master さん プロフィール

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masterさん: 港町に生きる:八戸から
ハンドル名master さん
ブログタイトル港町に生きる:八戸から
サイト紹介文青森県八戸市をスナップしています。わりと気合い入れた組写真と気楽なコラムでおもてなし。
自由文八戸市を盛り上げたいなーと思いつつ、のんびり写真と日記で八戸サイトやっとります。数十枚の写真で巡るフォトジャーナルに気合い入れております。
壁紙もありますし、お暇ならどうぞ!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供182回 / 366日(平均3.5回/週) - 参加 2008/09/01 01:01

master さんのブログ記事

  • 灰と緑
  • 港町には灰色がつきものです。石なりコンクリートなり、毎日寄せてくる波に耐える力を持つモノは、たいてい灰色だから。けど、そんな灰色のモノのスキマをめがけるように、草花は種を撒きます。波に石が砕け、コンクリートがゆるみ、わずかでも根を差し込めそうな場所があれば、そこから草花はたくましく体を作り上げるんですね。結果的に出来上がった灰と緑のコントラストは、港町の夏の色合いとして住まう人たちのソウル・カラー [続きを読む]
  • いつだってこうなんだ
  • いつ見たって、この景色なんだもんな。港町の盛りと衰退。燃え上がる雑草と、朽ちていく浜小屋。これが八戸のリアルなんだな。そしてきっと、僕のリアルもこんな感じなんだろう。やっと夏らしくなった風が、胸を抜けてく。(最近多忙を極めていた関係上、しばらく更新がストップしていました。ごめんなさい。こっそりと復活しますので、もしよろしければ、ごひいきに! ペコリ) [続きを読む]
  • 木を育てる会社
  • 八戸市内のとある本屋さん兼文房具屋さんは、中心街にお店を出していて、美しい花をつける一本の木を育てている。本屋さん兼文房具屋さんだから「八戸市民により良い本や文房具を提供する」ことが事業の核だけど、さりげなく僕にとっては「中心街に一本の木を育てている」ことも同じくらい大事だったりする。木を育てる会社、なんて、すてきだと思う。 [続きを読む]
  • 骨太なのは良いことだ
  • じいちゃんが死んで火葬にした時、イトコのおばあちゃんたちが「いやぁ、骨が太い! 最近の火葬は火が強いから、薬漬けで骨がもろくなってしまった人はスカスカになって軽くなっちゃうけど、じいちゃんの骨は太くて重い。立派だ、立派だ」と言っていた。薬漬け云々は正直マユツバだと思うけど、なんとなく心に残る話だった。それ以来、骨太になりたいと思って生きている。掘り出された大木の太く逞しい根を見ると、じいちゃんを思 [続きを読む]
  • 鉄壁の色あい
  • 初夏のこの季節、土の深い黒と新緑の緑の対比は、鉄壁と言いたくなるほどの安定感があるなぁ、と。この色の取り合わせを見せつけられると、もはや土と木に囲まれて暮らす一人のニンゲンとして、もはや服従するしかないような感じになるんです。 [続きを読む]
  • 存在力
  • 八戸ぐらいに田舎になると、1時間に1回くらいの割合で「町が本当に無音になる」時があります。その瞬間、普段は人が牛耳っていた街並みが急に意識を持ち始めるような、人VSモノで人が常勝していた一方的な試合が唐突に逆転するような、根底が覆されるような感覚があります。「ただそこにあるだけの力」とでも呼びたくなるような、存在感ならぬ「存在力」のようなものが、古い街並みから吹き出してくる瞬間が、あるのです。 [続きを読む]
  • 今日も休む日
