夢子 さん プロフィール

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夢子さん: 熊本のおいしい食べ物
ハンドル名夢子 さん
ブログタイトル熊本のおいしい食べ物
ブログURLhttp://yumeko.otemo-yan.net/
サイト紹介文熊本のおいしい食べ物を紹介!
自由文熊本のおいしい食べ物を紹介! 和洋食、イタリアン、フレンチ、中華、和菓子、スイーツなどおいしいものがいっぱいです! たまには日記もあります。。。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供59回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2008/04/17 14:15

夢子 さんのブログ記事

  • 【熊本地震前の熊本城】竹之丸の桜(2014年春撮影)
  • トップページ > サイトマップ > 2014年春撮影した熊本城と桜も今回で終了です。今思えばもっと撮っておけばよかったな。熊本城が崩れるなんて、想像もしていなかったので、熊本城に行っている割りには写真がないのよね。。。天守閣から飯田丸を通り、西出丸に降りてきたいところの写真です。飯田丸の石垣です。西出丸。ここは桜の季節になるとお花見の人でいっぱいです。これだけ美しい桜が城内で楽しめるから、たくさんの人が訪れ [続きを読む]
  • 【熊本地震前の熊本城】連続枡形と桜(2014年春撮影)
  • トップページ > サイトマップ > 前ページで二様の石垣から見る桜を堪能したあとは、竹之丸に降りて行きます。ここは城好きにはたまらない場所です。連続する枡形が続き、本当に攻めるがやっかいなところです。二様の石垣から最初の階段を降りたところでパチリ。石垣越しに見える桜がかわいい。飯田丸の石垣です。ここは下から桜を見るのがとても美しいです。この角度から見ると桜も好き。熊本城は石垣と桜がすごくよくマッチして美 [続きを読む]
  • 【熊本地震前の熊本城】天守と二様の石垣と桜(2014年春撮影)
  • トップページ > サイトマップ > 熊本城の二様の石垣はビュースポットのひとつです。ここは桜の季節でなくても、たくさんの人が記念撮影をしています。二様の石垣と天守が絵になるんですよね。熊本城は美しいので、歴史に興味がない人でも、お城に興味がない人でも楽しめます。桜の季節は天守と二様の石垣にピンクが足されるので、さらに美しい光景に。天守と二様の石垣は絶対の存在です。そこに桜がどんな形で入ってもいいんですよ [続きを読む]
  • 【熊本地震前の熊本城】南から見た天守、西から見た天守(2014年春撮影)
  • トップページ > サイトマップ > 前ページのつづき前回、前々回は天守前広場から見た天守閣でしたが、今回からは違う場所から見た天守閣です。熊本城の天守は大きいのでいろいろなところから見ることができます。見る場所によって天守の表情も変わり、これがいいんですよね。天守前広場から出て、闇通路、闇御門を出たところの一枚です。大天守を守るように桜がガードしています。ここもいつもたくさんの人が写真を撮っていました。 [続きを読む]
  • 【熊本地震前の熊本城】小天守と桜(2014年春撮影)
  • トップページ > サイトマップ > 前ページは大天守と桜のコラボでした。今回は小天守と桜です。でも1枚しかなかった(^^;;トイレ前から撮った写真です。現在トイレがある場所は、御裏五階櫓があり、この櫓から小天守に続く外の石階段を使って小天守に入りました。ここの構造が好きで、よくトイレのところから石段を眺めていました。綺麗熊本城の石垣が好きで、ずっと見ていても飽きなくてね。。。好きな時に行って、好きなだけ石垣の [続きを読む]
  • 【熊本地震前の熊本城】天守閣と桜(2014年春撮影)
  • トップページ > サイトマップ > このブログを見ている友人から、『いつになったら天守閣見えるの?』と言われました(^^;;熊本城は周囲5.3kmあり、広さは東京ドームの21個分あります。大きいんです。広いんです。だから天守閣に行くのに時間がかかります。美しい。めちゃ美しい。これが私たち熊本のシンボル・熊本城天守閣です。黒の天守と桜のコラボ。熊本城に行くのは平日の午前中、それも早い時間と決めています。この時間帯なら [続きを読む]
