隊長@新選組流山隊 さん プロフィール

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隊長@新選組流山隊さん: 新選組流山隊隊長日記
ハンドル名隊長@新選組流山隊 さん
ブログタイトル新選組流山隊隊長日記
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/arteiji/
サイト紹介文流山を拠点に研究・殺陣・史蹟巡り・交流会など、総合的な新選組活動を全国展開する団体の隊長ブログ。
自由文流山の新選組行事開催と史跡案内はもちろん、
本格的な研究では、研究家も知らない新説や、地元でも知られていない関連史跡まで紹介。
研究家や子孫との交流をもとにした逸話、全国の行事参加の報告、関連番組の裏情報など、マニアックかつファンには耳よりな情報が随所に掲載。
新選組を総合的に楽しみたい方、初心者から専門家まで、お待ちしています。
公式サイト→ http://www.at-town.com/snap
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供46回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2009/01/23 03:09

隊長@新選組流山隊 さんのブログ記事

  • 浪士組出立の日
  • 昨日そして今日と、春の冷たい雨が降っています。3月26日は、文久3年では2月8日となります。新選組の前身である幕府御抱浪士組が、京に向けて江戸小石川を出立した日でした。この日、近藤勇らはまだ夜が明けぬ暗い中を、市谷柳町の近藤道場を出て、小石川伝通院に向かったと思われます。浪士組は、塔頭の処静院で朝六ツ(5:10頃)より集会を行い、五ツ半(8:30頃)に出立し、現在の御茶ノ水駅の南側にあった浪士取扱・鵜殿鳩翁宅へ [続きを読む]
  • 新選組隊士150回忌総供養祭
  • 3月18日は「新選組隊士及関係者尊霊150回忌総供養祭」に参加して参りました。当初は250名程度の予定でしたが、入場を約450名に増やしても、お断りしなくてはならないほどの参加希望があったとのことで、私も大変嬉しく思います。思えば、13年前の「新選組隊士総供養祭」は、関係者約80人のみで執り行われました。大河ドラマ「新選組!」で土方歳三役の山本耕史さん、井上源三郎役の小林隆さんに初めてお会いしたのもこの時でした。 [続きを読む]
  • 流山新選組まつりでの史跡案内と講演、参加予約受付中。
  • 日付が変わり、本日3月18日は「新選組隊士及関係者尊霊150回忌総供養祭」が営まれます。昨夏以来、私も多少なりとも準備に携わらせていただき、光栄に存じます。多くの方々と、会場で交流をさせて戴けますことを楽しみにしております。そして、この行事が終わると、いよいよ流山における新選組恒例行事「流山新選組まつり」です。流山では、来年が「新選組流山隊結成15周年」と「近藤勇と土方歳三の離別から150年」のため、来年の [続きを読む]
  • もうひとつの「新選組の日」?
  • 前々回の記事で「新選組の日」についての所感を記しましたが、もうひとつ、3月13日も「新選組の日」とされています。文久3年3月12日深夜の出来事を、日付が13日に変わってからと言う解釈で定めているようですが、『新選組日誌』(新人物往来社)などでは「三月十二日」の項に記載されています。出典の「文久三年三月十二日夜九ツ」を西暦に変換し、二十四節気毎の時間配分と京都での時間に置き換えて正確な時間を推定すると、1863 [続きを読む]
  • 日光東照宮へ恵方詣
  • 立春からちょうど1ヶ月。故あって遅めの恵方詣をおこないました。今年は、日光東照宮が恵方となるので、佐幕派(笑)としては、参詣は必須です。境内の様々な工夫箇所が近年の某番組で紹介されましたが、アジア系外国人をはじめ日本人参拝者にも観察される方は見かけませんでした。私も某氏と同様に、陽明門までたどり着くのに時間が掛かりました(笑)陽明門は来週の竣工式を控え、足場の撤去作業がおこなわれていましたが、すで [続きを読む]
  • 今日は新選組の日?
