釣山 史 さん プロフィール

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釣山 史さん: 歴旅・温泉、そしてチョッと釣り
ハンドル名釣山 史 さん
ブログタイトル歴旅・温泉、そしてチョッと釣り
ブログURLhttp://hokkaidonobunka.sapolog.com/
サイト紹介文オホーツクを中心とした文化と歴史のサイト〜子ども達へ伝えたい郷土の歴史語り
自由文ガイドブックにも載らない北海道の歴史・紀行、地域文化と温泉・旅のサイト。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供19回 / 365日(平均0.4回/週) - 参加 2009/03/01 02:16

釣山 史 さんのブログ記事

  • 御真影奉安殿
  • 煉瓦建築物の一様態 さて御真影奉安殿と教育勅語の研究は、仲間からはマニアックと云われるが、昨年の民俗建築学会での講演は、まずまずの好評価で研究成果として認められ、近々に論文集が刷り上る。これは建築の視点で奉安殿の歴史を語るもので、煉瓦に関する話しも出て来る。積極的に御真影が下付されるようになって間もない明治28年に月形小学校が御真影と教育勅語を焼失させた。関係の驚きは大きかったようで、多分、北海道 [続きを読む]
  • 網走の捕鯨船
  • この5/1〜5/8に紋別港に寄港した小型のキャッチャーボート 日本の小型捕鯨船の許可船は9隻があり、実際の稼動はうち5隻で、網走海域の業者(水揚げは網走市のみ) は、下道水産(正和丸15.2?)、三好捕鯨(第七勝丸32?)が、国際捕鯨委員会(IWC)の対象外となっている歯クジラ類のツチクジラを年に各船2頭づつ捕獲してきた。 水産庁は、「新北西太平洋鯨類科学調査計画案」において、2017年度〜2028年度の網走沿岸域での [続きを読む]
  • 教育勅語
  • §教育勅語の成立過程 ①伝統的な日本的儒学 江戸時代の学問は儒学が中心にあり、その後に続く日本的儒学は藤原惺窩の「朱子学」に始まった。惺窩に推挙されて徳川家康の侍講になった林羅山は、仏教は虚学であり、朱子学を実学とした。代々林家が大学頭となった昌平坂学問所(昌平黌)は最高学府であり、朱子学が正学として諸藩校の模範となった。「教育ニ関スル勅語」の草案作成に中心的な役割を果たした元田永孚は、明治4年に [続きを読む]
  • 三平汁と石狩鍋
  • 〇身近な伝統食 先だって某観光ホテルに宿泊したときに「三平汁」と称してサケ汁を客に提供していた。味噌仕立てか、そうでないかは別にして、サケは「石狩鍋」であり、『本来の三平汁は、漬けたニシン(冷温に保てなかった昔は、生が傷んで酸味があり、また、保存用に付け込んだ)を使いますヨ』と、そっと教えてあげた。 さて、サケの伝統食と云うと塩サケだが、薄塩の「新巻」と「塩引」とは違う。「塩引」を何度も手返して漬け [続きを読む]
  • 森友学園問題
  • 戦後の農地解放によって、強制的に買い上げられた国有農地は、全国各地に存在し、実際の管理は地方自治体である。中山間地や廃郷などに残るものが多いのだが、有休農地の利活用、売却を強く求められることがある。これとは違うが、広大な有休地であったことに変わりがないのが森友学園の旧国有地である。森友学園の国有地の売買問題であるが、私がかってに思うに次のことが考えられる。・そもそも不良物件と分かったところで、金額 [続きを読む]
  • 留萌のニシン漁場
