四十路 さん プロフィール

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四十路さん: 四十路直前日記?
ハンドル名四十路 さん
ブログタイトル四十路直前日記?
ブログURLhttp://mn98.blog50.fc2.com/
サイト紹介文四十路直前男の、くだらない日記
自由文城跡巡りやドライブがメインです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供119回 / 365日(平均2.3回/週) - 参加 2008/10/26 01:23

四十路 さんのブログ記事

  • 渡島遠征記(24) 〜櫛引八幡宮〜
  •  さて、八戸駅前で自転車を借りで最初に向かったのはここです。 櫛引八幡宮(くしひきはちまんぐう)です。 鎌倉時代にこの地に入部した南部光行が創建したといいます。  当時の建物はありませんが、そのほとんどが江戸時代に建てられたものです。 あ、この拝殿は昭和だった… 本殿は彫刻が素晴らしいですね! そしてこちらは国宝館です。 国宝でもある菊一文字の鎧兜など25点の文化財が展示してあります。 見ごたえ有りで [続きを読む]
  • 渡島遠征記(24) 〜次の目的地へ〜
  •  松前城から約1時間かけて木古内駅にやってきました。 ここでレンタカーを返して新幹線に乗り、大宮へ… と思ったら、八戸で途中下車です。 駅に併設のホテルにチェックインしたら、夕食にしました。 この日は、八戸駅の真ん前にある味まるさんに伺いました。 昔ながらの中華そばが美味しかったです。[八戸情報] ブログ村キーワード [続きを読む]
  • 美濃・尾張・三河遠征記 (5) 〜美濃金山城〜
  •  続いては美濃金山城です。 可成寺や常照寺の裏山にあたり、案内もしっかりしているので迷う事は無いでしょう。 ちなみに、頂上付近の上の写真の駐車場まで車で来ることが出来ます。 駐車場からが、本番です。 杖のサービスがありますが、そんなに険しい山城ではありません。 少し歩くと、ご覧の崩れかけた石垣が! こちらは、本丸枡形の石垣! そして天守台! そして本丸の様子です。 この美濃金山城は、斎藤銅山の養子 [続きを読む]
  • 美濃・尾張・三河遠征記 (4) 〜常照寺〜
  •  森家の菩提寺の後は、常照寺です。 このあたりは寺町になっているので、目当ての寺はすぐ見つかります。 んで、ここにも有名人の墓があります。 森蘭丸のお母ちゃん(妙向尼)とその父親(蘭丸から見たら母型の祖父)の墓です。 妙向尼は、林通安(右側の墓石)の娘で森可成に嫁ぎます。 森可成には9人の子供がいたのですが、全員この妙向尼との子供だそうですよ。 [美濃] ブログ村キーワード [続きを読む]
  • 渡島遠征記(23) 〜松前家墓所〜
  •  松前城の裏にある、松前家墓所へとやってきました。 ここには(武田氏→蠣崎氏→)松前氏の19代の墓があるのですが、帰りの新幹線の時間があったので主だったものだけ写真に撮ってきました。 まずは初代・武田信広から4代・季広の墓です。 この墓石は後世に建てられたもので、本当の墓は上ノ国にあるようです。  こちらは季広の長男で、舜広の墓です。 舜広は家臣の妻に毒殺され、弟の元広も翌年に同じ人に毒殺されたという [続きを読む]
  • 渡島遠征記(22) 〜松前城〜
  •  続いてやってきたのは松前城です。 途中に千代の富士記念館というのがあったのですが、今思えば寄ってくれば良かったと思っていますよ。 ご冥福をお祈りいたします… 駐車場がわからず、変な場所から登城してしまったので、こちらは搦め手になります。 こちらが搦め手門、現存ではありません。 ここからは有料です。 チケット売り場に、100名城のスタンプもあります。 復元天守の中に入ると、お決まりの資料館です。 天 [続きを読む]
  • 美濃・尾張・三河遠征記 (3) 〜可成寺〜
  •  岩村城から高速を使って約1時間、可児市にある可成寺(かじょうじ)へとやってきました。 この寺は、織田信長の家臣の森長可(ながよし)が、父である森可成(よしなり)の菩提を弔うために建立しました。 というわけで、ここには森可成他、森一族の墓があります。 本堂の裏の小高い場所にあるのですが、この日は階段を何段登ったのだろう? そしてこちらが森家の墓地です。 左から、長可・可成・可行(可成父)・可隆(可 [続きを読む]
  • 美濃・尾張・三河遠征記 (2) 〜妙法寺〜
