ハル さん プロフィール

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ハルさん: 金田治のスケッチ日記
ハンドル名ハル さん
ブログタイトル金田治のスケッチ日記
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/onbi99
サイト紹介文裸婦スケッチを元に詩や物語を織り込んだ絵作りを楽しんでいます。
自由文絵に様々な陰影を与える物語を感じながら鑑賞する絵を求めて自作の絵画やエスキースを載せています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供88回 / 365日(平均1.7回/週) - 参加 2008/04/08 15:16

ハル さんのブログ記事

  • 最近のクロッキー202 ジャコメッティ展
  • 最近のクロッキー202 ジャコメッティ展図版で見ていたジャコメッティはどこが良いのかわからなかったが、実際の作品を前にして、ある特定の位置からジッと目を凝らすと見えてくる、見えてくる。次々と魔法の箱を開けるように不思議な世界が顔を出す。はじめは「鼻」と題するピエロのような顔をした頭部だけのブロンズ。ポスターでは横からの奇妙に引き伸ばされた頭部のやじろべえの写真が載っている。漫画かと思っていたが、正面に [続きを読む]
  • 最近のクロッキー201 アートの価値観2
  • 最近のクロッキー201 アートの価値観2芸術品が心の滋養であった時代を忘れて、美術品を資産的な価値で評価するような現代になりますと、作品への個人的嗜好などとは関係なくニューヨークでのオークションの落札金額が作品の価値を決めてしまうモダンアートのような世界が出現します。そこではひたすらインパクトの強いものが価値のあるものとみなされます。モダンアートの発生から一世紀もたった今では、メディアを中心として、モ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー199  現代絵画の価値観
  • 最近のクロッキー200  現代絵画の価値観災害が起きるたびに強烈なニュース映像が流れます。巨大な流木が家々を叩き潰し、流れる土砂が橋や構造物を飲み込んでいきます。恐ろしくインパクトのある映像です。美しくなくてもインパクトのある映像は印象に残ります。よほど興味がある場合を除いて、美しいものなど見慣れて印象に残らないというのが一般でしょう。インパクトの強さで測れば、美しいものよりもアクの強いもののほうが印 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー199 「画品」逆説
  • 最近のクロッキー199 「画品」逆説どの世界にも「逆説が真」であるとの穿った見方があります。実体験が少なく、複雑な要素も持った問題には必ず逆説の信者がいます。現代の美術状況はまさにその通りで「品よく気取っている」のは下品で、「ありのまま」は真実であるから本物なのだという分かりやすい画品論です。「綺麗なものがきれいで、品の良いものが上品」だとするのは小市民的な価値観だとする既成概念の打破というミッショ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー198 気韻生動
  • 最近のクロッキー198 気韻生動「気韻は学ぶべからず、 これ生まれながらにしてこれを知る、 自ら天授あり。 然れども亦た学んで得る処あり、 万巻の書を読み、万里の路を行き、 胸中より鄄鄂(けんがく)を成立し 手に随ひて写生するもの、 皆山水の伝神とならん。」とは中国・明の董其昌『画禅室随筆』で述べている画品論です。確かにそれはそうだけれども、どうにも学び方の姿勢が東洋と西洋では違います。東洋では初めか [続きを読む]
  • 最近のクロッキー197 画品って
  • 最近のクロッキー197 画品って横山大観は画品筆頭の気韻生動について言ってます。「気韻は人品の高い人でなければ発揮できません。 人品とは高い天分と教養を身につけた人のことで、 日本画の窮極は、この気韻生動に帰着するといっても過言ではないと信じてます」と。画家の人格を引き合いに出した画論はどうにも前近代的な修身論のような気がされるかもしれませんが、芸術の鑑賞においてはテクノロジーや政治では尽くせない深み [続きを読む]
  • 最近のクロッキー196 展覧会の画品
  • 最近のクロッキー196 展覧会の画品絵を鑑賞するのに、私は『画品』を第一と考えています。とても大切な価値観なのですが、『画品』について語ろうとすると、すぐに中国絵画の画論が出てきて、絵の品位ついて自然体で語ることを妨げてしまいます。クロード・ロランやワトーに感じる『画品』は中国の老荘思想に色づけられた『画品』とは多少違うものかもしれません。有名な謝赫の『古画品録』では「気韻生動」を第一のものとして掲げ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー195 大エルミタージュ美術館展
