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- 2009/11/22 22:18ストーカー その42
- 一気にそこまで書いてしまった。もうくたくただ、と由美は思った。早くキーボードから指を外したい。そしてベッドに倒れこみたい。そう願っているのに自分の指が動きを中止してくれなかった。まるで何者かに憑り移られているような感覚。意識ははっきりしている。しかし身体が言うことを聞いてくれないのだ。意識と身体を繋ぐ回線が切れたしまったようだった。唯一、思い通りに動くのは眼球だった。由美は必死で眼球を動かし、自 [続きを読む]
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- 2009/11/21 23:03ストーカー その41
- 「なんだろう?自分が叩かれるとでも思ったのかな?」「まさか、だってほら。その椅子の上に乗ってやってたのよ」「椅子?」「だって椅子に乗らなきゃ神棚に届かないんだもの」「神棚?」「一番、埃が溜まってるでしょ。いろいろ年始やお盆に貰うお札なんかが溜まっちゃってて埃どころか蜘蛛の巣まで張っちゃって汚いのよ。縁起も悪いわ」もっともな話だ、と健児は思った。「でも噛まれたのは椅子から降りた時だろ?」横から父が言 [続きを読む]
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- 2009/11/20 23:30ストーカー その40
- ◇「まったく大変な目に合ったわ」母ががっくりと肩を落としていた。上腕全体が包帯でぐるぐる巻きだった。それを肩から吊った姿が痛々しかった。 健児が夜十時ごろ帰宅すると、妻が待ち構えていたように知らせてくれたのだった。「お母さん大変よ。向うの家に行ってみて」健児は背広姿のまま庭一つ挟んだ隣にある実家へ入った。「ああ、健児」と父が出迎えた。玄関に犬用の檻が設置されレイが入っていた。「仕方ないんだ」父はう [続きを読む]
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- 2009/11/19 22:03ストーカー その39
- しかし健児にはその音が屋外からでは無く、はっきりと家の中から聞こえた。そしてそれは単なる音ではなかった気がしてきた。低い獣の唸り声のような音だった。健児が家族の顔を見回すと、一様に蒼褪めた表情をし互いに顔を見合わせた。どうやら皆が同じ思いでいるらしい。音はどう考えても「声」だった。健児は、得体の知れない恐怖が家族の間を蠢いた気がした。「なんだろ・・・」茜が不安そうな顔でその疑問を口にした瞬間、クィ [続きを読む]
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- 2009/11/18 20:53ストーカー その38
- ◇「お手!ほらお手!」 何度、茜が教えてもレイは言うことを聞かなかった。いっこうに前足を動かそうとしない。この家に着てから二ヶ月。レイは突然、言うことを聞かなくなった。 生まれてから四ヶ月という計算になる。身体はぐんぐん成長し、中型犬の成犬より大きくなっていた。ところが何を教えても全く憶えなかった。お手どころか「お座り」も「待て」もまるで出来ない。貰われてきたばかりの頃は、あれほど娘達の真似をして [続きを読む]
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- 2009/11/17 22:33ストーカー その37
- 「私の方が教えるの上手でしょ」「たまたまよ。それにどんどん成長してるの」「え?今の時間で?たった十秒くらいだよ」「十秒でも子供の成長は早いのよ」香と茜が言い合うのを聞きながら健児は何気なく子犬を見ていた。子犬は、その間まるで練習するように父の脚の上を何度もジャンプし、いつの間にか楽々越えられるようになっていた。すると十分にそれを体得したと思ったのか、子犬は一息付くように後ろ足で頭を掻いた。それから [続きを読む]
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- 2009/11/16 22:29ストーカー その36
- 『棒切れか何かを持っていたのだろうか?』その鞭が健児の不安を掻き立てたのだ。『まだ頭が半分眠っていたのかも』健児は残像が自分の頭の中でどんどん得体の知れぬものに変化していくのを感じた。鞭が尻尾になり、頭には角が生えてきた。よく考えると、そんな影を本当に見たかどうかも怪しい、と思った。暗闇の中で、居もしない人影を見たという錯覚はよくあるものだ。『眠ろう。まだ疲れてるんだ』今しがた起き上がったばかりの [続きを読む]
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- 2009/11/15 23:09ストーカー その35
- しかし寝入ってから途中何度か目を覚ました。二度目に覚ました時、暖かい塊が右脇に丸まっているのを感じた。子犬だった。温もりを感じて初めて子犬が家に来たことを実感した。東京駅でボランティアの斉藤恵子に子犬を貰った。それから新幹線に乗り、長野駅でローカル線に乗り換えて運んできたのだ。それらが全て夢のことのように思えていたのだ。はて?そういえば新幹線の中で発生した事件はどうなっただっけ?ふいに健児は顔の無 [続きを読む]
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- 2009/11/14 22:20ストーカー その34
