ミーちゃん さん プロフィール

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ミーちゃんさん: 宝物のような時間をくれた動物たち
ハンドル名ミーちゃん さん
ブログタイトル宝物のような時間をくれた動物たち
ブログURLhttp://wheremichan.blog26.fc2.com/
サイト紹介文ペットロス。ケフィ、地域猫ミーちゃん。生きる喜びを与えてくれる動物たちとの毎日が教えてくれたこと。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供53回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2009/04/01 17:13

ミーちゃん さんのブログ記事

  • 天ぷら恐怖症
  •  お風呂から出たらタラの芽が天ぷらになっていた。それを見て、またケフィの「不在」を数えずにいられなかった。 もう何年も前、南の島の宿で天ぷらを揚げたことがあった。基本、旅行中は自炊なので毎日のように市場に通い詰め、関東では手に入りにくい野菜を買っては実験よろしく調理するのが常。 困ったときは「高温で揚げればなんとかなる」と、天ぷらにすることが多かった。ニンジンモドキ ある日、「ニンジンモドキ」とい [続きを読む]
  • ケフィが紡ぐご縁
  •  ケフィの遺品を整理し、ほぼ未使用の首輪やおもちゃ、シニアフード、薬などを犬の保護活動をしている団体に送った。 改めて検索してみるとあまりにもたくさんあって、しかもみなさんとても頑張っておられて、いったいどこへ送ったらよいものやら途方に暮れ、時間がかかってしまったがジェントルクリーチャーズ(公式HP )(Facebookページ)という団体を選ばせていただいた 決め手になったのは、(1)大型犬を中心に保護活動を [続きを読む]
  • 開き直り
  • 「桜が開花」のニュースを聞き、私はまたひとつケフィの不在を数えた。 この季節は、桜並木の河川敷がケフィとの散歩コースだった。「ほら、河津桜が咲いたよ」「ソメイヨシノのつぼみが膨らんだね」「八重桜がもうすぐ満開だよ」 そんな話しをしながら、ケフィとわずかな季節の変化を楽しんだ。ケフィは目をぱちぱちさせながら桜の花を見上げたり、その幹の匂いをかいで、春の訪れを感じていた。 だけどもう、ケフィと桜を見る [続きを読む]
  • 見えないケフィと暮らして3カ月
  •  もうすぐケフィが天に昇って3カ月になる。  ふいに『グレイがまってるから』(中公文庫)が読みたくなって手に取った。絵本作家の伊勢英子さんが、わずか5歳で癌によって亡くなった愛犬・グレイ(ハスキー)との生活やグレイへの思い、「犬の愛おしさ」について書いた作品である。 思い起こせば、この本を買ったのは先代犬・りゅうが亡くなった直後だった。本屋で、まるで何かに導かれるように手に取ったこの本はなんとも言え [続きを読む]
  • ミーちゃんのご縁で取材を受けた
  •  ミーちゃんのご縁で、昨年からさいたま市岩槻区で展開されている地域興しのための「岩槻ひまわりプロジェクト@地域猫ご縁」について地域新聞の取材を受けた。 ミーちゃんを探す過程を描いたブログが本になり、それもとに映画『先生と迷い猫』が制作された。そして昨年、映画と一緒に「岩槻映画祭」に招いていただいた。 そこでつながった地域の方々が、私も子どもの権利条約日本(CRC日本)の活動として震災以降続けてきた「自 [続きを読む]
  • 上を向いて歩こう
  •  けっこうな揺り戻しが続いている やっぱりこの春という季節がよくないらしい。街を歩いていても、道ばたに緑の芽吹きを見つけたり、元気に散歩する犬や日なたぼっこをする猫の姿が目につくようになった。冬の間は縮こまっていた命が、一斉に“のび”をして動き始めたような生命力を感じる。 そんな命の輝きが、遠い世界のことのように思えてしまう。DMやカタログ  毎日あちこちから届く「決算セール」のDMやカタログも良くな [続きを読む]
  • 揺り戻し
  •  一時期は少し落ち着いたのに、最近またケフィやでんのことを思い出しては涙することが増えた。ふたりの夢を見ることもしょっちゅうで、夜中に何度も目が覚める。 職場にいても、歩いていても、電車に乗っていても、いつのまにかふたりのことが頭に浮かび、うっかりすると涙が頬を伝わっていて自分でびっくりしたりする。 だから出歩くときにはサングラスと大判マスクが欠かせない。幸いなことに世の中は花粉症の最盛期。同じよ [続きを読む]
  • 夢の話(2)
