御坊哲 さん プロフィール

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御坊哲さん: 御坊哲
ハンドル名御坊哲 さん
ブログタイトル御坊哲
ブログURLhttp://ameblo.jp/toorisugari-ossan
サイト紹介文知識はなくとも刺激的。 無知を恥じず堂々と間違い、そして本格的な哲学を目指す。
自由文日曜哲学者の御坊哲です。プラトンやアリストテレスは読んだことがない。カントも分からんアマチュアですが、全部自分の言葉で語ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供89回 / 365日(平均1.7回/週) - 参加 2009/12/23 20:45

御坊哲 さんのブログ記事

  • ことの本質は100万円の寄付にあるのではない。
  • 100万円寄付したとかしなかったとか、そんなことばかり焦点が当てられている。しかし事の本質は、エキセントリックな人物が創立しようとした小学校に対し、財務省や大阪府が異常なまでの配慮をしたということにある。 ≪ 学校法人「森友学園」の小学校開設の認可を巡り、大阪府の松井一郎知事は21日、府私立学校審議会(私学審)が2015年1月に「認可適当」の答申を出す前、財務省近畿財務局から「口頭で森友側に売 [続きを読む]
  • 責任ということ
  • 昨日(3/17) j前橋地裁で、福島原発事故における、東電と国の過失が認められる判決が出ました。≪ 『原発避難訴訟 国に初めて賠償命じる判決 前橋地裁』  東京電力福島第一原子力発電所の事故で、群馬県に避難した人など、130人余りが起こした裁判で、前橋地方裁判所は「津波を事前に予測して事故を防ぐことはできた」として、国と東京電力の責任を初めて認め、3800万円余りの賠償を命じる判決を言い渡しました。原発事故 [続きを読む]
  • WABI-SABI(わび・さび)
  • 先日、図書館で「翻訳できない世界のことば」という本を借りてきました。結構話題になっている本で、昨年から予約していたものがやっと順番が私にまわってきたのです。著者はエラ・フランシス・サンダースさんという若い女性イラストレーターです。で、いろんな国に住んだ経験から、それぞれの土地には一言では翻訳できない言葉あることを知り、それを紹介したいと思い立ったのだそうです。 例えば、イクトゥアルポク(iktsuar [続きを読む]
  • 分類と偏見
  • 今ではそんなことはもうないだろうが、金髪碧眼という言葉が外国人(と言っても白人だけだが)の代名詞だった。それで白人を見ると、栗毛であろうと茶髪であろうと、黒髪より薄い色で茶色がかっていれば、それをみな「金髪」と呼ぶ人が日本には少なからずいた。欧米人の髪の色のバリエーションは非常に多くて、レッド、ブラウン、ブルネット、ブロンドなどと多彩に呼び分けされている。ところが、日本人の髪の色はほとんど黒一色な [続きを読む]
  • 悪魔の証明って
  • 学校法人「森友学園」(大阪市)への国有地払い下げ問題に関して、共産党の小池晃書記局長が、学園側が自民党国会議員に便宜を図るよう求めた記録が存在すると主張し、安倍晋三首相を追及した。 小池氏 「私どもは、ある自民党国会議員事務所の面談記録を入手しました。そこには、森友学園側と(売却に関わった)近畿財務局や大阪航空局とのやり取りが克明に記録されている。記録は、2013(平成25)年8月5日から始ま [続きを読む]
  • 希望は戦争
  • 最近つくづく思うのだが、少数の資本家が大多数の労働者を搾取するのは、たいして深刻な事態ではないと考えるようになった。本当に深刻なのは労働者間に格差が生まれることである。昭和三十年代、私の周りの人々は多少差があったとしても、庶民と呼ばれるたいていの人々は貧乏だった。ところが、グローバル化の波とともに先進国では庶民の間で格差が広がる傾向にある。時給千円で働く非正規雇用労働者はフルタイムで働いても月収2 [続きを読む]
  • 真理はないか?
