峡陽文庫 さん プロフィール

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峡陽文庫さん: 峡陽文庫
ハンドル名峡陽文庫 さん
ブログタイトル峡陽文庫
ブログURLhttp://kaz794889.exblog.jp/
サイト紹介文山梨の郷土史あれこれ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供25回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2008/09/28 16:38

峡陽文庫 さんのブログ記事

  • 没後100年 野口小蘋 展
  • 【『没後100年 野口小蘋』展のパンフレット】 本年は大正6年2月17日に71歳で亡くなった、野口小蘋(のぐち しょうひん)の没後100年にあたる年である。 甲府柳町の造り酒屋である十一屋、野口正章との結婚を機に、甲府で一時期を過ごしたことなどから、山梨ゆかりの南画家として知られている。 山梨県立美術館は昭和53年11月3日の開館以来、『明治の才媛 南画 野口小蘋展』(昭和57年6月5... [続きを読む]
  • 村松新道と村松醤油店
  • 【東方向からの村松新道入口】  城東バイパスの延長に伴う道路の取り付け工事により、既に消滅している、村松新道の遊亀通り側からの入口である。 ※ 村松新道に関する由来の詳細は、『村松新道と村松甚蔵』を参照   http://kaz794889.exblog.jp/22881272/   【村松新道東側入路附近】  村松正三が経営した醤油、味... [続きを読む]
  • 甲府城 数寄屋曲輪
  • 【舞鶴公園(甲府名所)】 甲府城跡の自由広場(鍛冶曲輪)から見た、大正後期から昭和初期における数寄屋曲輪の景観である。 写真の左に建つ洋館は、当時公会堂として使用されていた機山館であるが、曲輪への石段左側に四阿やその脇の門も含め、現在は残されていない。【現在の同位置】 平成2年からの舞鶴城公園整備事業により整備された、上記写真の現在の景観である。... [続きを読む]
  • 徳栄山 妙法寺 総門
  • 【小室山 妙法寺 総門】 南巨摩郡富士川町小室の日蓮宗寺院である徳栄山妙法寺は、役行者により仁王山護国院金胎寺として開山された真言宗寺院であったが、文永11年(1274年)に住持の恵頂が日蓮との法論に破れて日蓮宗に改宗し、その際に寺号を日蓮が銘した徳栄山妙法寺としている。 恵頂は鞍馬山で修験道を修め、東国33国の山伏の頭領となった人物といわれ、改宗とともに日伝と改めている。 妙法寺は... [続きを読む]
  • 山梨県庁旧館三階からの景観
  • 【旧県庁舎三階北側の景観】 「昭和5年12月20日 午後二時 快晴 県庁舎三階ヨリ議事堂附近ヲ望ム」と記録された、県庁旧館三階から北側、甲府駅方面を写した写真である。 撮影位置と撮影方向のイメージは、後記の山梨県庁舎配置図のとおりである。 山梨県庁旧館は、昭和2年10月1日に起工、同5年3月31日に山梨県庁舎として竣工しており、現在は山梨県議会議事堂とともに山梨県指定の文化財として... [続きを読む]
  • 第十銀行 営業案内
  • 【株式会社 第十銀行 営業案内】 山梨中央銀行の前身である第十銀行は、銀行類似会社である「興益社」として明治7年6月1日に開業し、その後明治10年4月15日に第十国立銀行として営業を開始した後、「国立銀行満期前特別処分法」に基づき、明治30年1月1日に株式会社第十銀行として営業を開始している。 写真は、明治34年4月28日に本店営業室の大改修が完了した後に、顧客に対して配布された「株式... [続きを読む]
  • 旧妙法神堂境内の石造物
  • 【旧妙法神堂境内の石造物】 旧増穂町と旧鰍沢町の境となる戸川に架かる戸川橋の南側、国道線から小室山妙法寺に通ずる小室路の分岐点脇にある、道路から数段高い石積みの植え込みに、何基かの石造物が建てられている。【遠忌塔】 植え込みの中央に建つ正面中央に「南無妙法蓮華経」と刻まれた塔本体の高さ3.4m、幅2.1m、台座を含め4.4mの石塔は、文政12年10... [続きを読む]
  • 「近代鰍沢教育発祥之地」碑と鰍沢学校
