piparpati さん プロフィール

  •  
piparpatiさん: アジアのお坊さん・番外編
ハンドル名piparpati さん
ブログタイトルアジアのお坊さん・番外編
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/pwbdt973
サイト紹介文アジア各国で修行した僧侶の新着お坊さん情報やお坊さん小咄。
自由文公開中の「ホームページ・アジアのお坊さん」の番外編。僧侶である筆者がタイやインドでの修行中に思いつくまま記した覚書なのでアジアでお寺参りをするように、気楽に読んでいただけたら幸いです。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供126回 / 365日(平均2.4回/週) - 参加 2008/12/17 14:07

piparpati さんのブログ記事

  • タイの破戒僧報道で私が気になった2点について
  • 2013年にタイで僧籍を剥奪された破戒僧、俗名ウィラポン・スクポン(元の法名=ルアンポー・ネンカム)が、国外逃亡していたアメリカで逮捕されたニュースが2017年7月現在、日本でも報じられている。2013年時点の報道に関しては、私の手元に新聞の切り抜きもあるのだが、今回の事件の詳細については、事情に詳しい在住者の方のサイトなどを待つとして、さて、私が気になったのは、今回、逮捕後の犯人が白いTシャツを着 [続きを読む]
  • 藤田一照師「坐禅読本」のこと
  • このブログの母体となった「ホームページ アジアのお坊さん 本編」は、今から10年ほど前に、私がタイやインドのお寺で修行させて頂いた記憶の薄れぬ内にと思って、記させて頂いたものだ。その中の「瞑想」という章に、当時、私はこんな風に書かせて頂いた。ヴィパッサナもチベット式瞑想もたくさんの日本語書籍が出ているし、日本各地にセンターもできているが、特に少し前まで日本ではほとんど知られていなかったヴィパッサナ [続きを読む]
  • 「テレビ番組海外展開60年史」におけるアニメ「一休さん」
  • 偉そうにタイトルに掲げておきながら誠に申し訳ないことながら、私はこの「テレビ番組海外展開60年史」(大場吾郎著・人文書院)という本を読んでいないだけでなく、その上、あろうことか、本屋で該当ページをちょっと立ち読みしただけでこの文章を書いている。ただ、アニメの一休さんに関する事柄は出来る限り記録として残しておきたいので、覚え書きのつもりで失礼を承知で記させて頂くのだが、さて、タイトルを読んで字の如く、日 [続きを読む]
  • 夏安居のことを英語で何と言いますか?
  • このブログのアクセス解析というサービスを見させて頂いていたら、「お坊さんを英語で何と言うか」という検索から入って下さる方が多いらしく、頻繁にその結果が表示されるのだが、一体どなたが何のために「お坊さんの英語」を検索しておられるのか、ちょっと気になる。仏教英語にはキリスト教からの援用語が多いのだが、さて、例えば「安居」(あんご、夏安居=げあんご)という仏教語を英語では、「Buddhist Lent Day」と言う。こ [続きを読む]
  • 坊主狂歌…世の中は
  • 有名な一休道歌「世の中は 食うて糞して 寝て起きて  さてその後は 死ぬるばかりよ」という狂歌には、「食うて稼いで 寝て起きて」というバージョンもあるが、要は「糞して」でも「稼いで」でも、さほど世の中の有様を描写するのに、変わりはないということなのだろう。我執たっぷりにこの世を謳歌してきりきり暮らすのも、悩みや辛さにさいなまれつつくよくよ暮らすのも、その本質はこの歌の内容以上でも以下でもない訳だけ [続きを読む]
  • 坐蒲功徳…アジアの坐蒲 決定版
  • 坐禅の時に使う坐蒲(ざふ)と呼ばれる丸いクッションについて、以前に何度か書いたことを整理してまとめてみることにした。足の長い体型のインド人は、子どもであっても簡単に結跏趺坐で坐ることができるから、本来、この坐り方は坐禅のために無理して坐る特殊な坐法だったのではなく、インド人にとっては、ごく普通に安定して坐れる坐り方だったのだろう。インド人のように足の長くない中国や日本などの東アジア人の体格では、坐禅 [続きを読む]
  • 日本の巨木伝説
  • 日本の伝説においては、巨木を切ることが必ずしも悪い結果をもたらすとは限らない。仁徳天皇の時代に河内の国に生えていた大楠の影が、朝には淡路島に届き、夕方には高安山を越えたという話が古事記に見えるが、似たような話は今昔物語集巻31にもあって、近江の国の巨木の影が朝には丹波国に、夕方には伊勢国に届いたとのことだ。どちらの話でも巨木は切られてしまうが、それで帝の船を造ったり、巨木が無くなったので日が射すよ [続きを読む]
  • 天才少年棋士は江戸川乱歩を読んでいるのか?