  • 最近のクロッキー195 大エルミタージュ美術館展そろそろ終わりに近づいたので、「大エルミタージュ美術館展」に行ってきました。名画がズラリ。狭いながらとても満足な展覧会でした。16世紀から18世紀にかけての代表的な画家がほとんど並んでいます。大家同士の見比べができるので、興味深かったです。ほとんど同じスタイルのランクレとワトーとの違いは画面から離れてみると明白です。ランクレは登場人物たちのドラマを克明に描 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー194
  • 最近のクロッキー194ここのところ連日天気が良いので、散歩に出て公園で樹を眺めていますと、太い幹の異様にグロテスクなのに気づきます。桜の木など七転八倒している風です。日増しに濃くなってくる緑にも勝って、力強い生命感があります。生命感はこうした思わず現れたグロテスクな生きざまを露呈することから感じられてくるのでしょう。直線とか球とかの完結した形ではなく、規則的な形から逸脱した形態が生命感なのでしょう。 [続きを読む]
  • 男性クロッキー 3
  • 男性クロッキー 3健康的で真善美の一致という現実的ではないかもしれない理想主義のもとにギリシャの古典美術は展開しましたが、それとは方向の異なる価値観がヘレニズム期には顕著になります。ペルガモン彫刻に代表されるような苦悩の賛美やヘルマフロディトスなどに見られる両性具有の夢です。芸術には常に二方向があるように思います。健康で均整の取れた調和を求める方向と、感情的で激動や異常を求める方向です。前者は通俗的 [続きを読む]
  • 男性クロッキー 2
  • 男性クロッキー 2裸体を芸術へと押し上げ、純粋な生命の輝きを石に刻み付けた古典ギリシャの栄光はどのような断片にも反映され、彼らが生み出したあらゆる形態に命を吹き込んでいます。しかし、現代の情報化、すなわち事物の一面的でしかない理解がもたらした人体の観念では、裸体は性的玩具とみなされ、忌避され、または期待されるようになりました。精神を表現し、魂を表現するのに裸体をもってしたギリシャの人体芸術は今までの [続きを読む]
  • 男性クロッキー 1
  • 男性クロッキー 1明治期の洋画の黎明期に活躍した黒田清輝がパリで絵を学んだのはラファエル・コランのもとでした。ラファエル・コランは印象派とサロン画を折衷した裸婦の名手でしたから、英雄的な男性像などとは無縁でした。先入観とは恐ろしいもので、始まりがそれだと、洋画は裸婦や花を描くもの、それが西洋画と皆が思うようになります。江戸時代に版画で庶民に親しまれた物語絵、歴史画の中では英雄的な男たちがいくつもの冒 [続きを読む]
  • 物語は後から 2
  • 物語は後から 2絵を見る楽しさはイメージの広がりにあります。イメージは描く側のものであるだけでなく、見る側のものでもあります。どのようなイメージが、絵画的なイメージなのかという問いはないでしょう。人それぞれに異なるので現象学的に調べたところで答えなど見つかるものではないでしょう。非日常に誘うシュールレアリズムだけがイメージを独占しているわけでもありませんし、現代主義が個人の現代を表現しているのでもあ [続きを読む]
  • 物語は後から
  • 物語は後から裸婦クロッキーを長らく続けてきて、描きっぱなしのスケッチの即物的な内容にどうにも不満がたまってきます。裸が次第に興味から離れてゆき、生き生きとして生命感を求めて季節感のある風景を描いてみても即物的であるのには変わりませんから、やはり気持ちは違うほうに向いています。子供の頃に西洋画集を見てワクワクした記憶は今も残っています。文字で物語に触れるよりも早く、画集から様々な人生の物語を感じてき [続きを読む]
  • 新宿御苑でのスケッチ その3
  • 新宿御苑でのスケッチ その3不思議なことに、水があるとそれだけでも絵が生まれます。水の反射が日常の視線をさえぎって、非日常の想いに誘うのでしょう。感傷的な気分は絵には良いことなのでしょう。水と同じように木も不思議な力を発揮します。新宿御苑のように大きな樹が至る所にある場所では、どこを向いても絵になる気がします。木は育ってきた長い時間や移り変わる季節や、時々の風や光を伝えるからでしょう。樹のある水辺 [続きを読む]
  • 新宿御苑でのスケッチ その2
  • 新宿御苑でのスケッチ その2新宿御苑は森あり、水あり、広い芝生ありで、描き始めたら次から次へと描きたいシーンが広がります。そこえもって、今年の好天気ですから、若葉だけでなく、あちこちで花盛りです。4時過ぎると退苑を促すアナウンスが流れます。時間の移り変わりが描けないのは残念ですが、制限時間がなければ果てしなく描き続けられそうです。つつじ山はもう過ぎてしまったようですが、日陰のつつじはまだまだ花盛りで [続きを読む]
  • 新宿御苑でのスケッチ その1