  • 愛車、三代目「流誠号」のカーナビは、毎日始動する際に女性の声で語りかけてくれます。今朝は「おはようございます。今日は2月27日、新選組の日です」というアナウンス。どうやら文久3年2月27日が「新選組の前身である浪士組が結成された日」らしい(笑)。昨日=2017年2月26日は、和暦(太陽太陰暦)にすると2月1日。つまり春の中月となり、まさに暖かな一日でした。しかし、文久3年の暦に置き換えると、その2日前となる2017年2 [続きを読む]
  • ボウリング大会で12年ぶりの優勝。
  • 2月24日は「プレミアムフライデー」ということらしいですが、私にはあまり無関係。しかし、流山商工会議所おおたかの森支部のボウリング大会にて、なんと12年ぶりの優勝となり、賞品のクリーナーを頂戴しました。近年は、パワーあふれる若手や少し上手な女性が優勝することが多かったので、私はあまり自信もなかったのですが、やはり優勝は嬉しいです。ということで、久々にこのブログで、幕末史とは無関係な記事を掲載しました。 [続きを読む]
  • 新選組記念展開催のご案内
  • 流山において毎年開催している新選組の記念展を今年も開催します。会期は4月7日(金)から16日(日)まで。10日(月)の休館日を除く毎日、9:00開館〜17:00閉館となります。ただし、15日(土)と16日(日)の12:30-15:00の間は、講演聴講者のみ入館可能となります。今回のテーマは、「新選組と流山−新選組結成の真相と流山事件への影響」として、新選組が結成された経緯の史実を、最新情報で紹介し、流山での近藤・土方の離別にど [続きを読む]
  • 第14回流山新選組まつりの概要
  • 今年の流山新選組まつりの概要を紹介します。「流山新選組まつり」とは、今回で14回目となる流山での新選組恒例行事で、4月7日(金)から16日(日)までを「新選組アニバーサリーウイーク」として、いくつかの行事を連携して実施するものです。主行事は、4月9日(日)で、午前中は「新選組流山隊」による「流山巡察会」(史跡ガイドツアー)、午後は「新選組友の会」と「流山市歴史研究会」が主催する「勇忌法要」と「勇忌講演会」 [続きを読む]
  • 誕生日に際して−北斎について考える
  • 本日、誕生日を迎えました。ネットの時代ならではでしょうか、私のごとき者に対しましても、多くの方からお祝いのメッセージを頂戴し、まずはこのブログ上で、お礼を申し上げます。本当にありがとうございます。さて、2月19日は両国へ行って参りました。春の強風が吹いても、日射しは温かみを帯びて、まさに立春を過ぎた「春」を感じます。この日は文久3年では1月2日となり、京都守護職として上洛した松平容保公が孝明天皇に新年の [続きを読む]
  • 慶喜・家茂・浪士組の上洛と暦・方角の吉凶
  • 一橋慶喜が京に向けて出発した文久2年12月15日は、「節分」「天一天上」とあります。節分について、そして、方位の吉凶については前回記事で紹介しましたが、もうひとつの「天一天上」について、考えてみます。文久2年12月15日から翌年正月1日までが、「天一天上」という期間でした。この間は、「天一神(なかがみ)」が天に昇っているため、西への遠行を凶とするに悪い方角も塞いでくれますので、いわゆる方違えも必要なく、どの [続きを読む]
  • 文久2年の節分
  • 前回記事で、今日=2017年2月3日を旧暦(太陰太陽暦)にすると、1863年では、文久2年12月15日になると紹介しました。この日、一橋慶喜が京に向けて出発しました。当時の暦で見ると、12月15日は、「節分」「天一天上」とあります。つまり、節を分ける=季節が変わるということで、文久2年12月16日が「立春」となり、これより「正月正節」に入るということです。昨今は商魂たくましい人々によって、節分に「恵方巻き」を食べるという [続きを読む]
