jc_brother さん プロフィール

  •  
jc_brotherさん: 生活の中の聖書
ハンドル名jc_brother さん
ブログタイトル生活の中の聖書
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/jc_brother
サイト紹介文聖書から見る日々の生活
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供151回 / 365日(平均2.9回/週) - 参加 2009/02/24 10:17

jc_brother さんのブログ記事

  • 「天に富を積む幸い」
  •  イエスは宝を天に積みなさいと言う。 私たちは良い行いをて、他人に褒められたいと思うこころがある。 他人を助けることは喜ばれる行いだ。 でも他人の目に良しとすることは神の目には良しではないと言う。 神は私たちの動機を見られるお方。 見てもらおうとして,人の前で善行をしないように注意しなさい。 マタイ6:1 人からほめられようとラッパを吹き鳴らすことではない。 右の手のすることを左の手に知らせないと言 [続きを読む]
  • 「ラオデキヤー冷たいか、熱いかであってほしい」
  •  私たちはイエスを信じた時のあの感動は、あのパッションは、 どこへ行ったの、ということがある。 でもそれは時とともに、信仰によって整えられ、 魂に救いの感動の喜びを深く刻み込んでいる。 わたしはあなたの行ないを知っている。あなたは、冷たくもなく、 熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであっ てほしい。このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもな いので、わたしの口からあなたを吐 [続きを読む]
  • 「フィラデルフィヤー門が開かれていた」
  •  私たちは絶対的な安全を得たい、そこで暮らしたいと願ってる。 それで多くの情報を探し、ざわざわしている。 けれども、この世は盗人が忍び込むことがある場となっている。 また、この世には絶対的な安全を保証する、避難場所はない。 ところがたった一つ、絶対的なところがある。御国だ。  この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこ の御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのよう な [続きを読む]
  • 「サルデスー生きているが実は死んでいる」
  •  エペソでは「初めの愛から離れてしまった。」と聞いたが、 ここでも「生きているが、実は死んでいる」と、語られている。 サルデスにある教会は神の目には死んでいた。 それは、アダムが神から離れたことによって霊的に死んだように。 この状態が生きているようで、実は死んでいるという状態。 恐ろしく厳しいことばだ。 わたしは、あなたの行ないを知っている。あなたは、生きている とされているが、実は死んでいる。目 [続きを読む]
  • 「テアテラ−内側にある問題」
  •  聖書は何をしても、そこに愛がないなら、うるさいドラだと言い、 また、ことばや口先だけではなく、行ないと真実をもってと言う。 テアテラの教会の行ないと愛と信仰と奉仕と忍耐を知り、 近ごろの行ないが初めの行ないにまさっていると、イエスは言う。 私たちはイエスに、初めの行ないにまさっていると言われたい。 私たちの願うところは、成長すること。 私たちにある救いの喜び、これから後への希望、そして神の愛。  [続きを読む]
  • 「イエスの復活は死に対する勝利の宣言」
  •  私たちは死の先が、存在の最終地点が分からないので、 怯えて生きている。それで多くの宗教が存在する。 世の中には事故から、災害から、失敗から、故障から ケガや病気から回復して、活躍する、決勝弾を放つ、 力強い歌声を聞かせるなどなど、 再び立ち直る様を復活ということばで現している。  実態は一事的な出来事にすぎないのにだ。 また、その恩恵に私たちは与ることもない。 そう言ってしまえば身も蓋もなくなっ [続きを読む]
  • 「十字架のイエス」
  •  あなたの余命は一年、と言われたら、どう過ごすだろう。 これまでしなかったこと、できなかったことに取り組む。 何とかいのちを引き伸ばしたいと、その術を見いだそうとする。 いままで通りに過ごす。 けれども、すべての人の余命は一日、一時間かも知れないのだ。 それは日々報道されるように、事故や事件、自然災害、テロで、 いのちを落とすことになるか、分からないからだ。 でも多くの人は、それは自分とは無関係で [続きを読む]
  • 「花は散るが、主のことばはとこしえに」
  •  さくらは満開となり、そして散っていく。 それでなくとも散るものを、雨がそれを早める。 私たちの世界は、このような散るものの中にある。 財産、地位、健康、容姿も、そしていのちも。 けれども、変わらないものがあるのだ。 人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はし おれ、花は散る。しかし、主のことばは、とこしえに変わること がない。」とあるからです。あなたがたに宣べ伝えられた福音の こ [続きを読む]