  • うみねこさんたちは、お腹いっぱいになったら休むものです。子育ての時こそスゴイ頑張りようですけど、それ以外の時はのーんびり休んでるのが、うみねこさんです。そういう意味では、なんとなくネコに似てる感じもします。気まぐれというか、自由奔放というか。この時期、大抵のうみねこさんたちは子育てに追われますが、中にはツガイになれなかったり、なんとなく気分が乗らなかったり、若すぎたり年老いたりで「ひと夏まるまるバ [続きを読む]
  • 困った春の話
  • 粗大ゴミが捨ててあるんですけど、それを上回る春らしさのおかげで穏やかな気持ちにすらなれます。こんな光景は小さな頃から町のあちこちで見てきましたから、捨てられた自転車も「環境を破壊するダメなもの」というよりも「田舎のあるあるネタ的なもの」として見てしまいます。それが一般的な良識ではよろしくない心持ちであることも分かるのですが、どうしてもそう感じてしまうのです。田舎は都会よりも変化する力が乏しいと思い [続きを読む]
  • 気が抜けた
  • 仕事の合間にブログ用の写真を選んでいたんですが、この写真のあまりの穏やかさに気が抜けてしまいました。気ーが抜ーけーた(変な節回し付きで)。 [続きを読む]
  • うみねことショートケーキ
  • 先日、地震後にはじめて蕪島を少し見ました。うみねこさんたちは元気に飛び回っていて頼もしかったんですが、地震の影響でしょうか、トイレが地面に陥没してしまっていました。例えるなら、イチゴのショートケーキ。トイレの建物自体がイチゴのように斜めって、地面に半分ほど沈み込んでしまっています。これではトイレは使えません。というわけで、皆様におかれましても、蕪島に行かれる際には、事前にトイレを済ませておいてくだ [続きを読む]
  • 青森は冷たい森
  • 冷ややかさと暖かさがせめぎ合いながら、少しずつ春は湿った土の中に染みこんでいきます。土の匂いは朗らかな生気に満ちているような、人を寄せ付けないようなカビ臭さのような、その中間のような。きっと森も迷っているのではないかと感じます、僕だって毎日服を選ぶのも苦労しながら、少しずつ体を季節に慣れさせていってますから。森はまだ冷えが残っていながらも、その先は明るいようです。急に話は変わりますけど、青森県の「 [続きを読む]
  • 光を貯める
  • さっきまで晴れていた午後、急に雲がかかる。暗く沈む遠望、でも手前の花や若葉が自ら光り輝いているように明るく揺れている。さっきまで晴れの間に光を貯めていたのかもしれない。もしくは、僕が「もう一度光が差してくれないかな、晴れてくれないかな」とでも言うような何かしらの期待のような気持ちを花や若葉に対して持っていて、そんな感情が思い込みを生じさせて花や若葉を光って見えさせているのかもしれない。いずれにせよ [続きを読む]
  • タイムスリップ・バス
  • バスが気持ち良い季節は春じゃなかろうか? 夕暮れも少し白々しいぐらいにキレイだから、午後が良い。奥行き方向に細長いバスの空間はトンネルみたいで、その先の景色を見ながら揺られていると、タイムスリップしそうな気持ちになる。そんなフワフワした感じも、春ならではだ。 [続きを読む]
  • 長い時間と言葉と景色と僕
  • 長い時間で造り上げられた、この景色。一言に「長い時間」と口にしても、その中にはいろんな人の人生だったり、晴天や豪雨だったり、暑さや寒さだったり、密やかに暮らす生き物だったり、それこそ様々な要素があります。関係者と表現しても良いかもしれません。ぼくらが目にしている光景は、どんな光景であっても宇宙のはじまりからの帰結です。宇宙の年齢は137.2億年(誤差は1.2億程度)と言われていますから、すごく長い [続きを読む]
  • ぼんやりしなよ