  • 「江戸時代後期和暦帖」が完成。
  • 先般紹介した「幕末暦帖」を含む「江戸時代後期和暦帖」が完成しました。約200年前となる文化元年(1804)から明治に至るまでの活字化された暦が、中表紙を入れて246頁の冊子となりました。これ1冊あれば、幕末までの50年と幕末から明治初期までの当時の暦が、すぐに判ります。松平容保公が京に向けて出立した日=文久2年12月9日、将軍家茂が上洛のため江戸を出立した日=文久3年2月13日は、ともに「開(ひらく)」でした。家茂が [続きを読む]
  • 当時の暦で探る幕末史
  • 江戸時代の暦を活字化した表でまとめる作業がようやく終了しましたこれによって、当時の人々の生活に少しだけ近づくことが出来ます。旧暦の一覧表は、A4サイズ横判で約2ヶ月分。幕末までの50年では、文化年間(15年)105頁+文政年間 (12年) 84頁+天保年間 (14年) 99頁+弘化年間( 3年) 21頁+嘉永年間( 7年) 51頁=360頁。幕末期は、安政年間( 6年) 42頁+文久元年〜明治2年( 9年) 63頁=105頁。延べ465頁 [続きを読む]
  • 「幕末暦帖」(活字版)が完成
  • 新選組を理解するために、幕末の暦を活用する・・・そのための作業が完了しました。新選組の隊士らの活動状況を、実際の季節・天候などを合わせて考えることで、新たなことが見えてきます。様々な情報が記載されている暦を、活字で見やすい表にして、いつでも照合できるようにしました。今年の1月27日は、旧暦(太陰太陽暦)にすると12月30日=晦日となり、明日が正月元旦です。しかし、旧暦換算は毎年固定では無く、同じ1月27日で [続きを読む]
  • 平成29年の初頭に際して
  • 平成29年を迎えてから初めてのブログ更新となります。1ヶ月以上も更新をしなかったのは、ブログ開設以来初めてのことでした。その理由はいくつかありましたが、幕末関連の研究調査は、しっかりと行っていますので、新選組流山隊の例会などで最新の調査成果を紹介していく所存です。さて、このブログ上では、小正月が過ぎてからの新年のご挨拶となりますが、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。昨年の12月は、自身で自宅の天 [続きを読む]
  • 武州巡察2016/11-(3)桶川宿を歩く
  • 11月27日の武州巡察では、忍城址が目的地でしたが、早めに到着しそうだったので、桶川宿に立ち寄りました。以前より、「旧中山道を辿る旅」として、近藤勇ら幕府浪士組の上洛ルートの検証も継続して実施中ですが、まだ埼玉県内の各宿場はあまり調査が進んでいませんでした。今回は、急に訪れたので、事前予習が不十分でしたが、中山道の史跡地図をWEB用に作製しており、iPadで確認しながら巡りました。まずは駐車場に流誠号を停め [続きを読む]
  • 武州巡察2016/11-(2)忍藩と江戸湾沿岸警備
  • 11月27日、武州巡察で忍城址を訪れたところ、偶然にも行田市郷土博物館で、企画展「江戸湾沿岸警備と忍藩」の最終日とのこと。文化年間からの詳細年表製作に当たって、随所に江戸湾警備の項目があり、全体像を調べてみたいと思っていたので、まさにタイムリーな企画展です。数年前に竹ヶ岡砲台跡へ行って以来、昨年6月には、浦賀や横須賀へ行き、品川台場などと供に、江戸湾警備には興味がありました。最終日に来られたのも、これ [続きを読む]
  • 武州巡察2016/11-(1)忍城址