  • 「真理はない」などと軽々しく言うべきではないと思う。もともとないものであるなら「ない」とさえ言えない。少なくとも、「ない」と言えるためにはその対象が明確に定義されていなければならない。たいてい真理の存在有無を論じているところでは、「真理とは何か?」という問題が並行して行われているのが常である。それがなんであるかわからないものの存在について論じることは、空港へ名前も姿形も知らない人を迎えに行くのと同 [続きを読む]
  • そこまでひらきなおるのか
  • ( 毎日新聞より )「金田法相 指示認め撤回…共謀罪「提出後に議論」文書配布」  金田勝年法相は7日午前の衆院予算委員会で、「共謀罪」の成立要件を絞り込み「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案に関し、「国会提出後に法務委員会で議論すべきだ」と記した文書を自身の指示で作成したと認め、撤回して謝罪した。政府・与党内で提出に向け調整中の同法案に関し、野党は予算委で度々追及している。法務委での質疑を [続きを読む]
  • 観念論と実在論のつづきのつづき
  • 前回は、すべてが観念であるとすると、その観念の位置づけが出来なくなる、というようなことを述べました。へたくそで恐縮ですが、下図のような概念図となります。バークリーの言うように、すべてが観念であるとすると、一番上位のこの絵そのものを吹き出しの中へ入れなくてはならなくなるのであります。どうしてこのようになるかと言うと、二つの理由があります。ひとつは、認識というものについて、「主観が客体を認識している」 [続きを読む]
  • 観念論と実在論のつづき
  • 前回は、科学的実在論が必然的に観念論を導き出す過程について述べた。実在論は必然的に観念論を導き出すが、観念論から実在論には戻れない。科学的実在論によれば、我々に直接接するのがセンスデータだけだからである。我々の側から見れば、物そのものの前に感覚の壁が立ちはだかり、物そのものは仮説的推論によって存在すると推定するしかない。 矛盾のない仮説的推論というのは無限にある。例えば、「私は実は培養液に浸さ [続きを読む]
  • 観念論と実在論
  • 人は物心つけばたいていは素朴実在論を身に着けると言われている。目にした木や石やリンゴが(見えている)そこに、自分の外部に実在する、というようなものの見方である。通常の日常生活を送っている分には、素朴実在論は十全な理論であり、破たんすることはまずない。テーブルの上におやつがあって、それを弟と取り合いになったことはないだろうか? 自分に見えるおやつは弟にも見えているのである。このような経験、つまり他者 [続きを読む]
  • 刑事フォイル
  • 今朝、コーヒーを飲もうと思って、ポットをコンロにかけてスイッチを入れた。が、スイッチが入らない。当たり前である。T−falの電気ポットをガスコンロにかけてもスイッチが入るわけはないのだ。妻に大笑いされてしまった。物忘れもひどいが、とんちんかんな行動もふえてきた。これが歳をとるということなのだろうか。 刑事フォイルを演じるマイケル・キッチンは1948年生まれ、ぼくより一歳年長だが、ドラマの中のフ [続きを読む]
  • 真理について、まどろみながら考えてみた
  • 今朝寝床の中で、ウィリアム・ジェイムズの言葉を思い浮かべていた。 ≪ずっと信じてきたもの、実際にそれに基づいて生きてきたのだが、それを表現することばを見つけることが出来なかったもの≫ それが「真理」であると、彼は言う。 ロマンチックだが、実に含蓄のある言葉だ。確かにぼくらはなにかを信じている。哲学をかじりかけた若者が「真理とか真実というものはない」とうそぶくことはままある。しかし、哲学 [続きを読む]
  • 長さとは何か?
  • ウィトゲンシュタインの「青色本」の冒頭は次のような一節から始まっています。 ≪語の意味とは何か。 この問題に迫るためにまず、語の意味の説明とは何であるか、語の説明とはどのようなものかを問うてみよう。 こう問うことは、「長さはどうして測るのか」を問うことが「長さとは何か」という問題に役立つのと同じ仕方で役立つ。 ≫ 初めてこの文章を読んだときは一体何を言っているのかわかりませんでした。「長さ [続きを読む]
  • 逃げるは恥だが役に立つ
  • 「逃げるは恥だが役に立つ」というのは、知ってる人は知っているでしょうが、今週で終わったTBSのテレビドラマのことです。主演の新垣結衣さんの可愛らしさと、共演の星野源さんのちょっとずれたような演技、それに脚本家や製作スタッフの遊び心がうまくかみ合って、とても面白い作品に出来上がっていました。ぼくが今年見たテレビドラマの中では、同じTBSの火曜ドラマ「重版出来」と並んで、他を圧倒して面白かったと評価し [続きを読む]
  • 「真珠湾」通告遅れは意図的?