  • ・それがなんと僥倖にも、犯人逮捕の端緒となったのである。 −「二銭銅貨」・せめてわれわれは、どんな微細なつまらない点にも、犯罪フィルムのある重要な一コマにぶつかることを僥倖するほかはありません。 −「何者」・望外の好評を博するは、余のひそかに欣快とするところである。 −「蜘蛛男」昨今、話題の少年棋士の語彙が豊富だと、世間の人たちが褒めている。近頃はなるべく難しい言い回しを止めて、他の言葉に言い換え [続きを読む]
  • タイのお経…ITIPISO GATHA
  • 自分一人でお勤めする時の勤行儀は大体こんな感じだという話を、しばらく前に書かせて頂いたことがあるのだが、私が日本語のお経の前にパーリ語で上げている経文を、まずは以前の記事と重複するけれど、以下にもう一度挙げてみる。アラハン サンマー サンプットー パカワー プッタン パカワンタン アピワテーミ (礼拝)サワーガットー パカワター タンモー タンマン ナマサーミ (礼拝)スパティパンノー パカワトー サ [続きを読む]
  • 酒井雄哉師のお噂
  • お坊さんになりたての頃、私の宗派は天台宗なので、酒井雄哉大阿闍梨のお噂をよく耳にしたものだ(酒井師は2013年の9月23日にご遷化された)。私の法名が酒井師に似ていなくもなかったことと、小僧修行させた頂いたお寺が、酒井師の拠点である飯室谷とちょっとご縁があったためか、よそのお坊さんに、あなたは酒井阿闍梨のお弟子さんですか? などと聞かれたこともあってから、私は酒井師のお名前を意識するようになった。そ [続きを読む]
  • アジアから来た道
  • 2、3日前、久々にゆっくりと古本屋さん巡りをすることが出来た。色々と発見があったけれど、その中で講談社学術文庫の「ダルマ」という本を見つけた時に、ちょっと思うことがあった。この本は柳田聖山師が、中央アジア、中国、日本に渡る達磨大師及びダルマ信仰について説いた本なのだが、実を言うと、今まで私は読んだことがなかった。そう言えば、タイのお寺で修行させて頂いたのが私の初めての海外生活だったのだが、ご多分に [続きを読む]
  • 宿と庵を表す英語について
  • 宿坊、僧坊、庵、巡礼宿、遍路宿についてや、或いは一般の旅行者のための宿、旅館などについて、あれこれ考えるのが好きだ。それらを英語で何と言うのだろうかと、色々と辞書をめくったりするだけでも、とても楽しい。私が十代の時に使っていた古い英和辞典の訳が面白いのだが、例えば、「inn」は「宿屋、旅籠、居酒屋」「hospice」は「旅人宿、収容所」「hotel」は「旅館」「hostel」は「旅館、宿泊所、ユースホステル」と説明が [続きを読む]
  • インドで坐禅をする理由
  • 昔、曹洞宗のお寺で「ほとけ信仰から坐禅への道」(曹洞宗宗務庁 発行)という小冊子を頂いた。前に知り合いの曹洞宗の和尚さんにお聞きしたら、まだ現役で使われている冊子だと仰っていたのだが、今度、久々にそのお坊さんにお会いするので、もう一度確認してみようと思う。この冊子、コンパクトな体裁ながら、坐禅作法の説明の前に、佐々木宏幹氏が曹洞宗における坐禅の意義を、アジア全体の仏教を視野に入れて説き起こしておられ [続きを読む]
  • 坊主川柳…旅の疲れ
  • 天台宗の布教師資料というものが各寺院に送られて来て、布教師資格のない私も読ませて頂いたのだが、その中に、比叡山一山の若いご住職が、徒歩で行脚巡礼された話を載せておられた。比叡山から伊勢まで、そしてさらに熊野へ向かい、西国三十三箇所巡礼へと網代笠の行脚姿で歩かれたそうだが、慣れぬこととてすぐに足を痛めたり、体調を崩したという体験を、腰低く語っておられたのを見て、自分の経験をあれこれ思い出した。私もま [続きを読む]
  • 大般若転読文の思い出
  • 小僧修行させて頂いたお寺で滝行を教えて頂いたのだが、その作法の中で大般若転読文を唱えるから覚えるようにと、先輩僧に言われた。天台宗の修行にとって滝行は必須ではないにも関わらず、私がわざわざ頼んで教えて頂いたものだから、意欲を見せてすぐにも覚える必要があった。いずれ節分の大般若転読の折りにも使うからさっさと覚えて、と先輩僧に言われて必死で暗記したものの、節分の頃にはまだまだ駆け出しのままだったから法 [続きを読む]
  • アガサ・クリスティ「五匹の子豚」の話
  • ※各段落の頭文字を繋ぐと「ご・ひ・き・の・こ・ぶ・た」となるように工夫してみました。ご存知エルキュール・ポワロが活躍するアガサ・クリスティ作品の一つである「五匹の子豚」を初めて読んだ。比較的よく名前の知られた「オリエント急行殺人事件」や「アクロイド殺し」といった他のポワロ作品よりも知名度は低いけれど、完成度の高い名作であるとして、ファンの多い作品だということは、子供の頃から聞いていた。昨日ようやく [続きを読む]
  • 慈悲の立場
