未来狂冗談 さん プロフィール

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未来狂冗談さん: 皇統と鵺の影人・二千年の歴史キーワード
ハンドル名未来狂冗談 さん
ブログタイトル皇統と鵺の影人・二千年の歴史キーワード
ブログURLhttp://jiyodan.exblog.jp
サイト紹介文あなたは、本当の日本史を知っていますか?・・教科書に載っていない歴史の謎に迫る検索サイトです。
自由文過去が在って今がある。
倭の国々から大和の国へ、そして大和の国から日本国へ、遥か二千年の歴史の謎を追って・・・・・
何事も、入り口で間違えたものは最後まで間違いである。
そこでへそ曲がりな我輩は、入り口を変えて「歴史の謎」を追う事を試みたのである。
日本人の歴史を知る上でも、一度本書を読み通しては、どうだろうか?
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供51回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2008/04/25 22:37

未来狂冗談 さんのブログ記事

  • 上古天皇(かみふるてんのう/かみのみなすめらみこと)一覧
  • 初代・神武大王(じんむおおきみ/神話・伝説上の初代天皇)から第二十五代・武烈大王(ぶれつおおきみ/第二十五代天皇)までを「上古天皇」と分類している。【神武大王(じんむおおきみ/神話・伝説上の初代天皇)】【皇統初期・欠史八代(けっしはちだい)】(第二代・綏靖大王(すいぜいおおきみ/天皇)から第九代・開化大王(かいかおおきみ/天皇)までが、欠史八代)【崇神大王(すじんおおきみ/第十... [続きを読む]
  • 顕宗大王(けんぞうおおきみ/天皇)
  • 顕宗大王(けんぞうおおきみ/第二十三代天皇)は、「記(古事記)・紀(日本書記)」・「播磨国風土記」に伝えられる大王(おおきみ)である。顕宗大王(けんぞうおおきみ)は、「記・紀」及び「播磨国風土記」に弘計天皇(をけのすめらみこと)・来目稚子(くめのわくご)と伝えられる第二十三代大王(おおきみ)である。「古事記」に於いては、袁祁王(をけのおおきみ)・袁祁之石巣別命(をけのいわすわけのみこ... [続きを読む]
  • 清寧大王(せいねいおおきみ/天皇)
  • 清寧大王(せいねいおおきみ/第二十二代天皇)は、資料・文献が少ない大王(おおきみ/天皇)である。日本書記で御名は白髪皇子(しらかのみこ)、和風諡号は、白髪武広国押稚日本根子天皇(しらかのたけひろくにおしわかやまとねこのすめらみこと)とある。古事記では、白髪大倭根子命(しらかのおおやまとねこのみこと)と記述されている。清寧大王(せいねいおおきみ)は、雄略大王(ゆうりゃくおおきみ/天... [続きを読む]
  • 三韓征伐(さんかんせいばつ)
  • 三韓征伐(さんかんせいばつ)は、神功皇后(じんぐうこうごう)の朝鮮半島出兵を言い、三韓については馬韓・弁韓・辰韓の三國ともまたは新羅(シルラ)・高麗(コグリョ)・百済(ペクチェ)の三國を指すとも言われる。馬韓・弁韓・辰韓の三國説では、馬韓(後の百済)・弁韓(後の任那加羅)辰韓(後の新羅)を示し高句麗を含まない朝鮮半島南部のみの征服とも考えられる。日本書記の記載に於いて、仲哀八年、仲... [続きを読む]
  • 応神大王(おうじんおおきみ/天皇)
