nao道 さん プロフィール

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nao道さん: O-TUBE
ハンドル名nao道 さん
ブログタイトルO-TUBE
ブログURLhttp://otube.osakazine.net/
サイト紹介文大阪検定に役立つブログ=なにわなんでもオーチューブ
自由文大阪検定受けよう!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供16回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2009/08/26 04:22

nao道 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • ピカチュウの巣はここや!-8月大浜公園
  • ポケモンGO、8月2日、大阪府堺市の大浜公園でピカチュウゲットしました!前日にピカチュウの巣と言われていた大阪市北区の扇町公園で「もう、ここはおらんわ。」とか「1週単位でどっか行くわ。」と聞いて大浜公園に行くと、いましたよー!2時間くらいでゲットしましたー!画像は明日、公開しようと思います。携帯壊れたので…この記事の情報は事実ですが、参考までにしておいてください。なぜなら、ピカチュウの巣は不定期的に更新さ [続きを読む]
  • 鴫野古戦場碑-鴫野・今福の戦い
  • 大阪冬の陣で有名な鴫野・今福の合戦は、付近一帯の城東区域を主戦場としたものでした。当時この辺りは、旧大和川の支流が分流していて、湿地帯や水田が多く戦闘には不向きでした。慶長19年(1614年)11月26日未明この辺りを防御していた西軍(大坂方)の軍勢を東軍(徳川方)佐竹義宣・上杉景勝6500人の軍勢が攻撃し戦闘が始まりました。戦いは双方の銃撃戦となり、合間に堤防上での激しい遭遇戦があり、29日まで一進一退を繰り返しまし [続きを読む]
  • 大坂夏の陣 道明寺合戦記念碑
  • 慶長20(1615)年5月6日、道明寺において豊臣秀頼軍と徳川家康軍が会戦した。これを道明寺の戦いという。別称として道明寺合戦という。5月5日、後藤又兵衛基次や真田左衛門佐信繁、毛利豊前守勝永は道明寺での再会を誓い、盃を交わした。又兵衛は先行して藤井寺に着くと、既に徳川軍の3万4千は国分に着いていた。翌未明、小松山において又兵衛は単独で戦いを始めた。又兵衛軍2千8百。又兵衛は奮戦したといっても衆寡敵せず潰滅し戦死 [続きを読む]
  • 後藤又兵衛基次之碑-道明寺・誉田の戦い
  • この石碑は柏原市の玉手山(玉手山公園)の山頂付近にあります。NHK大河ドラマ「真田丸」では、哀川翔が演じる後藤又兵衛、どんな感じになるのか楽しみです。後藤又兵衛としだれ桜後藤又兵衛基次は、一五六〇年四月十日兵庫県加西市で、後藤基国の次男として生まれた。槍の名人として、黒田孝高とその子長政に仕え、長政の九州博多へ着任に伴い一万六千石の大隈城主となった。その後、時代の変化につれ、自ら城を捨てて浪人となった [続きを読む]
  • 奥田忠次の墓-道明寺・誉田の戦い
  • 後藤又兵衛(基次)に討たれた徳川家臣奥田忠次の墓です。右に「南都奉行奥田三郎右衛門忠次戦死の墓地」と刻まれた碑が建てられています。玉手山古墳1号墳の上に小松家墓地があり、その一等地にこの墓が置かれています。1号墳から見た2号墳です。結局両方、墓on墓でした。大坂夏の陣と小松山の戦いこの付近は小松山と呼ばれ、慶長20(1615)年5月6日、豊臣、徳川最後の決戦となった大坂夏の陣で戦場となったところです。豊臣方は外濠 [続きを読む]
  • 小松山古戦場跡-道明寺・誉田の戦い
  • 柏原市に玉手山という小山が南北に石川に沿うようにあります。近鉄・道明寺駅から東へ石川を渡って300メートルほど歩くと急な坂道に出て、そこから徒歩でくねくね上っていくと柏原市民体育館にたどり着き、体育館と同時に円墳が2基(玉手山1・2号墳)、目にとまります。ここが小松山で玉手山の北端付近にあたり、大坂夏の陣で後藤又兵衛(基次)隊と徳川軍諸隊の戦いの舞台となりました。玉手山1号墳です。2号墳には墳墓の上にお墓が… [続きを読む]
  • 真田幸村(信繁)の銅像-安居神社
  • NHK大河ドラマ「真田丸」を観ていたら、真田幸村と大坂の陣についてもっと知りたくなりました。今回は、夏に散った安居神社の真田幸村(信繁)の銅像です。この神社は真田幸村終焉の地とされています。神社近くの茶臼山に陣取った幸村が境内で休息をとっていたところを襲われたということになっています。兜をとって、何かすごくすっきりした、爽やかな表情のように見えます。安居神社では、毎年こどもの日(5月5日)に「幸村まつり」 [続きを読む]
