こうさん さん プロフィール

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こうさんさん: 法の語りべ
ハンドル名こうさん さん
ブログタイトル法の語りべ
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/koujirikoaisiteru
サイト紹介文野に下り法を語る
自由文生まれても地獄、死んでも地獄
地獄とは場所にあらず
我そのまま地獄なり。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供190回 / 365日(平均3.6回/週) - 参加 2009/07/23 15:57

こうさん さんのブログ記事

  • その気にさえなってくれたなら
  • 仏法を聞かせて下さいと、言ってくる人は稀だ。そう言ってくれたなら半分以上片付いたも同然、聞かせても苦労はないし信心叶うのも早い。しかし、その気がない人を説き伏せて聞かせるのは至難の技といえる。聞いてくれさえすれば早いのだがそこに気持ちを向けてもらうのが難かしく大変なのだ。聞かせたい人は沢山いる、しかし膨大なエネルギーが必要になり、かなり堪える。直近のママ友がそうだった。そこまでの思いでエネルギーを [続きを読む]
  • なぜ仏法を学ぶのか?
  • かなり長い記事で恐縮ですが、 大切なことが書いてあります。 忍耐強くお付き合い願うばかりです。 https://blogs.yahoo.co.jp/koujirikoaisiteru/33468495.html [続きを読む]
  • 今再び私の心
  • 年がら年中 仏法、仏法と、どれ程 聖人君子なんだと 呆れている方、私はあなたの及ばぬ位、貧しく(さもしく)汚れた心の持ち主です。ただ、その中に光り輝く方がおられます。この方が居られる前は、真っ暗闇で自分のそんな心も知らず生きて居ました。今はこの方の光に照らされ否が応でも自分の浅ましい心を見せられます。そして、慎まされるのです。それが苦にはならず、幸せだと喜ばせてもらうたび南無阿弥陀仏とこぼれるのです [続きを読む]
  • 永遠
  • 諸行無常形ある物は壊れ栄える者は滅び命ある者は死す全ては移ろい消え去る夢幻の如く、しかし、命=魂は永遠。その永遠の命の為、安らぎ、安寧を叶える為仏法を聞くのですよ。 [続きを読む]
  • 救いようが無い人々
  • また少し毒をはきます。そのままだと地獄に堕ちるとしらせても、救われた人が勧めても、聞けることが奇跡に近いと教えても、 一向に聞かない。そんな人を救いようが無いと言うのだろう。呆れるばかりだ…〇〇は死ななきゃ治らないというが、死んでしまっては遅いのだ。 [続きを読む]
  • 仏法難民
  • 仏教を学んでいる人のサイトやブログを見ても、投稿者が俗物ばかりで萎えてしまいます。何が仏法の真髄で、誰が今それを得ているのか文字面を知って理解したようで、如来の心と乖離していることは既述の通りです。得ている人を未だ見ません。今の現世で法を弘める、僧宝とは誰なのでしょう?いつものようにブログを徘徊していてこう質問をする方を見ました。出会えないばかりに気の毒なことです。貴方も今一度考えて見ませんか? [続きを読む]
  • なるほどなぁ〜
  • 人によって感性は様々(^-^)信心を成した人に確認の為 質問をする。貴方は仏法を聞き何がわかりましたか? と。まぁ、今までの経験から ある程度答えは想像できたが、今回の千波ちゃんの答えは初めて聞いた。『人間の一生がわかりました』なるほどなぁ、言い得ている。。確かにそうなのだ。これを母に伝えると…『本当やね まだ 浅いので と 余りに 知識が 入って無いので 私達が 望む 様な 言葉は 出て来ないと 思う 気長に 見て上 [続きを読む]
  • 広まる法の輪
  • 私のブログを介して信心叶った方のブログで語られた語録を紹介します…少しづつですが、確実に法の輪は広がっています。こうさん)いつも記事のご紹介ありがとうございます。二つ前の記事にて吐露しましたが情けないのと腹立ちと慈悲の心で揺れながらブログを続けていますが、なぜ?命の終わりに不安を持てないか!と、不思議で仕方ありません…仏法を聞きたくても説く人も探せず、寺の坊主はあてにならず。聞けたとしても法外なお [続きを読む]