  • 応神大王(おうじんおおきみ/第十五代天皇)は、仲哀九年十二月十四日、仲哀大王(ちゅうあいおおきみ/第十四代天皇)と神功皇后(じんぐうこうごう)の子として生まれた。「神功皇后紀」に拠れば、応神大王(おうじんおおきみ)は神功皇后(じんぐうこうごう)の三韓征伐の帰途に筑紫の宇瀰(うみ:福岡県糟屋郡宇美町)で生まれたとされる。また、「応神天皇紀」に拠れば筑紫の蚊田(かだ:筑後国御井郡賀駄郷あ... [続きを読む]
  • 仲哀大王(ちゅうあいおおきみ/天皇
  • 仲哀大王(ちゅうあいおおきみ/第十四代天皇)は、日本武尊(やまとたけるのみこと/倭建命)を父に持ち、皇后は三韓征伐を行った神功皇后(じんぐうこうごう)であり、応神大王(おうじんおおきみ/天皇)の父である。「日本書紀」によれば叔父の成務大王(せいむおおきみ)に嗣子が無く、成務四十八年三月一日に三十歳で立太子する。十三年の皇太子期間を経て、仲哀元年一月に即位した。仲哀大王(ちゅうあ... [続きを読む]
  • 成務大王(せいむおおきみ/天皇)
  • 「日本書記」に拠ると、成務大王(せいむおおきみ/第十三代天皇)は、景行十四年に景行大王(けいこうおおきみ)と八坂入媛命(やさかいりびめのみこと)との間の皇子・稚足彦尊(わかたらしひこのみこと)として生まれる。「古事記」では、若帯日子天皇(わかたらしひこのすめらのみこと)と表記されている。景行五十一年八月四日に稚足彦尊(わかたらしひこのみこと)は立太子、成務元年正月に即位し、成務大王... [続きを読む]
  • 垂仁大王(すいにんおおきみ/天皇)
  • 垂仁大王(すいにんおおきみ/第十一代天皇)は、「古事記」には「伊久米伊理毘古伊佐知命(いくめいりびこいさちのみこと)」、「常陸国風土記」には「伊久米天皇(いくめいりてんのう)」、「令集解」所引の「古記」に「生目天皇(いくめてんのう)」、「上宮記」逸文に「伊久牟尼利比古大王(いくむにりひこおおきみ)」と見える。もし、垂仁大王(すいにんおおきみ)が実存するのであれば、当時の呼称は大王(おおき... [続きを読む]
  • 神功皇后(じんぐうこうごう
  • 神功皇后(じんぐうこうごう)は、仲哀大王(ちゅうあいおおきみ/第十四代天皇)の皇后であり、応神大王(おうじんおおきみ/第十五代天皇)の母である。「日本書紀」などによれば、神功皇后(じんぐうこうごう)は神功元年から神功六十九年まで政事を執り行なった。それ故に、戦前の日本では一時女帝として扱っていた時期もある。三韓征伐を指揮した逸話で知られ、「日本書紀」では気長足姫尊(おきながたら... [続きを読む]
  • 武内宿禰(たけしうちのすくね)
  • 武内宿禰(たけしうちのすくね/たけのうちのすくね)は、勿論一人の人物としては歴史上実存しない。古代日本(上古代)の大王(おおきみ/天皇)の多数の忠臣達の群像を、理想的に擬人化した伝説上の人物である。「日本書紀」では「武内宿禰(たけしうちのすくね/たけのうちのすくね)」、「古事記」では「建内宿禰(たけしうちのすくね)」、他文献では「建内足尼」とも表記される。「宿禰(すくね)」は尊称... [続きを読む]
  • 熊襲(くまそ)
  • 熊襲(くまそ)とは、日本の記紀神話(古事記・日本書紀)に登場する、九州南部に本拠地を構えヤマト王権(大和朝廷)に抵抗したとされる人々の記述がある。日本史学者・津田左右吉らの説に、熊襲(くまそ)は五世紀ごろまでに大和朝廷へ臣従し、「隼人(はやと)」として仕えたという説がある。熊襲(くまそ)は、部族が居住した地域名を意味するとされる語で、肥後国球磨郡(くまぐん・現人吉市周辺。球磨川上流... [続きを読む]