  • 【蓮華寺境内の「近代鰍沢教育発祥之地」碑と副碑】 「近代鰍沢教育発祥之地」碑は、南巨摩郡富士川町の日蓮宗蓮華寺境内に平成11年3月に建立されている。 同碑の左側に建つ副碑「公立鰍沢学校」には、「この地に公立鰍沢学校が創設され近代鰍沢の教育がここに始まりました」と刻まれている。 鰍沢学校の創立は明治7年11月1日(現在の富士川町立鰍沢小学校のHPは明治6年2月1日としている。)に、日蓮... [続きを読む]
  • 穂積村 妙法寺の忠魂碑
  • 【妙法寺境内の忠魂碑】 南巨摩郡富士川町の妙法寺境内の忠魂碑である。 忠魂碑表面には「忠魂碑」の文字と、その揮毫者である「元帥子爵 川村景昭 書」の文字が刻まれている。 また、背面には「大正十四年十一月 帝国在郷軍人会 穂積村分会」と建設年等が刻まれている。 ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日... [続きを読む]
  • 鰍沢警察署 旧庁舎
  • 【鰍沢警察署新築記念 大正十一年九月三十日撮影】 山梨県内における警察署の前身は明治6年3月に山梨県庁内に置かれた取締掛の出張所として同年8月に、山梨県内16か所に設置された取締出張所である。(鰍沢取締出張所は鰍沢村の日蓮宗蓮華寺に置かれている。) ※ 16か所の取締出張所   甲府・八日町、山梨郡・勝沼、八幡、八代郡・市部、浅利、市川   大門、巨摩郡・鰍沢、西条、古市場、河原部、... [続きを読む]
  • 平等村・上万力村組合村 同組合村役場の忠魂碑 
  • 【平等村・上万力村組合村旧役場跡内の忠魂碑】 山梨市落合の平等村・上万力村組合村旧役場跡内の忠魂碑である。 忠魂碑表面には「忠魂碑」の文字と、その揮毫者である「陸軍中将 田中儀一書」の文字が刻まれている。 また、背面には「大正六年十月建設 帝国在郷軍人会 平等村 上万力村組合分会」と建設年等が刻まれている。 ブログをご覧いただきありがとうございま... [続きを読む]
  • 山縣大弐を歩く 10【鰍門早発詩碑】
  • 【鰍門早発詩碑】 鰍門遥向駿河通 急峡長難見鬼工 目送千山皆北送 扁舟早巳到南中  「 鰍門(しゅうもん)遥かに駿河に向って通ず、   急峡長難(きゅうきょうちょうなん)鬼工   (きこう)を見る。目送す千山皆北に送るを、   扁舟(へんしゅう)早く巳(すで)に南中に   到る。」  右録 柳荘山縣大弐先生 鰍門早発之詩 梧邨 広瀬和育 江戸在住の山縣大弐は宝暦3年の夏、... [続きを読む]
  • 旧鰍沢青柳電報電話局庁舎
  • 【旧鰍沢青柳電報電話局庁舎】 昭和24年6月1日、逓信省が郵政省、電気通信省の二省に分離され、電気通信事業は電気通信省の所管となり、同省発足とともに新たな組織機構として山梨県内には山梨電気通信部、同部の監督機関であり、取扱局(電話局、電報局)を直接指揮監督する電気通信管理所(甲府及び吉田に設置)、取扱局(甲府電報局、甲府電話局、小井川無人局、吉田電報電話局)が置かれることとなった。 ... [続きを読む]
  • 向嶽寺 仏殿
  • 【塩山 向嶽寺仏殿】 甲州市塩山上於曽の向嶽寺は臨済宗向嶽寺派の大本山である。 永和4年に甲州市塩山上竹森の地に草庵を結んだ後、2年後の康暦2年に恵光大円禅師 抜隊得勝(ばっすいとくしょう)により現在の地に向嶽庵として創建されている。 武田家歴代の厚い保護を受け、武田家滅亡後には一時衰退したものの、徳川家康によって復興がなされたという。 天明6年の大火により仏殿以下の堂宇が焼失後、文... [続きを読む]
  • 猿橋記碑
  • 【猿橋畔の猿橋記碑】 大月市猿橋町の猿橋畔に建つ猿橋記碑である。 猿橋は古くから、周防の錦帯橋、木曽の懸橋とならぶ日本三奇橋の一つとして伝えられており、こうした猿橋の由来が刻まれている石碑が猿橋記碑であり、その碑文によれば、今から260年前の宝暦5年10月に猿橋記碑は建立されている。【明治後期の猿橋記碑】【猿橋記碑の碑文】... [続きを読む]
  • 石和町 遠妙寺の忠魂碑
  • 【遠妙寺境内の忠魂碑】 笛吹市石和町市部の遠妙寺境内の忠魂碑である。 忠魂碑表面には「忠魂碑」の文字と、その揮毫者である「陸軍大将 子爵 川村景明書」の文字が刻まれている。 また、背面には「大正二年十二月 帝国在郷軍人会 石和町分会」と建設年等が刻まれている。 ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度... [続きを読む]
  • 御嶽公会堂(旧金櫻神社参籠所)
