タオ爺 さん プロフィール

  •  
タオ爺さん: “ 隠遁パラダイス”
ハンドル名タオ爺 さん
ブログタイトル“ 隠遁パラダイス”
ブログURLhttp://shanran.blog14.fc2.com/
サイト紹介文“タオ爺”は今、ケアハウスで半隠遁生活をしています。 が、ネットの窓から少し世間を覗いています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供47回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2009/07/01 20:12

タオ爺 さんのブログ記事

  • 「障害は進歩と発明の泉」
  •    障害であれ病気であれ皆が「大層がるほど大層なことでない」「深刻がるほど深刻なことでない」これがぼくの持論です。 「人間だれだって大なり小なり障害を持って生きているのです」 持病があって仕事に制約がある。計算が苦手で帳簿銭管に向いていない。対人恐怖症気味で人とうまくつきあえない。ある特定の分野のことには才能があるが、他のことはほとんど苦手、、、これらはすべてその人が持つ「障害」です。そして、 [続きを読む]
  • 「炭焼き」追記
  •  先日「山に籠って炭焼きをしながら焼き物を焼く」「でもWiFiやってたら仕事にならんかな」と書いたが、 いや待て、出来上がった作品を山で並べてWebで写真をアップする。山奥個展をやったら変わり者が山奥まで買いに来てくれるかもしれない。売れなくても「炭焼きや陶芸の山奥体験」を提供すれば結構ニーズがあるかもしれない。 とにかく特技を持つことだ。特技さえあればどんな辺鄙なところに居たって商売はできる。考えてみ [続きを読む]
  • 自分流のアルゴリズム
  •  もう30年も40年も昔のことになるが私が子供を育てていたころ、学校の教育方針で「水道方式」というのが流行り出し、子供が入学するまで親は「算数を教えんといてくれ」と言われたことがある。簡単な足し算引き算をするにも色んなやり方がある。例えば(13−8)、3から8は引けないので10から8を引いて2、この2と引けなかった3を足して5、よく忘れたがこういう一つの計算方法に統一した方が計算が速くなり落ちこぼ [続きを読む]
  • 囲碁界に衝撃
  • 別のアルゴリズム 囲碁趣味の方は大抵知っていますがWeb上に世界的規模の大きな碁会所が幾つかあります。私の愛用しているクラブは東洋囲碁という韓国系のサイトです。ここには常に2万人以上の囲碁フアンがまぶれ集って昼夜を通して烏鷺(黒白・碁の別称)を戦わせています。一局毎の勝敗が即自分の持ち点を上下させますので割に正確な実力順に並びます。私は好調な時は7段まで行ったことがありますが大体は5〜6段を上下して [続きを読む]
  • 「Being活力」
  •               私は「Being」による真の自由主義社会、つまり競争によらない個人活力社会を待望している。それは社会的役割に於いて一部非効率な面もあろうが今の競争配分主義よりも人が人として幸せに生きる社会になると思う。 話を別の視点から論じてみるが、現在の病気の8,9割はニセ病であるというセンセーショナルなことを言う人がいる。殆どの病気は「Doing」に翻弄されて、「Being」活力の弱体化が根本原 [続きを読む]
  • 「Being & Doing」 
  •  人は赤ん坊のとき、単に[Being](ある存在)として生まれ、やがて子供から大人になる時期、[Doing](する存在)で生き、また老人となって[Bing]に戻る。今の世、人は「あなたは何が出来ますか?どの程度できますか?」との評価の中に生きることを強要される。どうして皆が皆、人生の大半を、[Doing](する存在)で生きなければならないのか。単に[Being](ある存在)がそんなに無価値なのか? 老いても尚、[Doing]で生きようと [続きを読む]
  • ≪最強の弱者≫「タオの人」
  •   人間の決め事(言葉の支配)から離れて「大自然の理に直に渡り合って」生きる人が「タオの人」です。 タオの人は他人に期待もせず信頼もせず、人を支配しようとせず支配されることも無く、信頼や愛を押し付けることも押し付けられることもない。タオの人はあらゆる他人から独立しているが孤独ではない。爽やかで淡白な関係を楽しんでいる。 タオの人は勝手に相手に期待しない。他人に夢を託してはならず他人から夢を託されても [続きを読む]