  • 北海道文化財保護協会講演会 2017/2/8 留萌のニシン漁労 国史跡・旧留萌佐賀家漁場 積丹の斉藤や紋別の金平など、明治・大正期に鰊場で活躍した青森県人が多い。留萌の佐賀家も下北の人で、青森ヒバを扱う商人であった。大佐賀家は、一八四四(弘化一)年に礼受に漁場を置き、群来が見られなくなる一九五七(昭和三二)年まで、百年を越えて一所を経営したもので、番屋、網蔵、船蔵、干場、稲荷社など、漁場の景観を良く残して [続きを読む]
  • 御真影の廃止、奉還
  • 御真影の奉還  終戦の前日に『全国的休戦等アラバ』、御真影を焼却すると軍事機密指令が発せられていたことは興味深い。さて、昭和21年元日(1946年)のいわゆる天皇陛下の「人間宣言」を控え、前年の12月20日(1945年)には、『従来下賜ノモノ全部取纏メノ上成ルベク年内二各地方庁二奉遷スルコト』と通牒され、御真影を奉還し、拝礼しないことになった。しかして、それは御真影を否定するものではなく、陛下の御姿が軍装だからで、『 [続きを読む]
  • 顕正寺の古い掛軸、紋別太子講
  • 二百年以上前の掛軸紋別では、明治四十一年に大工たちが浄土宗顕正寺に太子堂を建立して太子講祭が始まった。昭和二十七年に寄進を受けた皇太子の掛軸には、「天明元歳(一七八一年)奉開眼聖徳太子」と記されている。静岡県袋井市の真言宗篠ヶ谷山岩松寺から伝わったもので、岩松寺では、大工の棟梁に対して、免許皆伝の秘伝書を与え、太子講の絵讃(掛軸)を発行した。遠江・三河だけではなく、家康に従って下った江戸大工とも関 [続きを読む]
  • 子どもの文化財愛護活動推進事業
  • 文化の日に、身近な歴史に触れてみよう。勾玉づくりと文化財のお話しをします。身近な文化財と歴史のお話し タロとジロ、南極観測60周年 風連のクマ、比布のクマ、紋別のクマ 子どもの文化財愛護活動推進事業 2016/11/3 in 士別市 士別市立博物館 13時から第―号外  勾玉づくりと士別の歴史のお話し      [続きを読む]
  • 紋別聖徳太子講
  • 誇るべき伝統文化の継承、顕正寺の聖徳太子講 〜無形民俗文化財調査が行われる/紋別市 この28日に道文化財保護協会、道建築士会の4名が、紋別聖徳太子講組合(紋別建設業協会)の協力を得て、100年を越えて顕正寺に伝わる紋別聖徳太子講の文化財調査を行った。文化庁の「文化遺産を活いかした地域活性化事業」の一環で、北海道文化遺産活用活性化実行委員会(道文化財保護協会、道建築士会、NPOれきけん)は、昨年から太子 [続きを読む]
  • 北海道の御真影奉安殿
  • 日本民族建築学会 第80回研究会 北海道の御真影奉安殿 釣山史 山田雅也 2016/9/24/土 15:00〜17:00法政大学デザイン工学部 参加費500円 (学生無料) 小学校に建つ御真影奉安殿/昭和8年 国立国会図書館デジタルコレクション 頭を上げるとコツンとやられて、御真影や教育勅語に正対したこともない児童たちは80才となり、当時の混乱もあって記録や記憶が曖昧となった。本物の詔書類の鑑定もままならず、りっぱで [続きを読む]
  • 北海道ヘリテージ・フォローアップ講座
  • 明治45年に建築された登録有形文化財・網走監獄五翼放射状平屋舎房は、網走の町の発展を象徴する。 ヘリテージ・マネージャー/コーディネーター フォローアップ講座in【網走】 8/6〜7、 歴史的建造物の保存再?事例につい講座を行い、網走市内を巡見した。網走市立郷土博物館 設計はフランク・ロイド・ライトに師事した田上義也。昭和11年に「北見郷土館」として開設した。真ん中の最上階にドームを置き、ふんだんに曲 [続きを読む]
  • 根室地方の鉄道遺産1
  • 根室管内の鉄道遺産 民族調査のついでに旧国鉄釧網線標津駅と旧別海村営軌道風連線の転車台を見学しました。旧殖民軌道茶内線跡も。国鉄釧網線標津駅の転車台 旧別海村営軌道風連線の転車台 旧殖民軌道茶内線秩父内駅跡第397号    根室地方の鉄道遺産      [続きを読む]
