kenmorehills さん プロフィール

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kenmorehillsさん: サイゴン・トリビューン
ハンドル名kenmorehills さん
ブログタイトルサイゴン・トリビューン
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/kenmorehills/
サイト紹介文ベトナム・サイゴンでの生活や趣味の旅行の思い出を思いつきと出来心で書き綴るページ
自由文ベトナム・サイゴンでの2004年4月から2007年3月までの3年間の生活での思い出や現地情報満載です。また、旅行で訪れた場所やグルメの情報も細かく掲載中です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供160回 / 365日(平均3.1回/週) - 参加 2009/02/03 22:23

kenmorehills さんのブログ記事

  • Nostalgia - 1990年8月 Korea旅行 Part 04
  •  1980年代の日本の航空会社では、日本航空のボーイング737や747やダグラスDC10、全日空のロッキードTristarなどが主力航空機でした。東亜国内航空(日本エアシステムの前身)は、積極的にエアバスA300を導入していましたが、ロッキードの旅客機から撤退、マクドネル・ダグラスのボーイングへの吸収によって、ボーイングとエアバスの二強時代となった現在とは違い、日本の航空会社でのシェアはなかなか上がらない状況でした。A300 [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年8月 Korea旅行 Part 03
  •  成田ソウル間の往復には、JAL日本航空とANA全日空と並んで日本の三大航空会社の一翼を担っていたJAS日本エアシステムを利用しました。成田ソウル線就航の1988年4月に東亜国内航空から日本エアシステムへと社名を変更し、エアバス社の新型機A300を導入して国際線に参入してすぐの頃でしたので、当時のJAS日本エアシステムにとっては唯一の国際線でした。その後は、日本航空との経営統合まで香港や広州などの中国路線などを中心に [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年8月 Korea旅行 Part 02
  •  1990年8月当時は、1991年3月の成田エクスプレスの運行開始前でしたので、都心と成田空港のアクセスはリムジンバスと京成スカイライナーが中心でした。京成電鉄の終点の旧成田空港駅(現 東成田駅)は空港ターミナルから離れた場所にあり、現在の第1ターミナルまでは成田空港連絡バスが運行されていました。スカイライナーからバスに乗り換えるまでにセキュリティーチェックもあったので、成田空港へのアクセスの不便さは現在と [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年8月 Korea旅行 Part 01
  •  平成2年3月に大学を無事に卒業して、4月から社会人として働き始めましたが、大学時代にその面白さを知ってしまった海外旅行は就職してからも続いていました。就職して最初のお盆休みには、職場の先輩と韓国ソウルへ三泊四日で行ってきました。往復には日本エアシステムを利用して、ホテルソウルガーデンに三泊する格安パックツアーに参加しました。韓国へは初めての旅行でしたが、成田から2時間程度のフライトで楽しめる外国 [続きを読む]
  • 映画「サイコ2 Psycho II」
  •  アンソニー・パーキンズ主演で1983年公開の「サイコ2 Psycho II」は、1960年公開の映画「サイコ」の22年ぶりの続編でもあります。前作から22年間精神病院で治療を受けていたアンソニー・パーキンズ演じるノーマン・ベイツが、病気が治癒して釈放されるところから物語は始まります。ノーマン・ベイツは主治医の紹介するレストランで働き始めますが、再び不安定な精神状態になり、彼の周りで殺人事件が起きるようになっていき [続きを読む]
  • 映画「サイコ Psycho」
  •  1960年公開の映画「サイコ Psycho」は、サスペンス映画の神様と呼ばれるアルフレッド・ヒッチコック監督の初期の作品です。もちろんモノクロ時代の映画でしたので、場面場面の明暗が際立ち、サスペンス映画なのかホラー映画なのかスリラー映画なのかという線引きが難しいですが、とにかく鳥肌が立つほど怖い映画です。ノーマン・ベイツ役で主演のアンソニー・パーキンズが経営するモーテルで起こる殺人事件を通じて、ノーマンの [続きを読む]
  • 映画「ハスラー The Hustler」
  •  映画「ハスラー2」公開の25年前の1961年に、前作となるポール・ニューマン主演のハスラー The Hustlerが公開されました。私が生まれ前の映画でしたので公開当時に見たのではなく、映画「ハスラー2」を見た後にレンタルビデオで見ました。映画の内容はもとより、若いながらも名演技を演じるポール・ニューマンの俳優としての凄さを感じました。まだまだモノクロ時代の映画でしたので、場面場面の明暗が際立つように感じました [続きを読む]
  • 映画「ハスラー2 The Color of Money」
