Komoyo Mikomoti さん プロフィール

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Komoyo Mikomotiさん: 鉄道沿線よりみちウォーキング
ハンドル名Komoyo Mikomoti さん
ブログタイトル鉄道沿線よりみちウォーキング
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/ya3249
サイト紹介文JR・第3セクターなど駅から駅へ鉄道沿線の旅をしたウォーキングの記録。過去17年間の記録を全公開!
自由文駅の紹介、観光案内、コースマップも充実しています。路線別になっているので、旅の参考にもなりますよ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供124回 / 365日(平均2.4回/週) - 参加 2009/10/02 22:52

Komoyo Mikomoti さんのブログ記事

  • 日本100名城 37 一乗谷城 その3 朝倉屋敷跡と4つの庭園
  • 2016年3月27日(日)続き朝倉氏5代初代 孝景2代 氏景3代 貞景4代 孝景5代 義景復原町並の後は、道路の反対側にある朝倉氏の遺跡群を探訪します。史跡の間には遊歩道が整備されています。朝倉義景屋敷跡遠景唐門孝景の菩提を弔うために館跡に建てられた寺・松雲寺の正門。江戸時代前期の建築。(前回紹介の100名城スタンプの図柄は、この門。)外堀館跡義景 墓所庭園館跡のベスト・アングルは、少し山側に上がって見 [続きを読む]
  • 日本100名城 37 一乗谷城 その2 復原町並
  • 2016年3月27日(日)続き一乗谷は、朝倉氏5代100年の城下町です。それにもかかわらず、朝倉氏滅亡後は、そっくり町が消えてしまいました。いかに信長の破壊が徹底したものだったかがわかります。しかし、皮肉にも、そのおかげで全体が土に埋もれ、そのままの状態で保存されたのでした...発掘調査の開始は、1967(昭和42)年。今回紹介する南北200mの「復原町並」が整備されたのは、1995(平成7)年で [続きを読む]
  • 日本100名城 37 一乗谷城 その1 下城戸・平面復元地区
  • 2016年3月27日(日)続き前回、周遊バスがおすすめというようのことを書きましたが、一乗谷の遺跡めぐりは、歩くというのが一番いいかもしれません。私は過去に数回訪れているのですが、すべて車でした。車の場合、メインのところだけの見学になりがちですが、歩くと、広大な遺跡の全体像が見えてきます。まず、案内マップの写真から紹介します。遺跡のいたるところに案内マップが整備されています。地図のオレンジ色の道が [続きを読む]
  • 第834・835回 越美北線:足羽 → 越前東郷 → 一乗谷
  • 2016年3月27日(日)九頭竜線(越美本線)ホームへ。9:08 福井 → 9:18 足羽福井駅前に泊まったのに、出発時刻が遅すぎるように思いますが、その前の列車は 6:29。これはさすがに早すぎる。次の列車が、この列車。さらにその次は 12:50。したがって、ほぼ、この列車以外選択の余地がないわけです。福井駅足羽駅ちなみに、上の2枚は同じ列車。前の車両が、九頭竜湖行。後の車両が、越前大野行。(越前大野 [続きを読む]
  • 福井駅 恐竜広場・福井鉄道延伸
  • 恐竜広場今回の旅行は、2016年3月26日から福井で2泊したのですが、まず、福井駅の変化にびっくりしました。2013年7月の福井駅     ↓2016年3月の福井駅こんな壁画も。ホームへの階段福井は、大々的に恐竜を観光資産としてアピールし始めたようです。駅前に、恐竜広場というスペースが整備されたのは、2015年3月のようです。フクイラプトルフクイサウルスフクイティタンこれらの恐竜は、動くんですよ。 [続きを読む]
  • 第832・833回 北陸本線:動橋 → 粟津 → 小松
  • 2016年3月26日(土)続きまずは、答え合わせから。《動橋》の読みは《いぶりはし》でした。《動》を《いぶり》とは読めませんよね。動橋(いぶりはし)駅〔2016年3月〕1897(明治30)年9月20日開業。ホームは、2面2線。片山津温泉への玄関口として、特急停車駅だった時代もありましたが、その機能を、隣の加賀温泉駅に譲って、今は普通列車のみの停車駅となっています。北陸本線沿線を歩く動橋〜粟津 地図 [続きを読む]
  • 第830・831回 北陸本線:大聖寺 → 加賀温泉 → 動橋
  • 青春18きっぷシリーズ 第3弾2016年3月26日(土)テレビで北海道新幹線の出発式を見てから出発。「青春18きっぷ」の3回目。今回は片道だけの利用です。福井2泊3日旅行の初日。まず、宿泊地の福井へ。ホテルに荷物を預けて、さらに乗車。大聖寺駅で下車。北陸本線沿線を大聖寺駅まで歩いたのは、2014年8月。この後は、JRから分離する金沢から先を歩いたので、いまだに、大聖寺〜金沢間は歩いていません。この [続きを読む]
