uekidojo さん プロフィール

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uekidojoさん: フリーターでも起業できる
ハンドル名uekidojo さん
ブログタイトルフリーターでも起業できる
ブログURLhttp://ameblo.jp/uekidojo/
サイト紹介文世の中、雇う方と、雇われる方の 2つに1つなのに・・ この言葉で人生が変わった。
自由文人材派遣会社をしています。

フリーターから起業してもう、17期目に

入ります。

毎日毎日が不安で何をしたらいいかわからない

フリーター時代から

今は、毎日がやることで充実の毎日です。

同じ生きるなら、人生を充実させたい。

こんな、同志探しをしています。

よろしくお願いします。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供160回 / 365日(平均3.1回/週) - 参加 2008/08/25 09:07

uekidojo さんのブログ記事

  • GW 終わり 明日から、毎日が冒険ですね
  • 明日からまた、起業している人もそうでない人も、毎日が冒険になりますね決まった明日など誰にもないはず毎日が冒険であるように明日からも全力投球で走りたい。毎日、毎日、1日一生のおもいで 頑張っていきましょうね。 [続きを読む]
  • GWに想う
  • GWの中. 普段考えないことを考える時間ができる。ゆっくりゆっくり眺めながら大切な時間をこれから共有する仲間との形を考えるこの平和な国に、すべての国の人に平和が伝染しますように‼? [続きを読む]
  • 起業家と独立者の方に‼?
  • 起業するとか??独立するとか?? 1人で生きるとか?雇われない生き方自分らしい生き方自分を生きる そういうすべての 生き方に通じる独立起業をする人の大学を創りたい。 そう想い 最近、出会う人に多く人に夢を語っている。 夢 亡き者に行動なし。 何歳になってもそういう夢を追いかける人 そういう人をたくさん育てていきたい。 [続きを読む]
  • 起業アカデミー
  • 起業家アカデミー マナビバの インフォメンション会議 石丸君や高橋君が中心になり、勉強会を行っている。 毎日、毎日 多くの方に出会うがそのほとんどが名刺を交換して 終わりである。 勿体ない。人が人とつながる。 そういう 人のご縁を大切にできるアカデミーの理念を しっかり創りたい。 独立起業大学 いよいよ 起業、独立する 人のた [続きを読む]
  • 桂小五郎との出会い9
  • 「坂本さんと申されましたな」小五郎は竜馬の顔を見つめた。もともと思慮深い男なのである。むしろ思慮深過ぎて暗さがあるほどの男だが、このときだけはひどく明るい表情になった。「長州陣地のこと、教えて差し上げます」「昼になりましたな」また竜馬は変なことをいう。「腹が減った。あれなる農家でめしを炊かせましょう。はなしは、それからがいい」その百姓家には気のよさそうな初老の1人が留守していたが桂小五郎と坂本竜馬 [続きを読む]
  • 桂小五郎との出会い8
  • (どうもこういう男は苦手だ)と思ったのは口から出る言葉の一つ一つが人の意表をつくのだが、そのくせ、どの言葉も詭弁のようにみえて浮華では決してない。人をわなにかける言葉でないのである。自分の腹の中でちゃんとぬくもりの出来た言葉だからで、その言葉一つ一つが確信の入った重みがある。黙って聞いているとその言葉の群れが小五郎の耳からこころよいすわりで一つ一つ座ってゆくのである。(これはとほうもない大人物か [続きを読む]
  • 桂小五郎との出会い7
  • 「ところで頼みがある」と竜馬は言った。「どせ諜者だと明かして差し上げたい場、私もただではあなたと別れられない」「どうするのです」この男、また刀を抜くつもりかと、小五郎は表情を硬くしたが、竜馬は大急ぎで手を振って「なに、簡単な事だ。わたしに貴藩の陣地のことなどを教えてくださらんか」「なんと?」小五郎はいよいよ驚き、「私に藩の秘密を明かせというのですか」「早く言えばそうです。そうしてもらえれば私は歩 [続きを読む]
  • 桂小五郎との出会い6
  • 「あなたなら存じ上げていた。わたしは土佐藩坂本竜馬というものです。貴藩の益田越中殿に招かれて剣術試合にまかり越していた」「痛み入る」桂は立ったまま深く頭を下げ、「おゆるしくださいましょうな。存ぜぬとは申せ、藩が招いた方を諜者であると眼違いしておりました」「いや、あやうかった。越中殿は貴殿さえ御仁に立ち返っておればやみやみと土州には勝たせぬと申されていたが、いまのすさまじさをみて、よくわかりました [続きを読む]