  • 「ぼんやりしなよ」って言われた気分になるんだよなぁ、蕪島の春って。「この穏やかさを、なぜ素直に受け入れられないんだ」みたいな。そういう時の僕は、時間をかけてゆっくり明瞭な意識から「ぼんやり」へと移行していくようにしています。海と言えば夏! って感じが一般的にはしますけど、港町八戸出身の僕としては「海は春」説を唱えたい。海の色に微かに緑が混じって、うみねこといっしょにぼんやり感じる、海の春。(写真は [続きを読む]
  • 切り分けない風景
  • いつまでもなだらかに変化していく夕暮れは、きっとその滑らかな夕闇のグラデーションがあまりに精密だから、完全な暗闇なんて無いんじゃないかと思わせます。都会はイルミネーションの有無で昼と夜が切り分けられる感じがするけれど、田舎の夕暮れはもっと相対的で、両義的で、迷ってしまいます。夕暮れ...それと、朝焼けも。二元論的な昼と夜の間に、僕らにはどちらにも分けられない朝夕という時間帯があるんですね。じゃあ、昼 [続きを読む]
  • 春が坂を流れていくと
  • 「春が坂を流れていくと、たんぽぽが咲きます。」という文章を現実にしたような景色。坂道と春は似合うなー、春という季節自体が、冬から夏への傾きというか変化というか、そんな概念を司る季節だとすれば、坂道とも似合って当然かも。 [続きを読む]
  • 静かで不穏な春の公園
  • とても静かなのに、なんだか不穏な空気が漂っている公園でした。桜にはどこから狂乱じみたものがあるという話はよく文学なんかに出てきますけど、ちょっと分かる気がします。だからこそこの景色には、何かしら桜のせいで居心地が悪いような、ルールが1つ消されてしまったかのようなザワついたものがあるように感じます。花曇りの4月の末、僕はなんか落ち着かず、ポケットの中の縫い目のほつれを意味もなく指先で挟んだり引っ張っ [続きを読む]
  • 精緻な準備
  • これだけ無数の枝のすべてに春の息吹をたっぷり吸い込んだ温かい水が満ちていて、葉を茂らせる日を今やと待ち構えているっていうんだから、どれだけ精緻な準備をしているんだろうなぁ自然は。 [続きを読む]
  • 風を、そっと分けて
  • 春は温かいので、バスの中の温度と外の温度が同じように感じます。冬は寒いので、バスの中と外は運命的な隔たりのようなものがありましたが、今はそんなものありません。春にぽっかりと浮かんでいる巨大な空気のカタマリを、平べったくて真四角な頭をしたバスがそっと押し分けながら、海辺を走ります。風が揺れて、肘をついて窓の外を眺める僕の耳を打ちます。 [続きを読む]
  • 土が消える日
  • 草が生えると、土が消えます。視界から、消えます。植物が絶えた後には、乾いた土ばかり。その上に雪が積もり、白と茶色しかない季節が出来上がる冬を越えた今、土もみずみずしく草花の成長を下から押し上げているかのように生命力にあふれています。そんな風に、土は草花を太い腕で持ち上げながら、視界から消えていくのです。 [続きを読む]
  • 羽ばたくだけ
  • うーん、まだ海のそばに行くことに、躊躇してしまうのです。地震から、僕は一度も八戸の海を見ていません。けど、論理的な理由は無いですけど、うみねこたちは今日も凛々しくたくましく生きているんじゃないかと想像します。彼らはただ、海風に羽ばたくだけ。僕はその潔さに惚れているようなところがあります。 [続きを読む]
  • アスファルトの季節
  • 戦後の高度経済成長期に爆発的成長を遂げた港町八戸においては、アスファルトの地面すらアンティークの趣きです。雪が溶け、ぬかるみも消えたこの春の季節、しっぱね(靴のかかとからズボンに跳ね上がる泥水)の心配もなくなった僕らには、街並みや地面をのんびりと眺めながら歩ける余裕が手に入ります。そんな心持ちでアスファルトを眺めると、ゆったりと波打ちながらバスのタイヤを受け止めている道路も、妙に情感的です。小石を [続きを読む]
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