てつさん さん プロフィール

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てつさんさん: てつさんのアスペルガー症候群奮闘記
ハンドル名てつさん さん
ブログタイトルてつさんのアスペルガー症候群奮闘記
ブログURLhttp://ameblo.jp/tetsusan1001/
サイト紹介文35歳でアスペルガー症候群と診断されました。その特徴について書いています。週1回子の刻に更新されます。
自由文 私の特徴を子供のことから振り返りストーリー化しています。自叙伝のようになって同じような病気で苦しむ人たちに少しでも共感いただければと思い日々書き続けています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供50回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2009/12/12 17:34

てつさん さんのブログ記事

  • 元自宅明け渡しへ。
  • にほんブログ村 こちらも参加していますのでよろしくお願いします。  ↓      ↓ 前回の続きです。 以前の原稿で京都の元自宅の売却が正式に決まり、年明けの1月下旬には正式に決済受け渡しが行われることに決まったことは話した。この日は銀行の営業日なので仕事は1日休みをする旨伝えていたがみんな私が家を売ることは知っていたので休ませてもらえることに決まっていた。決済場所は三菱東京UFJ銀行の京都市内の支店で [続きを読む]
  • 体調やや安定へ。
  • にほんブログ村 こちらも参加していますのでよろしくお願いします。  ↓      ↓ 前回の続きです。 私はこの事業所に就職かしてから2ヶ月が経過していたが、2週間に1回の通院と投薬は続いていた。統合失調感情障害というのは一生にわたって薬を飲み続けないといけない慢性疾患である。大阪の医療機関にかかりつけ医を変えてから半年が経過しようとしていたが医師との信頼関係は徐々に構築できそうだった。医師も何か相 [続きを読む]
  • 勤務2か月を乗り切る。
  • にほんブログ村 こちらも参加していますのでよろしくお願いします。  ↓      ↓ 前回の続きです。 私は時折パニックに陥りつつも徐々に作業を通じた訓練のやり方や利用者とのコミュニケーションの取り方などについて勉強を重ねてきた。この時点で精神保健福祉士らしい仕事ができていたわけではない。1日1日をこなすのが精一杯の状態だった。 前回書いた多忙な時期を乗り切ったことで少しずつではあるが自信も持てるよ [続きを読む]
  • 社会復帰後の試練。
  • にほんブログ村 こちらも参加していますのでよろしくお願いします。  ↓      ↓ 前回の続きです。  この事業所の作業はほとんどが内職のようなものだった。忙しさは時期によって異なるが、全く作業のない日もあれば作業に追い回される状況になることもある。私が就職した月は比較的安定した状態だったが、次の月の年末になると約10万個のロットでの内職作業をやることに決まった。単価も高いが手間は普段の作業の3 [続きを読む]
  • 元自宅売却契約へ。
  • にほんブログ村 こちらも参加していますのでよろしくお願いします。  ↓      ↓ 前回の続きです。 私の就職と元自宅の売却話はほぼ同時に進んでおり、以前の原稿では11月には契約したいというハイスピードな進み方だったが早く決着をつけたい私にとってはむしろ好都合だった。11月が勤務開始だったのでそうそう休みも取れなさそうな状況下で先方(買主)との調整の結果11月中旬には契約の日程が決まった。この日程は [続きを読む]
  • 医師の見解。
  • にほんブログ村 こちらも参加していますのでよろしくお願いします。  ↓      ↓ 前回の続きです。 私は通所している時は通院は月曜日の午前と決めていた。以前は京都まで通わなければいけなかったので、月曜日は2週間に1回1日休むことに決まっていた。就職する直前に近くの大阪の医療機関を見つけて通院していたが、その時も午前中の通院で1日休みを継続していた。事業所側としては昼からでも通所して欲しそうだった [続きを読む]
  • 元自宅売却決定へ。
  • 前回の続きです。 私が仕事でバタバタしていた中で売却を依頼していた元自宅は不動産会社によりホームページで概要を掲載したり、チラシをまいたりして売却先確保に向けて動いてくれていた。 インターネットで掲載される場合は全国にその情報が流れるので買い手もつきやすくなるらしい。JR太秦駅の近くの物件で建物の老朽化は進んでいるものの土地の価値はある程度あるし建物も改装したり建て替えたりすれば十分住むことはできる。 [続きを読む]