  • 桂小五郎との出会い5
  • 桂はすぐに飛びのいて、脇差をぬいたが、竜馬は「待った」と手をあげた。刀を切られた桂よりも竜馬の方があわてている。刀身をすかしてみた。なるほど、剛力で桂の刀を叩ききってしまっただけあって、竜馬の刀もつばもとから3寸ばかりの箇所で歯がざくりと欠け落ちていた。「欠けちょる」大声を上げた。兄の権平が苦情を言う顔が目に見えるようであった。この刀は大小とも権平が竜馬の門出を祝うためにわざわざ土佐で作らせたもの [続きを読む]
  • 桂小五郎との出会い4
  • 「言えんなぁ」竜馬はわざと相手を誘うようにゆっくりと編みがさのひもを解き始めた。誘いに乗って斬りかかってくれば、ぬきうちで斬り捨てるつもりだった。「もう一度問う。今度答えねば、不審のものとして始末する。貴名、貴藩の名を伺いたい」「言えんなぁ」この瞬間桂の編み笠が地上に落ちた。それよりも早く桂の剣が木漏れ日の中できらめき、竜馬の頭上に殺到していた。抜く間もない。竜馬は全身まりのようになって、一間、 [続きを読む]
  • 桂小五郎との出会い3
  • もっとも竜馬の方はこの桂小五郎の名には多少の記憶がある。長州藩家老益田越中が「桂さえおれば」と漏らしたのを耳の底にとどめていたからである。なるほど越中がたのむとおり、桂は、位は桃井、技は千葉、力は斎藤といわれる斎藤弥九郎の神道無念流道場の免許皆伝であり、塾頭であった。桂がおれば、竜馬はああやすやすと勝ち抜きは出来なかっただろう。竜馬は黙って2,3歩さがった。桂は両こぶしを軽くにぎったまま  「申 [続きを読む]
  • 桂小五郎との出会い2
  • 「ごめん」と竜馬は軽く一礼して通り過ぎようとした。背を向けた途端相手は「しばらく」といって立ち上がり、「卒爾ながら伺いたい。この相州の地は長州藩士の地でござる。みだりに他藩士の立ち入り、視察することを大公儀の名によって禁ぜられている。お見受けするところ貴殿は長州藩士ではない」「それがどうしたかな」竜馬も編み笠越しに油断なく相手を見た。この男はおそらく長州藩士で竜馬を他藩の探索者だと思ったのだろう [続きを読む]
  • 桂小五郎との出会い
  • 試合はあっけなく終わった。先鋒の竜馬が、林音吉をもろ手突きで三間も向こうに突き倒した後、長州方はかたくなったのか竜馬1人の剣でバタバタと倒され、大将の佐久間卯吉もつづけざまに面を撃たれて敗退し、土州方九人はついに竹刀をとられずじまいだった。このあと、10組の模範試合があり、長州、土州ともそれぞれ勝敗があった。しかし最初の勝ち抜き試合では土州の圧倒的勝利であり、竜馬の剣名が他藩まで聞こえたのはこの時で [続きを読む]
  • 竜馬20歳17
  • 竜馬は立ち上がった。長州藩の先鋒は、林乙熊であった。両者立ち上がるなり、六間の間合いを取った。竜馬は右上段、乙熊は中段である。さすがに乙熊は長州方の先鋒を務めるだけあって一分のすきもない。乙熊の流儀は神道無念流であった。長州方のほとんどはこの流儀であり、麹町の斉藤弥九郎道場の門弟である。理由があった。数年前、弥九郎の長子新太郎が、江戸の長州屋敷にある道場有備館にやってきて藩士と試合をしたところ、 [続きを読む]
  • 竜馬20歳16
  • 益田越中はうなずいてから苦しい表情で肩をすくめ「桂がおれば当然、大将か先鋒になる。土佐っぽどもは運がよかった。ところで、土佐川の大将はどなたじゃ」「はっ」と男は名簿を取り出して越中の前にひろげ、「鏡心明智流の免許皆伝島村衛吉殿でございまする」「先鋒は?」「北辰一刀流の坂本竜馬どの」「ああ」越中は明るい微笑で遠くを見、やがてその視野の中で、面をつけ始めている竜馬をとらえると、「あの大男。できそうか [続きを読む]
  • 竜馬20歳15
  • 竜馬は内心異様な感じを持った長州陣の自負心は、藩の歴史に原因するものらしい。毛利は薩摩の島津家と同じく、徳川家からもらった封土ではないのである。どちらも600数十年前、源頼朝の家人であった家で、戦国時代に四隣を切り取って領土を広げ、毛利などは一時は中国11か国の大領主であったが、関ヶ原の戦いの敗戦で防長2州37万石に減らされた。徳川家に対して恨みこそあれ、恩はない。独自の気風はそこから生じて来たものだ [続きを読む]
  • 竜馬20歳14