  • さくら
  •  さくらが美しいと思えるのは 見れば分かる通り、 枝の一部分だけに花が咲くのではなく、 全体が花びらで覆い尽くされるからだ。 普段は輝きのない単なる木だが、 時が来ると輝きの衣を纏う。 私たちもまた、まばゆい栄光の輝きの姿となる。 いまから楽しみである。   [続きを読む]
  • 「ペルガモーパン種を取り除け」
  •  ペルガモには神々の神殿が多くあり、文化と政治の中心地であり、 誘惑に満ちていたサタンの王座があると。 その中で、信仰を捨てなかったことを、ほめられている。 しかし、鋭い、両刃の剣を持つ方がこう言われる。  あなたには少しばかり非難すべきことがある。あなたのうちに、 バラムの教えを奉じている人々がいる。黙示録2:14 このことは私たちに無関係ではない。 いまもこの世の支配者に支配されているから。 バラ [続きを読む]
  • 「スミルナー死に至るまで忠実でありなさい」
  •  イエスが私たちに求めているのは、忠実さである。 初めであり、終わりである、そのイエスが言われる。 死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたに いのちの冠を与えよう。黙示録2:10 ちょいと死に至るまで忠実でありなさい、ということばは 読み違えそうなところだ。 救われているから、忠実でありなさい、ということ。  行ないによって救いを得るのではないからだ。 死に至るまでもとは、とて [続きを読む]
  • エペソ「初めの愛にもどれ」
  •  ヨハネから、アジヤにある七つの教会、エペソ、スミルナ、ペルガモ、テアテラ、 サルデス、フィラデルフィヤ、ラオデキヤへの手紙。 「耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。」 勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい、と教えられ、 ここエペソ教会は労苦と忍耐をもって忠実に仕えていた。 神の知恵によって偽りの教えから守ったことを褒められている。 ところがいつの間にか、それらを自分の知恵、力だ [続きを読む]
  • 「蜘蛛の糸」
  •  釈迦は極楽にいて、暇つぶしに蓮池から地獄を見下ろしている。 その地獄の底に、かんだたと云う男が蠢めいていた。 男はいろいろ悪事を働いた極悪人。 けれども、ただ一度の良きこと、 蜘蛛を踏みつけずに助けてやったことを思い出し、 そこでこの男を救いだそう、と決めた。 それで釈迦は蜘蛛の糸を地獄の底へ、まっすぐに下した。 銀色の蜘蛛の糸が垂れてきたことを知り、 男は早速その蜘蛛の糸を両手でつかみながらの [続きを読む]
  • 「蜘蛛の糸」
  •  釈迦は極楽にいて、暇つぶしに蓮池から地獄を見下ろしている。 その地獄の底に、かんだたと云う男が蠢めいていた。 男はいろいろ悪事を働いた極悪人。 けれども、ただ一度の良きこと、 蜘蛛を踏みつけずに助けてやったことを思い出し、 そこでこの男を救いだそう、と決めた。 それで釈迦は蜘蛛の糸を地獄の底へ、まっすぐに下した。 銀色の蜘蛛の糸が垂れてきたことを知り、 男は早速その蜘蛛の糸を両手でつかみながらの [続きを読む]
  • 「パラダイス」
  •  イエスの十字架の右左に、強盗犯二人が十字架に。 二人はイエスをののしっていた。 お前はキリストではないか。自分と私たちを救えと。 そこにいた人々もののしる。ユダヤ人の王なら、自分を救え。 イエスは父に祈る。 父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分で わからないのです。ルカ23:34 一人の強盗犯は言った。 われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたり まえだ。だがこの [続きを読む]
  • 「パラダイス」
  •  イエスの十字架の右左に、強盗犯二人が十字架に。 二人はイエスをののしっていた。 お前はキリストではないか。自分と私たちを救えと。 そこにいた人々もののしる。ユダヤ人の王なら、自分を救え。 イエスは父に祈る。 父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分で わからないのです。ルカ23:34 一人の強盗犯は言った。 われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたり まえだ。だがこの [続きを読む]
  • 「御霊に導かれる人」
  •  肉の生き方は神を喜ばせることが出来ない。 ただただ私たちを喜ばせるだけ。 肉の思いは神に向き合わないし、従わない。 それで自分のしたいと思うことができない。 こんなことをしている者たちが神の国を相続することはないと。 御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます。御霊によ る思いは、いのちと平安です。ローマ8:5〜6 すでに救いに与った私たちは、肉に従う責任を負っていない。 確かにまだ完全とされ [続きを読む]
