九州の石造美術 さん プロフィール

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九州の石造美術さん: 石造美術IN九州
ハンドル名九州の石造美術 さん
ブログタイトル石造美術IN九州
ブログURLhttp://blogs.yahoo.co.jp/stjtomo
サイト紹介文九州の石塔・石仏の調査資料報告です。
自由文主に九州の歴史考古学に含まれる石造文化財(石造美術)の調査資料報告です。
写真・測量図・拓本と金石文等を中心に記録紹介しています。
過去の資料から遡って紹介しているため、一つでも多く早めに紹介していきたいために解説や、説明文は今のところ殆ど付けていません。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供126回 / 365日(平均2.4回/週) - 参加 2009/01/23 21:12

九州の石造美術 さんのブログ記事

  • 真光寺梵字「キリーク」板碑 安貞二秊 熊谷市
  • 1228.12.15.  安貞二秊十二月十五日埼玉県熊谷市樋春297 真光寺境内緑泥片岩製 下部枘現高;5.0 枘下部幅;33.0 枘上部幅;34.5 枘右下部厚;7.0 枘左下部厚;8.0 碑身最大高;111.0 碑面最大高;110.5 碑基部幅;38.5 碑基部厚;8.0 碑中央部幅;36.0 碑中央部右幅;7.0 碑中央部左幅;8.0 碑面上部幅;32.5 碑面上部左厚;6.5 碑面上部右厚; [続きを読む]
  • 毘沙門堂二尊種子板碑 建長八年 羽生市
  • 建長八年二月二十七日  1256.02.27埼玉県羽生市西1-13 毘沙門堂境内緑泥片岩製碑面高;264.0センチ 碑最大高;274.0基部幅;175.0 最大幅(基部上50.0);186.0 秩父鉄道東武伊勢崎線羽生駅の直ぐ北側同一区画内に、毘沙門堂、古江宮田神社が並んでいる。板碑の緑色は南側線路沿いの遠方からも確認できる。毘沙門堂横広場の端、神社裾の斜面に南面して後補の基礎上に立っている。下部に枘 [続きを読む]
  • 毘沙門堂庚申塔 天和四年 羽生市
  • 1684.02.24.  天和四年二月廿四日埼玉県羽生市西1丁目13 古江宮田神社の石段右わきに有る。新しい庚申堂内の切り出した古木の洞中に収めてある。 駒型。頭部を山形に加工した板碑形。 半肉彫青面金剛立像。 合掌、弓、箭、宝剣、八角宝輪、焔髪に蛇。合掌の2臂のみ半肉彫、他4臂や持物は薄肉彫。台上に直接立つ。 上部に、薄肉彫の飛雲上に日、月。 台下に3猿薄肉彫。 紀年銘は、「天和四年」「二月廿四 [続きを読む]
  • 教楽来天満宮狛犬一対 大牟田市
  • 室町時代中期 1463年から15世紀末福岡県大牟田市教楽来(きょうらぎ)1114 教楽来天満宮凝灰岩製      阿像高;72.0センチ      吽像高;63.0 狛犬一対。阿像の左膝や小鼻に損傷があり、吽像は、ほぼ完形で、それぞれが、1石造りの丸彫像である。2体とも、体部は正面を向き、前肢を肩から垂直に下し、後ろ足は膝を曲げて坐った形である。後ろ足の先は、明瞭には彫っていないように見え、前肢が載る位 [続きを読む]
  • 三宝院唐門 京都市
  • 1599.  慶長四年京都府京都市伏見区醍醐伽藍町 醍醐寺国宝 豊臣秀吉が「醍醐の花見」を催したの翌年の慶長4(1599)年に建造。建立当時は、門全体が黒漆塗りで、「菊と五七の桐」が表裏に各2つ、計4つずつの大きな紋様があり、金箔が施されていたという(裏側未見)。平成の解体修理で、黒漆塗りと金箔が復元されている(未見)。1972.撮影にほんブログ村 歴史ブログ [続きを読む]
  • 醍醐寺五重塔 京都市
