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- 2012/02/09 16:56夢中にさせる沖縄国際洋蘭博覧会と八重岳桜1
- 7日、雨→曇り、寒空の天気だったが、その方がすいているだろうと思い、二人で出かけた。 まず八重岳の桜(2枚目の写真)を見たが、2,3日前の好天とその後の強風でほとんどが散った後だった。それでも、まだ美しさを保つ花もあった。 海洋博公園の熱帯ドリームセンターのラン博覧会は多分2回目の訪問だ。うっとりと夢中になった。写真を撮りまくった。100枚を超すだろう。こんなに撮っていいのかな、申し訳ない気持ち [続きを読む]
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- 2012/02/09 06:53生産消費8倍化に対応して、水田作農業は10haを標準に?!
- 5日記事の続きである。 本書は、日本農業の中心をなす水田作農業の戦後展開について、以下のようにわかりやすく整理している。 「土地利用型農業の場合、1ヘクタールの規模で職業として農業を営み、家計を支えていくことは不可能である。戦後しばらくの時代、つまり日本社会の所得水準が現在よりはるかに低位にあった時代には、1ヘクタールの水田農業でも職業として成り立っていた。というよりも、1ヘクタールの農業が標準 [続きを読む]
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- 2012/02/08 16:57グスクロード公園から中山へ 冨里からグスクロード散策4
- 連載最後。 グスクロード公園は、しばしば来る。親子連れの子どもたちが多いが、年配の人も多い。グランドゴルフをカップルでしている方も見かけた。 私も、かつては孫などの幼児連れが多かったが、最近では色々な折に訪れる。しかし、今回のように散策で来るのは初めてだ。かなり急な坂上り下りがあるからだ。でも、散策に、気分転換だけでなく体力づくり要素を含ませるようになってきたので、今後多くなりそうだ。無論、 [続きを読む]
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- 2012/02/08 06:55職種と沖縄人集落 台湾移民2 「沖縄県史近代」を読む25
- 沖縄からの早期の移民の状況、職種について、次のように記述されている。 「一般の沖縄人が渡台に大きく動き出しだのは、前記のとおり明治三〇年代の飢饉時の経済的な疲弊からである。那覇港に出稼ぎ者が押しかけ、我先にと乗船していた。このようか現象は、当時「台湾熱」と呼ばれた。今で言えば、一種の「台湾ブーム」が起こったのである。台北には、これらの出稼ぎ者や土木人夫、工員、行商人、失業者が集中して、沖縄人集落 [続きを読む]
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- 2012/02/07 16:57驚き すごいレポートが二つも登場 問題発見演習
- いよいよ最終盤。今日は5本のレポートの報告と討論。・沖大生へのアンケート 入学・大学生活・就職など・『100万円あったら何しますか』・沖縄遊園地設立企画書・新・オキナワンヒーロー企画書・「浅野邸での宴」企画書2 時間切れで、次回にも何本か出そうだ。『100万円あったら何しますか』は、凄過ぎである。10代から50代までの男女各5名、総計50名への面接式アンケートの集計。実に充実したもので、今、当人にレポートのデー [続きを読む]
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- 2012/02/07 06:56家族機能の変化 人口減予測 宮本本21
- 家族にかかわっての記事連載の最後だ。10) 家族の機能 「40代,50代の人々の意識を見ると,子どもからの経済援助に関しては,「期待しない」が多数を占めている。一方,介護に関しては,扶養と比べると,「期待する」が多い。それにしても,期待しない割合が最も多い。このように老後に関しては,親は子どもに期待せず,自前でやりたいとする意識へと変わったのである。子どもに対する遺産に関しても大きな変化が見られる。子 [続きを読む]
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- 2012/02/06 16:57子どもたち、孫たちから、結婚40周年祝いが届く
- 「40年になったよ」と伝えておいたが、5日午前、いろいろと届く。 花、夫婦茶碗、寄せ書き、写真など お互いに祝い合うのも楽しい。遠くに暮らしているので、集いは持てないが、それでもいいと思う。子どもたちは忙しい年齢時期だし。 孫たちのメッセージも年々しっかりしてくる。 私たちもよく続いたものだと思う。 私は、40年前、せめて21世紀を見てから死にたいぐらいに思っていたが、二人とも、十分に21世紀を生 [続きを読む]
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- 2012/02/06 06:58二つの「やる気」「学習意欲」
- 2日朝の記事の続きになる話だ。 「自分なりの考えを持って、意見を出し合って、発見し深めあう」スタイルであるワークショップ、あるいはワークショップ型授業の際に、とまどいを感じて「ひいてしまう」参加者・受講者がいる。あるいは、参加・出席そのものに戸惑いを持つ人もいる。 聴くだけの講演会やレクチャー型授業に出席すると、自分の考えを出せないので、フラストレーションがたまる私とは正反対の反応だ。別のいい方 [続きを読む]
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- 2012/02/05 16:28グスクロード公園への階段道からの景観 冨里→グスクロード3