  •  橋を渡った動物たちはどこでどんなふうに暮らすのか。友人が2冊の絵本を送ってくれた。『虹の橋―Rainbow Bridge』(佼成出版社)と『ねこたちのてんごく』(ひさかたチャイルド )だ。 どちらの本も「死後も犬や猫はとてもとてもとても幸せに暮らしながら、『かわいがってくれた人』のことを思っている」という。「いつかまた必ず一緒に暮らすことができる」(『虹の橋』)し、人間が知らないうちに「大好きだった人たちの様子 [続きを読む]
  • 夢の話(1)
  •  最近、ふと思う。「もしかしたら、でんやケフィがこの世に存在したこと自体が夢だったんじゃないか」と。 夜になると布団にもぐりこんでくるでんすけがいて、朝起きると抱きついてくるケフィがいた。毎日、日だまりを追いかけながら昼寝するでんすけがいて、どこまでも一緒に歩き続けるケフィがいた。 ひざの上にでんの重みを感じながら仕事をしたり、私がちょっと移動するたびについて回るケフィに話しかけながら過ごした。 [続きを読む]
  • 充電不足
  •  1年ちょっと前にパートナーを事故で亡くした友人が言った。「元気は、元気なんだよ。とくに何の問題も無く、ちゃんと毎日生活してる。だけど、なんていうのかな。ただなんか・・・やる気が出ないんだよ」 今の私には友人の気持ちがよく分かる。離人感 何をしていても、何を見ていても心が躍ることがない。自分が現実の世界に参加している感じが薄い。ワクワクしたり、どきどきしたりすることがない。「やってみよう!」という [続きを読む]
  • 不意打ち
  •  早いもので、もうすぐ四九日。ケフィが天使になってから、もう1月以上がたったのだ。 ケフィがいないこの世にも変わらず朝が来て、同じように一日が始まる。だれもが今まで通り生活している。ケフィの笑顔が消えてしまっても何ひとつ変わりはしない。 もうケフィはいないのに、この世はケフィを失ったのに。そんなことはお構いなしに日は昇り、時間は過ぎ、みんな生きていく。 私自身もそうだ。ケフィがいたときと同じように [続きを読む]
  • からっぽ
  •  どこにいても、何を見ても、何をしていても、ケフィのことばかり浮かぶ。 朝起きると私のひざに顔をうずめて全身で「おはよう」の挨拶をしてきたケフィを思い出す。身支度をしていれば、その様子をじーっと見つめていたケフィの瞳が鏡に映る気がする。 私の服装から「一緒に行ける」か「せがめば連れて行ってもらえる」か「絶対無理」かを判断していたケフィ。仕事に行く格好と判断すると、しょんぼりして自らハウスし、「どう [続きを読む]
  • ぽっかり
  •  ケフィが我が家に来てからは憧れつつもできずにいた朝寝坊が、いまでは好きなだけできるようになった。新聞を読みながらのコーヒータイムも取れるし、出勤前にすることも減った。 ケフィの散歩やトイレを気にすることもないから、電車の乗り継ぎで猛ダッシュして飛ぶように帰宅する必要もない。夜も早々に自分の部屋で大の字になってぐっすり眠れる。 食事会や飲み会、気晴らしにも、いつでも出かけられる。人間だけなら着物で [続きを読む]
  • 孝行娘
  •  11月半ば以降、私はプライベートの用事はすべて断った。仕事の時間も極力減らし、なるべくケフィと一緒にいられるようにした。 たくさんの人から「大型犬の介護は大変でしょう」と言われた。確かにケフィを抱き上げたり、起こしたりするので手や腰、背中などが痛むようになった。睡眠はおろか、食事の時間も確保できない日があった。 だけど大変かどうかなんて考える余裕すらなかった気がする。日に日に増していくケフィの衰え [続きを読む]
  • 初七日を過ぎて
  •  初七日を過ぎた頃から、お世話になった人たちにぼちぼちと電話をし始めた。みんな一様に「あっという間で」と驚く。高度医療病院の主治医は、こう言った。「最後が・・・本当に早かったですね。肝臓に腫瘍が見つかってから1月弱でしたから。でも逆に言うと11月はじめまで旅行したり、ぎりぎりまで家族と楽しく過ごせて幸せでしたね」 トリミングルームの店長さんは、いつも通りシャンプーの予約電話だと思ったという。「しばら [続きを読む]
  • うちのコの印に・・・
  •  まるで長期入院していた家族(人間)の退院を待っていたかのように、その2日後の夜(11月2日)に倒れ、家族の正月休みが終わる1月4日に虹の橋を渡ってしまったケフィ。 仕事が始まったら介護サロンを利用するか、シッターさんに来てもらうか、それとも毎日、病院に預けるか。そんな話合いを繰り返していた家族の負担を考え、まるで「もういいよ。もう十分だよ」とでも言いたげに、あっという間に逝ってしまった。言葉が見つから [続きを読む]
  • いくつもの「最後」