  • 2〜3人でよい
  • 「一人に注ぐ愛は,万人に及ぼす力に勝る」  まずは自分を高める。そして愛を注ぐ人一人、それと価値観を共有する人2〜3人、これだけでよい。3人おれば充分で、この内の一人が輝けば世の中は連鎖的に良くなります。影響を及ぼす人5人も10人も考える必要ない。 政治も連帯も民主主義も、これら「多数派工作」と「標準指向」では個人を幸福にしないというのが人智の結論だと思っています。(標準指向とは「みんな並みを求める [続きを読む]
  • 老後は「所作に就く」
  •  「病気も障害も老化もボケも、みな個性」だ。と言うのが僕の変わらぬ主張です。みんないろんな症状を持って生きているのです。個性だから‘健全’を基準にする必要はないのです。そもそも日本の医療がこの健康基準の考えを基に成り立ち、それに合わせて治療し、薬を出す。私はこの医療の根本の図式に異議を申したい。 例えば年寄りの「ボケ」は「認知症」と病名を付けて治療に当たることになっている。しかし私の周りにいる老人 [続きを読む]
  • 「心は筋肉の中にある」
  •  ある日、橋の上を通りかかったとします。川で誰かが溺れているのを目撃しました。≪心≫「すぐ助けよう」≪頭≫「何も僕が飛び込まなくても誰か行くだろう」≪心≫「他の人が行こうが行くまいが関係ない、とにかく自分が行く」≪頭≫「冷たいぞ、よそう」。頭は次々否定的な言葉を発するが、心は直、動作なのです。心には理屈も損得も無用です。頭の否定問答を蹴散らして心が直ちに行動に出た時、そこに「感動」が生じます。 先 [続きを読む]
  • ‘直の感応’が芸術を生む
  •  「古池や蛙飛び込む水の音」芭蕉の有名な俳句ですね。この句は「静か」と言う言葉を使わずに、あくまでも閑寂なリアリテイを詠んだだけであるが、そこに言葉で説明する以上に“静かさの実相”が我々に迫る、故に名句なのです。 もう一つ俳句を例に‘直(ジカ)の感応’に触れてみる。①「木々の枝うつりて冬の水しづか」②「冬の水一枝の影も欺かず」この二句をみてどう思われますか?どちらが良い句だと思われますか?文句なく [続きを読む]
  • ‘直(ジカ)に生きる’
  •    先日の続きです。頭の支配とか、比較とか、妄想とか、要するに言葉のバーチャルに捉われない生き方として‘風流に生きる’と表現しましたが、これを更に端的に言うと‘直に生きる’と言うことになります。 この直(ジカ)の感応は、動物も植物も大自然の理をも貫きます。そこにはうれしい気持ちや美しく感じる心、更には生命の成長や免疫力などで共通します。 「神の世は‘直に生きる’ように創られている」のです。この世を [続きを読む]
  • “風流に生きる”
  •  頭はどんな現象をも言葉を通してしか理解できません。直接には分からないのです。その意味では頭の理解も表現も現実の世界ではなく、バーチャルの世界です。現実の現象を理解出来るのは「心」です。人間は頭の支配が強すぎて、「心」は霞んでいます。このギャップが人間の課題です。 頭は良からぬことも考えますが、「心」は不思議にそうゆう方向には働きません。 「心から憎む」とかも言いますがあれは頭で言っているだけで心 [続きを読む]
  • 人生を逆算的に生きるなんてつまらない。
  •   一般に何か目標を決めてそこから逆算して‘今何をすべきか’を割り出して生きることが良いことのように言われている。古くは戦時中「欲しがりません、勝つまでは」と言って生きてきた。これは今の時代の‘受験競争やスポーツ界’にも引き継がれている。しかしどうなんでしょう。一部の勝者には良かろうが殆どの敗者にとって本当に有意義な時間を過ごしたと言えるのでしょうか。 私は目標や課題を決めない生き方、今起きている [続きを読む]
  • “癒しのパワー”
  • 「老人の役割」 今の世、青少年が荒れ、社会が乱れる根源に、競争社会が度を超し、人々は疲れ果てている。とくに負け組みと称される者の精神的困憊には早急なる手立てを要する。この者たちの休むべき場も帰るべき心の故郷もない。子供であろうと大人であろうと彼らには「甘えの場、甘えの引き受け手」が必要なのである。 今の世、「甘えたくても甘えられない」「甘えを許さない」構造がある。子供の甘えさえ、その引き受け手であ [続きを読む]