  • バカらしいなぁ〜
  • 125歳まで生きる片岡鶴太郎の話題で、最近ヨガをしているとのニュースが流れていた。朝起きてた支度に7時間掛け、食事には2時間。。まぁ、体調管理には各個人の拘りがあり、それは構わないと思うが 125歳まで生きる為にやってるそうだ。。これを聞いてワァー凄いなと思う人が居るのかな?所詮生きたとしてそれだけ…やがてはやはり死ぬのだ。。この気持ち、世界観はここでは広島の僧侶、カーさんパパさん、そしてママ友のち [続きを読む]
  • 地獄に堕ちる訳 罪
  • それは様々な罪を犯しているから…その代表的な罪が殺生の罪。他の生き物を殺し食べる、あたりまえのように捉えているが本当に当たり前なのか?人は人の作った法律で物事を判断し生きますが、それは人が自分たちに都合よく作ったもの。例えばイスラムの法により私たちが殺されても罪にもされないのと同じ、同じ人間同士でも支配する側の捉え方次第で虫けらのように扱われる。ましてや、姿形が違えば、支配する側の思うまま。試しに [続きを読む]
  • 地獄(自業苦)へ
  • なぜ私が見ず知らずの人の心配をしなければならないのか? 正直アホらしくなる。と、毒を吐いたところで、、、もう、これ以上は語っても無駄ですね。貴方の浮世ボケした頭には響かないのでしょう。貴方が知っても、知らなくても認めようが認めまいが、あと何十年か後には間違いなく地獄へ向かいますよ。それを笑うのは自由ですが、必ずそうなります。ま、後どれくらいか この世をこの命を楽しまれればいい。人生という夏休みは終わ [続きを読む]
  • やはり宿縁なのか
  • 母曰くそうやね その聞く気がなかなか起こら無い 又 気が有っても 説く人が居ないそんな中 聴く事が出来た事を 私達も 喜ばなければ成らない感謝やね。と、聴きたい人は求める人はいるのだ。出来ればそんな人を救いたい。しかし、それも縁だとしたらなんと聴き遂げるのは難しいことか。 [続きを読む]
  • 人生一度きりの機会
  • ここをご覧になる皆さんへ。この広いネットの世界、現実世界を見渡しても正しく仏法を説ける人材を私は見たことがありません。ましてや、母の伝える仏法は簡単で早い、昔は何年何十年と掛け、それでも聞けないのが仏法でした。しかし、母の説く仏法は寄り道迷い道なしの一直線。何十年と苦しまれたお坊さんはたった4日、カーさんのパパさんは白紙から二ヶ月、私のママ友は三週間足らずで仏様に会えました。多分私達から今聞かねば [続きを読む]
  • 私の命
  • 最近になって誤飲が増えた。昨日もグレープフルーツを剥いてもらい一口…酸気にむせて息が詰まりやがて意識が遠のく最初は苦しいが、、やがて分からなくなり、気が付けば背中を叩かれ名を呼ばれて居る。ん?誰だ? 気持ち良い眠りを妨げるのは?などと考え、やがて意識が戻り何があったか思い出す。。家内は必死で背を叩き呼びかけていた。あぁ、死ぬ時ってこんな感じなのかな…などと、思うことが最近 何度かあった。私の命 後ど [続きを読む]
  • 阿吽『あ、うん』
  • よくお邪魔するブログに便乗しての記事です。皆さんは神社仏閣で山門の狛犬、仁王像をご覧になったことがあるでしょう。あ、うん『阿吽』といい、片方が口を開け片方が口を閉じています。あれは生き物の一生を表しています。あ、で息を吸い うん、で息を閉じる、その繰り返しが一生。一生 長い時を思い浮かべますか?いいえ、刹那の繰り返し…今吸った息が吐けなくなれば、今吐いた息が吸えなくなれば それで終わり。そのことを忘 [続きを読む]
  • 道半ば
  • 昨夜もブログ徘徊(^-^)vある若き僧侶のブログにたどり着きコメントを残したが、後でもしやと確認したら2007年の記事であった。あのブログの僧侶は今も職業坊主として僧侶の役目も知らずのまま居るのだろうか…良い指導者に巡り会えないばかりに道半ばで疑問を抱きながら職業坊主に成り下がったのか…それが現実、そんな坊主ばかりの中にも広島の僧侶のように、何十年と法を追い求め聴き遂げた方も居るのだ。檀家さんの為にもそんな [続きを読む]
