エルロマニコ さん プロフィール

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エルロマニコさん: スペイン・ロマネスク美術随想
ハンドル名エルロマニコ さん
ブログタイトルスペイン・ロマネスク美術随想
ブログURLhttp://blogs.yahoo.co.jp/elromanicoes
サイト紹介文このキリスト教美術は心の乾いた時代に安らぎとなり、また自らの人生を省みるための心の糧となるでしょう。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供24回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2008/04/25 08:20

エルロマニコ さんのブログ記事

  • 石工の印Signos Lapidarios
  • 写真:Cantero、『ROMANICONo.10』より写真:Xavier Musquera『Ocultismo Medieval』より 今回はちょっと変わった話題で、石のロマネスク宗教建造物に往々にして密やかに残された、石工たちの印(サイン)について少し思う所を述べてみたいと思います:  私は70歳代前半に集中して、イスパニアの地でかなり多くのロマネスク大聖堂(大聖堂はイスパニア全土で25ある)を含む多くの教会や修道院を訪ねました。 実際にこう言った石の [続きを読む]
  • ロマネスクのアンティノミア
  • 写真 : Santo Domingo de Silos   「アンティノミアantinomia(西)」という語は、二つの相対立する命題が「定立」と「反定立」として同等の権利をもって主張される事態であると解されています。 つまりふつう我々がよく知っている「二律背反」のことです。  古くはギリシャ時代末期の歴史家プルタルコス(『英雄伝』の著者)が使った言葉だということですが、この概念は法律間の矛盾対立や文学のみならず聖書にも用 [続きを読む]
  • 稚拙さと逆遠近法
  • 秋山泰計「バス停」(日経新聞2017.01.20)El Panteón de Reyes毎日の日経新聞がこのところ楽しみでした。その文化欄に掲載される、ひとまとめ10回の絵がいずれも魅力的だったからです。詩人・小池昌代氏の鋭い解説が付された「絵の中のわたし」と題した十選がそれで、各回の絵の選択と的を射た論評でした。 [続きを読む]
  • ナビ派Les Nabisの手法
  • ピエール・ボナール「黄昏(クロッケーの試合)」(Partnerより)あまり聞きなれないフランスの画家たちの「ナビ派」 という表題で、三菱一号館美術館学芸員の杉山菜穂子氏が、雑誌「Partner」2017年1‐2月号に一文を寄せておられます。その内容に、ロマネスク美術を研究している私は瞠目させられました。 この小雑誌は以前から内容的に面白く、私は気に入っていました。今回取り上げられた「ナビ派」は、19世紀末頃フ [続きを読む]
  • 漱石との縁
  •   明けましておめでとうございます。 今年は漱石の生誕150年にあたります。 敬意を表して偉大な彼のことを話題にしながら、私は年男として年初のブログを始めます: 私は従来から夏目漱石に三つの意味で身近な感じがしてきました: 一つ目は、亡父が漱石を愛読していたらしく、私は幼い頃から兄と共同の書斎の大きな本箱に『漱石全集』、『芥川龍之介全集』や『厨川白村全集』が [続きを読む]
  • 堂本印象と三叉路
  • 堂本印象「アッシジ」堂本印象「アンティーブ」横尾忠則「暗夜行路 眠れない街」(絵葉書より) 今年もあと少し、私は今日が誕生日で83歳になりました。私の家系は男子系が皆早世で、自分だけが思いもかけずこの年まで生き延びましたが、毎日が体の不調との戦いです。今年は月二回ペースで、主としてロマネスク美術を思わせるような様々な事柄について、気ままに綴ってきましたが、おかげでボケないでこの年まで来ました。&nb [続きを読む]
  • 炎の美−酔眼のグレコ
  • グレコ「聖霊降臨」(岩波書店『プラド美術館』より) ご承知のように、ロマネスク彫刻や絵画の構図が他の美術様式と決定的に異質なのは、“デフォルメ=奇形”、“不均衡=非対称的”、“万有引力の法則から外れ、像は浮遊”、“逆遠近法”などの手法を用い、客観性・写実性を全く無視した位相が表出されることです。 マドリッドのプラド美術館やトレドの聖堂などの絵をご覧になった方は、私がこのように言うと、グレコの絵のこ [続きを読む]