  • 真田幸村(信繁)の銅像-三光神社
  • 冬に勝った三光神社、夏に散った安居神社に、真田幸村(信繁)の銅像が建てられています。NHK大河ドラマ「真田丸」を観ていたら、真田幸村と大坂の陣についてもっと知りたくなりました。大阪には幸村終焉の地、古戦場跡、陣地跡など、また主家である豊臣家ゆかりのものがたくさんあります。冬の陣は徳川方を押し返したので、とりあえず勝ったということで、非常に勇壮に凛々しくグワッという感じです!隣に真田の抜け穴が…次回は大坂 [続きを読む]
  • 史跡 真田の抜穴跡-三光神社
  • 天王寺区のいわゆる真田山という丘陵に三光神社があるのは前の記事で書きましたが、この神社の最も有名な「真田の抜け穴」を今回はみていただきましょう。伝説の抜け穴と言うよりは、いちびり精神が遺した穴、これを大阪では思い切って「史跡」と呼んでいます。えーやん!本殿に続く階段の左横側に「真田の抜け穴」と呼ばれる石室状の横穴が残されていて、その手前に軍配を手に勇壮な真田幸村(信繁)の銅像が建っています。何年か前( [続きを読む]
  • 三光神社
  • 三光神社由緒略記 創建は第十八代反正天皇の御宇にして以後神職として 武内宿弥の苗裔たる武川氏が八十六代に渉って奉仕された 当社は古来より日本全國で唯一の中風病除の神として知られ崇敬者は全國に存在し六月一日から七日まで祈願大祭あり 又七福神の一つ寿老人(武内宿弥)を祀り毎月七日は大坂七福神巡りが盛んなり 此地はもと大坂城の出城(偃月城)の在りし 処にして慶長・元和の大坂城合戦の頃 真田幸村茲に陣 [続きを読む]
  • 内子座文楽-真夏の愛媛旅行5
  • 今回の愛媛県の旅、最大の目的は内子座文楽を観劇することと、内子座周辺の伝統的な美しい街並みが保存された地区を歩いてみることでした。ここ数年文楽にハマり、大阪の公演はほとんど観てきました。内子座文楽のことは三浦しおんさんの本で初めて知り、昨年からマイ嫁と作戦を練っていました。結果、E宿にも泊まれたし、美味しい食事ができて、E人たちと出会うことができました。「あーとー」と言いたいです。演目は「義経千本桜 [続きを読む]
  • 内子町立大瀬中学校-真夏の愛媛旅行4
  • 建築家・原広司が設計した学校建築です。宿泊先のオーナーに車(レクサス?)で送っていただき、さらに詳しく校内を案内していただきました。外観は、不規則なノコギリ型の屋根と水平な屋根の組み合わせのスカイライン、左右の円筒形の建物が最大の特徴です。建築物の中に立ち入ると、打ち放しコンクリートと木造部分からなるモダニズムと和の調和による学校らしい明るく健康的な雰囲気を感じ取れますが、まるでSFの世界ような何とも [続きを読む]
  • 大江健三郎生家-真夏の愛媛旅行3
  • 大江健三郎の小説やエッセイ、文芸時評などを読みふけっていた時期がありました。マイ嫁もそうですが、ほぼ全ての著書を読みました。そんな話を「古久里来」さんのオーナー夫妻としていたら、オーナーが「近いですよ。良かったらお連れしますよ。」となんと夕食前に車(レクサス?)で大江健三郎の生家を案内してくれました。小説の風景さながらに、決して大きくない川に大きな石が見え、古い橋を渡ると木造の小ぢんまりした商家が軒 [続きを読む]
  • 古久里来(こくりこ)-真夏の愛媛旅行2
  • 今回の愛媛旅行は一泊二日。松山から電車で内子へ、駅からタクシーで宿泊先の「ファーム・イン RAUM 古久里来(ファームインラオムコクリコ)」さんに到着しました。母屋(本館)の向かいに円筒形の可愛らしいジブリ感漂う建物が2棟ありました。1棟の上下階に1部屋ずつ、全部で4部屋しかありません。「現実を束の間忘れてもらうためにデザインした。」というオーナーの意思が感じられました。室内もステキでした。オーナーの奥さん(マ [続きを読む]
  • 伊丹十三記念館-真夏の愛媛旅行1
  • 様々な分野の職業に分け入り、多彩な才能を発揮した伊丹十三の記念館の設計を手がけたのは、建築家・中村好文、現在館長を務めるのは女優の宮本信子さんです。中庭を持つ、四角形の黒い建築の正面にエントランス、右側が展示室、奥にカフェ、左側に収蔵庫、といったシンプルな構成です。外壁には焼き杉を用い、和の渋さを表現しています。いわゆる和モダンにはないオリジナリティーを感じることができるミュージアムです。エントラ [続きを読む]
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