ねこむすめ さん プロフィール

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ねこむすめさん: ねこむすめのブログ
ハンドル名ねこむすめ さん
ブログタイトルねこむすめのブログ
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/kokusaiyuko/
サイト紹介文猫と昔の日本映画を愛するねこむすめの身辺雑記。
自由文忘れられた日本映画を発掘中。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供274回 / 365日(平均5.3回/週) - 参加 2009/12/30 23:47

ねこむすめ さんのブログ記事

  • にしなりにゃん散歩 その20
  •  ここ何日間おきに、夜中になるとカンカンと警鐘をならした消防車の音を聞きます。 今年は空梅雨というのもあり、乾燥がちで火事がよく起きるんだなぁ。 ねこの住まいの鶴見橋も火事で、いまはブルーシートがかぶされているおうちがあります。家人の火の不始末が原因だそうです。木造家屋が多いので被害も広がりがちです。 火事現場だった向かい側は、昔は中華料理をしていた家屋。いつも夕方になるとシャッターを少しあけて、 [続きを読む]
  • いつか来るさよなら
  •  1969年制作、川頭義郎監督の「いつか来るさよなら」を観ました。 千田弘(舟木一夫)は、父・康弘(山形勲)の病院に勤める少し年上の看護婦・由里子(光本幸子)を秘かに憧れていました。しかし、父親が由里子と結婚してしまい、すっかりぐれて、酒やバクチの荒れた生活を送り、由里子をシカトするのでした。 実母は、医師・石垣と付き合って千田家を追われたのですが、石垣の開業資金を、由里子にゆすろうとします。婚前 [続きを読む]
  • 茶良多
  •  いつも淀屋橋駅から通勤路で前を通っている喫茶店「茶良多」に入ってみました。「サラダ」と読むようです。 中には、カラオケがありますが、夜はスナックのようです。さすがにこのあたりのヒトらは、昼間からカラオケとかはしないんでしょうね。普通にコーヒーを飲みました。地代のせいか、大阪地裁の周辺って喫茶店があんましないんですよね。 [続きを読む]
  • 河内のオッサンの唄
  •  1976年制作、斎藤武市監督の「河内のオッサンの唄」を観ました。 舞台は大阪は河内の松原、川谷拓三はそこで白タクを生業としています。不良にからまれた花火屋の娘・夏純子を助ける男気もありますが、基本は博打が好きで、闘鶏に夢中になってすってんてんになってる日々です。しかし、珍しく博打でバカヅキした川谷拓三は、体を張った夏純子と勝負をしても勢いで勝利。ちゃんと博奕の清算は済ますとそのまま夏は女房になりま [続きを読む]
  • にしなりの宗教施設
  •  いろんなヒトが住んでいるにしなりは、宗教施設もあちらこちらに見かけられます。 ねこの近所にも、天理教の教会があります。 にしなり以外にもどこにでもある寺社も多いですが、見かける限りキリスト教系の教会が多い印象です。コリアンが運営している教会もあります。 JR今宮駅の近くにある、goodnews Osaka Church、ねこはキリスト教の派とかよくしらないのですが、近くに行くと「良い知らせの教会」とかいう貼り紙があ [続きを読む]
  • 辻田菓子店 
  •  弘治小学校の運動場寄りの向かい側には戦前から営業されている駄菓子屋さんがあります。 なかなか風情のある建物だと思っていたら、その前は大正時代のダンスホールだったそうで。 森永キャラメルの看板がええ感じです。ねこは子どもの頃、お菓子や駄菓子をほとんど買ってもらえなかったのですが、学校の近くにこんな店があったら買い食いしていたなかなぁ。 いま思えば、駄菓子とか食べていなかったので、添加物とかあまり摂 [続きを読む]
  • 大阪市立弘治小学校
  •  ねこの最寄り駅の大阪市地下鉄・花園町駅をすぐに上がると、大阪市立弘治小学校がありました。 通勤中、前を通るとチャイムが聞こえたりしていました。チャイムが聞こえなくなったなぁと思ったら、2015年3月に萩之茶屋・今宮小学校との3校での統合、および今宮中学校敷地に併設しての小中一貫校化での統廃合が具体化して閉校しました。橋下時代の政策の影響ですね。 最近は、大阪市内にタワーマンションが結構建つようになっ [続きを読む]
  • オーバンド
