やまびこ さん プロフィール

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やまびこさん: 富士の山ちゃんの日記
ハンドル名やまびこ さん
ブログタイトル富士の山ちゃんの日記
ブログURLhttp://iwadeiwade.blog95.fc2.com/
サイト紹介文新聞社をリタイア、今は農業見習。傍ら、ロータリーやユネスコの活動などボランティアで何とか奮闘!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供170回 / 365日(平均3.3回/週) - 参加 2008/09/03 15:30

やまびこ さんのブログ記事

  • あっ、赤とんぼが・・・
  •  地図で見る限り、山梨県は日本列島のど真ん中だ。少なくとも私はそう思っている。山に囲まれた海なし県。それゆえに冬は乾燥し、夏は湿度が高く、蒸し暑い。内陸地方特有の気象なのだ。今は田舎暮らしになって、幾分、過ごし易いが、なべ底のような盆地の底・甲府に住んでいた時分は、夏場の夜など寝苦しくて眠れたものではなかった。今住んでいる山梨市とは標高が200mは違うだろうし、第一、緑の量も家並みの空間も違う。 [続きを読む]
  • 運命の泣き別れ
  •  馬の背を分けるという。この時期、夕立などに見られる現象だ。今、ここでは降っていないのに、すぐ先は雨。その逆もある。もちろん夏の時期ばかりではない。雨が落ちていないところは日が差しているから、「お天気雨」などともいう。山の稜線でも≪馬の背を分ける≫ことがある。あちら側は雨でもこちらは晴れ。やがて一帯が雨雲に覆われることも。  「じゃあ〜、あばよ」。一緒に仲良く落ちてきた雨粒は、山の稜線を境に一方 [続きを読む]
  • 月下美人と女房
  •  「お母さんは間違いなく長生きするよなあ・・・」 いつものように居間で晩酌をしながら、夕餉の支度をする女房をからかうように言ったら、キョトンとしながらも、からかわれたことに腹を立てたのか、ちょっぴりオカンムリ。 「お父さん、急に何をおっしゃるんですか。人をバカにするようなことを言わないでくださいよ」 「そうだろう、美人薄命と言う言葉、知ってるか?」 そこまで言ったら女房は「私はブスと言うことです [続きを読む]
  • 人間ドックのトラウマ
  •  人間ドックは毎年欠かさず受けている。現役時代は会社の厚生担当が否応なくスケジュールを組み、ドック入りを促すので、いわば待ったなし。職場をリタイアした後も年に一度のドック入りは守っている。現役時代は会社の同僚達と一緒だったが,今は女房と一緒。「お父さん、いつが、都合がいいですか?」。女房が我が家の厚生部長。みんな段取ってくれるのだ。  病院は甲府市内。今は娘夫婦に譲ったが、現役時代住まいしてい [続きを読む]
  • 内視鏡とアニサキス
  •  人間ドック、内視鏡、病院。こんなキーワードを耳にした時、私は必ず、と言っていいほど、ヘンな体験を思い出す。もう何年も前のことだ。甲府市内のある社会保険病院で、人間ドックを受診した時のことである。いつものように手術台のような硬いベッドに横になり、黒い管の胃カメラを飲み込んでゲエ〜、ゲエ〜しながら脂汗を掻いている時だった。  「あれ困ったわ。コレなあ〜に。これなあ〜に。いやだ〜」  私の検査を担当し [続きを読む]
  • 珍味のうるか
  •  もう何年ぐらい前になるだろうか。鮎釣りが三度のメシより好き、という割烹料理店のオヤジがいた。甲府市の中心街に程近い所で店を構えていたのだが、世間が「釣りキチ」というほど、時には仕事そっちのけの釣り三昧。「釣りキチ」といっても、なぜか鮎しかやらない。夏場だけで、山女も岩魚も見向きもしないのだ。  「うちのダンナ、少し叱ってやってくださいよ」  そこの女将がよく言った。釣り三昧を責めているのではない [続きを読む]
  • 遊びの文化
  •  「買う」方は力不足で、からっきしダメだったが、残る「飲む」「打つ」はそこそこやった。人並み以上かもしれない。もちろん、人並みがどのあたりかは物差しがないが、自分ではそう思っているのだ。その感想?あまり、褒められたものではないし、今にして思えば、そんなお金があったらもっと違うところに使ったら・・・、といくばくかは後悔している。恐らく、家一軒ぐらいは建っただろう。  今はそんな言葉は死語になりつつあ [続きを読む]
  • 暑中見舞いの文化