  • 閑谷学校
  • 閑谷学校前回、まとめて紹介しようと思いましたが、写真の量が多かったので別の記事にしました。吉永駅に着く前に、「吉永交差点で、右折」と書きましたが、実は、ここで左折して、片道3卻發と、「閑谷学校」があります。寄り道としてはちょっと距離がありますが、ここは、前から行きたかったところでした。閑谷(しずたに)学校は、1670年、岡山藩主・池田光政によって創設。藩士ではなく、庶民のための学校というのが、他の [続きを読む]
  • 第829回 山陽本線:三石 → 吉永
  • 青春18きっぷシリーズ 第2弾2016年3月21日(月)1回目の旅から16日後、3連休の3日目です。再び「18きっぷ」日帰りの旅です。思いっきり早起き。始発の中央線で、名古屋駅に出て...5:43 名古屋 → 6:20 大垣6:24 大垣 → 6:59 米原7:03 米原 → 9:33 姫路改札内の「吉野家」で、牛丼。(結果的には、これが朝・昼兼用の食事になりました。10:07 姫路 → 10:26 相生10:30 [続きを読む]
  • 第828回 紀勢本線:阿田和 → 紀伊井田
  • 青春18きっぷシリーズ 第1弾2016年3月5日(土)中央線で名古屋駅に出て、さらに...7:04 名古屋 → 8:17 亀山8:23 亀山 → 9:36 多気9:43 多気 → 13:05 阿田和(青春18きっぷなので、伊勢鉄道は経由できません。)家を出てから7時間かけて阿田和駅に着きました。それにもかかわらず、歩くための持ち時間は2時間強。阿田和(あたわ)駅〔2016年3月〕1940(昭和15)年8月8日 [続きを読む]
  • 第828回 紀勢本線:阿田和 → 紀伊井田
  • 青春18きっぷシリーズ 第1弾2016年3月5日(土)中央線で名古屋駅に出て、さらに...7:04 名古屋 → 8:17 亀山8:23 亀山 → 9:36 多気9:43 多気 → 13:05 阿田和(青春18きっぷなので、伊勢鉄道は経由できません。)家を出てから7時間かけて阿田和駅に着きました。それにもかかわらず、歩くための持ち時間は2時間強。阿田和(あたわ)駅〔2016年3月〕1940(昭和15)年8月8日 [続きを読む]
  • 日本100名城 59 姫路城 その2
  • 姫路城とその周辺2016年2月21日(日)続き大天守内部の見学が終わった後は、コースに沿って姫路城を見学。(ただし前のブログで紹介した部分は割愛します。)この記事の1/3は天守閣の写真。くどいと思われるかもしれませんが、お許しあれ。本丸(備前丸)からの天守閣天守閣の修理工事中に訪れた時には、鎧が展示されていた「りの一渡櫓」は工事中でした。姫路城には、大天守意外にも80以上の建物があるそうですが、そ [続きを読む]
  • 日本100名城 59 姫路城 その2
  • 姫路城とその周辺2016年2月21日(日)続き大天守内部の見学が終わった後は、コースに沿って姫路城を見学。(ただし前のブログで紹介した部分は割愛します。)この記事の1/3は天守閣の写真。くどいと思われるかもしれませんが、お許しあれ。本丸(備前丸)からの天守閣天守閣の修理工事中に訪れた時には、鎧が展示されていた「りの一渡櫓」は工事中でした。姫路城には、大天守意外にも80以上の建物があるそうですが、そ [続きを読む]
  • 日本100名城 59 姫路城 その1
  • 白くなった姫路城天守閣2016年2月21日(日)山陽本線沿線を歩いた翌日は、姫路城を再訪しました。このブログでは、播但線沿線のところでも姫路城を訪れていますが、そのときは平成の大修理中。修理が終わって《白くなった》姫路城を訪れるのは、初めてです。まずは、姫路駅北口からの天守閣。今回は、歩きではなく、あえて《姫路城ループバス》を利用しました。1回乗車で、100円なんですが、300円の1日乗車券を買い [続きを読む]
  • 日本100名城 59 姫路城 その1
  • 白くなった姫路城天守閣2016年2月21日(日)山陽本線沿線を歩いた翌日は、姫路城を再訪しました。このブログでは、播但線沿線のところでも姫路城を訪れていますが、そのときは平成の大修理中。修理が終わって《白くなった》姫路城を訪れるのは、初めてです。まずは、姫路駅北口からの天守閣。今回は、歩きではなく、あえて《姫路城ループバス》を利用しました。1回乗車で、100円なんですが、300円の1日乗車券を買い [続きを読む]
  • 東海道03-1:池鯉鮒宿 → 岡崎宿(馬市跡から矢作橋まで)
  • 池鯉鮒・馬市跡から矢作橋まで今回のコースは、2006年と今年の2回歩いています。写真は、光線のぐあいか、季節のちがいか、2006年の方がうまく撮れている場合が多いので、とりまぜて紹介します。地下道で国道を渡った先から松並木が始まります。かつては、並木八丁と呼ばれたところで、500mにわたって松並木が続いています。少し歩くと「馬市之跡」という石碑が建っています。(写真:2006年)池鯉鮒宿は馬市が有 [続きを読む]
  • 東海道03-1:池鯉鮒宿 → 岡崎宿(馬市跡から矢作橋まで)
