うたのすけ さん プロフィール

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うたのすけさん: 昔男の流
ハンドル名うたのすけ さん
ブログタイトル昔男の流
ブログURLhttp://oedundleer.blog58.fc2.com/
サイト紹介文歴史、哲学、宗教、短歌、俳句、文学、音楽、人生、その他あらゆることについて、昔男の、反時代的考察
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供0回 / 365日(平均0.0回/週) - 参加 2009/12/30 21:23

うたのすけ さんのブログ記事

  • 良経の二首
  •   夢の世に月日はかなく明け暮れて       または得がたき身をいかにせむ 西行のようでいて、しかし西行のようにいわば時代と対決した心の深さというものはない。ここには身分も才能も有り余るほど恵まれた若い詩人のアンニュイからの危機が迫る。ややもすれば理屈っぽくなりがちな思想歌だが、青年の素直な心がストレートに歌われていると感じる。今この歌を詠ずると、「または」という言葉の意味合いと響きが効いてい [続きを読む]
  • 家隆の二首
  •   桜花夢かうつつか白雲の       絶えてつれなき峰の春風 本当に桜花であったのか。あれは夢ではなかったのか。いやあれは白雲だったに違いない。というのは、それがどこかに消えてしまったのは、風が運んでいったからだ。この風。私の頬にふれる峰から吹いてくる風。この感触は夢ではない。そしてこの春風は私の想いになんとそしらぬ様子で吹いていることか。いや、つれないのは雲と風の共謀か。それにしてもあの桜花 [続きを読む]
  • 経典の音楽
  • 平安時代の初めの円仁という偉いお坊さんが、阿弥陀経を読誦(どくじゅ)するときに、どうも声音だけでは面白くないと思って、尺八で伴奏させた。ところが、このお経の中の一節「成就如是功徳荘厳」という所が、うまく吹けない。読誦と合わない。それで、比叡山にあるお堂の南東の扉にむかって吹いて練習をさせていたら、空中で音がした。そしてその音が告げるには、「如是」という部分に〈や〉という音を加えて「如是や」と誦え [続きを読む]
  • 葛城行き4
  • 二上山に沈む夕日に西方極楽浄土を見るのなら、考えてみれば、この旅は、西方極楽浄土に始まって、またそこに終わった感がある。というのは、僕はまったく忘れていたが、四天王寺の西門にある例の鳥居だが、あれは寺がある東から西の海へ入り日を拝むためであった。なるほど、『弱法師』にある、「極楽の東門に 向ふ難波の西の海 入り日の影も 舞ふとかや」と言われるほど、中世では、すでに四天王寺は、洗練された西海極楽浄 [続きを読む]
  • 葛城行き3
  • 明くる朝、朝食を済まし、橿原神宮へ参る。以前にも訪れたことがあるが、こんなに広かったかなと思う。   家内安全を祈願し、改修の募金一口二千円を寄付し、大池を見る。遠景が墨絵のそれのようで、静かで、どことなく古代的だ。沢山の鴨がピーピーという鳴き声を立てながら、水面を滑るように、こちらに向かってやってくる。餌でも持っていればやるのだが。   社務所の横にちょっと変った大きなクロガネモチの木がある。 [続きを読む]
  • 葛城行き2
  • 一日目:朝8時すぎ:名古屋出発→四天王寺(午前11時)→仁徳天皇陵、昼食→歴史博物館。午後2時までに、葛城方面(葛城山、一言主神社など)→夕方、橿原のホテルへ。二日目:ホテル→橿原神宮→橿原考古学研究所付属博物館→(その時の体調次第で変更可能)→当麻寺、昼食→(竹内街道)二上山→午後3時ごろ下山→帰路。しかし、実際は予定通り行かないもの。初めからいけなかった。ナビの指示通りに行ったら、大阪市内を北から [続きを読む]
  • 葛城行き 1
  • あなたの〈心のふる里〉はどこですか、と尋ねられたら、さてどう答えよう。難しいところだ。ぼくのような遍歴の持ち主なら、一般には、自分が子供のころ育った田舎の町と答えるべきであろうが、ぼくは、どうも素直にこの町だと言えない。もちろん、この田舎の町は、ずいぶん昔と変わったとはいえ、中心の東海道沿いの家々はほとんど昔のままだし、周りの山山や川の形や色は同じで、見れば懐かしいし、しばしば想像裡に思いだす。 [続きを読む]
  • 師走晦風景