  • 【熊本地震前の熊本城】不開門の外で見た桜(2014年春撮影)
  • トップページ > サイトマップ > 前ページで不開門の中から見た桜をアップしました。中の次は外です。不開門を隅から隅までじっくり見せてもらい、さらに中から桜を楽しみ、興奮して出てきたときに撮った写真です。桜を下から見上げています。熊本城には約800本もの桜があります。ですから城内の至るところに桜があり、こんな風に桜を下から楽しむこともできます。不開門のすぐ南のところの石垣です。長局櫓の復元されていないとこ [続きを読む]
  • 【熊本地震前の熊本城】不開門の中から見た桜(2014年春撮影)
  • トップページ > サイトマップ > 熊本城は春と秋に『お城まつり』を開催していました。いろいろな催し、イベントが開催されるんですが、私のお目当ては特別公開の国指定重要文化財です。普段入ることができない重要文化財に期間限定で入ることができるのでいつもワクワクしていました。2014年の春は不開門の公開でした。いつもは門をくぐることしかできないので、中に入れるのはとても嬉しかったです。この2枚は不開門から城外へ下 [続きを読む]
  • 【熊本地震前の熊本城】ここは熊本城のどこでしょう?(2014年春撮影)
  • トップページ > サイトマップ > ここは熊本城のどこかわかりますか?熊本城の東竹之丸です。東竹之丸には国指定の重要文化財櫓群がたくさんあります。その櫓と櫓の間から撮った写真です。四間櫓と源之進櫓は少し離れ建っていた、その空間から撮ったものです。私はここが好きです。ここから源之進櫓の石垣を見るのが好きです。熊本城の石垣が大好きで一日中見ていても見飽きません。そんな私にとってここの石垣はラブラブスポットで [続きを読む]
  • 【熊本地震前の熊本城】二の丸から西大手櫓門へ(2014年春撮影)
  • トップページ > サイトマップ > 熊本で暮らすようになり、毎日我が家から熊本城が見えた。朝起きてベランダに出ると遠いながらもお城が見えた。この生活が永遠と続くと思っていた。熊本城が崩れることはないと思っていた。それが2016年4月14日の前震と16日の本震で、信じられないような姿になった。でも、今でも我が家から天守閣は見える。築城400年で最大級の被害と言われるが天守閣はちゃんと建っている。地震後、不安の中、我が [続きを読む]
  • 芥川龍之介って夏目漱石の門下生だったのね
  • トップページ > サイトマップ > 夏目漱石は熊本で4年3か月過ごした。熊本での生活はある程度知っているが、その後のことになると知らないことばかりで。先日、夏目漱石と芥川龍之介が交流があったとはじめてしった。私の勝手な、本当に勝手な想像なんだけど、夏目漱石と芥川龍之介がまったく結びつくことがなかったので、ちょっと衝撃でしたね。芥川龍之介が木曜会に参加していたとは(@_@)漱石の門下生だったんだ・・・。来年2016 [続きを読む]
  • 坪井の宮部鼎蔵邸に吉田松陰が訪れた
  • トップページ > サイトマップ > 夏目漱石旧居に行った帰りに、久しぶりに宮部鼎蔵旧居跡前まで行ってみた。今は『贈正四位宮部鼎蔵先生邸址』と刻まれた大きな石碑が立っているだけで、当時の面影は何も残っていない。ここは宮部鼎蔵が兵学師範だったころに住んでいたところ。ここであの吉田松陰と出会ったんだよねー嘉永3年(1850年)12月、吉田松陰は九州遊学の旅の途中、熊本に立ち寄ったの。長崎や平戸で2か月以上も西洋砲術など [続きを読む]
  • 鼻ぐり井手は曲手から辛川区間にある
  • トップページ > サイトマップ > 馬場楠井手は前ページに書きましたが、菊陽町馬場楠の白川取水口から熊本市中央区大江渡鹿まで約12キロの長い井手(水路)です。このなかに鼻ぐりがあります。では、鼻ぐり井手とは何?はなぐり・・・牛を縄でつなぐために、牛の鼻に通した輪井手・・・人工的に作られた水路、人工の川、用水路鼻ぐりの場所・・・菊陽町の曲手から菊陽町辛川の間岩の上の方を、ところどころ橋のように残し、その下をく [続きを読む]
  • 加藤清正が造った馬場楠井手(ばばぐすいで)とは?