  •  ケフィが荼毘に付されるまでの2日間、いくつもの「最後」があった。 ブラッシング、体をふくこと、耳のそうじ、目や口の周りをきれいにすること。ベッドを整えて、枕にケフィの頭を乗せること。抱っこ。どれもこれも、もう二度としてあげることはできない。 それから最後の散歩。黄色いバギーに乗せ、ブランケットをかけ、家族でケフィに話しかけながら川沿いの道を歩いた。 [続きを読む]
  • 心からの「ありがとう」を
  • 「ケフィ・・・ありがとう」 ケフィのおでこに自分のおでこをくっつけながら、お別れの言葉を告げた。これが形のあるケフィに触れる、本当に最後の機会になる。 ブラッシングや体の手入れ。濡れた体を拭き上げたり、マッサージをしたり。体中をなでなでする「おはよう」のセレモニーや「行ってきます」のキスに「お帰りなさい」のハグ・・・。 毎日毎日、1日中何度も何度も触れてきた。触れるたびに私も嬉しくなったり、慰めら [続きを読む]
  • ケフィ、荼毘に付される
  •  1月6日の午後、1年少し前には一緒にでんすけを見送った霊園でケフィは荼毘に付された。 顔の周りにたくさんのお花を飾った。お腹を空かせることがないように大好きなおやつやドッグフードも持たせたし、寂しくないようにとお気に入りのぬいぐるみを入れた。 ひとりでも退屈しないよう、よくひとり遊びに使っていた「キュッキュッ」と鳴るおもちゃも入れたし、テニスボールも入れた。一緒にテニスコートを走り回ったときを思い [続きを読む]
  • ケフィ、虹の橋のたもとへ(2)
  •  車の後部座席に運び込む最中にも大量のおしっこをした。ぐったりとして動かない。 運転している間、私は、怖くて後ろを振り返ることができなかった。いつもはくるんだブランケットが盛り上がったり沈んだりしていた。「でも、今日は?」 もしかしたらブランケットはまったく動いていないのかもしれない。そう思うと、怖くて振り返ることができず、ひたすら動物病院を目指した。 [続きを読む]
  • ケフィ、虹の橋のたもとへ(1)
  •  1月4日午前10時。ずっと私の天使だったケフィが、ほんとうに天使になって虹の橋のたもとへと旅立った。 機関車のような激しい呼吸発作の代わりに年末くらいから深呼吸のような息づかいをするようになっていたケフィ。前日3日に胸水除去&点滴に行ったときには「呼吸がさらに深くなったら・・・ちょっと厳しい」(獣医師)と言われていた。 ところが4日の明け方3時くらいから、息づかいがさらに深くなった。さらに20〜30分おきに [続きを読む]
  • ケフィと一緒に初詣
  •  1月2日は近所の神社にケフィと一緒に初詣に行った。近所の神社に初詣なんて、いったい何年ぶりだろう。 ケフィがやって来てからというもの、ほとんどの年末年始は親戚一同で美味しい物を食べ歩き&ケフィの雪遊び旅行が慣わしで、行った先々でお参りするのが常だった。 昨年はケフィが心タンポナーデを患ったため、いったん旅行をすべてキャンセルしたが、驚くべき回復力を見せたお祝いにと、元日だけ伊豆高原の常宿に遊びに行 [続きを読む]
  • A HAPPY NEW YEAR! ケフィ
  •  またケフィと一緒に新しい年を迎えられた!!  とはいえ、ケフィは日に日にぐったりとしてきた。1日のほとんどを眠って過ごすようになった。 もう寝返りも打てないし、食べ物はほとんど受けつけない。流動食もほんのわずかしか飲み込めないし、体を起こしてあげないと水も飲めない。 たぶん今のケフィには水を飲むだけでも、ものすごくたいへんなことなんだろう。飲んでいる間に眠ってしまい、「ブクブク・・・」と音が聞こえ [続きを読む]
  • もしかして余命宣告?
  • 「これ以上のがん治療はしません。だから検査も必要ありません」 そう告げると、主治医はゆっくりとうなずいてから口を開いた。「分かりました。そうなると、これから1〜2カ月の間に『何か大きなこと』が起きるかもしれません。そのことだけは覚悟しておいた方がよいと思います」「何か大きなこと」。・・・それはケフィが天寿をまっとうするということではないのか? とっさにそう思ったが、言葉にはできなかった。あまりにも恐 [続きを読む]
  • 選択と判断、そして決断(1)
  •  この1年を表す言葉はなんと言っても「判断」だ。2月の雪見旅行でケフィが倒れて以来、いったいどれだけの「判断」を迫られたことだろう。 緊急診療を受けるべきか、休ませるべきか。麻酔を使ってまで検査をすべきか、止めるべきか。治療を開始するのか、見送るのか。薬を増やすのか、減らすのか。外に連れ出すのはリフレッシュになるのか、負担に過ぎないのか・・・。 それこそ、今、ゴハンを食べさせるべきか、寝かせておくべ [続きを読む]