  •  セザンヌの実生活はいかなりしか     視覚で世界をたえず壊して  完璧な無風の中を音もなく     茶色の一葉ゆっくりと降りる  停年の友を送って帰宅すれば     心の中に大穴のあく  終日の小雨にしほる日の丸を     見つつ思ふ過ぎにし年月  この晦日またこゆるとは思ひきや     わが目にまぶし水仙の白        にほんブログ村      [続きを読む]
  • 土偶ファン
  • 小生は最近、土偶が好きになった。今は好きを通り越して感嘆している。少し前に日本に来ていたフランスの〈ローセルのヴィーナス〉を見に行ったのだけれども、これはとても古く、約25000年前のものであるという。これは岩を削ったレリーフだが。 動物の角から水を飲もうとしているところか。とても写実的で、乳房は垂れ、腰回りが太い、じつに立派な女性のレリーフだ。いったい〈女性〉とは何か? やはり20000年 BC年ころに創ら [続きを読む]
  • 師走初旬風景
  •     家族して水槽洗ふ寒の日に      おどろくメダカの動きのおそし  マーラーの二番は冗長さりながら      あれも一つの慰めと認む   昨夜来落葉の積もる通学路      子供らの蹴って後の静もり  一面に落葉散り敷く前の道      その暖かさをそっと歩めり  木枯らしの合間を抜けて見える空      その青の巧妙なたくらみ  庭師切る枝葉を集め大奮闘      家族も庭も晴れ晴れとな [続きを読む]
  • 歌集『遥』 選6
  •  昭和20年、日本の大都市は、おおむね焼け野原になった。そして占領軍が入ってくる。昨日まで「皇国のために命を捨てん」と言っていた学校の先生も、突然「今日から日本は民主主義の国になりました」と言う。まだ本当に戦う気構えであった純粋な若者たちは、自分たちが信じていた価値が嘘であったと教えられた。可哀そうに、彼らはどんなにか傷ついたであろう。この中には、ついにヤクザ仲間に入ってしまった者もいたと聞く。な [続きを読む]
  • ヴェルディ『オテロ』
  •  ヴェルディのオペラ作品の中でもっとも好きなのは何でしょう、とマニアたちに尋ねてみたら・・・。やっぱり『ナブッコ』ではないかしら、わが想いは黄金の翼に乗って、イタリア万歳に涙よ、あるいは『椿姫』に捧げし歌よ、いや『トロヴァトーレ』の例のウン・ジャカ・ジャッジャに昇天だわ。いや、『リゴレット』だよ、いや『運命の力』ですわ。忘れちゃいませんか『アイーダ』に決まりですよ・・・なんて、結局なんでもいいの [続きを読む]
  • 万葉の歌
  •  『万葉集』の中でいちばん好きな歌は何って訊かれたら、どう答えようかと空想していたら、ふと出てきた言葉が、「朝影にわが身はなりぬ玉かぎる」なんだね。ところが続き下の句が出てこない。そこで調べてみると、この歌は、  朝影に 我(あ)が身はぬ 玉かぎる      ほのかに見えて 去(い)にし児(こ)ゆえに (参っちゃたな、一瞬ちらっと見えたあの素敵な子、どこの子やろ、あの子のことがつねに頭に浮かんで [続きを読む]
  • 永遠の0
  • 先日、息子がテレビで「永遠の0」をやるから、一緒に見ようと言ったので、見た。これは、小説が出た時、有名になったので、題だけは知っている。太平洋戦争のときのゼロ戦乗りの話だということも、見当がついていた。 見ていて人並みに涙が出たところもある。しかし、この作品はしっかり纏まっていて、言いたい所はハッキリしていると思った。それは、主人公のパイロットがどうして最後に特攻員として出撃していったか、である。 [続きを読む]
  • 選挙権など
  •  最近、選挙権が20歳から18歳に変更されるということで、不安を感じるという意見を耳にする。また、高校では先生が国政についてどのように教えたらいいのか難しいという。小生に言わせれば、高校では、目下のわが国の政治状況の主だった所を教え、それについて各政党や各国の意見をすべて紹介し、生徒たちに議論させればいいではないか、と単純に思う。 ところで、話は変わるが、小生は天邪鬼である。例えば、祝日には国旗を揚 [続きを読む]
  • いつ死ぬのか
  • ちょうど一年前の11月、このままだと、お前の寿命はとても一年ももつまい、と小生の腹を切り開いて、つぶさに内臓を観察した外科医は、小生に完全な黄色い銃(注1)を突きつけて、宣言した。 それで、小生は自分の余命を半年と思い定めて、いちおう身辺整理らしいことをしたつもりである。しかし、予定の青葉若葉の季節を過ぎ、越すに越されぬと思っていた酷暑の季節さえ過ぎると、なんだか覚悟がゆるんできて、気の抜けたビール [続きを読む]
  • シネマ歌舞伎