  •  一葉の暑中見舞いが舞い込んだ。「暑中お見舞い申し上げます」。なんの変わりばえのしない文面だが、「明けましておめでとうございます」の年賀状と同じように、なぜかその季節を感じさせる不思議な魔力を持っている。暑〜い夏の到来をいやがうえにも髣髴とさせ、その反対に一抹の涼をも運んでくれる。年賀状からもう半年以上。一方で月日の経つのが早いことを実感させられたりもする。  暑中見舞いの送り主は、ロータリーク [続きを読む]
  • 入道雲と百日紅
  •  山梨県、とりわけ甲府盆地は周囲を山に囲まれている。だから「盆地」と言うのだろうが、富士山や南アルプスの前衛の山々の上に入道雲が。梅雨が明けて、それまでの空がウソだったように、でっかい青空が広がり、その空を蹂躙するように発生する入道雲は迫力がある。入道雲とはよく言ったものだ。ぼこぼこした坊主頭を連想するし、食いしん坊の子供なら綿菓子を思い起こすかもしれない。  入道雲は夏の象徴だ。その夏の空の下 [続きを読む]
  • メタボ人間とビール
  •  「お父さん、昼間から、飲むの、止めたら・・・」 山梨県地方もここ連日、30度を超す猛暑続きだ。畑仕事から帰り、汗びっしょりの身体をシャワーで流し、昼飯を食う。その前のビール一杯がなんと旨いことか。サラリーマン時代、会社帰りによく行ったビヤガーデンの生ビールよりはるかに旨い。当然のことながら、夜も飲むのだから、昼間は飲まない方がいいに決まっている。  仕方がなくやる農作業の一方で、頭の隅では「汗を [続きを読む]
  • メイドイン外国
  •  ロータリークラブの早朝例会で、メンバーの一人がこんな話をした。 「早起きは3文の得、と言う言葉がありますが、その通りなんです。朝一番の陽を浴びると、人間、健康にいいんです。特に、メタボ人間には最適なのです」  私たちの山梨ロータリークラブは、毎週1回の例会は昼休みの時間、つまり午後零時半から1時半までの1時間を原則にしているが、夏の時期だと午前6時半からの早朝例会、冬場だと午後6時半からの夜間例会を年 [続きを読む]
  • 花火の臨場感
  •  「わあ〜、綺麗・・・」 大人も子供も、男も女も口をあんぐり開けて夜空を眺める。そう、花火だ。この時期、各地で繰り広げられる花火大会は、夏の夜の風物詩である。7月25日。居間のテレビは、毎年恒例の東京・隅田川の花火大会を中継していた。スケールもでっかい。  あの「桃太郎侍」で人気者だった高橋英樹や若く綺麗な局アナが浴衣姿で、花火を解説していた。コンクール方式をとっているようで、参加花火店が腕前を競う自 [続きを読む]
  • 野麦峠の感慨
  •  どこから聞こえてくるのかウグイスの鳴き声が。標高1672m。夏といってもそこの空気はひんやりしていた。峠道の脇の杉木立では、可愛らしい一匹の小猿がくりくりした目で、愛嬌たっぷりにこちらを見ていた。  野麦峠。長野県松本市と岐阜県高山市の境に位置する。山本茂美の小説「ああ野麦峠」の舞台になった所だ。昭和54年、山本薩夫監督が確か大竹しのぶを主演女優として映画化、多くの人達に感動を与えた。  小説「あ [続きを読む]
  • 一匹のハエ
  •  暑い。汗びっしょりになって野良から帰ったら、かみさんと娘がなにやら大騒ぎしているのだ。それほど広くもない茶の間をうちわ片手に飛び回っているのである。部屋の中は程よく冷房が効いている。  「お前達、何やってるんだ?」  「ハエよ、ハエ・・・」  「たかがハエ一匹。大騒ぎすること、ないじゃあないか」  「だって汚いじゃあない・・・」  見れば大きなハエが一匹。むきになって追い回す二人をあざ笑うように右に [続きを読む]
  • 瓢箪の芸術
  •  土曜日の昼下がり。野良から戻って、昼飯を食いながら観るともなくテレビを見ていたら、NHKの大河ドラマ「天地人」をやっていた。前の週の日曜日の再放送だった。そこに登場していたのは、もちろん主人公の直江兼続。大坂城での、時の天下人・豊臣秀吉とのやり取りが大写しにされていた。  その豊臣秀吉を見ながら、なぜか、ある人の顔を思い出していた。この人は山梨県ひょうたん愛好会の副会長をされている方で、それは見事 [続きを読む]
  • 蛍の復活
  •    ホタルが姿を消し始めたのは昭和30年代だった。わが国が「戦後」に別れを告げ、高度成長期へと突っ走り始めた頃と符節を合わせた。私たちの田舎、山梨県の峡東地方では他の地域に先駆けて葡萄や桃の産地化が始まった頃だ。それまでの米麦、養蚕の農業形態からある意味、革命的とも言える転換だったa。それまでの水田や桑畑はあっという間に姿を消し、その跡に果樹園が広がった。  果樹栽培には病害虫を駆除するための消毒が [続きを読む]
  • 蛍狩りとガキ大将