  • 「明朝の試合、楽しみにしています。みなさん、江戸育ちですか」「いや、全部、国もと育ちでござりまする」と島村衛吉が大乗して答えた。「なるほど」若い家老は微笑で見まわし、ふと竜馬の顔に目をとめて「みな、土佐の武士らしく逞しい。かような御様子では明日の試合はこちらも油断が出来ぬ」「いや、御尊家は、毛利元就以来の武勇のお家でござれば、われわれのほうこそゆだんができませぬ」「それがこまったことに、この宮田 [続きを読む]
  • 竜馬20歳13
  • 島村の話によると、益田越中は竜馬より2つ上で、まだ22歳だという。もともと益田氏は長州藩でも名族でしられた家で、戦国以来現在の出雲の益田市付近で勢いをふるった豪族だったが、のちに毛利元就に帰属し、以来、300年毛利家の家来となり、戦いの場合は主家の主力をひきいる侍大将になる。益田越中はこの黒船騒ぎで国元から江戸へ急行し、家職のとおり弱年ながらも長州藩兵の指揮をとっているのだろう。竜馬ら10人はその夜、長 [続きを読む]
  • 竜馬20歳12
  • 竜馬は現地に来てみて、この名も知られぬ漁村に本営をおいた長州藩の益田越中という若い国家老の戦術眼におどろいた。この宮田村はいま神奈川県三浦市にの中に入っているが、道は三方に通じ、横須賀へは山中五里、しかも浦賀と三崎の中間にあり、この三港のいずれに敵が上陸しても、ただちに兵を向けることができる。兵法で言うクチである。「島村さん、あんた年がしらじゃし、長州藩士もようしっちょるから、長州の益田ちゅう家 [続きを読む]
  • 竜馬20歳11
  • 「そこは」と深尾甚内は仔細らしく聞いてみる。「そうなされまする。この竜馬芽をつぶして万一長州兵につかまれば御家が公儀のお咎めを受けるのは必定でござりますぞ」「考えてある」と家老山田八右衛門はいった・「じつは宮田村にある長州陣屋から使いが参り、滞陣中の士気を鼓舞するために剣術試合を催したいと申してきている。土州長州10人を選び抜いて試合をさせる。当然、 竜馬がゆく。その時、試合もかんじんじゃが、長州 [続きを読む]
  • 竜馬20歳10
  • 竜馬も長州藩のうわさは聞いている。元々相州とくに三浦半島は江戸ののどくびにあたる要地であるに、幕府は黒船騒ぎこのかた大名筆頭の彦根井伊家に警備を命じていたのだが今度陣地替えが行われ、井伊を羽田、大森の沿岸に写し、長州藩をして相州をまもらしめることになった。竜馬のきくことろでは長州藩は外様ながらも幕府の信頼の厚さに藩を上げて感激し、家老益田越中を陣地指揮の先手総奉公に任じ、藩士の中でも特に腕の立つ [続きを読む]
  • 竜馬20歳9
  • 竜馬はすぐに笑顔に戻り、「失礼つかまった、痰でござる」「痰とは何ぞ」周りの上士たちは色めきだった。同じ藩士とはいえ、土佐山内では上士を山内侍といい、郷士を長曾我部侍といって差別し、上士たちは郷士を人間のはしとも思っていなかったからただですむ事件ではない。しかし竜馬は落ち着いていた。「昨夜より風邪気味でござりましてな、少々痰がでる。首の根を抑えられた拍子にたんがつまりそうになり、しわぶきを出して痰 [続きを読む]
  • 竜馬20歳8
  • 3月のある日、道場にいた竜馬は組頭の深尾甚内の小屋に呼ばれた。甚内はしょうぎにこしをおろしている。竜馬のような郷士の子は土間にひざまざるをえない。「ご家老がお前を連れて来いとおおせある。すぐに支度しろ」と甚内は命じた。言葉が恐ろしく高圧的である。他藩と比べて、土佐藩程階級のなものが軽格に対して権高な藩はなかった。竜馬は「へっ」と恐縮するべきところであったが、この男の癖で、ただ黙ってニコニコ笑ってい [続きを読む]
  • 竜馬20歳7
  • やはり郷士出身の福富健次は巧みな剣使いだったがこれも血の気の多い男で気に入らぬ上士に稽古をつけるときは相手が打ち込もうとすると「どっこい、そら、どっこい。それはかゆうござる。」と笑いながらぽんぽんとあしらいつつ、頃を見て「それ一つ進上」と猛烈な打ち込みを加える。ところが竜馬は違っていた。腕の未熟な者には面籠手をつけさせずそれぞれ薪一本ずつ与え、「庭で振ってきなさい」というだけである。未熟な者がい [続きを読む]
  • 竜馬20歳6
  • 土佐藩でも江戸づめの人数、兵器だけでは足りず、国もとから毎日のように長柄、小銃、馬印を積んだ荷駄が輸送されてきており、国詰の藩士たちも江戸へ下ってきた。品川屋敷の総司令は江戸詰め家老山田八右衛門で、隊の編成、陣割りなどは主として武田信玄の軍制を範とする北条流軍学によってたてられている。火器も火縄銃が主兵器でしょせん、洋夷に対しては腰間の日本刀をふるって切り込む以外に手のない状態だった。自然、竜馬 [続きを読む]