  • ロマネスクとカンディンスキー狂想曲
  • 写真(上):ゲオルク・マイスターン「赤に挟まれた青」油彩  (下):レオン王廟壁画「お告げ」 これまで数回にわたり、所謂「抽象」のもつロマネスク美術における役割について思うところを語ってきましたが、今回で一旦締めくくります:−  ロマネスク美術、中でも絵画(壁画、板絵、写本など)や彫刻(色付きのもの)における「抽象化」という概念とその技法について、現代の抽象画家『カンディンスキーの著作集I [続きを読む]
  • 「大なるもの②」―ロマネスク的感受性
  • サント・ドミンゴ・デ・シロス大修道院回廊祭室のアーチ(?EL CLAVSTRO DE SILOS″より) 柳宗玄先生の著書の一つである『虚空散華―生命のかたち』(福武書店、1986)第六篇に“大なること−造形表現における物的「大」と精神的「大」との係りについて”と題する項目があります。ロマネスク美術においてあまり論じられたことがない概念ですが、私は関連性が決して薄くないと思うので、このブログでその一端を取り上げてみたい [続きを読む]
  • 「大なるもの①」 ―西欧中世の造形表現
  • 写真: 聖母子像 (MUSEU MARÉS) 先にNHKの企画で、名古屋大学の学術調査班によるエジプトのギザのピラミッドの内部の状況を特殊な撮影方法で調査している現場のTV放映を興味深く見ました。 この10月中旬に、また再びNHK-TVで知りましたが、新たな部屋が発見されたそうです。 いずれ詳細なレポが公開される時期が来るのを心待ちにしています。  それにしてもあのピラミッドの巨大さと、その内部造作を含めた巨石 [続きを読む]
  • 法隆寺夢殿・救世観音像に思う
  • 写真:『日本の国宝』朝日新聞社より 今回はちょっと息を抜いて、我が国の飛鳥時代に飛躍しましょう: 昨年11月に足利市在住の親友で美術蒐集家・田部井勝弘、版画家・佳子夫妻とご一緒に奈良を訪れました。観音像を重点的にみようと、欲張って三日の間に15寺ほど車で巡りました。昼頃に東京駅を出て京都を経由し奈良駅前の日航ホテルにチェックインしたのが16時頃で、閉館が迫っていたので斑鳩の興福寺に駆け込み、宝物殿の [続きを読む]
  • 哲学するロマネスク(8) 時間―この意のままにならぬもの
  •  ラサロの蘇生 (“Real Colegiata de San Isidoro”edilesaより) これまで八回にわたって書いてきた「哲学するロマネスク」を今回で一区切りすることにします。堅苦しく、やや難解なのもロマネスクの持ち味です。この辺がまた醍醐味かもしれません。            ―――――――――――  幼い頃、家の座敷の鴨居に額がかかっていて、そこに李白の詩文の一部「少年易老學難成 一寸光陰不可輕」とあまり [続きを読む]
  • 哲学するロマネスク(7)−「抽象性」について
  • 写真:カンディンスキー(『抽象芸術論―芸術における精神的なもの』より)  今年に入ってから都内で開催されたいくつかの美術展に出かけました、どういう風の吹き回しか、この頃は印象派とか風景などの写実を主とした作品は敬遠しがちです。 時たま戸惑うような所謂「対象のない絵」、「中心のない絵」を観に出かけることがあります。 つまり一般的に言う抽象画の類の絵ですが、そういったときには、現実生活にお [続きを読む]
  • 哲学するロマネスク(5) ―「三位一体」
  • 「エッサイの樹」 サント・ドミンゴ・デ・シロス(勝峰昭『イスパニア・ロマネスク美術』光陽出版社、2008より)先に「文学するロマネスク」と題して芥川・太宰・三島と云った天才的作家の思考からロマネスクに想いを馳せ、続いて「象徴するロマネスク」3回を連載しました。今回からもう一度「哲学するロマネスク」に戻って、「神学と哲学」との関係の最重要なテーマの一つである「三位一体論」(三位格:父なる神、神の子イエス、聖 [続きを読む]
  • 象徴するロマネスク(3)―美徳と悪徳
  • 写真:「聖マルティンが自分の衣を貧者に与える」      ヴィック司教座美術館/板絵      ?LAS RUTAS DEL ROMÁNICO(1965)”より ロマネスク美術の図像学的見地からみて、キリスト教において数多くみられるシンボルの図像の中で、「美徳と悪徳」の象徴化した図像ほど多彩なものはないでしょう。 このテーマに関する基本書としては、私の手持ちの中では次の三冊が遍く知 [続きを読む]
  • 象徴するロマネスク(2)―孤独な幻影