  • 952.  天暦六年京都府京都市伏見区醍醐伽藍町 醍醐寺木造国宝塔高;37.44メートル 奈良県を除けば、最古の木造建築物で、平安時代初期唯一の五重塔。承平6年(936)起工、天暦6年に落成.相輪が大きく、塔身の2分の一を占めている。 天正13年の地震で大破、その後、豊臣秀吉による修理と、昭和の解体修理が行われて現在に至る。 内部は、柱、梁、桁、天井側壁に金剛界、胎蔵界両曼荼羅諸仏と真言八祖像を描き [続きを読む]
  • 安養寺宝塔 京都市
  • 鎌倉時代中期京都府京都市東山区円山町 丸山公園花崗岩製塔高;244.0センチ 丸山公園内の吉水弁天堂裏にある。 基礎は欠失。現在は、自然石を基礎にして積み上げ、その上に塔身下部をセメントで固定して載せてある。 塔身軸部は、上部は撫で肩、下部をわずかに小さくした壺形の初期に近い形で古い形を示している。正面に扉を開け、長方形龕中、蓮台上、身光を負う二仏坐像を半肉彫する。全体に風化によると思われる摩耗が [続きを読む]
  • 長岳寺奥の院不動石仏及び勧進碑 元徳貮年 天理市
  • 1330.01.27.  元徳貮年正月廿七日奈良県天理市柳本町 竜王山中腹花崗岩製現高;200.0センチ像高;153.0 奥の院は、長岳寺の背後にある竜王山の中腹にある。 不動明王立像石仏は、身光背を火焔光にする。表面全体に火焔を薄肉彫し、周辺は、凹凸を付けて火焔状に加工する。頂部は尖らせるが、内に反らせ、少し被るようにして左右対称にはせず、右上方に向かって火炎が燃え上がるような動的な表現をしている [続きを読む]
  • 水瓶山法華曼荼羅板碑 太宰府市
  • 1353.07.  正平八年七月福岡県太宰府市太宰府 水瓶山(みずがめやま) 山頂花崗岩製塔高;155.0センチ 石材は肌理が粗く、地元の石を使用していると思われる。 基部が広く、上部幅を少し小さくして、上部は、頂部を高く尖らせた山形を加工する。通常板碑の2条の彫り込みはなく、碑面は基部から上部まで平らに加工する。 上部の山形直ぐ下から碑面一杯にに方形枠を線刻し、中に梵字で、法華曼荼羅を陰刻する。  [続きを読む]
  • 城泉寺(浄心寺)本堂 球磨郡湯前町
  • 鎌倉時代中期 寛喜元年頃熊本県球磨郡湯前町辻 城泉寺国指定重要文化財 堂内の木彫阿弥陀三尊像の観音菩薩立像台座心棒に 「寛喜元年 日本国巧匠僧実明」の銘が確認されている。 境内、本堂の前面に2基の石層塔が建っている。九重塔に 「寛喜二年庚刀九月廿三日」七重塔に 「寛喜二年庚刀十一月日」現在、八代市内に移されている十三重塔に 「寛喜二年庚刀十一月日」の紀年銘がある。 これらの銘文から、大檀那沙弥浄心 [続きを読む]
  • 百済寺黒い神馬絵馬 東近江市
  • 1589.06.18.  天正十七秊六月十八日滋賀県東近江市百済寺町323 百済寺 上下2枚の板を併せて、横幅を広くした長方形の周囲に枠を廻らし、上辺だけは、緩い曲線に加工している。画面一杯に黒い神馬を描いている。前後2本の杭につながれ、後ろ足を激しく跳ね上げている姿で、白い神馬とは対照的な表現になっている。。 左右に各1行、計2行の墨書銘がある。 「天正十七秊六月十八日施主  〇〇・・」 「奉施入 [続きを読む]
  • 百済寺白い神馬絵馬 東近江市
  • 1589.06.18.  天正十七秊六月十八日滋賀県東近江市百済寺町323 百済寺 上下2枚の板を併せて、横幅を少し広くした長方形の周囲に枠を廻らし、上辺だけは、緩い曲線に加工している。画面一杯に白い神馬を描いている。前後2本の杭につながれ、首を後ろに反した姿で、抑えた表現ながら今にも動き出しそうに見える。 左右に各1行、墨書銘がある。 「奉施入 百済寺本堂」 「天正十七年六月十八日施主 敬白」 百 [続きを読む]
  • 仲仙寺阿弥陀如来立像 大和郡山市