  • 【御嶽公会堂 正面】  金桜神社の門前に建つ御嶽公会堂が、平成28年7月15日に文化審議会から文部科学大臣に対し、登録有形文化財に登録するよう答申された。  門前正面に建つ公会堂は、その外観などから金桜神社門前の景観に合わせた建物であり、金桜神社の焼失前、現在以上に門前町の景観が残されていた当時の名残りを残す数少ない建造物のひとつである。【御嶽公会堂... [続きを読む]
  • 富士見村 佐久神社の忠魂碑
  • 【佐久神社境内の忠魂碑】 笛吹市石和町河内の佐久神社境内の忠魂碑である。 忠魂碑表面には「忠魂碑」の文字と、その揮毫者である「陸軍大将一戸兵衛書」の文字が刻まれている。 また、背面には「昭和三年十二月建為 帝国在郷軍人会 冨士見分会」と建設年等が刻まれている。   ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の... [続きを読む]
  • 旧北都留郡甲斐絹同業組合本部
  • 【北都留郡甲斐絹同業組合本部】 北都留郡甲斐絹同業組合は明治29年2月に設立が許可された北都留郡甲斐絹業組合を前身とし、明治37年9月には同組合が改組され新たに「北都留郡甲斐絹同業組合」として設立されている。 北都留郡甲斐絹同業組合には廣里村(昭和8年4月1日に大月町となり、現在は大月市)、七保村、富浜村、初狩村などに検査出張所が置かれていた。 同組合廣里検査出張所は、その後の新築移転... [続きを読む]
  • 津島家寄託 太宰治資料展Ⅱ
  • 【太宰治資料展Ⅱ パンフレット】  平成26年8月に、太宰治の資料約50点が、津島家から三鷹市に寄託され、昨年の6月13日から28日まで、「津島家寄託 太宰治資料展」として、三鷹駅前の三鷹市美術ギャラリーにおいて開催されている。[平成27年6月開催の太宰治資料展] http://kaz794889.exblog.jp/24136455/ 本年も、昨年度開催された同展における未公開... [続きを読む]
  • 岡部村 山梨岡神社の忠魂碑
  • 【山梨岡神社境内の忠魂碑】 笛吹市春日居町鎮目の山梨岡神社境内の忠魂碑である。 神社の背後にある御室山(みむろさん)を背に建つ忠魂碑表面には、「忠魂碑」の文字と、その揮毫者である「安正」の文字が刻まれているが、裏面には何も刻まれていないため、忠魂碑本体によっては、その建設年等を確認することはできないが、これまで確認した忠魂碑の例に倣えば、「帝国在郷軍人会岡部村分会」により建設されたものと... [続きを読む]
  • 戦時期の山梨 20「衣料切符入」
  • 【松林軒百貨店発行の衣料切符入(左:表面・右:裏面)】 昭和17年1月20日に公布された「繊維製品配給消費統制規則」に基づき、同年2月1日から衣料切符制が実施されている。  [衣料切符制度の概要は下記を参照願います] 「戦時期の山梨 8「衣料切符制」」  http://kaz794889.exblog.jp/17639402/ 衣料切符制は、戦争によって供給量の減少した繊維製品... [続きを読む]
  • 山梨毎日新聞
  • 【山梨毎日新聞】 山梨毎日新聞は、明治41年4月21日に創刊した日刊紙である。 発行元は山梨毎日新聞社であり、辻秀造(明治9年7月30日〜大正5年2月24日)により創刊されている。 辻は明治35年頃、明治33年2月11日に創刊された「山梨時報」に配達夫として入社し、その後、東京の各新聞社が発行する数種の新聞の取扱店を開き、甲信地域の一手販売軒を掌握している。 甲府市工町で山梨毎日新聞... [続きを読む]
  • 甲府の観光土産品 おかいこ人形
  • 【甲府 土産品のしおり】 甲府土産品協会が昭和20年代末頃に発行した「甲府 土産品のしおり」である。 甲府土産品協会が務めて良い土産品を提供するために推奨制度を設け、優良土産品には推奨マークを添付して販売していること。また、甲府駅前、湯村温泉、御嶽昇仙峡における、そうした推奨土産品の販売店を案内している。 昭和25年10月の毎日新聞社主催の全国観光地百選において、御嶽昇仙峡が渓谷の部... [続きを読む]
  • 森島弥十郎の墓
  • 【森島弥十郎の墓】 森島弥十郎は宝暦11年に都留郡谷村の絹問屋「島屋」を営む森島利八の嫡男として生まれ、諱を基進(きしん)、字を子与(しよ)、桂園(けいえん)と号している。 弥十郎は好学の人物であり、安永7年、18歳の年に父に請うて江戸に遊学し、大学頭林家の門に入り昌平黌において、大学頭林述斎をはじめとしたすぐれた学者について儒学や諸子の学問を究め、同門には市河米庵、雲室了軌などがいた... [続きを読む]