  •  「ほ〜ほ〜ホタル来い あっちの水は苦いぞ こっちの水は甘いぞ・・・」 この時期になると、周りの田圃は田植えが済んで、夕方ともなればこの青田からは蛙の鳴き声が・・・。そして夜の帳が下りると、一帯にはホタルが舞った。  子供たちは小さなホタルかごを片手に田圃のあぜ道や小川の淵を飛び回った。浴衣などといったカッコいいものではなかったが、着物姿。もちろん、田舎の夜道に街灯なんかありっこない。あるとすれば [続きを読む]
  • 仲間の死
  •  親しい仲間が逝った。享年69歳。癌だった。手術と入退院を繰り返しながら癌と闘った。必死だっただろう。桃や葡萄など広い果樹園も一部を人に委ね、栽培面積を縮小した。行く末を案じたのだろう。それがまた痛々しい。それでも暗い顔は微塵も見せずに畑にも出、仲間たちとも明るく振舞った。  そんな人柄の男だったから、地元にいる特に同級生達は、入院中も自らの仕事の合間を縫って農作業を補った。「うちのことなんか、心 [続きを読む]
  • あがりの茶碗
  •  15日間にわたった船の旅(大西洋―カリブ海―パナマ運河―太平洋クルーズ)を終えて一旦ハワイに戻り、日本に戻ったのはそれから一週間後だった。飛行機も混むし、第一、航空運賃が割高になるゴールデンウィークを避けたからだ。 食べ物も農作業も現実の生活が待っていたのだが、そんな山梨の片田舎に、ハワイから小さな小包が届いた。中にはなんと寿司屋さんであがりを飲む湯飲み茶碗が。ホノルルの官庁街に程近いところにあ [続きを読む]
  • ハワイの寿司屋
  •  「やあ〜、お久しぶりですねえ。一年ぶりですかねえ。今回はどちらに?・・・。まあ、お座りになってくださいよ。旨いヤツ、握りますから・・・」 鍵型に15人ぐらいは座れるカウンターには5、6人の白人や日系人らしいお客が座っていた。私達夫婦の顔を見るなり、まるで古くからの客のように、この寿司屋の大将は満面に笑みを浮かべながら迎えた。寿司屋の大将は、日本ならねじりハチマキが似合うのだが、ここはハワイ。白ずくめ [続きを読む]
  • 食料の供給基地
  •  「お父さん、あれなあに・・・」15日間にわたった船旅の最終日の朝、いつもの朝と同じように12階にあるビッフェで朝食を摂っていた。女房はフォークとナイフを持ちながら、目で窓の外を差した。そこには、ただ青い空と海だけで、何もなかったはずなのに、いつのまにか港の風景が。速度を落として滑るように動く窓には貨物船や林のような大小のクレーンが写っていた。船旅のゴール・ロス・アンゼルスに着いたのだ。  ロス・アン [続きを読む]
  • 梅雨と紫陽花
  •  雨には紫陽花が良く似合う。雨というより梅雨と言った方がいいかもしれない。我が家の紫陽花は今が見ごろ。植え込みのあっちこっちで花を咲かせている。直径20cmを超すような大きなものもあれば、ひと回りもふた回りも小さいものも。白っぽい花がやがて青く、また紫にも変わる。紫陽花とはよく言ったものだ。その表情は、その時々、見事に変化する。梅雨の合間、夏の日差しを浴びれば、いっそう爽やかに、雨に打たれれば [続きを読む]
  • 俺はやっぱり日本人
  •  人間というヤツは我がままというか、贅沢なものだ。「お父さん、やっぱりお茶漬けや味噌汁がいいね。ステーキやロブスターなんかもういいよ。わたしゃあ、温かいご飯にお新香だけだっていいさ」 弥次さん、喜多さんではないが、女房と二人、外国人ばかりの船に乗って、一週間ぐらい経った頃だろうか、女房は私に向かってしみじみと言った。アメリカの最南端フロリダ州のマイアミを出て大西洋からカリブ海、パナマ運河を経て、 [続きを読む]
  • 異国の文化
  •  よく考えてみれば、異国の文化などというものはそのまま伝わったり、そのまま受け入れられるものではないのだ。今度のアメリカ旅行中、あっちこっちで見たり、接した日本の文化は、一見へんてこりんに、見ようによってはものの見事にアレンジされて、人々の間に、何事もなげに息づいていた。食の文化もしかり、風俗や習慣もしかりだ。言葉だってそうかも知れない。  確かに寿司は日本生まれだ。だからといって、そのシャリはサ [続きを読む]
  • 文化とは何だ?
  •  何かヘンだ。外国人から見た日本の文化とは一体なんだ、とつくづく思った。実際とみんな何かちぐはぐなのだ。15日間の大西洋―カリブ海―パナマ―太平洋クルーズを中心にした約1ヶ月のアメリカ旅行で、そんな場面に度々出っくわした。 例えば、今度の旅のメーンとなった船の中。インフォーメーションカウンターやロビーがある7階には「スシバー」(SUSHI BAR)がある。その隣には「鉄板焼きバー」(TETSUPANYAKI BAR)が。鉄 [続きを読む]