  • 10月に沼田へ行った際、大河ドラマ「真田丸」で注目されている沼田城の解説をした資料を作成しました。後日、そのツアーに参加されたお婆さんが、私の事務所に来訪され、忍城まつりのポスターを頂戴しました。青色の見事な甲冑が大きく映ったポスターでしたが、お婆さんは、「実は、このポスターの甲冑は、私の先祖のものなんです」と仰ったのです。以前から、忍城址に足を運んでみたいと言いながら、訪れたい場所も各地にたくさん [続きを読む]
  • 大多喜城下を巡察
  • 11月21日は、大多喜町を訪問しました。毎年、流山市観光協会ではバスツアーを実施してきましたが、今年は電車を利用しての視察研修。朝6:45に南流山駅に集合して、武蔵野線〜外房線と乗り継いで、大原駅へ。大原町は、近年の広域合併で、現在は「いすみ市」と変わっています。ここから、いすみ鉄道で大多喜駅へ向かいました。赤字路線として廃止が検討されていたローカル線でしたが、公募で就任された鳥塚社長によって、再生を果た [続きを読む]
  • 「関東一両御神社」を詣でる
  • 11月20日は、船橋市にて、千葉県ボランティアガイド連絡協議会「ベイ・東葛エリア」の交流会が開催され、参加をしてきました。流山市には、「新選組流山隊」のほか、「流山史跡ガイドの会」と「流山史跡探訪友の会」がありますが、この日は流山の3団体を含む12団体が集まりました。午前中は、石井食品の本社内にて、代表者会議と交流会があり、新選組流山隊も活動紹介をさせていただきましたが、当隊以外の参加団体はすべて高齢化 [続きを読む]
  • 神楽坂を歩く〜知られたくない史跡?を案内
  • 11月9日は、神楽坂界隈の案内解説をする史跡ガイドツアーを行いました。某団体の20名弱の方々をご案内し、昼食を含めて4時間半で約4kmを歩いて巡りました。この付近は、幕末に関する史跡は少ないので、普段はあまり巡察をすることもないのですが、今回は「神楽坂を歩きたい」というご依頼をお請けしての「江戸巡察会」でした。地下鉄の「神楽坂駅」で待ち合わせ、地上へ出ると、そこは酒井修理太夫の下屋敷跡。幕末の当主は、京都 [続きを読む]
  • 新選組隊士の総数は?
  • 新選組の隊士は、延べ何人くらいいたのでしょうか?この質問に即答できる方はあまりいないでしょう。以前、新選組を詳しく知りたいと思って、基礎データをまとめようとしたことがありました。書籍等に記載されている事柄を調べるうちに、旧説や通説が入り交じり、信頼できないものが多かったため、途中で中断せざるを得ませんでした。じっくり時間をかけて、データベースを独自に作製するしか無いとの判断で、「新選組超詳細年表」 [続きを読む]
  • 5層天守があった要衝・沼田城
  • 沼田市は、大規模な河岸段丘上に広がる町ですが、沼田城址からは、越後方面への道筋が見渡せます。最初の写真の左の小山の裾野で利根川を渡り、川沿いに抜けていくと、越後長岡方面へ向かう三国街道へと繋がります。左の小山の右下で、道を回り込んだ付近が、名胡桃城址です。真田昌幸が、上杉景勝の命を受けて沼田城の攻略のために築いた拠点でした。そして、2枚目の写真は、真田昌幸と叔父・矢沢頼綱によって、無血開城に追い込 [続きを読む]
  • 関東有数の城・沼田城址へ
  • 大河ドラマ「真田丸」で話題になった「沼田城址」へ行ってきました。雨天が続いた10月上旬でしたが、16日は夏のような日差しで、絶好の行楽日和。今回は、流山商工会議所おおたかの森支部の視察研修旅行で沼田を訪れ、私が沼田城址の解説を行いました。戦国時代は専門外でしたが、むしろ元々は戦国時代の方が好きでしたので、基礎知識は持っています。「真田丸」でクローズアップされた沼田ですが、本来の「関東」の位置づけ、そし [続きを読む]