  •  トム・クルーズ主演のハスラー2 The Color of Moneyは、1986年公開のアメリカ映画で、ポール・ニューマン主演で1961年公開のハスラー The Hustlerの25年ぶりの続編でもあります。日本で公開と同時に日本国内ではビリヤードブームを巻き起こしました。ポール・ニューマン演じるーエディーがトム・クルーズ演じるヴィンセントを一流のハスラーとして育てる中での人間模様を描いた作品で、全米各地のビリヤード場で強豪との対戦 [続きを読む]
  • ビリヤードブーム - 堺正章「出没!玉突き」
  •  1980年代後半には映画「ハスラー2」の影響から日本国内でもビリヤードがブームになり、雨後の竹の子のようにビリヤード場ができて、大学生だった私も多い時で週に3回以上通っていました。予備校に通っていた頃には、赤白の四つ玉ビリヤードを友だちと楽しんでいたいたことはありました。四つ玉やちょっと難易度の高いスリークッションなども面白いですが、ビリヤードブームの時には、ルールのわかりやすい9ボールが主流でした [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年1月 Saipan旅行 Part 15
  •  成田への復路は午前4時くらいにサイパンを出発する早朝便でした。空港に深夜に到着してチェックインを済ませると、日本国内の大雪で到着便に遅れがでており、出発便も遅れる予定という案内がありました。実際に飛び立ってからも、成田空港の滑走路の除雪を待っての着陸となるので、成田到着も予定より遅れました。短パンで過ごした熱帯のリゾートから大雪の日本へ帰るという大きなギャップに少し驚きもありましたが、海外旅行な [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年1月 Saipan旅行 Part 14
  •  ガラパンのジョーテンショッピングセンターには、東京を中心に全国展開していたプールバー「ロサンゼルスクラブ」がありました。「ロサンゼルスクラブ」は、映画「ハスラー2」が巻き起こしたビリヤードブーム時代のプールバーで、群馬県に住んでいた私にとって一度はプレイしてみたいあこがれのビリヤード場でしたので、ディナータイムの後にワクワクしながら行ってみました。高級感あふれる店内には、R&Bの名曲のBobby Brownの [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年1月 Saipan旅行 Part 13
  •  美しい自然が残る無人島のマニャガハ島は、サイパン島のラグーン内にあり、周囲1.5km ほどの小さな島です。白いビーチと透明度の高い海が広がり、シュノーケリングやマリンスポーツが充実していました。太平洋戦争中は、旧日本軍によって軍事要塞化され軍艦島と呼ばれていました。島内には旧日本軍の大砲やトーチカなどが残されており、島周辺のラグーンには戦時中に沈んだ零戦や輸送船も残っていました。マニャガハ島への一日ツ [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年1月 Saipan旅行 Part 12
  •  ハイヤットホテルのプールサイドバーでは、ハンバーグの中身がレアになっている美味しいハンバーガーに出会いました。中身がレアのハンバーグのハンバーガーは初めてでしたが、食べてみると牛肉のうま味がすごく、ステーキを食べているような感覚でした。それまでの私のハンバーガーはファーストフードという認識を完全に壊された逸品でした。牛肉100%だからこそできる中身がレアなハンバーガーは、探せばあるものかとは思い [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年1月 Saipan旅行 Part 11
  •  ハファダイビーチホテルやハイヤットホテルの前に広がるマイクロビーチは、コーラルブルーの海と白い砂浜のコントラストが綺麗でなサイパンを代表するビーチです。遠浅で透明感のあるビーチは、日中はもちろんサンセットも素敵で、ラグーン内に浮かぶマニャガハ島を眺めながらサイパンのリゾート気分を満喫することができます。マニャガハ島へ渡るモーターボートやラグーン内で遊ぶバナナボートなどマリンスポーツを楽しむ各種施 [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年1月 Saipan旅行 Part 10
  •  グアムやサイパンなどのミクロネシアでは、ハワイのポリネシアン・ダンスショーなどと似ているファイヤー・ダンスなどのショーを見たいものです。ハイヤット・リージェンシー・サイパンのサンドキャッスルでは、食事付きのディナーショーを楽しむことができました。こどもの頃にテレビで見たファイヤー・ダンスやリンボー・ダンスの違いはよくわかりませんが、トロピカルムード溢れるショータイムを楽しませてもらいました。 [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年1月 Saipan旅行 Part 09
  •  ガラパンからビーチロード道沿いに南下すると、サイパン(北マリアナ自治領)の主都「ススペ」や現地の人々のショッピングエリア「サンホセ」があります。ランドマークとなるナウルビルや官公庁が集まっていたり、日用品や衣料品を揃える小さなお店が立ち並んでいたりします。日本人観光客向けに日本語の看板を掲げたタウンハウスショッピングセンターなどでスポーツ用品やお土産品などを購入しました。 [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年1月 Saipan旅行 Part 08