- 公園への階段道からの景観、これまた絶景。写真は南西方向。手前から冨里・當山・志堅原・堀川・港川・具志頭・摩文仁 他にも数点の写真があるが、他の記事で紹介しよう。 西北西方向は那覇だが、ズームアップすると、東シナ海を経て慶良間が高山のようにそびえて見える グスクロード公園入り口に立つ石獅子。写真は、三体のうちの中央のもの。石獅子は、災害から守る役目を持つといわれるが、どっち向きかで、二人で議論。冨 [続きを読む]
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- 2012/02/05 06:54食料自給率 生源寺眞一「日本農業の真実」を読む1
- 筑摩書房から2011年に出版された本だ。 農業政策のことは、マスメディアで日常的に報道されるわけだが、TPPなどは多少はわかるにしても、多くのことはよくわからない私だ。減反などは、わかるようで、よくは分からないものだ。ということで、第一人者の本を読んだ。 まずは食料自給率。もっぱら日本の農業の衰退と輸入の拡大が原因だとばかり思っていたのだが、次の文には、私が知らない事情が盛り込まれている。 「食生 [続きを読む]
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- 2012/02/04 17:45ボリビア学校への沖縄県派遣教師継続要請の方々
- 4日午後、卒業生から、近くに来ているとの電話。すぐ近所のお宅。 お邪魔すると、なんと、ボリビアからの方々とご一緒だ。卒業生は以前、ボリビアの学校へ沖縄県派遣教師として行っていて、旧知なのだ。 その派遣教師制度を取りやめることが沖縄県から出ている。継続を訴えるために、わざわざボリビアから二人の方が来られたのだ。そのうちのお一人の親が、玉城の中山出身なので、親戚を尋ねてこられたというわけだ。中山には [続きを読む]
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- 2012/02/04 16:28学生がつくりコーディネイトしたワークショップ 看護大学授業
- 授業も最終盤。3日の授業は、学生たちがつくりコーディネイトしたワークショップ4つ。 リレー式に物語をつくる 共通点、違いを見つける 苦手な人との付き合い方 同じことでも、異なったトーンでしてみると いずれも、よく考えられたプログラムで、準備もしっかりしていたので、盛り上がったワークショップとなった。最後のまとめ文から、いくつか紹介しよう。・苦手な人との付き合い方では、相手を変えるの [続きを読む]
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- 2012/02/04 06:59教育 台湾移民1 「沖縄県史各論編第五巻近代」を読む24
- 戦前の台湾在住の知人があちこちにいる。戦後の人もいる。そうでありながら、台湾と沖縄とのかかわりについて、私は知らな過ぎ状態できたので、この章を読んで学べたことは多い。 「沖縄からの台湾視察や移住は、一八九五年(明治二八)五月の領有直後から早くも始まっていた。」P402のだが、「沖縄人にとって日本の領土になる台湾の植民地支配は、新しい就職市場と出稼ぎ先が開拓されたことを意味した。また明治政府にとっては [続きを読む]
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- 2012/02/03 10:49「写真集 沖縄田舎暮らし 自然につつまれて」電子本発刊
- 初めての電子本が、2日発売となった。 購入検討の方は、下をクリックしてください。『立ち読み』ということで、数ページ読めるので、参考にして下さい。写真集 沖縄田舎暮らし 自然につつまれて 初体験なので、いろいろと新しい体験をした。 発売をするNanseiも、昨年末から開始した仕事だったので、苦労が多いようだ。 苦労の一つだけ紹介しよう。 私がワード2007で作成したものをNanseiで電子本スタイル(PDF) [続きを読む]
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- 2012/02/03 06:46平均結婚継続年数 家族のライフスタイル化 宮本本20
- 前々回、前回からの続きだ。8)平均結婚継続年数 「平均結婚継続年数の推移を見ると,1935年には約28年であったが、1975年には39年弱へと長期化した。その後,縮小に転じて現代に至っている。長期化したのは,死別の割合が小さくなったことと離婚率が低下したことが原因であった。その後,縮小に転じたのは離婚率が上昇したことが原因となっている。」P121 こうなると、複数の婚姻の期間を通算する平均通算結婚継続年数とかが [続きを読む]
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- 2012/02/02 16:58グスクロード公園への道すがら 冨里からグスクロード散策2
- 29日の散策の続きだ。 冨里の御嶽のまわりは鬱蒼としている。 ところが、進んでいくと、突然、コンクリートの玉城運動公園の駐車場があらわれる。雰囲気がガラッと変わってしまう。 その陸上競技場に隣接して,おもとふみあがりの墓がある。この写真は昨年11月2日の記事で紹介した。 おもとふみあがりの墓を後にして、再び冨里公民館前広場へ。旧公民館は、これまた以前に紹介した「木彫屋」になっている。 そこから、坂 [続きを読む]
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- 2012/02/02 06:58 「やる気」「学習意欲」を持つ時、持たない時 私の英語学習例
- 「ゲームの時に出すようなやる気を算数の時も出せ」というように、学習に「やる気を出せ」と子どもを叱る親や教師が多い。こうした「やる気を出す」こと、学習意欲について考えてみよう。1)子どもが学習意欲を出す時はどんな時だろう。 やろうとすることに興味関心がある時 やること自体が楽しいと感じる時 やることに自信を持っている時 どうしても取り組んで達成したいと思う時 やってみて達成感を持つ時 やりきれば、 [続きを読む]