  • 先日、映画で歌舞伎、「籠釣瓶花街酔醒」(かごつるべさとのえいざめ)を観た。田舎から江戸に出てきた、あばた面の単純で金持ちの絹商人が、吉原一の花魁(おいらん)に惚れて、結局は捨てられる話だ。  この絹商人である次郎左衛門は勘三郎。花魁、八ツ橋は玉三郎。平成22年の舞台である。次郎左衛門は単純でお人よし、一目で八ツ橋に惚れてしまい、一途に吉原に通いづめ、とうとう身請けの約束までするが、いよいよという時 [続きを読む]
  • 熊野
  •  紀伊の国、熊野は今でこそ特急電車で名古屋から3時間で行けるが、鉄道がなかったその昔は、紀伊半島は山が深く、海岸線は概して岩がせり出している。ただでさえ半島という地形は交通に不便な、いわば閉じられた土地である。反面、海には開けており、ここ熊野は海に繋がる古い話が伝わり、古代的な気がいまなお漂っている。 鬼が城 熊野には奇岩が多い。この海岸は波の浸食によるものか、大きくえぐられて、鬼が口を開けている [続きを読む]
  • 秋日阿保歌
  •      秋日阿呆歌 (終日あほか…)  天高く馬や豚らのよくこえて     われらが腹のかてとなるかも  行楽は飽きぬ(秋来ぬ)食欲満たすため     神よわれらをゆるしたまへ   赤や黄や色めくもみぢ見に来るも     人は色めく浮世話に  帰り来ぬ今をあしたと写真撮る     人のあはれさ時のむなしさ  分け入っても分け入っても益もなし     薄が原にお宝はなし  訳言っても訳言っても石 [続きを読む]
  • 『神々の沈黙』
  •    ジュリアン・ジェインズ著 『神々の沈黙』 雑感 宇宙の広がりは有限なのだろうか、無限なのだろうか。そして宇宙が誕生した以前はなにがあったのだろう。自分はどうしてこの地球上にいま生きているのだろう。灼熱の球体にどうして生命が誕生したのだろう。一体何のために。 この様な事を考えて、ぞっとしたことがない人は、いないであろう。時に訊かれることがある、「あなたは神を信じますか」と。小生はためらうこと [続きを読む]
  • 壺狂い
  •  この季節になると、陽射しが伸びて、障子を明け放った部屋の畳は奥深くまで照らされて、部屋全体がとても明るくなる。空気は乾いていて、縁側で日に当っているのが心地よい。 いなかの家では、離れ座敷の床の間に壺などを置いて眺めていたものだが、他人に住まわせてからというもの、そういうことはできなくなった。しかし、この季節、秋の午後、柔らかい日差しに当った床の間は、信楽の古い壺がよく似合う。そして、その情景 [続きを読む]
  • お経詠み
  • わが家のお寺は浄土真宗である。葬式やら法事やらでお坊さんが詠うお経が長たらしくて、いつも苦痛に感じる。だから、このところずっと法事は断っている。お金だけ出して、そちらでよろしくやっといてください、という塩梅である。この苦痛はなぜなのか、考えて見るに、あの坊さんがお経を詠うあいだ畏まっていなければならない。それから、あの文句というか歌詞というかが気に食わない。内容はよく分からないけれど、とくに「ナ [続きを読む]
  • 谷崎文学一面
  • 知人とちょっと近代日本文学についてしゃべっていたら、また何か小説を読みたくなって、谷崎潤一郎の『卍』を読み返したんだけど、なかなか面白いね。とくに語り口がなんとも。関西弁が効いている。落語的エンターテインメントというのか、まあ、ありそうもない滑稽な話ではあるが、よく考えて見ると、いやいや現実のあり様そのものであるわ。つまり人間は美や性欲にとりつかれたら、どんな悲喜劇をも大真面目に演じるものだ。  [続きを読む]
  • 国会周辺漫談
  •  「自衛隊は危険な地域には絶対に行かせない。後方支援といえど、万一、鉄砲の弾に当って自衛隊員が死ぬようなことがあってはならん」 「はい、閣下」   ・・・・ 「閣下、大変でございます。暴風雨のために転覆しつつある大型漁船から救援の報せが入りました。約100名の乗組員が助けを待っているそうです。気象庁によりますと今後風雨はだんだん強くなるとのことです。」 「うーむ。じゃが自衛隊員をそんな危険な所に行か [続きを読む]
  • マコンデ彫刻 2
  • 妻の実家の近くに古いビルがある。その2階に目立たない古美術店があった。古美術店とは言っても、じつはガラクタ屋といった方がいいほど、世界中の古今のモノが、ほとんど無秩序に、所狭しと置いてある。木製の浮輪や古い金魚鉢、南洋のサンゴや貝殻、古代ローマ風の彫像、ヘンなマッチの玩具、プラスティック製の蛙、得体のしれない茶碗や壺、南米の織物や焼き物、東欧かどこかの蝶や玉虫、壊れた楽器、・・・。当時、小生は主に [続きを読む]