- 「わあ、真っ黒!目だけキラキラしてる」「まるでクマだね。クマの赤ちゃんだ」香と茜の歓喜に健児は思わず頬を緩めた。子犬は初めこそ見知らぬ家の様子に戸惑っていたようだが、すぐに慣れたらしい。健児の二人の娘と絡まるようにして遊んだ。生来、明るい性格のようだ。娘達と遊ぶうち、まるでここが自分の生まれ育った家であるとでもいうように好きなように部屋中を走り回った。机の下をくぐり抜けて本棚にぶつかり何冊も本を落 [続きを読む]
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- 2009/11/13 23:51ストーカー その33
- 由紀がドアを開けた瞬間、一斉に燃えるようなオレンジの光が部屋一杯に流れ込んできた。居間の窓から差し込んできた夕陽だった。それは由紀のいる小部屋を焼く尽くすようだった。いっそ焼き尽くしてくれたらいいと由紀は願った。三日三晩徹夜して薄れたかに見えた悪夢が、遂に形を為して現れたのだ。 明日は精神病院に取材に行く予定だった。ついでに自分も見て貰おうかと思ってから、否定するように首を左右に振った。疲れてい [続きを読む]
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- 2009/11/13 00:43ストーカー その32
- 由美が液晶画面を覗こうと顔を近付けた時、今度はスタンドライトが消えた。遂に室内は真っ暗になった。唯一、パソコンの電源表示ランプだけが小さく輝いている。しかしよく見ると暗黒を映し出している筈のホームページの中に、わずかな光が輝いていた。それは夜空に輝く星のように見えた。由美はその美しさに心奪われ、しばし見入っていた。しかし、しばらく見詰めるうち由美はその暗黒が少しずつ場所を移動しながら形を為し始め [続きを読む]
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- 2009/11/12 22:15ストーカー その31
- 黒岩健児の日記から目を離しパソコンを見るとすっかりOSが立ち上がっていた。画面の右下で猫が踊っている。メールの着信を知らせるメッセージだ。由美は着信メールを開くため踊る猫をクリックした。しかしなかなか開かない。どうもパソコンのご機嫌が斜めらしい。そうこうするうちに画面が動かなくなった。マウスを操作してみてもポインターはピクリともしなかった。「フリーズか。嫌になっちゃう。誰か凄く重いファイルでも送 [続きを読む]
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- 2009/11/10 23:23ストーカー その30
- シャワーを浴びた由美はバスローブのまま書斎に入った。壁に掛けた時計を見るとまだ四時少し前だった。夏の終わりとはいえまだ陽は長い。七時くらいまでは明るい筈だ。余裕を持って考えても六時に寝れば明るいうちに眠りに付けると考えた。 由美は書斎の腰掛に座り、机の上でノートパソコンを開いた。岩淵は連載を約束してくれた。しかしあのへそ曲がりの頑固親父のこと、いつ考えが変わるか分かったもんじゃない。由美は明日の [続きを読む]
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- 2009/11/09 19:14ストーカー その29
- 短いが濃厚な睡眠の後、目覚めると由美は三日ぶりにシャワーを浴びた。暑い日々が続くとはいえ、シャワーは暖かいに限る。身体中から湧き出た汗を根こそぎ洗い流してくれるように思えた。しばらく由美はシャワーの暖かさの中に包まれ恍惚とした時間を過ごした。三日三晩の徹夜から生還した身である。昼下がりのこの時間に帰って来たのは勿論、寝る為である。会社を出たのが三時くらいだったから、今は四時少し過ぎたくらいだろう [続きを読む]
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- 2009/11/08 15:47ストーカー その28
- 目を開いた時、由美は自室のキッチンの腰掛に座っていた。随分と長い時間震えていたらしい。全身の、特に腰から背中に掛けての筋肉が硬直している。残暑の厳しい真夏日だったというのに、身体中が冷え冷えして寒気がした。記憶は電車の中で終わっていた。するとどうやってマンションまで辿り着いたのか。それを由美は必死で考えたが、帰宅までの経路を思い出せない。今日の自分はどうかしている、と由美は首を左右に振った。身体 [続きを読む]
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- 2009/11/07 18:00ストーカー その27
- がたんっという音を立ててドアが閉まると同時に電車が地下に向って動き出した。たちまち暗闇の中に滑り込んだ。たった一人の電車がこれほど不安とは想像もしなかった。あちこちの窓から誰かが覗き見ている気がした。それは”誰か”というより黒い何かだ。その視線を感じる窓を由美は睨み付けた。しかし由美から逃れるように、その目は移動する。昼間、残暑がきつかったせいか、幾つか窓が空いていた。そこから突風が侵入し、由美の [続きを読む]
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- 2009/11/06 20:49ストーカー その26
- 事件現場の取材用は条件が悪い場合が多い。だから携帯電話の充電池は、替えを三つ用意していく。液晶画面の電池残量表示を見ると、三つ目の電池もそろそろ終わりそうだった。「お客さん、大丈夫ですか?」駅員が自分の顔を覗き込んできたのを感じ、由美は首を捻って駅員に顔を向けた。途端に駅員の顔が真っ青に変色し、声にならぬ悲鳴を上げて逃げ出していった。遠くから最終電車が近付く音が響いてくる。くぐもった音は地の底に [続きを読む]