  • 「御霊に導かれる人」
  •  肉の生き方は神を喜ばせることが出来ない。 ただただ私たちを喜ばせるだけ。 肉の思いは神に向き合わないし、従わない。 それで自分のしたいと思うことができない。 こんなことをしている者たちが神の国を相続することはないと。 御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます。御霊によ る思いは、いのちと平安です。ローマ8:5〜6 すでに救いに与った私たちは、肉に従う責任を負っていない。 確かにまだ完全とされ [続きを読む]
  • 「肉に属する者」
  •  私たちは、キリストについての初歩の教えをあとにして、 成熟を目ざして進む者とされている。 信仰はキリストのことについてのことばを聞くことから始まる。 そのために、イエス・キリストを土台として建て上げていく。 内なる人の成長を求め、よりキリストとの親密さを得たいと願う。 それなのに、その人の関心は神にではなく、人間に向いている。 神が望まれていること、求められていることより、 御霊ではなく、自分に [続きを読む]
  • 「肉に属する者」
  •  私たちは、キリストについての初歩の教えをあとにして、 成熟を目ざして進む者とされている。 信仰はキリストのことについてのことばを聞くことから始まる。 そのために、イエス・キリストを土台として建て上げていく。 内なる人の成長を求め、よりキリストとの親密さを得たいと願う。 それなのに、その人の関心は神にではなく、人間に向いている。 神が望まれていること、求められていることより、 御霊ではなく、自分に [続きを読む]
  • 「生まれたままの人」
  •  この世には救われている人と救われていない人が存在する。  あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、そ のころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の 権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に 従って、歩んでいました。私たちもみな、かつては不従順の子ら の中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行 ない、ほかの人たちと同じように、生ま [続きを読む]
  • 「生まれたままの人」
  •  この世には救われている人と救われていない人が存在する。  あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、そ のころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の 権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に 従って、歩んでいました。私たちもみな、かつては不従順の子ら の中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行 ない、ほかの人たちと同じように、生ま [続きを読む]
  • 「労苦は主にあってむだでない」
  •  どのように生きることが神を喜ばせるのだろう、 と私たちは考える歩みをし続けたい、と思っている。 ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされること なく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労 苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。 1コリント15:58 私たちは新しい喜びの人生に生きているはずだが、 残念ながら、張りのない生き方になっているのではないかと。 私た [続きを読む]
  • 「労苦は主にあってむだでない」
  •  どのように生きることが神を喜ばせるのだろう、 と私たちは考える歩みをし続けたい、と思っている。 ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされること なく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労 苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。 1コリント15:58 私たちは新しい喜びの人生に生きているはずだが、 残念ながら、張りのない生き方になっているのではないかと。 私た [続きを読む]
  • 「正しい 者はいよいよ正しいことを」
  •  また、彼は私に言った。「この書の預言のことばを封じてはいけ ない。時が近づいているからである。不正を行なう者はますます 不正を行ない、汚れた者はますます汚れを行ないなさい。正しい 者はいよいよ正しいことを行ない、聖徒はいよいよ聖なるものと されなさい。」黙示録22:10〜11 いまに限ったことではないが、世に不正が、悪事が満ちている。 それらを見たり、聞いたりすると、私たちは憤る。  神はこのように言 [続きを読む]