  •  岩村城を攻略したら、その岩村城下にある妙法寺に行きました。 妙法寺は17世紀前半に、時の岩村城主・丹羽某によって建立されました。 境内には戦国時代後期に岩村城主であり、織田信長に攻められて処刑された秋山信友(虎繁)夫妻とその一族の供養塔が残されています。 奥さんは織田信長の叔母・おつやの方ですね。 『おんな城主』としては、こちらのほうが有名な気がする…[美濃] ブログ村キーワード [続きを読む]
  • 初滑り2017
  •  先日はやっと初滑りに行ってきましたよ。 場所は栃木県那須町にあるマウントジーンズ那須です。 んで、アフタースキーは史跡めぐりですよね(笑) 今回は芦野氏関連の史跡を周りました。 上の写真は、芦野氏の鎌倉〜室町期の本拠地です。  芦野氏というのは、那須氏の重臣である那須七騎の家のうちの一つです。 豊臣秀吉の小田原攻めの時には、主家である那須氏を差し置いて小田原に参陣して、秀吉から本領を安堵されまし [続きを読む]
  • 渡島遠征記(21) 〜サラキ岬〜
  •  茂別館から車で1時間弱、サラキ岬へとやってきました。  ここには江戸幕府が所有していた軍艦、咸臨丸が眠っているのです。  うん、ただの海ですね(笑) 遠浅っぽいから、座礁したのかな?  ここにも江差の開陽丸と同様に、復元された咸臨丸が展示してあります。  実物大ではないですけどね。 [渡島国] ブログ村キーワード [続きを読む]
  • 渡島遠征記(20) 〜茂別館〜
  •  続いては茂別館です。 函館からは、車で30分ほどですが、場所が分かりにくいです。 グーグルマップにも載っているのですが… この茂別館は、十三湊城主だった安東氏が南部氏に敗れて蝦夷に渡り、そのときに築いたとされています。  今は矢不来天満になっていますが、土塁の遺構が残っているようです。 これがその土塁なのかな〜?[渡島国] ブログ村キーワード [続きを読む]
  • 美濃・尾張・三河遠征記 (1) 〜岩村城〜
  •  今日から新シリーズです。 昨年秋の美濃・尾張・三河の史跡めぐりのレポートです。 まあ、主に100名城スタンプ収集の旅ですがね。 最初に訪れたのは岩村城です。 こちらは二回目の登城です。 本丸へ行くなら出丸の駐車場からが近いのですが、たっぱり大手から登るのがオススメですよ。 以前に来た時は無かったのですが、スマホなどでQRコードを読み取ると、その場所の情報を読むことが出来ます。 ほら、頂上近くまで車 [続きを読む]
  • 渡島遠征記(19) 〜志苔館〜
  •  江差から2時間ほどかけて、函館に戻ってきました。 本当は江差か松前で宿泊の計画を立てていたのですが、どこのホテルも満室で(1週間ほど前時点で)やむを得ず函館に戻ってくる旅程になってしまいました。 暗くなる前に戻ってくることが出来たので、当初の予定にはなかった志苔館(しのりだて)を攻略しました。 この館は、14世紀に和人によって築かれましたが、コシャマインの戦いによって陥落し、その後廃館になったそう [続きを読む]
  • 秋の車山高原と真田丸(最終回) 〜広山寺〜
  •  昨年秋の真田丸関連の史跡めぐりは早くも最終回です。 最後は広山寺に行きました。 場所は真田氏館から西へ700mほどです。 真田信綱の屋敷跡に建てられたという説もある様なのですが、詳しい事はわかっていないようです。 わかっているのは、上の写真が真田信綱の奥さんの墓であるということ。 大河ドラマで言うと、真田信之の最初の奥さんである“おこう”さんを生んだ人です。 しかし、“おこう”さんの病弱設定はなん [続きを読む]
  • 秋の車山高原と真田丸(6) 〜良泉寺〜
  •  染屋城の後は、良泉寺です。 第二次上田合戦で徳川秀忠が本陣を置いたという染屋城からは、東に5キロほどの場所にあります。 すぐ南には、真田氏の親戚筋の矢沢氏が治めた矢沢城があります。 矢沢城には昨年行ったのですが、なぜかこの寺には行かなかったんですよね。 なんでだろ〜 そう、ここは矢沢城主であった矢沢氏の菩提寺なのです。 ぶれてしまいましたが、真ん中の墓石が矢沢頼綱のものです。 真田幸隆の弟で、真 [続きを読む]
  • 秋の車山高原と真田丸(5) 〜染屋城〜
  • 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。 続いては染屋城です。 染屋城は上田城から東南東約3キロの台地(たぶん昔の千曲川の流れで出来た河岸段丘)の先端にあり、今は豊染英神社が建っています。 築城時期は不明ですが、上田城の支城という位置づけだったのであろうとされています。 第二次上田合戦では、徳川秀忠が本陣を置いたということです。 土塁っぽい僅かな高みや… 堀切っぽい溝などもあり [続きを読む]
  • 2016年を振り返る