  • 皇統初期・欠史八代(けっしはちだい)
  • 欠史八代(けっしはちだい)とは、第二代・綏靖大王(すいぜいおおきみ/天皇)から第九代・開化大王(かいかおおきみ/天皇)までの八人の大王(おおきみ/天皇)の実在が疑われている事を言う。皇統の初期段階の大王(おおきみ/天皇)について、実在を裏付ける資料がほとんど無い事から「伝説上だけの存在で、実在しないではないか?」とされ、「欠史八代」として別に扱われる大王(おおきみ/天皇)が居る。第二... [続きを読む]
  • 崇神大王(すじんおおきみ/天皇)
  • 崇神大王(すじんおおきみ/天皇)は、「古事記」及び「日本書紀」に記される第十代大王(おおきみ/天皇)である。崇神大王(すじんおおきみ)の和風諡号(わふうしごう)は「日本書紀」では御間城入彦五十瓊殖天皇(みまきいりびこいにえのすめらのみこと)である。また、崇神大王(すじんおおきみ)には御肇國天皇(はつくにしらすすめらのみこと)と称えられ、その諡号(しごう)が、「初めて天下を治めた」と言... [続きを読む]
  • 反正大王(はんぜいおおきみ/天皇)
  • 反正大王(はんぜいおおきみ/第十八代天皇)は、仁徳大王(にんとくおおきみ/第十六代天皇)の第三皇子である。反正大王(はんぜいおおきみ/第十八代天皇)は、履中大王(りちゅうおおきみ/第十七代天皇)、允恭大王(いんぎょうおおきみ/第十九代天皇)の同母兄弟である。つまり第十七代・履中(りちゅう)、第十八代・反正(はんぜい)、そして第十九代・允恭(いんぎょう)は、全て仁徳大王(にんとくおおき... [続きを読む]
  • 履中大王(りちゅうおおきみ/天皇)
  • 履中大王(りちゅうおおきみ/第十七代天皇)は、仁徳大王(にんとくおおきみ/第十六代天皇)の第一皇子である。履中大王(りちゅうおおきみ/第十七代天皇)は、反正大王(はんぜいおおきみ/第十八代天皇)、允恭大王(いんぎょうおおきみ/第十九代天皇)の同母弟である。つまり第十七代・履中(りちゅう)、第十八代・反正(はんぜい)、そして第十九代・允恭(いんぎょう)は、全て仁徳大王(にんとく... [続きを読む]
  • 允恭大王(いんぎょうおおきみ/天皇)
  • 允恭大王(いんぎょうおおきみ/第十九代天皇)は、仁徳大王(にんとくおおきみ/第十六代天皇)の第四皇子である。允恭大王(いんぎょうおおきみ/第十九代天皇)は、反正大王(はんぜいおおきみ/第十八代天皇)、履中大王(りちゅうおおきみ/第十七代天皇)の同母弟である。つまり第十七代・履中(りちゅう)、第十八代・反正(はんぜい)、そして第十九代・允恭(いんぎょう)は、全て仁徳大王(にんとくおおき... [続きを読む]
  • 孝徳大王(こうとくおおきみ/天皇)
  • 孝徳大王(こうとくおおきみ/第三十六代天皇)は、敏達大王(びたつおおきみ/第三十代天皇)の孫で押坂彦人大兄皇子(おしさかのひこひとのおおえのみこ)の子である茅渟王(ちぬのおおきみ)の長男に当たる。母は欽明大王(きんめいおおきみ/第二十九代天皇)の孫で桜井皇子(さくらいのみこ)の王女に当たる吉備姫王(きびひめのおおきみ)である。皇極大王(こうぎよくおおきみ/第三十五代女帝=斉明大王)と... [続きを読む]
  • 安康大王(あんこうおおきみ/天皇)