  • 「心穏やかに老いる」
  •  老人は素晴らしい時間をいま過ごしています。だから病気や健康のことばかりに拘かずらっている暇はないのです。せっかく‘競争比較地獄’から解放されたのだから、老人は自らの健康体基準からの比較も止めましょう。それには病院に行かないことです。血圧を測らないことです。少々物忘れするとか、耳が聞こえ悪くなる、徐々に動きが鈍くなるなんて「心穏やかな生活」の寧ろプラス要因です。何時までもあまりしっかりしているのは [続きを読む]
  • 病人心得帳
  • 「病んで増すパワー」あり 病のなかにも心の幸福を得るためには、どうしたらよいかということを考えなくてはならない。私は肉体と精神の健全性は全く無関係である多くの事例を知っています。否、病んでこそ対比に捉われない真の心のゆとりを味わうことも可能です。肉体は病んでも精神健常者として大らかに生きれば、余生5年とて、余命3年とてやれる仕事は山ほどあります。床に伏していても、自身が格調高き病人として生き抜くだ [続きを読む]
  • 介護の基本は「寄り添い」
  •   英国のトム・キットウッド氏が提唱した、「その人らしい生活を支える介護」をパーソンセンタードケアと言い、この考え方が介護の常識になってきました。「その人らしさ」とは一人の人間として認められること、尊重され、信頼されることを意味します。例えば、認知症の人に多く見られる「徘徊」という行為。これを「徘徊」として捉えず、何か意味を持つ行動「探索」としてポジティブに捉えます。認知症の人のとる行動には背景が [続きを読む]
  • ‘千の風’
  • 「人は死なない」 現役の東大医学部教授で矢作直樹著「人は死なない」という本が話題です。ここで教授は人は死んだら何処へ行く?という質問に「此処でしょうね」と答えています。どうも人はあの世と言うような別の世界に行くのではなく肉体は滅んでも精神(霊魂)はこのままの住まいで現世と共存して生きてゆくとおっしゃっています。あなたの爺さんもひい婆さんも今ここにいらっしゃるのです。私なりに、近いイメージは‘千の風’ [続きを読む]
  • 「日本人の平均寿命が延びてなにかいいことありましたか」
  • 「病気も個性の一つ」 老い先短き人生で「病気と格闘」して過ごす余生と「病気を受け入れて」過ごす生き方とどちらが良いか。大概の年寄りの病気(とくに生活習慣病)は「老化現象」であって、「個性の一つ」と思ってよい。「こんなもんだ」と受け入れた方が人生うんと「楽」に生きられる。 一般に年寄りの病気は緊急対応と、苦痛は取り除いてほしいが、苦痛を増してまで長期治療に当たる必要はないと思っている。何も健康体の数値 [続きを読む]
  • タオパラ寸景もう一つ
  • ‘漏電’ 昨夜11時ころのことです。誰かブツブツ言いながら廊下を歩く気配がある。こんな時間に誰だろうと思って覗いて見た。するとM(婆)さんである。〈どうしたんですか?こんな時間に、、〉すると疲れきった声で「私の部屋漏電してるんです。寝れないんです。」〈漏電?!〉〈電気は灯くんですか、部屋のどこが漏電してるのですか?〉「ベッドです。ベッドに寝るとピリピリ来るのです」〈何時からですか?〉「だいぶ前からで [続きを読む]
  • タオパラ寸景(12)
  • 「たこが一匹」 食堂で皆の座る席が決まっています。ぼくの右隣のおばあちゃんは無口です。見るとお皿の端っこに子だこ状に切ったソーセージが一欠け残っています。ぼくが「たこが一匹逃げていますよ」と冗談を言ってみました。おあばちゃんは聞こえたのか聞こえないのか反応しません。この冗談一回きりでは勿体ないと思ってもう一度言ってみました。すると前のおばちゃんが「これ、要らんことを言わんとき(説明しても誤解されて [続きを読む]
  • 正月“妄想夢”
  • 障害者は“非競争社会のパイオニア”たれ 私は10年来ブログを書いてきましたが振り返って、主張の本旨は「多様性を尊重し競争の無い社会の実現」に絞れると思っています。男も女も老人も子供も強者も弱者も病人も障害者も、、みな人間の多様性です。何も最良の状態を想定し、誰もが生涯をそこに向けて突っ走り足掻き通して生きる必要ないのではないか。お互いがお互いの多様な生き方があって、それぞれが置かれた立場で強く明るく [続きを読む]