  • 仏教における「慈悲」という概念について、大乗仏教の側からは「上座部仏教は自己の救済を求めるだけで他者に対する慈悲の概念に欠けている、慈悲利他の精神こそが大乗の特徴」などと言われ、一方で上座部(テーラワーダ)の方からは「そういうことを言う割りに、大乗仏教の経典には、如何に慈悲を実践すべきかという方法が書かれていない」といった批判があったりする。確かに原始仏典には他者に対して慈悲の心を起こすことの大切さ [続きを読む]
  • 「野生司香雪 その生涯とインドの仏伝壁画」のこと
  • インドの仏跡ブッダガヤにある印度山日本寺は、日本仏教各宗派協力の下、財団法人国際仏教興隆協会によって1973年に落成したお寺で、その本堂壁画は岩崎巴人という画家の方が描いたものだ。一方で同じくインドの仏跡サルナートにあるムルガンダ・クティ寺院は、近代インド仏教復興の立役者ダルマパーラ師の発願によって1931年に建立されたのだが、その堂内壁画は野生司香雪(のうすこうせつ)という日本人画家の手になるもの [続きを読む]
  • 声明独習用「遥聲キーボード」の話
  • 得度して本山に上がるまでに京都のお寺で小僧修行をさせて頂いたのだが、当時は右も左も分からない、お経はみんなに一から教えて頂く、その中でも天台声明というものが、特に私を悩ませた。節のないお経ですら覚束ないのに、聞いたこともない難しい声明の節回しを、基礎も習わずに耳で覚えよと言われて、随分と悪戦苦闘した。先輩の小僧さんに声明の達人がいて、彼は西洋音楽を趣味にしていたから、音階の構造にも詳しく、声明の和 [続きを読む]
  • 三島由紀夫「美しい星」映画化に際して乱歩を思う
  • バンコクのお寺に居た頃、時折りスクンビットにある日本語書籍の揃っている古本屋さんに出かけたものだが、前川健一氏が「バンコクの好奇心」の中でその同じ書店について書いておられる通り、海外に派遣された日本企業の駐在員の方が、この機会に読み返そうと思って読んだら売って帰るのであろう、新潮文庫の100冊にでも入っていそうな、基本的な日本文学が、たくさん置いてあった。その古書店で、三島由紀夫の「潮騒」を買って読 [続きを読む]
  • 姉弟子訪問記
  • 姉弟子、と言っても何十歳も年上の方なのだが、私が得度式だけ済ませて本山に上がるまでの間に前行として修行させて頂いた小僧時代の先輩の尼僧さんが、今は天台宗一ヶ寺のご住職となっておられて、その方を、先日、何年かぶりにお訪ねした。インドに行きたい、君が案内してくれるなら行ける気がするんだけどと、ずっと仰っておられたものの、なかなかご自身の機が熟さず、今回お会いした時にはインドのことを口にされることもなく [続きを読む]
  • アジアのリフト寺院
  • 西国札所の中山寺にエスカレーターが出来た時、私の周りでは賛否両論が聞かれたものだけれど、ミャンマーのシュエダゴン・パゴダにもエスカレーターがあることだし、少なくともエスカレーターの設置が日本的な発想だから、お参りにふさわしくないとの意見は当たらない。ついでに言うと、エスカレーターだからお寺にあると突飛な感じがするけれど、例えばエレベーターのあるお寺なら、もはやそれほど珍しくもない訳で、付属の会館な [続きを読む]
  • 我が善友、我が善知識
  • 漢訳仏典における「善知識」という言葉は、日本人上座部僧プラユキ・ナラテボー師がよく仰る「善友」と同じく、「kalyana mitta」(これはパーリ語。梵語=サンスクリットはkalyana mitra)の訳語だ。「善知識」だと法における「師」のみを指しそうに思うが、「善友」だと自分より優れている人だけでなく、自分と等しいレベルで法を求める「仲間」のニュアンスをも含む気がする。ダンマパダ78に「悪い友と交わるな。卑しい人と交わ [続きを読む]
  • 葬儀を終えて
  • アガサ・クリスティ中期の名作「葬儀を終えて」を私がこの度、初めて読んだ理由は他でもなくて、先日、自分の身内の葬儀があって、お坊さんとして導師を務めるのではなく、久々に親族としてお葬式に参列したからだった。中学生の頃、クリスティのミステリが好きで、全作品を解説した解説書に載っている各作品のあらすじを、飽かずによく眺めていたものだが、この「葬儀を終えて」は結局、当時は読まなかった。理由はと言うと、まあ [続きを読む]
  • 庫裏はクティかクティールか
  • お寺の奥さんのことを大黒さんと呼んだりするのは、お寺の台所に大黒天を祀っていることが多かったことからの隠語であって、面と向かってお寺の奥さんに「大黒さん」と呼び掛けるのは失礼だ。一方で「お庫裏さん」という言葉も、やっぱり寺の台所を指す「庫裏」を預かる人ということで生じた呼び掛けだが、こちらはお寺の奥さんに対して直接使っても、決して失礼ではない。但し、これはあくまで他人からの呼び掛けだ。住職一家とし [続きを読む]