史郎 さん プロフィール

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史郎さん: 伊那の谷から古代が見える!
ハンドル名史郎 さん
ブログタイトル伊那の谷から古代が見える!
ブログURLhttp://utukusinom.exblog.jp/
サイト紹介文古代文字で書かれた 大御食(おおみけ)神社の古記録『美しの社社伝記』の秘密を解明しています。
自由文思兼尊・倭武尊・神代文字「アヒル草文字」の読み方・「壬申の乱」以降の信濃の変遷など、いろんな切り口から地方の古代史を読み解こうと、ぶらり旅に出ました。どこかでお会いしたら、お話をしましょう。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供31回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2009/02/05 06:58

史郎 さんのブログ記事

  • ホツマの姿が今に残る「諏訪」
  • ホツマの姿が今に残る「諏訪」!諏訪大社上社境外摂社に「御射山神社」がある。御祭神は、建御名方神・大己貴神・高志沼河姫神・ 国常立命古来、この辺は狩場であり、この地で行われる御狩の神事は全国的にも有名で、諏訪信仰の広める一因でもあった。ホツマツタヱにこうある。アマテル神は言った。スワの神(建御名方) が山深き国からやって来て願い出るのには、「信濃は大層寒... [続きを読む]
  • 神歌
  • かみうた(神歌)ドイツ人、ケンパーマンがローマ字表記したものです。 かみうた かみはゆく としきはとまね かねこなる ますみのかかみ おもかははりてや あ吾郷清彦 訳(読み違いがあるとしてます) カミウタ         (神歌) カミハユク        (神は行く) ヒキコハヒカヒ カヒヤフル (?) マスミノカカミ      (真澄の鑑) オモハ... [続きを読む]
  • ひふみ
  • 「ひふみ傳」の 始め 上古第二十代天皇:惶根王身光天津日嗣天日天皇(カシコネ オウミヒカル アマツヒツキ アメノスメラミコト)、詔(みことのり)して 四十七音文字 言歌を作らせ給う。ヒフミ伝の始めなり。  ( 竹内文献 より ) [続きを読む]
  • 「思兼尊之霊句四七言」の持つ意味
  • 「ひふみ傳」の 始め 上古第二十代天皇:惶根王身光天津日嗣天日天皇(カシコネ オウミヒカル アマツヒツキ アメノスメラミコト)、詔(みことのり)して 四十七音文字 言歌を作らせ給う。ヒフミ伝の始めなり。  ( 竹内文献 より ) [続きを読む]
  • 大御食神社「昔時年代記・社伝記」を読む
  • 「吾道家」の役割とその由来 及び、「思兼尊之霊句四七言」の持つ意味。先代旧事記 巻三 天神本紀. ・思兼命之霊句四十七言・忌部宿禰傳、齋部家極秘神名(カムナ)・天児屋根命作、宗源道極秘神名(カムナ) 出典:神字日文傳 【 思兼命之霊句 四十七言 】( フォント:阿比留草文字 史郎体 A ) 天地暮... [続きを読む]
  • 大御食神社、創祀年度 考
  • 大御食神社の創祀年度は、神社明細帳では 五十八年、社伝記では 四十八年とある。明治十二年の 神社明細帳にある「大御食神社・由緒」には、神社の創祀年度が、景行天皇五十八年とある。一方、その根拠となる 神代文字・阿比留草文字で書かれた「昔時年代記・社伝記」には、景行天皇四十八年とある。【明治十二年 神社明細帳】【解読及び神社明細帳との比較】「よ」の字は、「や」とも読める... [続きを読む]
  • 日本三大弁天とは?
  • ★ 日本三大弁天を、ホツマツタヱ と 先代旧事本紀大成経 から解く。竹生島【三社弁才天祭】が、6月10日にあるという。日本 三大弁天 とは、竹生島神社(竹生島), 江島神社(江の島), 厳島神社(厳島) をいう。弁財天とは一般的に「もとは仏教の守護神で、本地垂迹において、宗像三女神の一柱である市杵嶋姫命と同一視され、奈良期以降崇敬され続けている神」などと されている。... [続きを読む]