  • 道内の教育勅語を巡る事件簿
  • 津別町本岐の教育勅語 その当時、学校長の最重要の職務は、御真影や詔勅類の奉護であり、各校は災害に備えたが、頭を痛めたのが盗難・紛失である。そうして全国各地に奉護のために殉職したり、責任を負って自死する例が見られ、ここでは道内での事件を紹介する。○留萌小学校長無理心中事件/大正元年9月の大喪儀から間もない頃、留萌小学校で教育勅語が道庁へ送りつけられ、収納箱が縁の下に投げ込まれるという事件が発生した。 [続きを読む]
  • 北海道開拓と門徒衆
  • 北海道開拓と聖徳太子信仰 北見市のキリスト教団や滝上町の黒住教団による開拓は知られるが、浄土真宗門徒が語られることは少ない。親鸞は聖徳太子を教主とし、その徳や業績を賛美したのが太子講式であり、門徒衆が結束した講は、宗教としてだけではなく、地域共同体を形成し、これを母体に団体が入殖すると太子信仰を持ち込んだ。明治中期頃までの北海道開拓には北陸人が多く、また、漁業従事者の寄留・出稼ぎも多かった。松前藩 [続きを読む]
  • 釧路の聖徳太子講
  •  釧路聖徳太子講の最大の見せ所は、例大祭での鳶職による纏い振りと梯子乗りである。釧路では、明治40年に釧路大工職組が組織され、2年後に釧路聖徳太子講を創立した。大正元年には、浄土真宗本願寺派本行寺が経堂を聖徳太子堂と改称して講中に開放し、尊像は孝養太子像である。建築関連業種の技能研修や親睦の場になっており、活動は非常に活発である。例大祭では宗派を問わず、仏教各宗協和会が参加するという。第394号  [続きを読む]
  • 厚田・当別の文人
  • ◆厚田と当別の文人3人 ○河合裸石と子母澤寛 アウトドア・ライターで紀行作家の河合裸石は新潟に生まれた。岩見沢を経て厚田へ渡り、高等小学校を卒業後に代用教員となり、教え子に子母澤寛がいる。後に小樽新聞社、さらに北海タイムスへと移り、後半生は山岳スキー家として良く知られる。共著にバチュラーの「アイヌの炉辺物語」、著作に「蝦夷地は歌ふ」などがある。戦前の教科書にもなった「スキー夜話」では、『スキーが日 [続きを読む]
  • 犬皮のお話し
  • 犬皮のお話し 「冬のはきもの」の続き。戦中の物資不足に対応して様々なものが統制・転用されることになったとき、そのひとつに犬皮があった。津軽三味線は犬皮というが、豚皮には及ばずとも十分強度があるといい、犬皮は統制品となって、野犬や狂犬狩りから出る皮はクロムでなめして靴となった。そもそも、朝鮮や北満では皮革、特に犬皮が一大産業であり、日本でも昔は犬皮がよく防寒具とされ、戦時に畜犬は献納されて飛行服など [続きを読む]
  • 奉安殿シンポジウム
  • 別海町指定文化財「旧柏野尋常小学校奉安殿」修理工事竣工記念シンポジウム実施要項 奉安殿シンポで講演します。詳細なデータ、資料を持参するのでヨロシクご参加を!! ヤマダす。 1.主催 別海町教育委員会 2.とき 平成27年12月6日(日)午前10時より 3.ところ 柏野会館(野付郡別海町西春別105番地の9) 4.内容 (1)講演「北海道建築史における旧柏野尋常小学校奉安殿の位置づけ」(仮題) NPO法人歴史的地 [続きを読む]
  • 戦前のRC造橋
  • 昭和10年築のRC造橋 築80年の橋梁/西興部村中興部 天北峠の要地であり、明治37年に駅逓が開設され、大正10年には国鉄名寄線中興部駅が開業、木材の集散地として発展した。昭和50年には小学校が閉校して平成元年に鉄道が廃線となった限界集落である。中興橋。第390号  築80年のRC造りの橋      [続きを読む]