  • 縁など分からぬもの
  • 下手に仏教を聞きかじりどうせ私には今生では縁などないのだ、、また、次のいつかの世にでも、きけるのだろう、、そんな風に考える方をちょくちょく見かけますが、言っておきます!いつの世になろうと、そんな貴方は聞けません!いいきります。いつの世でも、覚悟を決めて諦めず逃げずに求め聞く気にさえなれば聞けるのです。最大の聞けない障害は その気持ちなのです。縁など分かりません、結果 有った無かったと思われるだけです [続きを読む]
  • 幸せな人は不幸な人
  • この世を幸せに生きる それは大いに結構なこと、しかし、不幸の苦しみを知らず有頂天に生き、大切なことにも気付けない。くだらないことに夢中になり、そんな自分に年老いて気付くのかも知れない。それでは遅いのだ! 手遅れ…年老いてから聞けばいい そう思うのは あ ま い !!死期が近づく程 自我が邪魔して聞けない。聞くなら若いうちなのだ。これを助言として、書き置こうと思う 大切な友へ。 [続きを読む]
  • あと、何人…
  • 私のこの人生も生老病死の病を迎え、あとは死を迎えるのみ。 いい人生を過ごさせて頂いた。還相回向も、5人の方のお役に立て あと何人とのご縁がありお手伝いできるか?何事も仏様の計らい、来る時を待たず使命を果たして行きます。 [続きを読む]
  • 信心成した者と無明の者との違い
  • それはただ一つ仏様の存在を肯定している者と、仏様の存在を信じている者との違いしかない。信じようとするのは疑う心が片側にはあるから存在を肯定している者には信じる必要もない。ただ向き合うのみ。信じるうちは自力 よって仏に背き救いには出会えず肯定は智慧の光明を受けて、信心かなって初めて仏様の存在を知らされるすなわち他力。阿弥陀如来は他力を誓われた仏なのだ。 [続きを読む]
  • 信心後の不安
  • 胸がモヤモヤする 連絡をもらいアフターケア(^-^)信心なしても何も変わらない、私の性質は相変わらずなまま、信心なした切符も証明書もない、心を見ても何もない、それが不安となる。当たり前なのだと教える。私は何一つ持つものなど必要としない。全て仏様にお任せなのだ。それが他力本願。私は地獄へしか行きようのない身、何一つ出来ない身と知ればいいだけなのだ。なのに何とかなろうと自力に走るから他力に適わず地獄へと墜 [続きを読む]
  • 母との会話 深まる仏法
  • 私)こんばんわ(^-^)昨日はありがとう。3人の方との信心に向けての仏法のやり取りを改めてメールで確認していてその道筋が自身で理解できました。やっぱり、仏法は説く側も教え育てられるんだね(^-^)母)そうやね 子供と一緒 育てた 積もりが 親として 育てられる いろいろ 教えられる 自身の仏法が深まるね 良い事です [続きを読む]
  • 遠く宿縁を喜ぶ
  • ああ、弘誓の強縁、多生にも値ひがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし。たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。意味)ああ、この大いなる本願は、いくたび生を重ねてもあえるものではなく、まことの信心はどれだけ時を経ても得ることはできない。思いがけずこの真実の行と真実の信を得たなら、遠く過去からの因縁をよろこべ。私もそしてここで出会い信を喜ばれた方もそうであったのだと思う。南無阿弥陀仏 [続きを読む]
  • 信心後の彼女への言葉
  • 信心頂いても私の素性はなんら変わりません。だから仏様が寄り添い居てくれるのです。そんな私は変わらず罪を犯しますがその都度 仏にその心を見せられ後悔し、懺悔し、お念仏させられるのです。毎日がそんな日暮なんですよ(^-^)それでも以前とは違い苦しみは積み重ならない。煩悩 即 菩提となり、煩悩あるが故 救われたと、納得できるはずです。また何かあれば相談してね(^-^)彼女からの返信Re:ありがとうございます。仏様に会え [続きを読む]