  •  どこでも見られる輪ゴムと茶色をベースとしたケース。国内輪ゴム最大手企業、株式会社共和製です。実は、にしなりに本社があります。 創業者・西島廣蔵氏が、銀行関係者から紙幣を束ねるバンドを作ってほしいと頼まれ、自転車のチューブを輪切りにしたものを考案したのが輪ゴムの原形と言われています。その後、研究改良を重ね、1917年におなじみのあめ色の輪形のゴムバンドの開発に世界で初めて成功しました。 オーバンドと名 [続きを読む]
  • 大阪市立長橋小学校
  •  また、日本の学校でも通う在日コリアンのために民族教育が行われています。 そのひとつ、西成区の大阪市立長橋小学校では、1960年代から同和地区の学校における部落差別など、反差別の教育を掲げた「解放教育」の高まりがありました。しかし、在日コリアンの生徒から、「部落の子どもと同じように差別を受けている自分たちも、自分の民族についてもっと知りたい」という要望が出され、児童会長に当選します。そしてこれを契機に [続きを読む]
  • 学校法人金剛学園 跡地
  •  ねこの食材の買い物はスーパーはやしとスーパーライフ 西天下茶屋店が多いです。 ここはかつて、韓国系の民族学校、金剛学園があったところでなかなか広々としたお店です。 戦後、様々な事情で帰国できなかった在日コリアンは、とりあえず居住し、子孫も育てなければなりません。そして、自分の民族文化を継承しようと民族教育施設をにしなりでも設立しようとします。 終戦直後に結成された「在日朝鮮人連盟(朝連)」の西成 [続きを読む]
  • にしなりの皮革産業
  •  にしなりは地域柄、昔から皮革産業が活発でした。 それでも低賃金で過酷な仕事で、在日コリアンも皮革産業に従事しているヒトも多かったです。 しかし皮革産業は1930年代後半に、軍靴についての公定価格が決められるなど戦時統制が厳しくなり、製靴業に従事していたヒトたちの約8割は失業します。こうした状況は1950年7月の統制廃止まで続いて来ました。 在日コリアンが皮革産業に従事するきっかけは、戦時中、徴用で来たコ [続きを読む]
  • にしなりのナット産業
  •  ねこが以前住んでいた大阪の生野区も在日コリアンは多かったのですが、にしなりも結構住んでいます。 日韓併合後、1923年に大阪ー韓国の済州島の定期就航船が開通し、多数渡って来て、生野区は済州島出身者が多かったです。 1928年には西成には2887人のコリアンが居住していたという記録があり、特ににしなりの北部に密集していました。比較的安価なバラックや、地域的な事情があって流入しやすかったのでしょう。 当初はコリ [続きを読む]
  • 阪神の四国味めぐり
  •  梅田の阪神百貨店の催事、阪神の四国味めぐりに行って来ました。 今回のお目当てはちきん館の和風ローストチキン。韓国では1匹まるごとのローストチキンが結構メジャーな料理なのですが、大阪ではあまりお目にかかりません。韓国から来た人が大阪のミナミでたまにお店を営業していたのですが、電気でじっくり焼くために電気代のコストがかかるせいかすぐに閉店していまは見つかりません。 こちらのローストチキンは電気かどう [続きを読む]
  • 阪急そば
  •  外まわりをしていて、昼ご飯を食べ損なっていまいました。 4時頃に阪急梅田駅に着いたので、駅構内の阪急そばで腹ごしらえ。 そんな時間でも混んでいて、発券機に並んでいたら、店のヒトにもう一つ発券機あるよと言われて購入。初めて入るお店は勝手が分かりません。 わかめそばを発券して出したつもりが、出てきたのはわかめうどん。しまった、券を間違えて買ったんだ。そば食べたかったのに。 うどんはあんまし味がなくて [続きを読む]
  • 死闘の伝説
  •  1963年制作、木下恵介監督の「死闘の伝説」を観ました。 太平洋戦争の末期、北海道の寒村に一家で疎開してきた園部黄枝子(岩下志麻)は美貌故、村長の息子・剛一(菅原文太)に見そめられます。なんとなく黄枝子は気が進まない状態でした祖母・梅乃(毛利菊枝)と母・静子(田中絹代)も娘の心を察して返事をためらっています。そこへ、長男・秀行(加藤剛)が病気のため戦場から帰還します。秀行は剛一を見かけると、彼が大陸 [続きを読む]
  • かっぱ亭
  •  飲んだくれは相変わらずなのですが、最近は経費削減のためにうち飲みも多いです。 しかし、やっぱりたまには外に行こうと、相生橋筋商店街の近くにある「かっぱ亭」に行きました。 女性店主一人で切り盛りしているお店です。カウンターのみで、大皿にはいろいろとあてが盛られています。お刺し身などは、お店のはしっこにある冷蔵庫から取り出します。近くにある黒門市場から仕入れ、この日はタコを中心としたお刺し身盛り合わ [続きを読む]
  • 男が血を見た時