  • トップページ > サイトマップ > 鼻ぐり井手は加藤清正が造った。時期は慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦い以降で、慶長16年(1611年)の清正の死亡までの間とわかった。ただ、ここで鼻ぐり井手を追及する前に、まずは鼻ぐりが馬場楠井手(ばばぐすいで)の一部ということを認識しなくてはいけない。では、馬場楠井手(ばばぐすいで)とは何? となるんですが・・・白川の南側・・・川よりも高い土地が広がっていた ↓ ↓ ↓土地が高い [続きを読む]
  • 鼻ぐり井手は加藤清正によって関ヶ原の戦い以後造られた
  • トップページ > サイトマップ > 鼻ぐり井手はいつ造られたのは?確実にわかっているのは、関ヶ原の戦いの後ということ。ここは関ヶ原の戦いまでは小西行長の領地であったので、ふたりで共同工事をしたとは思えない。また、そのような史料は残っていない。慶長13年(1608年)ごろに築造?菊陽町教育委員会の『馬場楠井手と鼻ぐり』というパンフレットには、『慶長13年(1608年)ごろに築造されたと伝えられています』と記載があります。 [続きを読む]
  • 鼻ぐり井手があるところは小西行長領だった
  • トップページ > サイトマップ > 私、ここに行くまで最初から加藤清正の領地だと思っていました(^^;;ここは小西行長の領地だったんですね。はじめて知りました。1588年、加藤清正と小西行長は豊臣秀吉から肥後半国をそれぞれ与えられました。清正・・・玉名郡、山鹿郡、山本郡、飽田郡、詫摩郡、菊池郡、合志郡、阿蘇郡、葦北郡行長・・・益城郡、宇土郡、八代郡、天草郡鼻ぐり井手がある曲手は益城郡だったんです。元々は行長領だ [続きを読む]
  • 子どもたちがのびのび遊べる鼻ぐり井手公園
  • トップページ > サイトマップ > 菊陽ウォーキングの最終目的地は加藤清正が造った『鼻ぐり井手』です。こちら公園になっているんですね。それもすごくきれいで、ベンチもたくさんあり、ここならお弁当を持ってゆっくり遊べますよ。トイレもきれいだし、駐車場もあるので、たくさんの家族連れが楽しんでいました。子どもが大きいので、最近は公園とは無縁です。久しぶりに子どもたちが楽しいそうに遊ぶ姿を見て、私も元気パワーをも [続きを読む]
  • 菊陽町の井口眼鏡橋の拡張
  • トップページ > サイトマップ > 今日も菊陽町井口にある井口眼鏡橋(いぐちめがねばし)です。おととい、この橋は拡張された橋だと書きました。拡幅部と既設部を金具で連結してあります。これもここの特徴ですね。熊本にはたくさんのアーチ式石橋があります。現在、全国で残っている石橋のうち、半数近くは熊本にあります。通潤橋や霊台橋など全国的に有名なものもあれば、小さな石橋もあります。それぞれの石橋に歴史があり、また趣 [続きを読む]
  • 菊陽町の井口眼鏡橋の要石
  • トップページ > サイトマップ > 今日も菊陽町井口にある井口眼鏡橋(いぐちめがねばし)の話し。小さな石橋ですが、まだまだ書きたいことがあります。昨日の記事で、『輪石を石契(いしくさび)で継いであります』と書きました。   ⇒こちらでも、これ本来の石橋の作り方です。要石がちゃんとあります。凹んでいるのが要石です。だから、輪石を石契(いしくさび)で継ながなくても大丈夫なんですよ。超・超安全を考慮して作ってありま [続きを読む]
  • 菊陽町の井口眼鏡橋は上流と下流で表情が違う
  • トップページ > サイトマップ > 菊陽町井口にある井口眼鏡橋(いぐちめがねばし)。小さな石橋なので、個人で行っていたら見逃したと思う。この橋ですね、上流側と下流側が違うんですよね。最初何も知らず上流側から眼鏡橋を見ていたら、ボランティアガイドさんに、『下流側から見てください』と言われ。でも、パッと見ただけじゃわかりませんよ。よーく見ないとね。下流側です。輪石を石契(いしくさび)で継いであります。輪石と輪石 [続きを読む]
  • 上津久礼眼鏡橋にある古宮跡の碑
  • トップページ > サイトマップ > 上津久礼眼鏡橋にある古宮跡の碑です。まだ上津久礼眼鏡橋の記事が続くの? と思われるかもしれませんが・・・。これで最後です。 菊陽町指定文化財   上津久礼眼鏡橋「この眼鏡橋は、津久礼井手と瀬田下井手の接する所に架かる町内唯一の二連式アーチ橋でした。平成元年(1989)の県営圃場整備事業により両井手がなくなり、それに伴い、この眼鏡橋も撤去される計画でしたが、祖先の貴重な文化遺 [続きを読む]
  • 菊陽町の上津久礼眼鏡橋は左右非対称のアーチ
  • トップページ > サイトマップ > 上津久礼眼鏡橋※架橋 天保9年(1838年)※架替 明治元年(1968年)※石工 戸次村の治助※長さ 16.20m※幅  2.80m※高さ  大アーチ 3.45m   小アーチ 3.0m※径間 大アーチ  7.0m   小アーチ 5.65m今回、この上津久礼眼鏡橋を見ることができたのは、参加したウォーキングのコースに入っていたからです。なかなかここまで行くことはできないのでありがたかったですね。そして地元のボ [続きを読む]
  • 菊陽町唯一の二連式アーチ橋・上津久礼眼鏡橋
  • トップページ > サイトマップ > 上津久礼眼鏡橋です。おバカな私は最初これを見たときにどこからか移築したものと思った。だって、井出(用水路)がなかったし、柵もされていたから(^^;;この上津久礼眼鏡橋は平成元年に引退しました。1838年に架けられたものだから、江戸時代の天保9年から、江戸・明治・大正・昭和と長い間この地で活躍した石橋です。あっでも、これは明治元年に架け替えられたものです。江戸時代の先代の橋ではあり [続きを読む]