  • 新宿御苑でのスケッチ今年のゴールデンウィークは天気が良かったので、絶好のスケッチ日和でした。前半は伊豆へ藤を描こうと出かけたのですが、伊豆の山中は東京よりもよほど寒いのですね。まだまだつぼみで、幻想的な風景に出会うことはできませんでした。後半は都会のオアシス、新宿御苑で新緑を描くことにしました。季節を描くのは気持ちの良いものです。辺り一面の新緑に囲まれてスケッチで過ごすすがすがしさは格別です。苑内 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー193 マンネリ4
  • 最近のクロッキー193クロッキーでも特別に裸が面白いという視点もあるのかもしれませんが、なかなかそれだけでは裸婦を描き続ける上での展開がありません。多彩な作品群の中にたまたま裸婦がある場合と、裸婦ばかりの作品群とではかなり鑑賞が異なるでしょう。裸婦を多用したシュールレアリスムの人たちのエロティシズムの追求にはクロッキーは適していません。心的なイメージを表出するには特別なポーズ付けが必要でしょう。クロ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー192 マンネリ3
  • 最近のクロッキー192画家の作品集などを見ていて、クロッキーが現れると、画家の秘密を知ったかのように楽しいものです。画集でのクロッキーには建築の図面やアイディアスケッチを見るときのような楽しさがあります。しかし、それも画家の絵があっての面白さで、クロッキーだけで本当に面白いのだろうかと疑問になり始めました。クロッキーは永年やっていると、デジカメのシャッターを切るように簡単なことになってきます。すべて [続きを読む]
  • 最近のクロッキー191 マンネリ2
  • 最近のクロッキー191近頃、クロッキーをし続ける意味はどこにあるのだろうと気にかかりだしました。いつまでもクロッキーしていても、それがそのまま絵画であるという気がしません。絵の中にはめ込んで初めてクロッキーは生きてくるように思えるのです。クロッキーで得られる形は生き生きしていて、頭の中で考えるかたちとは大きく異なっています。絵の中の人物の多くは想像で配置しますが、その中に一人だけでもクロッキーの形が [続きを読む]
  • 最近のクロッキー190 マンネリ
  • 最近のクロッキー190しばらくクロッキーを休んで再開したら、随分と平板な絵になってしまいました。クロッキーをする感動が薄くなってきて、卓上の置物も、裸婦も同じように見えてきましたので、何かがくるってしまったのだと思われます。桜を描いていると季節の移り変わりに感動しながら、急き立てられるように一瞬をとらえようとしたのですが、裸婦になるといつもの裸婦という、モデルさんには大変に失礼な気持ちがしてきます。 [続きを読む]
  • 今年の桜 4
  • 今年の桜 4今年の桜の絵ですが、満開の花見でも、人が誰もいないと不思議な絵になります。実は花の下では人々が集まり宴会状態なのですが、その場にいるとなんか騒々しく感じ風景だけにしまいます。しかし、持ち帰ってみてみると奇妙な静寂がその場のイメージとは大きく隔たっています。風景画を描いていていつも迷うのは、人物を描こうかやめようかです。ピサロの絵などを見ていると適度に人物が配置してあって、なんとも自然なの [続きを読む]
  • 今年の桜 3
  • 今年の桜 3ここ二日の雨で散るかと思われたのですが、今年の桜はまだまだ散りませんね。一週間咲きっぱなしと不思議な年です。4月の半ばに桜は満開、椿も満開、桃も水仙も咲いて、季節がどうなっているのか一斉に春の景色です。by カネダオサム私の絵画教室 : 大倉山音楽美術センター  http://www.okurayama-onbi.net/index.phpブログ村 ランキングに反映されますので下アドレスの お願いしますhttps://art.blogmura.com [続きを読む]
  • 今年の桜 2
  • 今年の桜 2今年の桜は一斉に咲いたこともあって、あたり一面驚くほどの満開です。どの枝にも重たくなるほどの花の毬がついて、空をも桜色に染めるかのようです。午前中の湿り気もあってか、晴れ始めた午後からは朝日に映える瑞々しい花のようにつややかな色を見せています。2日前に来た時には3分咲きだった枝もすべてのつぼみが開き重たげに下がっています。咲きかけの桜が風情があって良さそうと予定していたのですが、こうなれば [続きを読む]
  • 今年の桜
  • 今年の桜 今年は一週間休みを取ったものの桜は咲かず寒い日が続きました。こちらに帰ってきてやっと開花です。開花が遅れ木ごとに開花がまちまちで、いつになくきれいな桜となりました。三分咲きもあれば満開もあり、遅咲き早咲きも逆になったり、入り乱れて、様々に楽しめ美しいのです。ソメイヨシノが満開で2枚ほど描いたところで見飽きた絵ができてしまったので、枝垂れ桜や大島桜を描くことにしました。芝生に座って描きだす [続きを読む]