  •  「バンザイクリフ」「ラスト・コマンド・ポスト」「砂糖王公園」などの北部の観光名所の最後には、「バードアイランド」に行きました。戦争や日本統治時代の旧跡を廻った後なので、サイパン島の豊かな自然を目にすることのできる「バードアイランド」では、単純に絶景を満喫することができました。入り江に浮かぶ島には、海鳥たちが巣を作るための穴が無数に空いているので、海鳥たちの繁殖地となっているようです。 [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年1月 Saipan旅行 Part 07
  •  砂糖王公園には、日本統治時代のサイパン島での主な産業の一つであったサトウキビに運搬に活躍した蒸気機関車が保存されていました。サトウキビで財をなした砂糖王の松江春次の像や香取神社など、日本人の生活があった面影が残されていました。この公園は、日本統治時代から存在するもので、サイパン島の最初の公園として神社と一緒に建設されたそうです。 [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年1月 Saipan旅行 Part 06
  •  バンザイ・クリフの近くには、太平洋戦争時に日本軍が最後に司令部を置いた場所となるラスト・コマンド・ポストがあります。高射砲や戦車が当時のままに残されており、戦没者のための慰霊碑や塔も建立されています。崖をくり抜くように作られた要塞からは戦争当時の壮絶な様子を想像できました。ここでは、レンタカーのエンジンが始動しなくなってしまい、近くにいたオーストラリア人に手伝ってもらって押しがけで、エンジンを始 [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年1月 Saipan旅行 Part 05
  •  サイパン島の最北端にあるバンザイクリフは、サイパンでの日本軍最後の激戦の爪痕が残っている場所です。サイパン島陥落の時に、民間の日本人たちが「万歳」と叫んで断崖から海に身を投じたことから名付けられたそうです。リゾートして訪れるサイパン島ですので、コーラルブルー綺麗な海に囲まれた島の美しさからは想像できない悲しい歴史があることを実感することは難しいと思いますが、慰霊碑を見て平和な時代に生まれた有り難 [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年1月 Saipan旅行 Part 04
  •  成田空港から深夜便でサイパンに到着して、ハファダイビーチホテルにチェックインしたのが午前2時前後でしたので、朝寝坊をしてしまい午前中の現地ツアーには参加できませんでした。熱帯の心地よい風に吹かれながらゆっくり朝食を食べた後に、レンタカーを利用してサイパン島をぐるりと一周しました。格安の乗用車を選んだので、車種はトヨタのカローラでしたが、左側のドアミラーが付いてなかったのが印象的でした。現地ツアー [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年1月 Saipan旅行 Part 03
  •  サイパンでの滞在先は、スーパーやレストランが揃っているガラパン地区にあるハファダイビーチホテルでした。ハファダイ Hafa Adai とは、グアムやサイパンの先住民はチャモロ人が話すチャモロ語で「こんにちは」を意味します。ホテルは、サイパンの大通りのビーチロード道沿いのジョーテン・ショッピングセンターに並んでいました。ビーチロードをはさんだ反対側にはDFSギャラリアもあるので、昼間はビーチでのんびり過ごし、 [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年1月 Saipan旅行 Part 02
  •  成田とサイパンの往復には、日本航空を利用して、宿泊先はマイクロビーチに面するハファダイビーチホテルでした。格安パックツアーに参加したので、往路は成田発の深夜便、復路はサイパン発の早朝便となりました。日本航空には初めての搭乗でしたが、乗務員のきめ細やかなサービスに、外国系航空会社との違いを感じました。 [続きを読む]
  • Nostalgia - 1990年1月 Saipan旅行 Part 01
  •  大学生活最後の海外旅行は、大学の卒論を書き上げ、2月の卒論発表会を目前に控えた1月下旬にサイパンへ行きました。真冬の日本を脱出して常夏のサイパンで、コーラルブルーの海を満喫するのが目的でした。1年前の1989年の12月に初めての海外旅行で訪れたグアムの海に魅了されて、グアム以上に綺麗と評判のサイパンを大学の卒業旅行の地に選びました。 [続きを読む]
  • Nostalgia - 1989年12月 Hawaii旅行 Part 20
  •  まだまだ海外旅行が高嶺の花だった時代には、パンアメリカン(パンナム)航空とノースウエスト航空が、アメリカ本土やハワイなどへ向かう太平洋線の主な航空会社でした。パンナム航空がユナイテッド航空に路線を移譲して撤退、ノースウエスト航空がデルタ航空と経営統合して、現在の太平洋線の主力となっています。ノースウエスト航空やユナイテッド航空は、日本からのアジア路線への以遠権があったので成田空港をハブとして、東 [続きを読む]