モダンアートの発生から一世紀もたった今では、メディアを中心として、モ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー199  現代絵画の価値観
  • 最近のクロッキー200  現代絵画の価値観災害が起きるたびに強烈なニュース映像が流れます。巨大な流木が家々を叩き潰し、流れる土砂が橋や構造物を飲み込んでいきます。恐ろしくインパクトのある映像です。美しくなくてもインパクトのある映像は印象に残ります。よほど興味がある場合を除いて、美しいものなど見慣れて印象に残らないというのが一般でしょう。インパクトの強さで測れば、美しいものよりもアクの強いもののほうが印 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー199 「画品」逆説
  • 最近のクロッキー199 「画品」逆説どの世界にも「逆説が真」であるとの穿った見方があります。実体験が少なく、複雑な要素も持った問題には必ず逆説の信者がいます。現代の美術状況はまさにその通りで「品よく気取っている」のは下品で、「ありのまま」は真実であるから本物なのだという分かりやすい画品論です。「綺麗なものがきれいで、品の良いものが上品」だとするのは小市民的な価値観だとする既成概念の打破というミッショ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー198 気韻生動
  • 最近のクロッキー198 気韻生動「気韻は学ぶべからず、 これ生まれながらにしてこれを知る、 自ら天授あり。 然れども亦た学んで得る処あり、 万巻の書を読み、万里の路を行き、 胸中より鄄鄂(けんがく)を成立し 手に随ひて写生するもの、 皆山水の伝神とならん。」とは中国・明の董其昌『画禅室随筆』で述べている画品論です。確かにそれはそうだけれども、どうにも学び方の姿勢が東洋と西洋では違います。東洋では初めか [続きを読む]
  • 最近のクロッキー197 画品って
  • 最近のクロッキー197 画品って横山大観は画品筆頭の気韻生動について言ってます。「気韻は人品の高い人でなければ発揮できません。 人品とは高い天分と教養を身につけた人のことで、 日本画の窮極は、この気韻生動に帰着するといっても過言ではないと信じてます」と。画家の人格を引き合いに出した画論はどうにも前近代的な修身論のような気がされるかもしれませんが、芸術の鑑賞においてはテクノロジーや政治では尽くせない深み [続きを読む]
  • 最近のクロッキー196 展覧会の画品
  • 最近のクロッキー196 展覧会の画品絵を鑑賞するのに、私は『画品』を第一と考えています。とても大切な価値観なのですが、『画品』について語ろうとすると、すぐに中国絵画の画論が出てきて、絵の品位ついて自然体で語ることを妨げてしまいます。クロード・ロランやワトーに感じる『画品』は中国の老荘思想に色づけられた『画品』とは多少違うものかもしれません。有名な謝赫の『古画品録』では「気韻生動」を第一のものとして掲げ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー195 大エルミタージュ美術館展
  • 最近のクロッキー195 大エルミタージュ美術館展そろそろ終わりに近づいたので、「大エルミタージュ美術館展」に行ってきました。名画がズラリ。狭いながらとても満足な展覧会でした。16世紀から18世紀にかけての代表的な画家がほとんど並んでいます。大家同士の見比べができるので、興味深かったです。ほとんど同じスタイルのランクレとワトーとの違いは画面から離れてみると明白です。ランクレは登場人物たちのドラマを克明に描 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー194
  • 最近のクロッキー194ここのところ連日天気が良いので、散歩に出て公園で樹を眺めていますと、太い幹の異様にグロテスクなのに気づきます。桜の木など七転八倒している風です。日増しに濃くなってくる緑にも勝って、力強い生命感があります。生命感はこうした思わず現れたグロテスクな生きざまを露呈することから感じられてくるのでしょう。直線とか球とかの完結した形ではなく、規則的な形から逸脱した形態が生命感なのでしょう。 [続きを読む]