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- 2009/11/05 18:30ストーカー その25
- 道路まで降りてから一度、現場のある十階辺りを仰ぎ見た。非常階段の踊り場に三人ばかり捜査官が何かを探り、その様をどこかの新聞社のカメラマンが撮影していた。こちらの様子を伺う様子は無いようである。由美は安堵して歩き始めた。そのまま百メートルも離れないところに口を開けている地下鉄への入り口に滑り込み、それでも念には念を入れてそ知らぬ顔で開札を抜け、地下鉄の乗り込んで一番空いた席に腰を降ろし、辺りに見知 [続きを読む]
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- 2009/11/04 20:18ストーカー その24
- そして由美がこの事件に執着した理由は、黒岩健児の日記の存在である。日記と言っても携帯電話用のメモリーカード。警察の現場検証を取材する為に黒岩健児が宿泊していたホテルの部屋へ行った際、偶然床に落ちていたのを見付けたのだ。他社の記者も刑事たちも誰も気付いていないようだった。由美は咄嗟に靴で踏んで隠し、自分の携帯を落としたふりをしてそれを拾った。それから何食わぬ顔をして現場を後にしたのだった。由美は大 [続きを読む]
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- 2009/11/03 16:24ストーカー その23
- そんな記憶を振り払うように、由美は足早に廊下を歩いた。歩き始めると三日三晩の徹夜が身体に堪える。自分では真っ直ぐ歩いているつもりなのに、左右にぐらぐら揺れてしまい、狭い廊下で何度か人にぶつかりそうになってしまった。やっとのことでエレベーターで地上階に降りてビルから出ると、地下鉄の入り口から転げ落ちるようにしてホームに辿り着いた。ようやく一息付いたのは半蔵門線に乗り込んだ時だった。午後の中途半端な [続きを読む]
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- 2009/11/02 19:25ストーカー その22
- そんな桐嶋の妻の気持ちを知ってしまったから、由美は敢えて桐嶋に離婚を急かさなかった。そうこうしているうち、桐嶋は死んでしまったのだ。何の前触れも無く。 編集部の皆と告別式に行った時、桐嶋らしいはにかんだような薄笑いを浮かべた顔写真が飾られていた。人生の全てを仕事に捧げたような男だったから、何事にも執着心が薄かったが死ぬ時もあっさりしていた。だからあんな優しそうな奥さまとも離婚することになるのだ、 [続きを読む]
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- 2009/11/01 16:14ストーカー その21
- 付き合い始めた頃のことだ。桐嶋が出張の時、合鍵を持つ由美は桐嶋の部屋を掃除に行ったことがある。桐嶋は古い映画に出てくる「男やもめ」に相応しい生活をしていた。食事は外食、衣服は部屋に脱ぎっ放し、洗濯や掃除などという概念が欠如しているかのようだ。週に一度、由美が泊まる時、掃除するのだがそれではとても片付かない。そこで桐嶋の出張を見計らって部屋を訪れたのだ。掃除に必要なものを近所のドラッグストアで両手 [続きを読む]
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- 2009/10/31 18:26ストーカー その20
- そう考える自分は十分冷静だったと由美は思っていた。ただ、ほんの少し書き口が小説っぽくなっただけだが、大袈裟を信条とする夕刊紙ではこの位の変則も良いのではないか、という不満が由美の中に渦巻いた。怒りで顔が血で一杯になり、睨み付けるパソコンの画面しか見えなかった。その為、岩淵が隣の空席に座っていたのが気付かなかった。「ま、仕方が無い。特別載せてやろうじゃないか。ただし特別の特別だ。読者から苦情があっ [続きを読む]
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- 2009/10/30 21:52ストーカー その19
- ◆黒岩健児の手紙「まったくオカルト小説だな、これは」相変わらず岩淵は口が悪い。彼の口から褒め言葉というものを聞いた事が無い、と由美は思った。「それも三流小説だ。どーすんだよ。三時が締め切りだぞ」由美は内心溜息を付きながら「はい、すぐ書き直します」と返答したが、怒りで岩淵の顔をまともに見れなかった。旧いタイプの編集者である岩淵は、取材の中身より文脈の妙に価値を置く。それが為に自然と文体にうるさく、地 [続きを読む]
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- 2009/10/29 21:26ストーカー その18
- しかしそれも今日で終わりだ、と健児は微笑んだ。再び籠の中を覗くと、ふぅふぅと小さな息遣いが聞こえてきた。健児は周りに目を配り、誰もこちらを気にしていないのを見ると籠の蓋を開け右手を挿し入れた。そして子犬を捕まえようと中を探った。子犬は、初め警戒して奥に逃げようとしていたが、すぐに健児の力に屈服した。捕まえた感触が伝わってきた。まだ猫のように柔らかい。思わず子犬を籠の外に引っ張り出した。戸惑った表 [続きを読む]
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