  •  2016年もあとわずか、今年も訪問・コメントしてくださった方々、どうもありがとうございました。  というわけで、年末恒例の今年の“自分”を振り返る企画です。 まずは4月。 松代周辺の史跡めぐりでしたが、川中島関連と真田関連の史跡が多かったですね。 五月は北海道新幹線開通記念で、渡島半島の旅でした。  北海道の南の端しか行きませんでしたが、北海道が“でっかい”ことを満喫できた旅になりました。  6 [続きを読む]
  • 渡島遠征記(18) 〜開陽丸〜
  •  上ノ国館跡を攻略した後は、江差町にある『えさし 海の駅 開陽丸』へ行きました。 開陽丸といえば、幕末に江戸幕府が購入したオランダ製の軍艦ですよね。 その軍艦が沈没したのがここ江差なのです。 江戸城無血開城の後、榎本武揚らがこの開陽丸と共に江戸を脱出し、蝦夷にて共和国を開こうとしたんですよね。 江差を占拠した陸軍を援護しようとした開陽丸でしたが、暴風雨にあってしまい座礁して沈没してしまいました。 上 [続きを読む]
  • 渡島遠征記(17) 〜花沢館と州崎館〜
  •  勝山館の後は、すぐ近くにある花沢館に行きました。 この花沢館は、勝山館とこの後紹介する洲崎館tの三つの城館と共に『上ノ国館跡』として国の史跡に登録されています。 そのわりには、あまり整備されていないんじゃない? 主郭の裏には大きな堀切が残っているというのですが、行き方がわかりませんでした。 花沢館は早々に切り上げて、こちらもすぐ近くにある洲崎館に行きましたs。 砂館神社が目印です。 たぶん、本殿 [続きを読む]
  • 秋の車山高原と真田丸(4) 〜上田城と昼飯〜
  •  真田高勝の墓参りを済ませたら、100名城スタンプを押しに上田城へと行きました。 さすがは真田丸効果ですね、平日の昼間でもご覧の有様で、駐車場も城の近くはどこも満車で停めることができずに、結局上田駅近くに停めることになってしまいました。 100名城スタンプを押したら昼飯にしました。 今回は上田市内にある、刀屋という蕎麦屋さんにしましたよ。  ここはデカ盛りで有名な蕎麦屋で、あの池波正太郎さんも通っ [続きを読む]
  • 秋の車山高原と真田丸(3) 〜龍顔寺〜
  •  真田信繁の長女の嫁ぎ先の菩提寺を見た後は、そこから北に10キロほどの場所にある龍顔寺に行きました。 この寺は、真田幸隆の五男である、真田高勝の菩提寺です。 高勝が亡くなった1606年に、甥である真田信之が建立したそうです。 真田高勝なんて、知らねーよ!というあなた、安心してください、私も知りません(笑) 子孫は帰農したそうです。[真田丸] ブログ村キーワード [続きを読む]
  • 渡島遠征記(16) 〜勝山館〜
  •  館城から車で1時間弱、勝山館(かつやまだて)に到着しました。 関東より南で『館』というと、躑躅ヶ崎館や足利氏館など『やかた』と読みますが、東北以北だと『たて』とか『だて』と読みます。 なんででしょうね? 蝦夷と関係するのかな? そんなことはさておき、さっそく登城というか登館です。 戦国の山城っぽい雰囲気は、北海道へ来て初めて。   遺構も残っていのいい山城です。 この勝山館は、15世紀の中ごろ松 [続きを読む]
  • 渡島遠征記(15) 〜館城〜
  •  戸切地陣屋から車で一時間、館城(たてじょう)に到着です。 松前城が海から近く、大砲の攻撃に弱いとのことから、幕末に内陸に築かれた城です。 実際、函館戦争時に松前城が旧幕府軍に攻撃されると、松前藩主はこの館城に逃れました。 でも結局この館城も攻撃され、藩主一族は本州に逃亡し、城は焼き払われました。 遺構などは、あまり高くない土塁や、あまり深くない濠などが残っていますが、よくわかりませんでした… 1 [続きを読む]
  • 秋の車山高原と真田丸(2) 〜西蓮寺〜
  •  秋の車山高原を満喫した後は、長和町にある西蓮寺に行きました。 駐車場もあるのですが、道の駅に車を停めて歩いていきました。 ここは長久保の庄屋・石合家の菩提寺になっています。 石合家といえば、真田信繁の長女が嫁いだ家ですね。 大河ドラマでは、長女を恒松祐里さんが、石合十蔵を加藤諒さんが演じていました。 初登場シーンは、完全に『出落ち』でしたが(笑)  長女“すえ”さんの墓もあるのですが、見つけること [続きを読む]
  • 秋の車山高原と真田丸(1) 〜車山高原〜
  •  今日から新シリーズです。 いつもなら真夏のニッコウキスゲの季節に来ているのですが、今年はなぜか10月になってしまいました。 しかも高速でまさかの事故渋滞で到着が遅くなり、車山の頂上に上ることなく次の目的地に向かいました。 つぎの目的地というのは、もちろん真田関連の史跡巡りです。 ところで大河ドラマ真田丸も最終回を迎えました。 私の感想を少し書き留めておきます。 まず、前半の第一次上田合戦まではと [続きを読む]