  • 新たな目標設定へ。
  • 前回の続きです。 私は1ヶ月のフルタイム勤務を休みなしで乗り切ったことで体力的な自信はついていた。後は精神的な負担と体調のコントロールをいかにできるのかで次の3ヶ月まで乗り切れるのか大きなポイントとなる。 これはどんな職種でも同じだと思うが、最初の1週間、2週間、1ヶ月、3ヶ月、半年、1年という区切りがあってそこをクリアすることで長く仕事を続けられるのか決まると言っても過言ではない。最初の職場はこの [続きを読む]
  • 勤務1ヶ月を乗り切る。
  • 前回の続きです。 勤務して2週間も経過すると歓迎会の話が持ち上がった。今さら1年以上通所していた私を雇用しただけなのに歓迎会というのも大げさだと思っていたが最初から行きたくないというのも良くないので参加することにした。私が入社した日付で桜川さんが隣町のB型事業所に異動になっていたが、その送別会はしないらしい。 この事業所の職員は5人で回っており、管理者2人と職員3人で回っていたが正直カツカツの人員だ [続きを読む]
  • 元自宅売却方針固まる。
  • 前回の続きです。 私は前月の引っ越しで空き家になった元自宅をどうするか考えていた。私が鍵を預けた不動産屋は売買も賃貸もやっており、どちらも対応できるという話だった。売買か賃貸かはゆっくり決めてくださいねと言うことなので検討することにした。 まず賃貸に回すとなると安定した家賃収入が見込めるのが利点であり、駅前の好立地なので借りてもつきやすく、家賃も高く設定できそうだった。ところが建物が築40年超と傷みも [続きを読む]
  • パニックに陥る。
  • 前回の続きです。 私は1年3ヶ月ほど通所していた障害者支援センターに内部就職して半月が経過しようとしていた。もちろん精神保健福祉士の肩書きを持っているからと言ってそれが直ちに役に立てられるというものではない。かといって私は自動車の運転が苦手で運転でバリバリと言うわけにも行かなかった。 そこで何を仕事するのかというと作業内容の説明や進捗状況の確認、その作業が難しい人には別の作業をしてもらうなどというき [続きを読む]
  • 運転の機会なし。
  • 前回の続きです。 私はこの事業所に入ったらすぐに車の運転をすることになると考えていた。 それは通所しているときに新しく入った職員さんはもう2日目にもなると利用者さんの送迎に行くようになっていたからである。ただ以前の原稿で書いたように私の車の運転技術は未熟であることは副施設長の谷さんが知っていた。 ちなみに利用者さんの送迎は1人だけで、左半身が不自由な人で就職を目指したいと考えていた人を受け入れたこと [続きを読む]
  • 就職初日までのお話(その2)。
  • 前回の続きです。 朝は利用者たちと同じ9時までに出勤すればいいということだった。通所していたときは9時5分前くらいに入っていたが、私は8時半頃には出勤しておかないと準備ができないと考えていたので8時半に到着するように出発することに決めていた。  到着すると既に何人かの利用者さんが到着しているが、鍵を持っていないので開けることはできない。いつもは1番早く来る御厨さんがやって来た。鍵を開けるとまずお茶と [続きを読む]
  • 就職初日までのお話(その1)。
  •  それでは今回から新テーマで事業所通所から事実上の内部就職という形で社会復帰することになった私について述べていきます。  通所は10月の末で終わることになったので、ロッカーの後片付けをして明け渡すなどの作業が必要になっていた。施設長の宇賀さんは、 「それでは明日からよろしく」 と言うことになったが何から手をつけたらいいのかも分からなかった。帰ってきてからもこれからどうなるのかというワクワク感とこれか [続きを読む]
  • 6年ぶりの社会復帰。
  • 前回の続きです。 私は精神障害で通所していた就労移行支援事業所に10月末までは通所し、その翌日の11月1日より職員に立場が変わることになることは前回の原稿で書いた。 当然精神障害で定期的な通院は必要であり、2週間に1回は通院してもいいと言うことになっていた。通所している頃は事業所を1日休んで通院していたが、職員となるとそうは行かず、月曜日が通院予定日だったので夕方から行ける時間に予約を変更してもらう [続きを読む]
  • 梯子外される。
  • 前回の続きです。  無事引っ越しも終わって11月からこの法人の職員になることは決まっていたが私は新しくできた就労継続支援B型での雇用とばかり思っていた。10月の末までは通常通り通所するので利用者のみんなには私がこの法人に雇用されることになることを知っている人は誰もいなかった。もちろん私も話さないし、施設長の宇賀さんも話さないのでギリギリまで分からないことになる。  条件は時給900円のパートタイムで実質 [続きを読む]