  • 池鯉鮒・馬市跡から矢作橋まで今回のコースは、2006年と今年の2回歩いています。写真は、光線のぐあいか、季節のちがいか、2006年の方がうまく撮れている場合が多いので、とりまぜて紹介します。地下道で国道を渡った先から松並木が始まります。かつては、並木八丁と呼ばれたところで、500mにわたって松並木が続いています。少し歩くと「馬市之跡」という石碑が建っています。(写真:2006年)池鯉鮒宿は馬市が有 [続きを読む]
  • 東海道03-1:池鯉鮒宿
  • 池鯉鮒宿池鯉鮒宿を歩いたのは、2001年と2006年と今年3月4日の3回。いちおう今年の記録を基づいて書きますが、過去2回の記録も残っているので、それも参考にしています。総持寺知立神社の別当寺1616創建明治になって廃寺になりましたが、1924(大正13)年再興。徳川家康の側室で、結城秀康の生母であるお万の方の生誕地です。知立神社総持寺の少し先、左に入ったところに知立神社があります。三河の二の宮で [続きを読む]
  • 東海道03-1:池鯉鮒宿
  • 池鯉鮒宿池鯉鮒宿を歩いたのは、2001年と2006年と今年3月4日の3回。いちおう今年の記録を基づいて書きますが、過去2回の記録も残っているので、それも参考にしています。総持寺知立神社の別当寺1616創建明治になって廃寺になりましたが、1924(大正13)年再興。徳川家康の側室で、結城秀康の生母であるお万の方の生誕地です。知立神社総持寺の少し先、左に入ったところに知立神社があります。三河の二の宮で [続きを読む]
  • 東海道02-3:鳴海宿 → 地鯉鮒宿(桶狭間古戦場)
  • 桶狭間古戦場織田信長が、今川義元を討ち取った桶狭間。大河ドラマ「女城主 直虎」では先週の放映でしたが、まさかの《ナレ死》でした。直虎のお父さんもここで命を落としていますが、どうやら、今年の大河は、すべて井伊谷の狭い世界で話が進んで行くようですね。さて、桶狭間。歴史の分岐点になった戦いですが、その場所は、はっきりとは確定できないようです。現在、古戦場とされる場所は2つあります。1つは、名古屋市緑区桶 [続きを読む]
  • 東海道02-3:鳴海宿 → 池鯉鮒宿(桶狭間古戦場)
  • 桶狭間古戦場織田信長が、今川義元を討ち取った桶狭間。大河ドラマ「女城主 直虎」では先週の放映でしたが、まさかの《ナレ死》でした。直虎のお父さんもここで命を落としていますが、どうやら、今年の大河は、すべて井伊谷の狭い世界で話が進んで行くようですね。さて、桶狭間。歴史の分岐点になった戦いですが、その場所は、はっきりとは確定できないようです。現在、古戦場とされる場所は2つあります。1つは、名古屋市緑区桶 [続きを読む]
  • 東海道02-2:鳴海宿 → 地鯉鮒宿(有松)
  • 有松まず、安藤広重「東海道五十三次」の鳴海宿の絵を見て下さい。実は、この絵は、鳴海とはなっていますが、鳴海ではなく、有松の町並みが描かれています。今回は、有松を紹介しようと思います。江戸時代も、鳴海以上に栄えた町でしたが、現在もその町並みが維持されています。昨年「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。このあたりの東海道では、最大の見どころといってもよいでしょう。では、その町並みを写真で紹 [続きを読む]
  • 東海道02-2:鳴海宿 → 池鯉鮒宿(有松)
  • 有松まず、安藤広重「東海道五十三次」の鳴海宿の絵を見て下さい。実は、この絵は、鳴海とはなっていますが、鳴海ではなく、有松の町並みが描かれています。今回は、有松を紹介しようと思います。江戸時代も、鳴海以上に栄えた町でしたが、現在もその町並みが維持されています。昨年「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。このあたりの東海道では、最大の見どころといってもよいでしょう。では、その町並みを写真で紹 [続きを読む]
  • 東海道02-1:鳴海宿
  • 鳴海宿姫路編が終わっていませんが、今回から数回は、東海道編の続きを連載します。今回は、鳴海宿。鳴海まで歩いたのは、2003年2月と2016年1月鳴海から歩いたのは、今年2月。この3回の中から、写真はセレクトしました。鳴海は、現在、名古屋の市街地に取り込まれていますが、その地名からもわかるように、昔は、海が近くに迫っていたようです。丹下町常夜灯鳴海宿の西の入口になります。(撮影:2016年1月)最初 [続きを読む]
  • 東海道02-1:鳴海宿
  • 鳴海宿姫路編が終わっていませんが、今回から数回は、東海道編の続きを連載します。今回は、鳴海宿。鳴海まで歩いたのは、2003年2月と2016年1月鳴海から歩いたのは、今年2月。この3回の中から、写真はセレクトしました。鳴海は、現在、名古屋の市街地に取り込まれていますが、その地名からもわかるように、昔は、海が近くに迫っていたようです。丹下町常夜灯鳴海宿の西の入口になります。(撮影:2016年1月)最初 [続きを読む]