  • 写真:?MONASTERIOS ROMÁNICOS Y PRODUCCIÓN ARTÍSTICA″より今から十数年前の早朝、東京駅北口を出たところの信号の傍らにただずんで、同僚のゴルフ仲間が、車でピックアップしてくれるのを待っていました。 出勤途上の人々が、流れるように歩道を横断していくのをぼっと眺めていました。皆急ぎ足で、渋面を刻み、黙りこくって過ぎ去って行きました。 お互いに二度と合うこともない同胞たち…そ [続きを読む]
  • 象徴するロマネスク(1)
  • 「受難」San Miguel delCastillo de Camarasa 由来(MNAC蔵) 「想像上imaginario(西語)のもの」という概念には、象徴、標識、比喩、神話、イコン、偶像などが含まれていますが、これらは混同して日常使われています。 意識が物事を識別するとき、直接的に知覚のように単純な感覚に現れる場合と、物事が感性に対して示されない場合には、何らかのイマージュ(形象)によって間接的に表わされる場合があります。 後 [続きを読む]
  • 文学するロマネスク(3) ―三島由紀夫『金閣寺』に思う。
  • 『三島由紀夫集』 (新潮日本文学より) 私は旧制中学の学制最後の世代に属し、大戦の余韻がいまだ少し漂っている頃に旧制中学に入学したためか、所謂アプレゲール的なものから距離をおいた質実な高校生活をおくりました。丁度その頃、金閣が一人の若い僧侶に放火され完全に消失したという衝撃的な出来事があり、その動機に異常な好奇心を抱きました。1950年7月の未明のことで、京都の鹿苑寺(金閣寺)舎利殿46坪が全焼したので [続きを読む]
  • 文学するロマネスク(2)−太宰治の「ロマネスク」
  •  新潮社 『太宰治集』 より ・・・・・・・・・・・・・・・?ROMÁNICO 20" Santa María de Uncastillo・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回は太宰治(1909−48)を取り上げてみましょう。  私は太宰の小説を初めて読んだのは大学二年生の夏休みで、岐阜県多治見市の実家に帰省していた時でした。筆者である「私」が、ある男の手記を紹介する体裁をとった代表作『人間失格』(Human Lost)の読後感は [続きを読む]
  • 文学するロマネスク(1)_芥川龍之介
  • 写真:「復活の証」 シロス回廊 これまでのブログで「哲学するロマネスク」と題して小文(1〜4)を掲載しましたが、ちょっと中休みをして今回は「文学するロマネスク」と名付け、現代日本文学の巨匠たちの文章の中で、三回にわたりロマネスクの琴線に触れるような題材を取り上げたいと思います。 私事で恐縮ですが、亡父が芥川龍之介全集を書斎の本棚を飾っていたので、私は子供の頃から芥川を身近に感じていました。周知の如 [続きを読む]
  • 哲学するロマネスク(4)
  • 写真:ヘーゲル美学講義(スペイン語版)表紙 「哲学と宗教」という命題は古き時代より様々な議論が為されています。両者を対置するとき、西欧の場合は「ギリシャ哲学とキリスト教」というふうになるでしょう。キリスト教会がその教義内容(例えば「三位一体」)の発端を哲学的教養(オリゲネスなど)に負っているという事実があり、結果的に哲学と宗教の結合が実現したとする見解があります。*  *[参考]青木茂『ヘーゲル [続きを読む]
  • 哲学するロマネスク(3)
  •  随分前のこと、1983年10月に京都ドイツ文化センター主催、服部セイコー(株)後援により、『時間−東と西の対話』というテーマで、日本とドイツの多くの分野の学者たちが集まって、これまで類例のない発表会・討論会が開催されました。この時の議事録が整理され、セイコー社から1983年に出版されています。(私事ながら、私は2000年〜2002年ドイツのデュッセルドルフに駐在していましたので、時間というテーマに興味を持ち、 [続きを読む]
  • 哲学するロマネスク(2)
  •  美学・哲学・神学的な問題に一通りの知識を得ておくことは、ロマネスク美術を理解するために必要なことです。それらの諸問題の一部に触れてみますので、共に思考の時間を過ごしましょう:   衆知の如く、現在の「グローバリゼーション」は、全世界を市場原理と情報化という二本の軸として展開されています。 西欧中世就中ロマネスク時代(11−12世紀頃)は、現在の西欧に匹敵する地域全体を、一神教であるキリス [続きを読む]