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- 2012/02/01 16:37海岸景観 冨里の御嶽 新散歩コース 冨里→グスクロード公園1
- 29日の散策は、新コースだった。 中山集落→旧道(国道331号線より上にあり、字玉城と字冨里を結ぶ)→冨里公民館→御嶽・運動公園脇・ももとふみあがりの墓→冨里公民館→階段道→グスクロード公園→グスクロード→ドコモ電波塔脇→中山、 というコース。 私の歩数計つき携帯で測定すると、7000歩。約5キロ。起伏が激しく、三分の一は坂道。しかも急坂が多い。平坦な道に換算すると、10キロほどの感じで、ほぼ2時間。 [続きを読む]
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- 2012/02/01 06:58シマ共同体と市民社会組織 コンパニー 沖縄県史を読む23
- 前回、ハワイ移民についての記述を紹介したが、私は、次の記述にも関心をもつ。 「実際には戦前の沖縄系移民社会は出身の市町村別に細分化された結束が中心で、それらは互いに排他的で独立性が強かった。ちなみに「オキナワ」全体の組織ができるのは戦後を待たなくてはならない。」P390 移民先で、人々がどのような社会組織をつくっていくかは、重要な研究問題である。出身の戦前沖縄ではシマ共同体が中心であったし、一定人口の [続きを読む]
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- 2012/01/31 17:12興味津々の発表が続く 問題発見演習
- 今回も、面白い調査発表が続いた。一覧にしよう。1)今の現代の遊びと昔の遊びの違い2)北中城村観光めぐり企画書3)年代別、携帯に求める機能性4)もし明日地球が終わるなら何を食べたいか? 1)の焦点は、『お金』のあるなしだった。他の受講生から、お金がない時代の昔の若者が、もしお金があったら、どうしたかを調べてみる、というアイデアが出された。 2)地元発見で、観光スポット巡り、物産、癒し体験、宿泊のセ [続きを読む]
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- 2012/01/31 07:02家族の多様化 非婚化における生活単位のありよう 宮本本19
- 前回の続きである。 6) 家族の形の多様化について、本書は以下のように簡潔で要を得た記述をしている。 「結婚しない選択や子どもを持たない選択が可能になっているということは,家族を絶対的なものとはみなさなくなっていることを示している。また,家族内における個人の選択と決定が優先されるようになる傾向(家族の個人化)や,法や制度によって枠付けられた「家族のあるべき姿」が揺らいでいく傾向(家族の脱制度化)が [続きを読む]
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- 2012/01/30 17:10動植物風景4つ クロトン葉もどき 枯れ松伐採 ハーブ ハブ
- このところ寒暖の差が激しい。動植物もいろいろの表情を見せる。1)写真の葉は、クロトンの葉とそっくりだが、実はオオバナアリアケカズラの葉。驚いた。よくあることなのか、今年に限ったことかはわからない。2)隣の森の4本松のうち3本が赤枯れしてから、1〜2年が経過した。先週、その巨大松が伐採された。左端に残った松一本が長寿であることを祈る。3)ベランダの鉢に、ジャスミンマツリカの苗を植えた。玄関脇の木の枝を [続きを読む]
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- 2012/01/30 07:05学校統廃合にあたって必要な検討ポイント
- このところの新聞報道には、学校統廃合がよく登場する。このブログの1月10日記事に書いた県立高校だけでなく、市町村立の小中学校でも、うるま市、そして宮古島市と、かなり大規模な計画が提出されている。 それへの賛否ではなく、そこでの論議、とくに賛否の根拠となる理由がどうなっているのかに注目したいが、それらの伝わり方はイマイチの感じがする。そこで、私が考えるについて列挙する。 1)国家の意思とコミュニティ [続きを読む]
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- 2012/01/29 16:282月5日結婚40周年記念日 何をしようかな
- 40年前の1972年2月5日、東京神田で、私たちは結婚パーティ−をした。いわゆる会費制結婚式だ。1500円会費だったように記憶している。70名余りの方が参加して下さり、それですべてをまかなった。宮古から来た恵美子の母親が、初めてさわる雪に興奮していたのを覚えている。 それから話が急展開し、4月10日に那覇港にダンボール50余箱とともに、当時としては大型船「なは」で到着し、沖縄生活が始まった。お金がすぐになくなり、 [続きを読む]
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- 2012/01/29 07:07移民先での社会運動とアイデンティティ追求 沖縄県史を読む22
- 移民社会のなかで社会運動が展開されたという点で、ハワイ移民は注目される。 「沖縄系移民社会に啓蒙運動が起こり、沖縄系移民の差別、低い社会的地位からの脱却という願望は多くの若者達に共有された。例えば学生による昭和学友会や、「球陽倶楽部」など沖縄人啓蒙を目的とした団体が組織された。(中略) またプランテーション社会の資本主義の矛盾に反応し、沖縄糸移民はデモ活動や労働争議に積極的に参加し、日本人労働者 [続きを読む]
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