  • 京都離れる。
  • 前回の続きです。  私は大阪の母の自宅(注:実家ではない)に身を寄せるようになってから2年が経過しようとしていた。就労移行支援事業所に通うようになってからも1年を過ぎていた。そのような環境下で私は住民票を大阪のK市に移すことを決め、この年の夏に手続きが完了したことは以前の原稿で話した。 ただ自宅に荷物はそのままの状態で残っており、これを動かして空き家にしなければ売ることはできないが、すぐに売るという決 [続きを読む]
  • 引っ越し手続き進む。
  • 前回の続きです。 10月の下旬に京都から南大阪へ引っ越すことが決まったのは10月の上旬だった。 この10月の下旬というのは意味があって、私の障害年金更新の診断書を書いてもらう期日だったので事前の通院で先生にはお願いしていた。障害の年金の診断書は非常に書く欄が多く煩雑なので診断書料も7000円から1万円かかるところも多いようである。 引っ越しはこの年金の診断書をもらうことと年金事務所への提出を計算に入れて [続きを読む]
  • そして面接へ。
  • 前回の続きです。 9月に理事長からいつになったら来て(職員になって)くれるのかと恫喝(?)された私はこの年の11月からなら勤務できるという回答をしたことは以前の原稿で書いた。 10月になったが一向に面接をやるという動きが見られなかった。これには諸事情があって私を雇用することによりこの事業所が障害者のトライアル雇用の制度を利用して国からの助成金を何とか得たいという思惑があった。どうやら職安(ハローワーク)と [続きを読む]
  • 引っ越し準備に追われる。
  • 前回の続きです。 実質的に11月から私が通っている事業所を運営する法人に雇用されることに決まったことは前回の原稿で話した。 私は京都の自宅をどうするか決めなければいけない判断に迫られていた。私は京都の自宅は処分してもいいと考えていた。住民票の移転は完了したし、ローンは母が立て替えてくれたのであとは引っ越しの手続きさえ終われば売却できる環境は整う。 医療機関の承継も上手く進んでおり、大阪 [続きを読む]
  • 理事長苛立つ。
  • 前回の続きです。 運転免許の更新は無事できたので、あとの課題は引っ越しで荷物をすべて引き払わなければ京都の自宅を処分することができない。住民票を移して精神通院の公費負担も手続きが完了したのでコストがかさむ二重生活の解消に向けて動かなければいけないところまで来ていた。私はこの当時障害年金月額約12万円と通所している事業所からの工賃が約2万円程度の収入があり、贅沢をしなければ何とかやっていける水準 [続きを読む]
  • 運転免許の更新の危機。
  • 前回の続きです。  私はこの年運転免許の更新で10月誕生月の私は9月頃に案内のはがきが送られてきた。私は長らくペーパードライバーだったので事故や違反のしようがなくゴールド免許での更新が続いていた。更新は5年ごとで何事もなければ更新にさえ行けばすぐに新しい免許証が発行される。  ただ今回は少し事情が変わってくる。過去にてんかんの患者が発作中に祇園で暴走して死亡事故を発生させたことから制度の改 [続きを読む]
  • 住民票大阪に移転へ。
  • 時系列が前後しますが前回の続きです。 移転先の医療機関が無事決まったので、公費負担との関係で移転先での治療を継続するためには住民票の移転が必要だった。公費の対象は移転前の京都にあったので京都で受診して薬をもらうという二重生活が続いていたがその解消を目指していた。 京都の自宅のローンは母に用立ててもらったので家はすぐにでも売却できるようになっていた。借り入れた費用は住宅ローンに変わって毎月一 [続きを読む]
  • 医療機関移転に向けた準備について。
  • 時系列が少し変わりますが前回の続きです。 この年の夏に入る頃から医療機関を京都から大阪に移転する準備をしていた。従来は2週間に1回京都まで通院していたのでそのたびに事業所を休まなければいけなかった。この年に入った頃くらいから家族の間では医療機関や住民票も含めて大阪に移転することも検討するよう言われていた。 京都には住宅ローンを抱えた家が残っており、住民票の移転は容易ではなかった。そこで年始 [続きを読む]
  • 新しい事業所立ち上げへ。
  • 前回の続きです。 9月になった。いよいよ隣町の新事業所(就労継続支援B型)が開所になることが決まった。とはいっても利用者はこれから集めることになっており、必要最低限の職員がいるという状態だった。 そんな中で就労移行支援の利用者が応援で何人か行くことに決まっていた。これは就労移行支援の事業所に一旦通所してから職員が車で移動するという形で行われていた。職員も不足している状態は続いていたので、引き [続きを読む]