  • 安康大王(あんこうおおきみ/第二十代天皇)は、允恭大王(いんぎょうおおきみ/第十九代天皇)の第二皇子・穴穂皇子(あなほのみこ)である。次代となる雄略大王(ゆうりゃくおおきみ/第二十一代天皇)とは同母にあたる忍坂大中姫(おしさかのおおなかつひめ)で、応神大王(おうじんおおきみ第十五代天皇)の皇子・稚野毛二派皇子(わかぬけふたまたのみこ)の皇女である。安康大王(あんこうおおきみ/天皇)は... [続きを読む]
  • 雄略大王(ゆうりゃくおおきみ/天皇)
  • 雄略大王(ゆうりゃくおおきみ/第二十一代天皇)は、大泊瀬幼武(おおはつせわかたけ、大泊瀬幼武尊(おおはつせわかたけるのみこと)とも、大長谷若建命、大長谷王(古事記)、大悪天皇、有徳天皇とも呼ばれる。雄略大王(ゆうりゃくおおきみ)は、「宋書」、「梁書」に記される「倭の五王」中の倭王・武に比定される。その倭王・武の上表文には「周辺諸国を攻略して勢力を拡張した様子が表現されている」とされ... [続きを読む]
  • 武烈大王(ぶれつおおきみ/天皇)
  • 小泊瀬稚鷦鷯尊(おはつせのわかさざきのみこと)は、仁賢大王(にんけんおおきみ/第二十四代天皇)と雄略大王(ゆうりゃくおおきみ/第二十一代天皇)の皇女・春日大娘皇女(かすがのおおいらつめのひめみこ)を父母に持ちこの世に生を為したとされる。仁賢七年正月三日に、小泊瀬稚鷦鷯尊(おはつせのわかさざきのみこと)は立太子する。仁賢十一年年八月八日に仁賢大王(にんけんおおきみ)が崩御した後、大臣の... [続きを読む]
  • 舒明大王(じょめいおおきみ)
  • 先代の推古大王(すいこおおきみ/第三十三代天皇・女帝)は、六百二十八年四月十五日(在位三十六年余り)に崩御した時、継嗣(けいし=あとつぎ)を定めていなかった。重臣・蘇我蝦夷(そがのえみし)は群臣に諮(はか=意見を尋ね)ってその意見が田村皇子(たむらのみこ)と山背大兄王(やましろのおおえのおう)に分かれている事を知り、田村皇子を立てて大王(おおきみ/天皇)にした。これが舒明大王(じょめ... [続きを読む]
  • 蘇我蝦夷(そがのえみし)
  • 蘇我蝦夷(そがのえみし)は蘇我馬子(そがのうまこ)の子で、母は物部守屋(もののべのもりや)の妹・太媛(ふとひめ)である。蘇我蝦夷(そがのえみし)は、飛鳥時代の有力豪族・貴族・大臣として、推古大王(すいこおおきみ/第三十三代天皇・女帝)末年から皇極大王(こうぎょくおおきみ/第三十五代女帝)の御代にかけて権勢を振るう。侮蔑(ぶべつ)蛮族扱いだった蝦夷(えみし)を、わざわざ名に用いるのは、... [続きを読む]
  • 皇統と鵺(ぬえ)の影人
  • 本来、伝説上の「鵺(ぬえ)」は、土蜘蛛(つちぐも)や鬼(おに)と同様に大陸から先進文明を携えて渡来した部族で成立した大和政権が、ネイテブジャパニーズ(先住民)の蝦夷族(えみしぞく)を、蛮人として扱った呼称である。それ故、当初の「鵺(ぬえ)」は、皇統(大和朝廷)に仇(あだ)なす妖怪として伝承された存在だった。しかし時代が下がると、蝦夷族(えみしぞく)の抵抗は少なく成り、それよりも皇統(... [続きを読む]
  • 欽明大王(きんめいおおきみ/天皇)
  • 欽明大王(きんめいおおきみ/第二十九代天皇)は、応神大王(おうじんおおきみ/第十五代天皇)から分かれた皇統傍系出自の父・継体大王(けいたいおおきみ/第二十六代天皇)の子である。継体大王(けいたいおおきみ)と仁賢大王(にんけんおおきみ/第二十四代天皇)の皇女・手白香皇女(たしらかのひめみこ)との子である。欽明大王(きんめいおおきみ)は、母に仁賢大王(にんけんおおきみ)の皇女・手白香皇女... [続きを読む]