  • 昨日(12/27)の東京新聞・夕刊に、太平洋戦争の開戦通告が遅れたのは、日本外務省が意図的に電報発信を遅らせたことが原因であるとする新証拠が発見された、との記事があった。 真珠湾攻撃が開始されたのは12月7日の午後1時19分、覚書がハル米国務長官に手渡されたのが一時間後の午後2時20分だった。 覚書は長文なので14部に分割されて送信された。1から13部までは12月6日の午前11時25分までに発信されていた [続きを読む]
  • 禅的(哲学的)世界観
  • 以下は、玄侑宗久さんの「死んだらどうなるの?」という本の、池田晶子さんによる書評です。 ≪禅僧が科学を使用して死後を説明するのを、私は初めて見た。びっくりした。はたして、本気だろうか。   ( 中略 )私はまずそれを疑った。『意識は脳が生み出す』とも、平気で言われている。大したもんである。どうせ嘘をつくのなら、ここまで徹底してつかなければならない。話というのは、どっかから始めなければ、始まらない [続きを読む]
  • 心はどこにあるのか
  • 「心はどこにあるのか?」と問われると、たいていの人は脳にあると考えているのではないでしょうか。でも、これは医学・生理学が普及してからのことで、昔の人は心臓にあると考えていたようです。私はラテン音楽が好きでよく聴くのですが、歌詞の中にやたら"コラソン"という言葉が出てきます。この単語は、心臓という意味と心という意味を兼ねているのです。だからラテン系の人々にとっては、今でも心は心臓にあるんですね。 [続きを読む]
  • ゲシュタルト崩壊と空観、それから龍樹へ (その2)
  • 前回記事では、机や人間というような個物について、その普遍的な本質というものが存在しないということを述べたのですが、今回は個物以外の概念について考えてみたいと思います。 古代インドの哲学者龍樹は大乗仏教の祖とされている人ですが、『中論』という書物を表しています。その中に次のような一節があります。   すでに去ったものは去らない。   いまだ去らないものは去らない。   現在去りつつあ [続きを読む]
  • ゲシュタルト崩壊と空観、それから龍樹へ
  • ゲシュタルトについてインターネットで検索していると、ゲシュタルト崩壊という言葉が頻繁に出てくる。その説明を読んでいるとどうも釈空観の説明に似ていることに気がつきました。 釈空観というのは、仏教の「空」を言葉で説明したものです。例えば、≪机と言うものに着目してみると、その脚を外してみると単なる板と棒になってしまう。何も減じていないのに、机そのものは存在しない。つまり空である。≫ というような見方 [続きを読む]
  • ゲシュタルトからの連想
  • ゲシュタルトという言葉は以前から耳にしたことがあるが、どういうものか知らないままにすましてきました。心理学に詳しい人の言うには、ドイツ語の形とか状態の意味なんだそうです。絵画を眺めた時に、近接した部分に緑と茶色の部分があるとそれを一本の木として認識する、見ようによっては画布の上に緑と茶色の絵の具がおかれているだけかもしれないが、それらを統合された一本の木の形として見るときに、それをゲシュタルトとい [続きを読む]
  • 誕生日について
  • 昔の日本人は誕生日を祝うという習慣はありませんでした。なぜなら歳を取るのは元旦と決まっていたからです。いわゆる数え年というやつですが、ぼくが小学校へ入る前までは、年齢は満年齢ではなく数え年で表すのが一般的であったように思います。学校の年度は4月に始まるので、小学一年生には8歳と7歳の子が混じっていることになります。それで、いまでいう「はや生まれ」は「七つ学校」、「遅生まれ」は「八つ学校」とぼくたち [続きを読む]
  • 心はどうやって生まれるのか
  • 先日、NHK-ELのサイエンス・ゼロという番組を見たんですが、心を人工的に造り出すという試みにチャレンジしている人たちがいるそうです。科学によって意識というものも少しずつ解明されているということも言っていました。 しかし、この「心はどうやって生まれるのか」というタイトルには少し違和感を感じるんですね。もし科学がもっと進んでいけば、神経細胞がこのような状態になった時このようなことを人は考えている、とい [続きを読む]
  • (笑) について
  • なにか面白いことを述べようとしているわけではありません。最近というか結構前からですが、メールやSNSにおけるメッセージの中の ”(笑)” というのがどうも気に入らないという話です。こんなことを言うのは私が年寄りだからかもしれないのですが、結構年配の方でも使っていることがあるので、年は関係ないのかもしれない。 子供のころテレビでアメリカのお笑い番組をよく見ていましたが、オチのところで笑い声が入ります [続きを読む]
  • ひろい食いはいけないか?
  • 一般に拾い食いはいけないとされているけれど、ぼくは飯粒を落とした時は必ずそれを拾って食べます。若者から見れば、ばかばかしいというより愚かと言われてしまいそうだけれど、一定以上の年配の人ならこのようなメンタリティを理解してくれると思います。日本人にとってコメは単なる食べ物以上のもの、神聖なるものであります。「お米を粗末にしたらばちが当たる」とはよく言われたものです。 決して迷信を信じているわけで [続きを読む]