  •  1960年制作、三輪彰監督の「男が血を見た時」を観ました。 三田譲二(松原緑郎)はふとしたことで、ブラック・ジャガーという貧しい青年たちが集まるバイククラブのリーダー金田達(浅見比呂志)と知り合あいます。このクラブに入った譲二は、その中では馬頭楽しブルジョワの京子(三ッ矢歌子)と親しくなるのでした。しかし、達も京子を愛していて、達と譲二は対立していくのでした。 当時、カミナリ族という言葉もはやってい [続きを読む]
  • 花園松竹
  •  大阪市営地下鉄、花園駅すぐのネオンがまぶしいスーパー玉出。 ここは、以前は花園松竹がありました。ねこが当時にいたら、最も通ってるだろうなぁ。昭和39年の時点ではあったのですが、いつ頃なくなったのかは分かりません。 そして、ねこの近所のマンションが映画館名は分からなかったけれど、東宝系の映画館があったそうです。ちなみにその隣にはビリアード場だったそうで。 うむ、民衆の娯楽だなぁ。ここらへんの開発は [続きを読む]
  • 西成映画劇場
  •  銭湯で高齢者の方とお話をしていると、ほんまに昔は西成でも鶴見橋商店街周辺は映画館がいくつもあったそうです。 ねこが物心ついたときには、もうほとんどなかったので、40年前でもなかったんでしょうね。 映画館名を知りたかったのですが、みなさん館名までは覚えてらっしゃらないそうです。 この鶴見橋商店街内の公園には、東映系の映画館があったそうです。おそらくは西成映画劇場かな。鶴見橋第一映劇かもしれません。 [続きを読む]
  • わらび
  •  ねこ母が、和歌山産のわらびを購入しました。 韓国ではわらびは、ナムルかスープに入れます。乾燥されたのが年中出まわっています。 せっかくの新鮮なわらびなので、どういう風にいただこうかと思ったら、ゆでたのをポン酢でいただいてもいいと店のヒトが言っていたという。ということで、ちょっと高めのポン酢を購入してシンプルに食べてみました。尼崎産のポン酢で、しょうゆよりすだちの方が配分が多いそうで。 日本のわら [続きを読む]
  • 串カツ 333
  •  新世界はマスコミの影響か、すっかり串カツの町みたいになっています。 あんなけ店があったら、どこに入ってよいのやら分かりません。 串カツは、個人的にはけっしてお安くないと思うのですが、ねこが食べ過ぎているからかもしれません。昔は、B級グルメの範疇やと思ってたんですが、いまはメジャーなのかなぁ。 まぁ食材にもよるんでしょうね。ねこはお魚系が好きなので、キスとか好んでます。それと、やはりつけるソースが [続きを読む]
  • 鶴見橋ミュージック
  •  昔、西成の鶴見橋には鶴見橋ミュージックというヌード劇場がありました。 谷ナオミさんが来るぐらいだから、まぁ大きい小屋だったんでしょうね。結構、過激で警察が介入したりしてました。 まぁ、警察はある程度目星は付けているのか、あと名門九条OSもよくガサ入れがはいっていましたね。入場料は当時で7000円。これは高いのか安いのかよく分かりません。 いまは隣に「鈴成座」という芝居小屋が隣にあり、「関西ニュー [続きを読む]
  • 私たちの結婚
  •  1962年制作、篠田正浩監督「私たちの結婚」を観ました。 両親が海苔業者の姉妹・日比野圭子(牧紀子)と冴子(倍賞千恵子)の二人は家計を助けるために、圭子は会計課、冴子は工員として会社勤めをしていました。圭子はふと工員の駒倉(三上真一郎)と知り合い、冴子も駒倉と圭子との結婚を願ってとり持とうとします。一方、両親は組合からの借金があるため、組合長の息子との縁談をまとめたいと思っています。 それから昔、圭 [続きを読む]
  • 源ケ橋温泉
  •  猫間川筋と国道25号線の交差地点から生野本通商店街があります。 他の商店街にもれずまぁ、アーケードなどは立派なのですが、店舗はちらほら。入り口付近は源ケ橋という所で、この地名にも由来があります。 190年ほど昔に猫間川の渡し守(もりをしていた“源さん”という、旅人の物を取り上げる悪い人がいました。ある日、いつものように持ち物を盗み殺してしまった旅人が、長い間行方を探していたわが子だったのです。“源さ [続きを読む]
  • 猫間川
  •  大阪にはかつて猫間川があったのですが、べつににゃんこがたくさんいた川ではありません。 大阪市の生野区内、鶴橋 2丁目の「近鉄鶴橋駅・東口」辺りから南へ向かい、府立生野ろう学校、さらに進んで桃谷公園、そして勝山通というところをを横断し、大阪偕星高校を経て、生野西2丁目・4丁目の「源ヶ橋」までの南北に走る道路があります。この道路は、かつては千年以前の昔から有名だった猫間川でした。1923年の暗渠工事で、その [続きを読む]