隼ファルコン さん プロフィール

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隼ファルコンさん: 青春(はる)の墓標
ハンドル名隼ファルコン さん
ブログタイトル青春(はる)の墓標
ブログURLhttp://the-youth.blog.so-net.ne.jp
サイト紹介文イラストに短歌、散文。京都、横浜などの風物にちょっぴりメッセージを添えて。
自由文空を舞う隼です。地上の幸せ、争い、喜び、悲しみ、様々な人の営みをを見つめ、ほんの少しだけ人に優しくしてあげられたら・・・と思いながら、果たせず濃青の空に翼を広げています。愛するものは「自由」。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供6回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2009/07/04 11:14

隼ファルコン さんのブログ記事

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  • 節分 北野天満宮
  • Spring Song.mp3節分 北野天満宮 周知のように北野天満宮は讒訴により太宰府に配流されその地で没した(903年)菅原道真を祀る。清涼殿落雷事件を道真の祟り(怨霊)とする朝廷の恐れが民間の御霊信仰と結びついたものだ。1587年には豊臣秀吉による北野大茶会がここで行われた。幕末に平田篤胤の影響を受けた尊攘派が大政奉還を実現させると、彼らが主導した新政府は近代日本を王政復古による祭政一致の国家とすることを基本精神 [続きを読む]
  • 越後十日町 星峠
  • sensouwa.mp3 越後十日町星峠 明治から戦前まで日本の農業人口は約1,400万人(約600万戸)で推移していた。戦後都市部の食糧事情が悪くなると、多くの地方出身者が帰農し農業人口は1,600万人に達した。GHQの指示で行われた農地改革は、不在地主から多くの土地を取り上げ小作人の手に渡した。日本的ファッシズムの温床であるとされた財閥とともに地主階級を解体するためである。だが長期的な農業ビジョンを欠く政府の施策は単に小 [続きを読む]
  • 京都 東寺 
  • Romance .mp3京都 東寺「うちらの高校は東寺の五重の塔のてっぺんと同じ高さのところにあるんや」洛北高校出の友人がそう言っていた東寺。その昔朱雀大路に建つ都への入口であった羅生門を挟んで東に東寺、西に西寺があったが、繰り返される戦乱などで焼失し東寺だけが再建され現代に残った。徳川家光の時代に再建された高さ約55メートルの五重の塔は全国一で国宝に指定されている。 1568年9月、将軍足利義昭を奉じて上洛した信 [続きを読む]
  • 京都 鳥居本
  • Canon in D.mp3鳥居本 化野念仏寺まで来ても鳥居本まで足を延ばす観光客は少なかった。嵯峨野も山陰線の線路を渡るとこれといっためぼしい店もなく自動販売機などない時代のことだ。念仏寺の入り口に吊るされた「お志し」と書かれた竹筒に小銭をいれて境内を見学した後、ぶらぶらと愛宕神社の鳥居まで来た。鳥居を挟んで筍料理や鮎料理を提供する平野屋とつたやが新緑の中に静かな佇まいをみせ、まさに京の奥座敷といった風情であ [続きを読む]
  • 神宮外苑
  • Schubert Impromptu.mp3神宮外苑 風が木の葉を巻き上げて吹き抜けてゆくとき、それは精霊達が通り過ぎてゆくからだというアイルランドの伝説がある。人々は十字をきって手を合わせるという。 神宮には野球、ラグビーなどのスポーツを楽しむ若者の声が響いていた。しかし昭和18年以降、学業半ばに銃を担い「海行かば」の合唱の中、ここから多くの若者たちが前線に送られた。学徒出陣である。マリアナに、インパールに、ルソンに、 [続きを読む]
  • 三十三間堂 通し矢
  • Sur les ailes du chant.mp3三十三間堂 通し矢 吉川英治の小説で武蔵と吉岡伝七郎の決闘の舞台となった三十三間堂(蓮華王院)は、修学旅行で訪れて以来、京都での最初の下宿が近かったことや博物館、智積院、豊国神社などがすぐ傍なので、何度散歩に行ったことだろう。保元、平治、承久、明徳、元弘、応仁さらには禁門の変と戦乱が続いた京都には、意外と古い建物が少ないが、ここには京都で一、二を争う歴史のある本堂(1266年 [続きを読む]
  • 鞍馬街道
  • Minstrel Boy.mp3(鞍馬1964年)京都 鞍馬街道「杉作、日本の夜明けは近いぞ」鞍馬と言えばまず思い浮かぶ鞍馬天狗。 敗戦で荒廃した全国各地の映画館で少年たちが憧れ、胸躍らせたスーパーヒーロー。だが日本の夜明けは天狗が思い描いたものとは随分違ったものだったろう。徳川家にとって代わった天皇家や大名など武士階級が保持し続ける封建社会のなかに、杉作をはじめ多くの庶民が兵力として、労働力として将棋の駒のように組 [続きを読む]
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