  • 250年前、神代文字で書かれた『八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に…
  • 6月3日(土)、御師の「河口湖 本庄家」で行われた宮崎先生のワークショップ、「アワ歌の謎を解く―本庄家文書より分かった響き合わせの意味」に出席し、大変有意義な一時を過ごさせていただきました。その時、「本庄家の屋根裏部屋から 約250年前の古文献が出てきた」という文献の一葉を拝見しました。阿比留草文字と阿波文字の混在した文書ですが、習ったものか それとも記録なのか? しかし元はあったんだろ... [続きを読む]
  • 国維椿(国つなぎの杭) と、四椿(四つの杭) と、弁財天の話。
  • ★ 国維椿(国つなぎの杭) と、四椿(四つの杭) と、弁財天の話。(先代旧事本紀と、ホツマツタヱの接点で読み解く)1995年、韓国金泳三政権が行った「鉄杭除去事業」なるものがあった。これは「鉄杭は、日帝が国土の血脈遮断のために明堂の穴に鉄を溶かして注いだもので、政権が鉄杭除去した」と云うのである。「鉄杭は、白頭山から入る気の脈を切る目的で、漢江の力を殺そうとした」... [続きを読む]
  • まぼろしの吾道家 (2)
  • 吾道家が伝えてきた【 霊宗道 】とは?大御食神社の社伝記の記述の最後は村上天皇・天暦五年(951) 、阿智神社の社家が戸隠に移遷したのも同じ時期である。このことは、国の覇権が藤原氏のものとなっていったことに深く関わる。■ 藤原氏の支配伝教大師(最澄) が神坂峠を越えて信濃に入ったのは、弘仁8年(817)。そして広拯院(布施屋) を建てた。(叡山大師伝)  その後伊那谷には... [続きを読む]
  • まぼろしの吾道家
  • 吾道家(小町谷神官家) 炎上「赤須上穂舊記録鈔」によると、天明二年(1782) 八月 赤須村美女ヶ森小町谷神官の屋敷火災にて焼失し、11棟あった家屋が焼失し、全ての文書宝物が失われた。辛うじて神代文字で書かれた年代記(社伝記)の写しが難を逃れ、今に伝わる。実はこの火災の起きた前年の 天明元年(1781) に、白隠慧鶴の高弟で 伊豆三島の龍沢寺創建をなした 東嶺円慈和尚は、3... [続きを読む]
  • 無病息災願い「やに回し」
  • 「をけら詣り」と「やに回し」『新撰姓氏録』の、諸蕃 帰化人系の氏族 326氏の中に、 八坂造 出自 狛国人 久留 川麻乃 意利佐也 …とある。これを、・八坂造(やさか の みやっこ) は、久留(くる) 川麻乃(せんまえ) 意利佐(おりさ) の 狛(こま) 国人(高句麗人) の出身。と読む。すなわち、・久留(クル) は、中国・江南(長江の南) にあっ... [続きを読む]
  • 日抱宮(ひだきのみや) のこと
  • 日抱宮(ひだきのみや) 白井神社 【岐阜県高山市丹生川町白井】祭神 五十猛大神、お祭 例大祭9月1日とされているが、本来は祭神などない「日抱宮」です。江戸時代に十八ある日抱宮が伊太祁曽神社と改名させられたが、この白井地区の住民は他地区の伊太祁曽神社に合祀されたのを、元の場所に取り返して奉斎した。狛犬は社殿最奥にしまい込んだという。日抱御魂鎮(ひだきのみたましずめ) は... [続きを読む]
  • 地名の三日町は、三日待ち
  • 長野県箕輪町にある「南宮神社(祭神:建御名方命、八坂刀売命)」には、春宮と秋宮がある。建御名方命は秋宮と春宮とを半年ずつ遷座し、それを「御神渡り」といい、毎年の祭事である。初夏に行われる春宮から秋宮への遷座のあと建御名方命(祭神) は、山中に建てられた「御旅所」と呼ばれる「穂屋」に三日間、避暑に行った。現在の穂屋その三日の間、お供の者たちは麓で待機し、その場所を三... [続きを読む]