  • 鎌倉時代中期から後期奈良県大和郡山市南郡山町698桧材寄木造り像高;66.6センチ 踏割蓮台に立つ来迎印の阿弥陀如来立像。蓮台の下は失われている。蓮弁は彩色されている。像は、玉眼、全身を漆塗し金箔を押している。光背は、身光、頭光の2重光背の周囲を火炎にした舟形光背である。 本体、台座、光背共に、多少の痛みはあるが、後世の補修はなく、造立当初の形を保っているといわれる。 両足枘に左右共同じ花押が墨書さ [続きを読む]
  • 石塔寺三重塔 東近江市
  • 奈良時代前期(『日本石造美術辞典』)滋賀県東近江市石塔町 石塔寺花崗岩製重要文化財 石垣を四周に組んで広い方形の基壇を作り、盛り土で高くした中央に大きな三重塔が建っている。基壇上、塔の周囲は、五輪塔群で囲まれている。 塔高;約750センチ 相輪は後補。初重軸部は縦に二石を合わせて造っている。幅より高さを高く造る。 笠は、3重共に、屋根の背を低くして、笠軒は、緩やかな真反りで大きく内傾している。隅降 [続きを読む]
  • 東大寺法華堂 奈良市 国宝
  • 正堂 奈良時代礼堂 鎌倉時代奈良県奈良市雑司町 東大寺 正堂は、東大寺の仏堂建築物の中で最古のものとされる。 正倉院の東大寺山堺四至図(天平勝宝八年、756))に「羂索堂」とあり、大仏開眼(同じく752年)以前からあった東大寺の前身寺院からの建築とされている。不空羂索観音を本尊とした仏堂で、旧暦3月に法華会が行われることにより、法華堂、また三月堂ともよばれている。 当初は、正堂と礼堂は、別棟だった [続きを読む]
  • 十輪院本堂 奈良市  国宝
  • 鎌倉時代中期奈良県奈良市十輪院町国宝 桁行五間、梁間四間、寄棟造、本瓦葺。 十輪院地蔵石仏龕の礼堂として建てられた。最初は、石仏龕は露座で、建物とは別であったが、現在は、後世に増設された石仏龕の覆屋とつながっている。地蔵石仏龕は、鎌倉時代中期の早い時期のもので、そのころに、礼堂として建てられたものと考えられている。 軒下は、垂木ではなく板が使用されており、細部の組物 蟇股などを含め、鎌倉時代の代表 [続きを読む]
  • 清凉寺(釈迦堂)両面石仏 京都市
  • 鎌倉時代前期(『日本石造美術辞典』)京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町 清凉寺花崗岩製石高;210センチ(『日本石造美術辞典』) 低い石積で囲まれた中央に1段を作り、その上に、蓮座に乗った不整舟形石材の正面仏坐像、背面宝塔の両面石仏を載せる。 蓮座は楕円形で、複弁の反花座。現在地に移設の時に、不足分を補い足している。古い蓮座は、背面、宝塔側にあり、全体の6分の一が確認できる。『石造美術辞典』には [続きを読む]
  • 普光寺梵字「ボローン」猿田彦太神駒形塔 安永四年 大牟田市
  • 1775.03.穀旦  安永四年三月穀旦福岡県大牟田市大字今山字本村 普光寺凝灰岩製 猿田彦碑ではあるが、上部に梵字「ボローン」があり、仏塔でもあるのでここでは塔として分類した。 基礎は2段。上部の山形の背を高くした駒型の細長い角柱塔。 正面上部月輪中に梵字「ボローン」を筆書き薬研彫する。その下に頂部を尖らした細長い蓮弁状の龕を彫り込み、「猿田彦太神」を筆書き薬研彫する。左側面に紀年銘、紀年銘の下 [続きを読む]
  • 清涼寺(釈迦堂)多宝塔 京都市
  • 1700.  元禄十三年 護国寺(東京都文京区大塚5-40-1)に建設1702.  元禄十五年 現在地に移築京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町 清涼寺木造1972. 撮影参考文献;『日本の塔総観 近畿地方篇 増補改訂版』(中西亨著 文華堂書店 S.48.12.9.)にほんブログ村 歴史ブログ [続きを読む]